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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第二章 元警備隊員の来訪
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あるバイト門番の逆走

 ◇ カーマ視点 ◇


 ゲホゲホの引く馬車に乗って、正門前に戻った俺の目に飛び込んで来たのは、さらに激化した戦場だった。


 警務隊や冒険者は、半数以上が防衛線から下がり、壁際で突っ伏しているのが、遠目でも確認出来る。

 そして、その中には、無残に転がるセルドの姿も見受けられた。


(急がないと、崩壊が近いな。……セルドは、ちゃんと生きてるよな?)


 一方、健闘を続けていたのが、トーマスとメリサが守っていた正門の左側だった。

 持場を後退させながらも、魔物達の侵攻を、二人で何とか持ち堪えていたのだ。


「トーマス! 無事だったか?」


 馬車で駆け寄ると、そこには、満身創痍のトーマスの足元に、切り刻まれたオルトロスの死骸が転がっていた。

 どうやら、トーマスは苦戦しながらも、何とか、討伐に成功した様だ。


「……まぁな。お前も準備は完了したのか?」


「ああ、今から皆の所に行ってくるよ!」


「行って来い! こっから巻き返すぞ!」


「おうっ!」


 俺は、トーマスの励ましを背に、少し離れた場所で、一人奮闘しているメリサの元に向かった。


「メリサ! 大丈夫か?」


「うん。……なん、とかね。……カーマ君こそ、馬車何て持って来て、どうしたの?」


 そうだった。

 メリサには作戦を伝えていなかったか。

 だが、その後の事を考えると、メリサには敢えて、伝えずにいた方が賢明だろう。


「お前にこれを持って来たんだよ! ……ほらよっ!!」


 俺は、荷台に乗せて来た荷物を、両手で抱えて取り出すと、メリサの足元に置き、その中から、一本の瓶を取り出した。


「……これはっ!!」


 メリサが驚くのも無理は無い、本来業務中には御法度な飲み物が、箱の中に何本も詰め込まれていたからだ。


「ああ! お前が今、一番欲しい物を持って来てやったぞ!!」


「ほ、本当に良いの?」


「良いに決まってる! 俺が持場を代わるから、その間にこれを一気飲みしろ! 話はそれからだ!」


「ありがとう!! ――ごくっごくっ……」


 メリサは戦場の真ん中で、大好物のワインを、豪快に喉を鳴らしながら流し込む。


「ぷはっー!!」


 相変わらずの飲みっぷりを見せたメリサは、目を赤くしながら、一本目を空にした。

 何か、酒の飲み方を間違えてる気がするが、この際気にしない。


「メリサ、まだ、頑張れるか?」


「任せて! 何だよ、飲酒勤務とか、最高じゃねーか!!」


「その調子なら、安心だな! 後は任せるぞ!」


「良いよ! やっぱり、人の奢りで飲む酒は格別だなー!」


 すっかり機嫌が良くなった代わりに、口が悪くなったメリサは、ワインボトル片手に魔物に突っ込んで行った。


 ご機嫌なメリサには、あのワインの中身が全て、自分の名前でキープしている物と伝えるのは止めておこう。


 次は、中央で交戦中のルートさんだな。


「行くぞ、ゲホゲホ!」


「きゅうううー!!」


 だが、ルートさんの元に向かう途中、外壁の隅でうずくまる、見知った顔の男を見つけ、ゲホゲホを止めて馬車の上から呼びかける。


「あんた、もしかして、闘技場(コロシアム)に出てた、引っ越し屋のガバガ・バナンスか?」


「…………ああ、お前は、警備隊の子か?」


「そうだ。俺はあんたが、カッタルさんと戦う時に、現地であんたに賭けていた一人だ」


「……そうかい。……幻滅したか?」


「別に? ……確かに負けたけど、最後まで諦めなかったあんたは、かっこよかったよ」


「……だが、今回もこの様だ。情けない事に、今の今まで気を失ってたらしい。……やっぱり、悔しいぜ。同じ相手に二回も負けるのはよ……」


 ガバガの大きな身体は、間近で見ている筈なのに、うずくまっているからか、闘技場(コロシアム)の客席で見た時よりも小さく見えた。


「……だよな。……なら、こんな所で寝てないで、立つしかないよな。ガバガ、共にやり返そうぜ!」


「……すまねぇ、俺は肋骨を何本かやられた。息を吸うだけで激痛が走るんだ」


 無理を言っている事は百も承知だ。

 実際に、ガバガの身体は、自力では起き上がる事も出来ない。

 それに、肝心の回復役は手一杯で当てには出来ない。


 それでも、気合と根性が売りの引っ越し屋なら、立ち上がれると俺は信じている。

 俺は、ゲホゲホから降りて、ガバガに手を差し伸べる。


「立てるよ! 闘技場(コロシアム)の時だって、観客が無理だと思った時から、立ち上がっただろ!」


「……だ、だが、……ボロボロの俺が行っても……戦えねぇよ!」


「何言ってんだよ!! 何も、殴り合うだけが、戦いじゃないだろ!! これは、只の誘いでも、命令でも無い!! 一人の客として、引っ越し屋、ガバガ・バナンスに荷物の運搬依頼を頼みたい!!」


「はぁ!? こんな時に依頼だと?」


「この荷物を、あそこで同じ様に転がっている男に、セルドって奴に持って行って欲しいんだ!! もう一度、あんたに、俺達の命運を賭けさせてくれよ!!」


 俺は、強引にガバガの手を握り引き上げると、震えながらも、力強く握り返される。

 満身創痍と思われたガバガは、俺の肩に手を回しながら、何とか立ち上がって見せたのだ。


「……報酬は幾らだ?」


「今日、ヤニー亭で好きなだけ奢ってやる! それでどうだ?」


「十分だっ! 届けるだけで良いのか?」


「出来れば、伝言を頼みたい!」


「いいぜ! 俺に任せとけ!!」


「ガバガ! この後、ヤニー亭で待ってる。だから、絶対死ぬんじゃねーぞ!」


「お前もな!」


 ガバガに馬車から降ろした荷物を渡し、俺は、先を急ぐ事にした。


 決して軽くない荷物を、背中と両手で抱え、確かめる様に進みだしたガバガを残して、中央のルートさんを目指し、馬車を走らせる。


 ルートさんは、上空を縦横無尽に飛び回る三体の亜人と相対していた。


 (迂闊には近づけないか……)


 だが、ルートさんは、色んな意味でそろそろ限界な筈だ。

 何としても届けなければ。


 俺なりに頭を使ってみたが、結局の所、空からの対処法などある筈も無く、強行突破に辿り着いた俺は、ルートさんの好物を小脇に抱えて、ゲホゲホを走らせる。


「行くぞ、ゲホゲホ!!」


「きゅう!」


 馬車は、速度を増して、ルートさんや亜人達のとの距離を縮めていく。


 俺に気付いたルートさんは、困惑の表情を浮かべているが、渡せば意図は伝わる筈だ。


 馬車を引いたままのゲホゲホを、危険に晒す訳には行かないので、立ち止まってる余裕は無い。


「ルートさん!! 受け取れー!!」


「はぁ!? 急に何を?」


 俺は、通りすがりに馬車からルートさんを目掛けて、ヤニー亭で仕入れて来た煙草の箱を、鷲掴みにして投げつける。


 煙草の銘柄は勿論、バツポロ。

 メリサのワイン同様に、ヤニー亭のニーナさんに用意して貰った物だ。


 ルートさんは、飛んで来た物に気付くと、空に矢を放ち、牽制を続けながら、足元に散らばった箱を拾い上げる。


「カーマ!! ナイスよ!!」


「足りますか?」


「十分よ!」


 これで、ルートさんの士気を上げる贈り物が出来たが、俺の仕事はここからだ。


「ゲホゲホ! 左に旋回するぞ!」


「きゅう!」


 次の目的地に向かいながら、俺はルートさんの動向に目を光らせる。


 戦場で煙草に火を付けるのは、いくら慣れているルートさんでも大きな隙が生じる。

 敵も、そんな隙は見逃さないだろう。

 だから、俺に出来るのは、これだけだ。


 ルートさんが煙草を手に取った瞬間、俺は右手をルートさんの顔から少しずらした位置に向ける。


「【具現出力(ぐげんしゅつりょく)――着火(ファイヤー)】!!」


 俺の放った小さな炎は、狙い通りに真っ直ぐ進み、ルートさんの口元に咥えられた煙草の先に、小さな火を灯す。


「流石は着火マン! 一秒ルールは忘れてない様ね!」


「ルートさん!! 後は頼みますよ!!」


「任せなさい!!」


 俺は、そのまま正門を離れ、中央で孤軍奮闘しているフェイさんの元に向かった。

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