ある警備隊長の追想③
数日後、重傷者の手当てに奔走していた、光魔法使いの治療班が、俺達の元を訪ねてくれた事で、騎士団長は何とか回復を果たした。
治療班の話によると、今回の襲撃で、俺を呼びに来てくれたお兄さんと騎士団長、二人以外の騎士団員は、襲撃者との戦いで戦死してしまったそうだ。
生き残った二人も、重度の傷を負い、満足に動けない。
王都の誇る精強な騎士団は、たった数日で、文字通り壊滅したのだ。
騎士団長は、その知らせを聞いて、堪え切れず涙を見せていたが、俺の顔を見ると、何事も無かったかの様に振舞って見せた。
その後、騎士団長に連れられて、自宅に案内される事となった。
そこは、王都の居住エリア内にある住宅街で、騎士団長が住むにしては、庶民的な一軒家だった。
「今日からここが、フェイの家だ! 遠慮せず、寛ぐといい!」
「はい」
騎士団長さんの自宅は、普段余り家に居ないのか、生活感は感じられ無かったが、居心地の悪さを感じる事は無かった。
「フェイ、何か食いたい物とか、欲しい物はあるか?」
「……えっと……」
「フェイ、遠慮するなって言った筈だぞ。お前の我が儘は、全部、俺が叶えてやる。だから、言ってみろ。何がしたいか!」
「……お、お芋、僕、お芋が食べたいです!!」
「そうか! じゃあ、今から買い出しに行くぞ!」
「はい!」
騎士団長は、俺の親の代わりに成ろうと、何でも甘やかし、買い与えてくれたのだ。
しかし、親切な人に我が儘を続けた結果がどうなるかを、俺は身を持って知っている。
その後、言葉とは裏腹に、父になってくれた人に対して、俺が我が儘を言う事は無くなっていった。
暫くして、亜人との戦いで、獅子奮迅の活躍をした騎士団長は、英雄と呼ばれ、国中から祭り上げられていた。
名実共に、国の英雄となった騎士団長は、王都一の土魔法の使い手で、外壁の復旧に尽力していた王女様と結婚し、一年後には、俺に妹が出来る事になる。
だが、そんな簡単に、人生は上手く行かなかった。
妹を出産する際に、王女様が亡くなってしまったのだ。
王女様は、赤の他人の俺にも母親になろうと、優しく接してくれる、良い意味で王族感の薄いお人だった。
誰が悪い訳でも無い、悲しい事故だった。
国中が悲しみに暮れる中、最愛の娘を失ったロムガルド王は、有ろう事か、英雄である筈の騎士団長に全ての責任を押し付けたのだ。
騎士団長は、王から責任を問われた事もあり、異議を立てる事無く、生まれたばかりの妹と俺を連れて騎士団を辞め、代わりに、真面に機能していなかった、警備隊の再建を始めた。
それから、数年の月日が流れた。
俺は、十二歳になり、翌年には学園の入学を控える年頃の少年になっていた。
一方、門の安全を取り締まる警備長となった父は、休みの日に、王都のとある場所に俺達を連れて来ていた。
因みに、俺達と言うのは、五歳になり、お転婆に磨きが掛かった妹と、隣の家に住んでいる妹と同い年の少年だった。
妹は事有るごとに、その少年に喧嘩を吹っ掛けるので、最近は、妹を叱りつけ、少年を慰める事が日常と化していた。
警備長は突然、商業エリアの一角で足を止めると、俺に尋ねた。
「フェイ、ここが何か分かるか?」
「……はい」
忘れる筈が無い。
ここは、あの日、俺の両親が殺され、警備長に初めて出会った場所だ。
「ここは、建物の老朽化が酷くて、辺り一帯が取り壊しになるそうだ」
「……そう、ですか……」
「なら、あたしがぶっ壊してやろう!! 具現出力――ギガントロ――」
「止めんか馬鹿っ!!」
「イタッ!!!」
警備長の拳骨が妹の頭に突き刺さる。
「だからな、俺は、ここに有る物を建設しようと思ってる」
「有る物ですか?」
「フェイ、闘技場って知ってるか?」
「し、知らないです」
「闘技場とは、ある種、平和の象徴だ。猛者同士の戦いを娯楽として楽しむんだ。侵略や殺しの無い、お互いを高める為の祭典。どうだ? 楽しそうだろ?」
「……ですかね? 正直まだ、どんな物か想像付かなくて……」
「アーチは、コロシアムに出るよ!! 対戦相手はゲータね!!」
「嫌だよ! 僕は観客で十分だよ」
少しも理解していない妹は、分からなくてもやる気の様だ。
「フェイ、全てを忘れろとは言わない。だがな、後十年もしたら、この場所にも、良い思い出が少しは出来るかも知れんぞ。それにな、しっかりした物を作れば、有事の際の避難所にもなるだろ?」
警備長の提案は、俺と街の民の思っての事だろう。
その姿勢には尊敬しかない。
「確かに、良いと思います」
「だろ? そういう事で、話が長くなったが本題に入る。ほれ、今日はフェイの誕生日だろ?」
警備長は、俺の両手に収まる程の、箱型の何かを手渡した。
「ありがとうございます。……ん? これは?」
「これは、【キタムラ】っていう魔道具でな、思い出を写真って言う、紙に保存出来るんだとよ」
「やったー!! フェイ! あたしを撮って見てよ!!」
「待て待て! 今日は、フェイの誕生日だろ? だから、皆で撮って見よう!」
俺達は、たまたま近くを通りがかった人に、【キタムラ】で写真を撮って貰った。
「フェイ、これからは、大事な思い出を沢山残して行けよ」
「はい!」
俺は、この時撮った写真を、今でも大切に保管している。
かつて、警備長と初めて出会った場所が、今の闘技場だ。
警備長が、あの場所を悲しい思い出だけが残らない場所に変えてくれた。
警備長には感謝しかない。
だからこそ、前線には出て欲しく無かった。
あの人の強さは、俺が一番分かっている。
恐らく、警備長は、俺とルートを同期のドーズと戦わせない様に遠ざけたんだろう。
でも、今度は、俺があの人を守る番だ。
正門の左に警備隊の仲間を集め、細かく配置を決めていく。
俺達を囲む魔物と亜人の軍勢は、今にも攻め込んで来るだろう。
楽に倒れてくれる相手じゃないのは明らかだ。
守りを固める壁際から離れて、前線に出れば出る程、敵の数と危険度は上がって行くだろう。
貴重な回復役のメリサと、実力的に不安なカーマとセルドを後方に残し、ゲータとトーマスに俺の後ろを任せる。
俺は、左側の最前に立ち、警備長の近くで戦う事に決めた。
(あれから、二十五年か……随分と経っちまったな……父さん、母さん、見ててくれるか。俺、これ以上、二人みたいな犠牲者を生まない為に、戦うよ)
いよいよ、相手が動き出した。
目の前の魔物達が、我先にと駆け出し、俺達に襲い掛かって来る。
想像よりずっと多い魔物達は、下級の魔物であっても、一斉に襲い掛かって来るだけで、脅威的な存在に変わる。
そして、疲弊した所に、相手の主力となる亜人共をぶつけられては、敗北が濃厚となるのは、目に見えていた。
ドーズの考えそうな事だ。
どの道、ここで奴らを迎え撃つだけではジリ貧だ。
恐らく、警備長とアーチも同じ動きをするだろう。
「【具現出力――氷山の一角】!!」
俺は、仲間の負担を減らす為、氷塊をそこら中に降らせながら、単身で敵陣の奥に切り込む。
雑魚は広範囲の魔法で殲滅し、厄介な敵は接近戦に持ち込み、確実に仕留める。
そんな風に、相手の数を確実に減らしながら、奥に進み続けると、お目当ての相手が姿を見せた。
俺の前に現れたのは、奇しくも、様々な武器を両手と背中に構え、緑色の鱗の様な肌を纏った、二足歩行の蜥蜴男だった。
願ったり叶ったりだ。
「止まれっ! お前はドーズの言っていた、氷使いの隊長格か?」
正直、こいつには何の恨みも無い。
けれど、その面を見ると、やっぱり許せない。
「お前こそ、二十五年前にも、ここに来ていたか? ……【憑依】」
「はぁ? 来てる訳ねぇだろ!」
「そうか。なら、死ね」
「ぐぎゃっ!」
蜥蜴男が何かを口にする前に、氷の魔力を纏った長剣で首を一閃。
その頭は、綺麗な断面を見せながら、蜥蜴男達の軍勢に向かって飛んで行った。
「まずは、一匹目」
今日の俺は、運が良いらしい。
(これだけ殺せば、父さんや母さんも喜んでくれるかな?)
総勢、三十匹は居ると思われる蜥蜴男の部隊から、次々に罵声を浴びせられる。
「貴様っ! 不意打ちとは卑怯だぞ!」
「卑怯なのはどっちだよ? なぁ、蜥蜴野郎、この中に二十五年前に来ていた奴は居るか?」
「居る訳無いだろ! あの時、作戦に参加した、誇り高き我々の族長は、お前達、人間の手によって、戦死したと聞いている!」
「そうか。……お前ら、本当にあいつの同族だったのか」
「なら、何だと言うのだ?」
「一応、伝えておく。お前達の族長は、無抵抗の民間人、五十人を虐殺した挙句、警備長に一撃で倒された雑魚だ。そんな奴が誇り高いと言えるのか?」
「何だと? そんな出鱈目、俺達には通じないぞ!」
「出鱈目じゃない、俺が証人だ。……だからさ、責任取ってくれるか? ――落ちろ、【具現出力――氷山の墜落】!!」
俺は、闘技場程の氷の山を蜥蜴男の部隊に投げ込んだ。




