あるバイト門番の逆走
◇ カーマ視点 ◇
ゲホゲホの引く馬車に乗って、正門前に戻った俺の目に飛び込んで来たのは、さらに激化した戦場だった。
警務隊や冒険者は、半数以上が防衛線から下がり、壁際で突っ伏しているのが、遠目でも確認出来る。
そして、その中には、無残に転がるセルドの姿も見受けられた。
(急がないと、崩壊が近いな。……セルドは、ちゃんと生きてるよな?)
一方、健闘を続けていたのが、トーマスとメリサが守っていた正門の左側だった。
持場を後退させながらも、魔物達の侵攻を、二人で何とか持ち堪えていたのだ。
「トーマス! 無事だったか?」
馬車で駆け寄ると、そこには、満身創痍のトーマスの足元に、切り刻まれたオルトロスの死骸が転がっていた。
どうやら、トーマスは苦戦しながらも、何とか、討伐に成功した様だ。
「……まぁな。お前も準備は完了したのか?」
「ああ、今から皆の所に行ってくるよ!」
「行って来い! こっから巻き返すぞ!」
「おうっ!」
俺は、トーマスの励ましを背に、少し離れた場所で、一人奮闘しているメリサの元に向かった。
「メリサ! 大丈夫か?」
「うん。……なん、とかね。……カーマ君こそ、馬車何て持って来て、どうしたの?」
そうだった。
メリサには作戦を伝えていなかったか。
だが、その後の事を考えると、メリサには敢えて、伝えずにいた方が賢明だろう。
「お前にこれを持って来たんだよ! ……ほらよっ!!」
俺は、荷台に乗せて来た荷物を、両手で抱えて取り出すと、メリサの足元に置き、その中から、一本の瓶を取り出した。
「……これはっ!!」
メリサが驚くのも無理は無い、本来業務中には御法度な飲み物が、箱の中に何本も詰め込まれていたからだ。
「ああ! お前が今、一番欲しい物を持って来てやったぞ!!」
「ほ、本当に良いの?」
「良いに決まってる! 俺が持場を代わるから、その間にこれを一気飲みしろ! 話はそれからだ!」
「ありがとう!! ――ごくっごくっ……」
メリサは戦場の真ん中で、大好物のワインを、豪快に喉を鳴らしながら流し込む。
「ぷはっー!!」
相変わらずの飲みっぷりを見せたメリサは、目を赤くしながら、一本目を空にした。
何か、酒の飲み方を間違えてる気がするが、この際気にしない。
「メリサ、まだ、頑張れるか?」
「任せて! 何だよ、飲酒勤務とか、最高じゃねーか!!」
「その調子なら、安心だな! 後は任せるぞ!」
「良いよ! やっぱり、人の奢りで飲む酒は格別だなー!」
すっかり機嫌が良くなった代わりに、口が悪くなったメリサは、ワインボトル片手に魔物に突っ込んで行った。
ご機嫌なメリサには、あのワインの中身が全て、自分の名前でキープしている物と伝えるのは止めておこう。
次は、中央で交戦中のルートさんだな。
「行くぞ、ゲホゲホ!」
「きゅうううー!!」
だが、ルートさんの元に向かう途中、外壁の隅で蹲る、見知った顔の男を見つけ、ゲホゲホを止めて馬車の上から呼びかける。
「あんた、もしかして、闘技場に出てた、引っ越し屋のガバガ・バナンスか?」
「…………ああ、お前は、警備隊の子か?」
「そうだ。俺はあんたが、カッタルさんと戦う時に、現地であんたに賭けていた一人だ」
「……そうかい。……幻滅したか?」
「別に? ……確かに負けたけど、最後まで諦めなかったあんたは、かっこよかったよ」
「……だが、今回もこの様だ。情けない事に、今の今まで気を失ってたらしい。……やっぱり、悔しいぜ。同じ相手に二回も負けるのはよ……」
ガバガの大きな身体は、間近で見ている筈なのに、蹲っているからか、闘技場の客席で見た時よりも小さく見えた。
「……だよな。……なら、こんな所で寝てないで、立つしかないよな。ガバガ、共にやり返そうぜ!」
「……すまねぇ、俺は肋骨を何本かやられた。息を吸うだけで激痛が走るんだ」
無理を言っている事は百も承知だ。
実際に、ガバガの身体は、自力では起き上がる事も出来ない。
それに、肝心の回復役は手一杯で当てには出来ない。
それでも、気合と根性が売りの引っ越し屋なら、立ち上がれると俺は信じている。
俺は、ゲホゲホから降りて、ガバガに手を差し伸べる。
「立てるよ! 闘技場の時だって、観客が無理だと思った時から、立ち上がっただろ!」
「……だ、だが、……ボロボロの俺が行っても……戦えねぇよ!」
「何言ってんだよ!! 何も、殴り合うだけが、戦いじゃないだろ!! これは、只の誘いでも、命令でも無い!! 一人の客として、引っ越し屋、ガバガ・バナンスに荷物の運搬依頼を頼みたい!!」
「はぁ!? こんな時に依頼だと?」
「この荷物を、あそこで同じ様に転がっている男に、セルドって奴に持って行って欲しいんだ!! もう一度、あんたに、俺達の命運を賭けさせてくれよ!!」
俺は、強引にガバガの手を握り引き上げると、震えながらも、力強く握り返される。
満身創痍と思われたガバガは、俺の肩に手を回しながら、何とか立ち上がって見せたのだ。
「……報酬は幾らだ?」
「今日、ヤニー亭で好きなだけ奢ってやる! それでどうだ?」
「十分だっ! 届けるだけで良いのか?」
「出来れば、伝言を頼みたい!」
「いいぜ! 俺に任せとけ!!」
「ガバガ! この後、ヤニー亭で待ってる。だから、絶対死ぬんじゃねーぞ!」
「お前もな!」
ガバガに馬車から降ろした荷物を渡し、俺は、先を急ぐ事にした。
決して軽くない荷物を、背中と両手で抱え、確かめる様に進みだしたガバガを残して、中央のルートさんを目指し、馬車を走らせる。
ルートさんは、上空を縦横無尽に飛び回る三体の亜人と相対していた。
(迂闊には近づけないか……)
だが、ルートさんは、色んな意味でそろそろ限界な筈だ。
何としても届けなければ。
俺なりに頭を使ってみたが、結局の所、空からの対処法などある筈も無く、強行突破に辿り着いた俺は、ルートさんの好物を小脇に抱えて、ゲホゲホを走らせる。
「行くぞ、ゲホゲホ!!」
「きゅう!」
馬車は、速度を増して、ルートさんや亜人達のとの距離を縮めていく。
俺に気付いたルートさんは、困惑の表情を浮かべているが、渡せば意図は伝わる筈だ。
馬車を引いたままのゲホゲホを、危険に晒す訳には行かないので、立ち止まってる余裕は無い。
「ルートさん!! 受け取れー!!」
「はぁ!? 急に何を?」
俺は、通りすがりに馬車からルートさんを目掛けて、ヤニー亭で仕入れて来た煙草の箱を、鷲掴みにして投げつける。
煙草の銘柄は勿論、バツポロ。
メリサのワイン同様に、ヤニー亭のニーナさんに用意して貰った物だ。
ルートさんは、飛んで来た物に気付くと、空に矢を放ち、牽制を続けながら、足元に散らばった箱を拾い上げる。
「カーマ!! ナイスよ!!」
「足りますか?」
「十分よ!」
これで、ルートさんの士気を上げる贈り物が出来たが、俺の仕事はここからだ。
「ゲホゲホ! 左に旋回するぞ!」
「きゅう!」
次の目的地に向かいながら、俺はルートさんの動向に目を光らせる。
戦場で煙草に火を付けるのは、いくら慣れているルートさんでも大きな隙が生じる。
敵も、そんな隙は見逃さないだろう。
だから、俺に出来るのは、これだけだ。
ルートさんが煙草を手に取った瞬間、俺は右手をルートさんの顔から少しずらした位置に向ける。
「【具現出力――着火】!!」
俺の放った小さな炎は、狙い通りに真っ直ぐ進み、ルートさんの口元に咥えられた煙草の先に、小さな火を灯す。
「流石は着火マン! 一秒ルールは忘れてない様ね!」
「ルートさん!! 後は頼みますよ!!」
「任せなさい!!」
俺は、そのまま正門を離れ、中央で孤軍奮闘しているフェイさんの元に向かった。




