あるバイト門番の起死回生
俺の視界の全てを漆黒に染めたのは、双頭の魔犬こと、オルトロスだった。
「ぐぅおぉおおおおおおー!!!」
「うわぁっ! 【憑依】っ!!」
咄嗟に構えていた剣に魔力を纏い、オルトロスに向けて突き出すも、圧倒的な物量差で、呆気無く吹き飛ばされる。
「ぐわぁっ……がはっ……」
何度も身体を地面に打ち付けながら、跳ねる様に転がり、外壁に突き刺さる様に激突する。
「うぐっ……ゲホッ……ゲホッ……オエッ……」
咳込んだ口元から、赤黒い血が溢れ出す。
オルトロスと外壁に打ち付けられた衝撃で、意識は朦朧とし、剣を握る力も無い。
致命傷は避けられたが、立て直そうにも、何処が折れているかも分からない足に、全く力は入らない。
頼りのメリサも他の魔物達に囲まれ、直ぐに俺をどうこう出来る状況じゃない。
だが、視界に映るオルトロスは、俺から目を反らしてくれる事は無かった。
「ぐおぉおおおーーー!!」
そして、俺の息がある事を確認したオルトロスが、再度、壁の前で蹲っている俺に飛び掛かる。
「カーマ!!! 避けろっ!!」
「カーマ君!!! 逃げてっ!!」
二人の悲痛な叫び声が耳に届く中、俺は覚悟を決めて、オルトロスを見据える。
最後ぐらい、自分で見届けなければ。
ああ、終わった。
俺の人生、ここまでかよ。
あと一歩で、ようやく、騎士になれたかも知れないのに。
やっと、腹割って話せる仲間達が出来たのに。
これが走馬灯と言う奴か。
頭の中に浮かぶ、半年間の濃い思い出を噛み締めながら、迫りくるオルトロスに対して、歯を食い縛っていた、その時だった。
「きゅうううううーー!!!」
聞き馴染みのある鳴き声と共に、外壁の上からこちらに向かって、真っ白の何かが、猛スピードで跳び上がったのだ。
真っ白の何かは、そのまま、俺に迫りくるオルトロスの側部に、強烈な体当たりをお見舞いする。
「きゅうううううーー!!!」
「ぐおぉーー!!」
突然の乱入者に怯んだオルトロスは、俺に触れる事無く、弾き飛ばされる様に進路を変えた。
万死に一生を得た俺は、ここにいない筈の相棒の登場に、気づけば名前を叫んでいた。
「ゲホゲホッ!!!」
「きゅううううーー!!!」
名前を呼ばれたゲホゲホは、いつもの様に、俺に擦り寄って来ようとするが、オルトロスとの衝突と外壁から飛び降りた衝撃は軽く無かった様で、曲がってはいけない方向を向いた後ろ足を引き摺りながら、ゆっくりと、動けない俺の元に駆け付けた。
数時間前に別れたきりだが、随分、離れていた気にさせられるゲホゲホとの再会を、俺は、全身で抱き締めながら体感していた。
だが、今は、ゲホゲホの怪我が心配だ。
「メリサ!! ゲホゲホを頼む!!」
「きゅう!」
「分かってる! 二人共、そのまま動かないで! 【具現出力――祝福の光】!!」
メリサは、周囲の魔物達を剣で薙ぎ払いながら、俺とゲホゲホに暖かな光を灯す。
俺達の身体を眩い光が包み込むと、光が収まる頃には、自然に立ち上がれる程、俺達の傷が完治していた。
ゲホゲホも直ぐに立ち上がり、前足で地面を掻きながら、足の調子を確かめていた。
「【祝福の光】万能すぎだろ!」
「きゅう!」
俺達が体勢を立て直す中、ゲホゲホが跳んで来た壁の上から、オルトロスに向けて、魔法の援護射撃が降り注ぐ。
「着火マン!! お前も早く、裏門から外壁に上がって来い!! 今度こそ死んじまうぞ!!」
俺に壁の上から呼びかけたのは、ヤニー亭の常連客でもある、八百屋のおじさんだった。
あの人達も戦ってるんだ。
尚更、逃げる訳には行かない。
「大丈夫だ! おっちゃん達は、そのまま援護を続けてくれ!!」
「任せろ、着火マン!!」
威勢良くおっちゃんに返事をし、もう一度剣を拾い直してゲホゲホの上に跨った時、俺の頭の中には、一つの考えが浮かんでいた。
そうか、そうだったじゃないか。
まだ、俺にだって、この戦場でやれる事があるじゃないか。
(さっき見た走馬灯を……いや、この半年間の出来事を思い出すんだ!)
俺とゲホゲホなら、この戦況を引っ繰り返す事が出来るかも知れない。
そうと決まれば、準備が必要だ。
「さっきは置いて行って悪かったな。でも、こっからはノンストップだ。行けるか? 相棒!」
「きゅうううー!!」
俺は、オルトロスと距離を取りながら、トーマスの元に駆け付ける。
「トーマス!」
「カーマ、無事だったか!」
「ああ、メリサのお陰だ! それでな、急な相談があるんだが……」
俺は、近くの魔物達と戦いながら、頭に浮かんだ事の全てをトーマスに伝えた。
「……本当にやるのか?」
「ああ、俺とゲホゲホなら、出来る気がするんだ!」
「きゅう!」
「……分かった。だが、一点だけ作戦を変えろ。……後は、全部乗ってやる」
「何だよ?」
「……今からお前達が走り抜けるのは、右側の戦場じゃない。俺の作った道を行け!」
「良いのか? ……でも、それじゃあ、お前の負担が、……オルトロスと戦う事になるんだぞ!」
「その方が最短距離で目指せるだろ。……俺はもう、あいつから逃げない。誰かに押し付けたりもしない。……だから、変えてくれ、カーマ。俺が見た絶望の未来を!」
「ああ! ……だがな、変えるのは俺だけじゃないぞ。この街の全員でだ! ――行くぞっ!!」
「道は俺が作ってやる。 【具現出力――暴風】!」
トーマスの生み出した暴風は、前方に溜まっていた魔物達を風の刃で切り刻みながら、オルトロスの動きを止める。
「今だっ! 行って来い、カーマ、ゲホゲホッ!!」
俺はゲホゲホと共に、トーマスが切り開いた道を追い風に乗って突き進み、全力で目的地を目指す。
無事に、オルトロスの横を通り過ぎ、魔物達の軍勢を抜けると、外壁に沿って円を描く様に北上した。
「もうすぐだぞ、ゲホゲホ!」
「きゅう!」
俺達は正門の前を離れ、最短距離で裏門を目指したのだった。
近づくにつれて、本来、夜勤予定だった第二警備隊が守る裏門は、正門とは打って変わって、平穏な時間が流れていた。
(……やはりか)
俺の予想通り、裏門には相手が襲って来ていなかった。
ドーズは、第三警備隊に恨みを持ってる事もあって、真っ向から俺達を潰して、正門から侵略するつもりなのだろう。
だから、ここまで来てしまえば、正門と違い、意図も容易く街の中に入る事が出来る。
すると、俺の姿に気づいた警備隊の先輩が声を掛けて来た。
「どうしたカーマ? 正門はどうなった?」
「街の中に入ります!! 開けて下さい!!」
「急にどうした?」
「緊急です!! とにかく、裏門を開けて下さい!!」
「わ、分かった……開門!!」
俺の焦った様子を見た先輩は、疑う事無く、裏門を開けてくれた。
「十五分後、準備が出来たら、もう一度通ります! なので、その間は門を開けておいて貰ってもいいですか?」
「分かった!! 後でちゃんと報告しろよ!」
「はいっ!」
俺は、第二警備隊の面々に頭を下げながら、ゲホゲホの速度を落とさずに入門する。
俺の目的地は、初めから街の中だ。
ここで、必要な物を全部揃える。
時間が無い、まずは、馬車を取りに行かなければ。
次にヤニー亭、その後は……。
いつもより、寂しく感じる街中をゲホゲホと駆け回り、十数分後。
準備を終えた俺は、ゲホゲホに馬車を取り付けて、裏門に戻って来ていた。
「カーマ! 準備は出来たか?」
「はいっ!! 後はお願いします!!」
「行って来い!! 閉門!!」
俺が通り抜けたのを確認して、先輩は裏門を勢い良く閉ざした。
「行くぞ、ゲホゲホ! ここからが正念場だ!」
「きゅうううー!」
俺達は来た道を戻り、左側の戦場に合流する。
正門の前を離れて、二十分程だろうか。
俺が戻った時には、戦場はさらなる窮地に立たされていた。




