あるバイト門番の現実逃避
◇ セルド視点 ◇
俺は今、何処で転がっているのだろう。
威勢良く飛び出したは良いが、結果は惨敗。
本性を露にしたカッタルさんには歯が立たず、手持ちの大剣も簡単に砕かれてしまった。
最後は、勢い良く壁際へと蹴り飛ばされ、天地が何度も入れ替わった後、ここでぼんやりと空を眺めていた。
皆、死ぬ気で戦ってるのに、俺は途中棄権。
(情けねぇな……)
こんな最悪の日だってのに、目の前には綺麗な青空が広がり、ジリジリと太陽が照り付ける。
(気持ちぃーなぁ……)
日向ぼっこ何て、何年振りだろう。
どうせ、全身が痛すぎる事だし、このまま目を瞑ってもいいかな。
俺は、現実から目を逸らす様に、ゆっくりと瞼を下ろそうとした時だった。
「おいっ! 起きろよ!」
どこからか、俺を呼ぶ声が聞こえた。
声の方に視線を向けると、そこには、傷だらけの大男が、覚束無い足取りで、両手に抱えた風呂桶を落とさない様に運んでいた。
こいつは確か、闘技場に出てたガバガ・バナンスだったか。
こいつが俺に何の用があるんだよ。
「聞こえねぇのか? 起きろっつってんだよ!!」
「起きてるよっ! 何なんだよさっきから!!」
引っ越し屋の強い口調に合わせる様に、寝っ転がりながら見上げて言い返す。
「お前がセルドだな?」
「だったら何だよ?」
「セルド宛に、カーマからの荷物が届いてる。これを受け取ってくれ!」
「カーマから!?」
俺は、突然聞こえた後輩の名前に驚き、怠い身体に鞭を打って起き上がる。
「何だよ、お前一人で立ち上がれるんじゃねーか! それじゃあ受け取れ、これがカーマから預かったお届けも――あああああーー!!!」
俺の目の前で小石に躓いた引っ越し屋は、お届け物を渡す前に、風呂桶に入った液体を俺の全身にぶちまける。
「つめてぇ!! 何しやがる!!」
「悪い!! 足が縺れちまって!」
「これ、カーマからの荷物だったんだろ? どうすんだよ?」
「文句なら、こんな物を運ばせたカーマに言ってくれ」
引っ越し屋のうっかりの所為で、俺は、通り雨にでも打たれたかの様に、ずぶ濡れになりながら立ち尽くしていた。
一体、カーマは俺に何を届けたかったんだろうか。
俺の被った液体は、粘土も匂いも無い事から、恐らくは、水で間違い無いだろう。
だが、そんな物を態々、この状況で運ばせるか。
この、意図がありそうで無さそうな、謎の運搬物に頭を悩ませてた俺は、水気を吸って垂れ下がった前髪を掻き揚げながら問いかける。
「おいっ、引っ越し屋! カーマは、他に何か言って無かったか?」
「そうだ! 伝言があったんだ!」
「それを最初に言ってくれよ!」
「済まない、俺も一杯一杯なんだよ。えーっと……って、もう成ってるじゃねーか! 水の滴る良い漢によ!」
ガバガは、俺の顔を見るなり一人で納得して、安堵の表情を見せていた。
「はぁ? 伝言はどうしたよ?」
「カーマからの伝言はこうだ! ……必ず、お前の力を借りに、馬車で迎えに行く。だから、その時までに、風呂桶の水を使って水も滴る良い漢になってろ……だってさ」
「確かにもう、成ってるな水の滴る良い漢に」
「自分で言うなよ」
カーマの考えは何だか知らないが、俺にもまだ、ここで出来る事があるならやるだけだ。
「それと、これも持ってけ! お前の剣だろう?」
引っ越し屋は、そう言いながら俺に背を向けると、背負っていた物を取り出す。
それは、大きな背中に隠れていて見えなかった、警備隊支給の大剣だった。
「ああ、これで俺も、まだ戦える」
俺は、引っ越し屋の背中から大剣を受け取ると、気持ちを新たに、先程まで見ない様にしていた戦場に目を向ける。
カーマの伝言では、一先ず待機って事だろうが、こんな時に立ち止まって居ては駄目だ。
「ガバガ! もう一仕事出来るか?」
「今度は何だよ?」
「俺達で戦闘不能になってる人を、安全な所まで運ぶぞ!」
「任せろ!!」
カーマが馬車で迎えに来るのは、何時か分からない。
途中で亜人達にやられる可能性だって十分にある。
だったらせめて、今出来る事をして、その時に備えるだけだ。
俺達は、満身創痍の体を引き摺って戦場を走り回り、共に戦ってくれた傷だらけの仲間を運び続けた。




