あるバイト門番の燻り
◇ カーマ視点 ◇
問題はこっからだよな。
前線へと繰り出した俺は、目の前に広がる魔物の壁に、一人で立ち向かうフェイさんの姿を捉えていた。
息は切れ、長剣を杖代わりにしながら、辛うじて体勢を保っているフェイさんは、大きな傷こそ負っていないものの、今にも崩れそうな程、脆く見えた。
ドーズの奴、一対一で戦うと見せて、本当に卑怯な奴だ。
一対一で戦えば、フェイさんが負ける筈が無いのに。
だが、俺が加勢しても、戦力的に微々たる物で、状況は好転しないだろう。
やっぱり、俺に出来る事はこれしかないよな。
「フェイさん!!」
「……カーマッ! お前は来るなっ!」
初めて見せる余裕の無い表情のフェイさんは、俺の姿を見るなり、戻る様に促した。
だが、だからこそ俺は、大きく息を吸って、前方のフェイさんに届く様に声を張り上げる。
「そのままでいいので、聞いて欲しい事があります!」
「…………」
聞こえている筈なのに、返答は無い。
代わりに応えたのは、魔物の後ろで傍観を続けている気味の悪い男だった。
「フェイ、可愛い後輩が何か言ってるぞ、聞いてやれよ。最後になるだろうし、魔物の動きは止めてやるからさ――【ストップ】」
その言葉通り、ピタリと魔物達は動きを止めた。
ドーズは、どんなカラクリを使ってるのかは分からないが、その場で魔物を制止させ、俺とフェイさんが対話する時間を設ける程、余裕を見せだした。
既に勝った気でいるのだろう。
だが、それならそれで好都合だ。
「くそっ、舐めやがって……どうしたっ、カーマ?」
「フェイさん!! この状況、何とも思わないんですか?」
「……確かに、厳しいかもな」
「そうじゃなくてっ!!」
「何が言いたいんだよ! さっきから!」
フェイさんは、いつ動き出すかも知れない魔物達に囲まれている事で、苛立ちを隠せない様だ。
でも、俺が伝えたい事は、そんな事じゃない。
「何で俺に分かって、フェイさんに分かんないんですか!! この状況、誰がどう見ても絶対絶命ですよ!! 誰が見たって、俺達が負けるって予想しますよ!!!」
「そんな事は、言わなくても分かってる! お前、そんな事言いに、態々こっちまで来たのか!」
「違うっ!! これは、フェイさんの大好きな闘技場と同じ状況なんですよ!! なのに、何であんたは、弱気になって苛ついてんだよ!!」
「何っ!? 闘技場、だと?……」
「負ければ終わり、勝てば生きる。そんな最高の賭博に、俺達は参加してるんですよ!! 勝率が限りなく低い賭けに勝った時、あんたは、たまらなく興奮するんだろ? だったら、今が、その時なんじゃないんですかっ?」
「…………簡単に言ってくれるなよ」
「先頭に立って、己の全身全霊を賭けて、一か八かで勝ちまくれよ!!! それが俺達、第三警備隊の隊長だろ!!!」
フェイさんは、俺の叫びが届いたのか、返り血で汚れた顔に、薄っすらと笑みを浮かべていた。
その変化は、遠目からでも、先程の苦笑いを浮かべていた顔との違いは、明白だった。
「……ああ、……そうだな。……そうだったな! こんな状況から、予想を裏切って引っ繰り返すから、賭け事は最高なんだよっ!!! …… 俺は、俺達に全てを賭ける!! お前も全てを賭けろ!! カーマ!! お前のビギナーズラックを期待してるぞ!!!」
「任せて下さい!!」
顔を上げたフェイさんは、長剣を杖代わりにするのを止め、目の前の敵に向き合った。
だが、そんな状況を面白く無さそうに見ていた男が居た。
「おいっ、新入り! フェイをやる気にさせて得意げな顔をしてるがな、もう手遅れだ! お前みたいなゴミには、何にも出来やしないぞ! 早く諦めろよ」
ドーズは、本当にゴミでも見る様な目で俺を見下しながら、罵倒を浴びせた。
「何でもかんでも、勝手に決めつけるなよ! そんな物、全部お前の妄想じゃねーか!!」
「何だと、貴様っ! 新人の癖に!」
「ああ、そうだよ。お前の言う通り、俺は、新人の使えないゴミ野郎だよ。でもなっ、お前みたいに、自分の主観が全部、正論でも、世の中の大多数の意見だとも思ってねぇんだっ!!!」
「そこまで言うなら、やってみろよ!」
ドーズの挑発に乗る様に、俺は馬車から立ち上がる。
側面を伝って屋根の上によじ登り、後ろを振り返る。
ここからなら、正門まで一直線だな。
(一発で決めてやる)
「……見せてやるよ。お前が燻りと呼んだ、この半年間で、俺が学んで来た事をっ!! 俺が、第三警備隊の火付け役だぁっー!!! ――【具現出力――炎の矢】!!」
俺はドーズに背を向けたまま、右手で、正門から僅かに上を狙って、火矢を飛ばした。
正門までは、距離こそあったが、遮る物は何一つとして存在しなかった。
そんな正門までの道のりを、火矢は綺麗な放物線を描いて、軽々と越して行く。
「何だよお前? 啖呵切っておきながら、何してるんだよ?」
ドーズは半笑いで俺に問いかけるが相手にしない。
俺の狙いは正門じゃない、その延長線上にある時計塔だ。
カーン、カーン、カーン、カーン。
戦場と化した正門前に、鐘の音が鳴り響く。
これが合図だ。
鐘が鳴り終わると、外壁の上から、代わり代わりに大きな叫び声が響いた。
「トーマス兄ちゃん!! 頑張れー!!」
「お兄ちゃん!! 負けないで!!」
「トーマス兄ちゃん!!」
「「「いっけぇーー!!」」」
次々に、孤児院の子供達の叫び声が響き渡る。
そして、孤児院の子供達の隣では、また別の集団が声を上げ始めた。
「ゲータ君!! 頑張って!」
「ゲータ君!! 負けないで!!」
「ゲータ君!! 今日は朝まで一晩中よ!!」
「明日は私ねっ!!」
「明後日は私!!」
「「「だから、負けるな!!」」」
親知らず通りのお姉さん達が、子供達に負けじと声援を送り出す。
事前に頼んでおいた通りに、各々が戦っている者に声援を送り出した。
外壁の上には、そんな住民達に加えて、闘技場に避難していた人達も駆け付け、右側の戦場に援護を始めた。
小さな変化ではあるが、確実に何かが変わろうとしていた。
こちらまで聞こえて来る声援に背を押される中、苛立ちを隠せない男は、俺に問いかける。
「おい、ゴミ野郎。そんなんで、今更、何かが変わると思ってるのか?」
「変わるさ……そうでしょ? フェイさん」
「ああ、何時だって、きっかけは、小さな変化から始まるんだからな。……それに、ドーズ。……お前は一つ、元門番として忘れている大事な事がある!」
「……何だよ?」
「人はな、攻める時よりも、守る時の方が、しぶとくて強いんだよ!!」
「……ふっ、そうだったかもな。なら、俺に勝って証明して見ろ、フェイ!」
「望む所だ! ……カーマ! 俺の事はもういいっ!! だから、あっちを……アーチの事を頼む!!」
「大丈夫ですよ」
「はぁ?」
妹思いのフェイさんが、崩れかけた右側を気にしているが、心配は要らない。
「だって、向こうにはあいつが行ったんで!」
「あいつ?」
フェイさんが首を傾げていると、突如として、爆風が吹き付ける。
爆風の発生源である右側の戦場に視界を向けると、そこには、一際大きな火柱が上がっていた。
(如何やら、間に合ったみたいだな)




