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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第二章 元警備隊員の来訪
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ある警備隊長の追想②

 未だ、騎士団の助けの無い【時計下通り】は、一斉にパニックに陥る。


「「「…………」」」


 誰かの叫び声と泣き声が入り乱れる中、俺達は、目の前の光景を信じる事が出来ず、立ち尽くす事しか出来なかった。


 けれど、二人が俺の手を握る力だけは強さを増していく。


「……フェイ、行くよ!」


 父さんは、振り返る事無く、俺を抱え上げると、街の奥に向かって走り出す。


「フェイ、大丈夫だからね!」


 母さんは、父さんの隣を全力で並走した。

 街の現状が分からない今、少しでも奥に逃げて、騎士団の助けを待つしかない。


 しかし、脅威は陸だけでは無かった。


 突如、空から瓦礫の山が降り注ぐ。

 一瞬で、憧れの街並みが崩れ去り、あちこちから炎と黒煙が立ち上る。


「ここは、危険だ! 母さん、一度、大通りに戻るぞ!」


「そうね! 急ぎましょう!」


 入り組んだ路地は、身を隠す為の逃げ道から、今にも崩れ去りそうな危険な迷路に変貌を遂げた。


 だが、巻き込まれない様に、来た道を急いで戻り出した俺達は、大通りに向かう途中で、足を止める事になる。


「くはっ!!」


 突如、隣を走っていた母さんの腹部が、何者かが投げた槍によって貫かれたのだ。

 無常にも、母はそのまま、地面に崩れた落ちた。


「えっ? ……母さん?」


「そ、そんなっ!?」


 目の前で起こった現実が理解出来ない俺と、受け入れられない父さんは、呆然とその場で立ち尽くしていた。

 俺は、身体の力が抜けた父さんの腕の中から抜け出し、涙ながらに母さんにしがみ付く。


「母さんっ!! 母さんっ!! 母さーんっ!!!」


 俺の叫びに、母さんが倒れたまま、絞り出す様に声を上げる。


「……フェ、フェイ……に、げて……あ、なた、フェイを、頼むね……」


 母は、その言葉を残して、ピタリと動きを止めた。


「命中っ!! これで、四十九人目!」


 そんな俺達の前に姿を現したのは、全身を鱗の様な緑色の肌に覆われ、軽装の鎧に剣や槍を背中に携えた、二足歩行の蜥蜴(とかげ)人間だった。


「……ま、魔物が喋っているのか!?」


「そこの餓鬼が五十人目、おっさんは、五十一人目だな」


「な、何を言っているんだ!」


「分かんねぇのか? 殺す順番だよ!」


「止めてくれ!! 私達が、……妻が、何をしたというんだ!!」


「知るかよ! そんな事、俺には関係ない!」


 蜥蜴(とかげ)男は、背負ったコレクションの中から、片手剣を抜くと、俺に向かって振り下ろした。


 俺は、恐怖の余り、動く事も出来ずに目を瞑った。


「ぐはぁっ! ……」


「ちっ……順番、変わっちまったじゃねーか」


 斬られたのは、間に入った父だった。


 俺が目を開けると、父さんは、肩から腹にかけて深い刀傷を受け、そのまま、母さんに重なり合う様に倒れていた。


「と、父さん? ……父さん! 父さん!! ……起きてよ! 母さん! ……誰か助けてよ!!」


「うるさい奴だな。お前も、直ぐに親の元に送ってやるよ!」


 蜥蜴(とかげ)男は、俺に向かって、父さんの血で赤黒く染まった剣を振り下ろした。


 涙で前が見えなかった俺は、抵抗する事も出来ずに、迫りくる刃を真正面から受け入れる筈だった。


 だが、蜥蜴(とかげ)男は、またしても俺を斬る事は無かった。


 涙を拭うと、俺の目の前には、一際身体の大きな男の姿があった。


「大丈夫かっ! 少年!」


 そう叫んで、俺の間に入ってくれたのは、橙色の短髪で、簡易的な白い鎧に身を包んだ青年は、相手に背を向けた状態で、俺の事を守ってくれたのだった。


「……ぼ、僕は、大丈夫だけど……お、お兄さんがっ!」


「何だ? どうした?」


「代わりに、お兄さんの背中が……」


 俺は、助かった自分の命より、助けに入ったお兄さんの心配をしていた。

 何故なら、お兄さんの背中は、鎧の間を縫って、父さん同様に、剣で大きく切り裂かれていたのだ。


 だが、お兄さんは、俺にはにかんで見せた。


「安心しろ、少年! 俺は、ロムガルド王国の騎士団長だ! 背中を斬られた位、どうってことは無い!! だから、少し、後ろを向けるか?」


 俺は、言われた通り頷いて、目を背ける様に後ろを向いた。


「何だよ、また順番が変わっちまったな!」


「あまり、人様を舐めるなよ、蜥蜴(とかげ)。――おらぁっ!!」


 お兄さんは、襲い掛かる蜥蜴(とかげ)男に拳一発で、その胴体に風穴を開けて、葬って見せた。


「もういいぞ、少年。自分の名前は分かるか?」


「……フェイです。……フェイ・クロスト」


「そうか、フェイ君だな。親は何処に居る?」


 迷子に対する、一般的なお兄さんの質問に、俺は答えられなかった。


 助けて貰っておいて、返事もせずに、俯いて涙を流す事しか出来ない。

 言葉に出して、両親の現状を伝える事が、こんなにも難しいとは。


 すると、俺の代わりに背後から、掠れて今にも消えてしまいそうな声が聞こえた。


「き、騎士様……どう、か、フェイを……私達の、息子、フェイを、お守りください!」


「フェイ君のお父さんですか?」


「……はい……ここに、妻も、い、ます。……フェイを……頼みますっ!!」


「はい。任せて下さい」


 父親は、最後に精一杯の声でお兄さんに俺を託すと、そのまま、二度と口を開く事は無かった。


「父さん……うっ……うっ……ごめんなさい……僕が、僕が……」


「フェイ君、今から君を、安全な場所に避難させる。だから、一緒に来てくれるか?」


「…………はい」


 俺は、お兄さんに抱えられ、裏門付近に何個も特設された避難所の一つに届けられた。


「フェイ君、今から俺は、あの侵略者達と戦って来る。必ず、君を一人にしない。皆とここで良い子に出来るか?」


「……はい」


 お兄さんは、背中の応急処置を済ませると、戦場に繰り出した。


 俺は、何も出来ない自分に無力さと後悔を募らせる。


 俺があの時、王都に行きたい何て言わなければ。

 俺が二人に、我が儘何て言わなければ、こんな事にはならなかった。


 退屈に思えた長閑のどかな毎日も、大事な家族も、もう戻ってこない。


 俺は、五十人程が肩身を寄せ合う避難所の隅で、目を腫らして、同じ様な境遇の人達とお兄さん達の勝利を願って待ち続けた。

 不安と恐怖の中、泣き疲れて、気づけばその場で眠りに就いていた。


 次の日になって、戦いが終わりを迎えた。

 お昼を過ぎた頃、避難所に届いたのは、勝利の吉報だった。


 不安で眠れなかった者達も、歓喜の声を上げて自分の家に帰って行った。

 一人、また一人と迎えが来て、自分の家に帰宅した。


 身寄りの無い子供達は、孤児院に引き取られる事になるのだが、お兄さんが迎えに来ると信じている俺は、避難所に残る事にした。


 結局、避難所に残ったのは、半日もすれば俺一人となった。


 だが、その後どれだけ待っても、お兄さんが現れる事はなかった。


 戦いから二日が経過した頃、孤独な避難所暮らしを続けていると、知らないお兄さんが訪ねて来た。


「突然、すまないね。君がフェイ君で間違いないかな?」


 そのお兄さんは、何故か、俺の名前を知っていたのだ。


「は、はい」


「そうか、よく頑張ったね。今から僕が、君が待ってた人が居る所に連れて行ってあげるよ」


「分かりました」


 お兄さんは、自身も身体の半分を包帯に絡まれ、満身創痍の様に見えたが、俺の前では明るく振舞った。


 そんなお兄さんに手を引かれた俺は、何故か、王城の中の一室に連れて行かれる事となった。

 入口の扉を開け、中の見えない部屋の奥に、お兄さんが話しかける。


「団長、キースです。フェイ君を連れて来ました」


「……そうか、顔を見せてくれ」


「はい、只今!」


 お兄さんは、俺を奥にあるベッドの隣まで連れて行ってくれた。


「それでは団長。私はここで」


「ご苦労、ゆっくり休めよ」


「はっ!」


 俺を案内してくれたお兄さんは、俺の前では、最後まで笑顔を絶やさず、部屋を後にした。


「フェイ君、無事だったか?」


「……はい。ですが、騎士団長さんは……」


 目の前のベッドに横たわりながら、挨拶をする騎士団長は、言葉とは裏腹に立ち上がる事も難しい程の傷を全身に負っていたのだ。


 巻かれている包帯は、所々血が滲んで、赤黒く傷の深さを主張していた。


「なーに、気にするな! 俺にとってはこんな物、掠り傷だ! ……それよりも、迎えに行くのが遅くなってごめんな!」


「すいません。ぼ、僕のせいで、騎士団長さんが背中に傷を……」


「子供が何言ってんだよ。この傷はな、お前を助ける事が出来た名誉の傷だ。フェイ君が謝る様な事じゃない」


「で、でも……それでも、僕は、自分が許せないんです」


「どうして、そう思うんだ?」


「あの時、死ぬべきだったのは……僕だったんです。……僕が、強引に両親を王都旅行に誘いました。僕が我が儘を言ったから、父さんと母さんは……うっ……うっ……」


 二人の事を思い出すと、堪え切れず、涙が溢れ出す。

 騎士団長に伝えたい事も、言い切れないままに、只々、俯くしかなかった。


 だが、そんな俺の頭を、優しく撫でる大きな手があった。


「えっ?」


 俺は、全然違う掌の感触だというのに、父さんが毎日してくれていた事を思い出していた。


 そうか、俺は、あの退屈に思えた、長閑のどかな毎日が大好きだったんだ。


「父さん、母さん。……ごめんなさい。……ごめんなさい!」


「もう謝るな! フェイは悪くない。……ごめんな、こんな時に抱きしめてやれなくて」


 騎士団長は、立ち上がれない中、必死に右手を俺の頭まで伸ばしてくれていた。

 俺は、これ以上、騎士団長に無理をさせない為に、泣きながら一歩、前に進んだ。


「フェイ、顔を上げよ」


「……はいっ」


 俺は、無様な泣きっ面を騎士団長に向けると、騎士団長もその目に涙を浮かべていた。


「俺には、子供を育てた経験も無ければ、今となっては家族も居ない。だが、そんな俺にだって、分かる事がある! いいか、フェイ。子供の我が儘に罪は無いんだよ!」


「……で、でも、僕は――」


「……悲しいよな、悔しいよな。……だったら、今度は、お前が誰かを守ってやれる盾になれ! 大人に成るまで、俺が面倒を見てやろう。……どうだ? 俺の息子になってみないか?」


「……な、成ります! 僕が、騎士団長さんを守る盾に成ります!!」


「俺を守るつもりなのか?」


「はいっ!」


「そうか、フェイは偉いな。ヨシヨシヨシ」


 こうして、俺は、騎士団長さんの義理の息子として育てられる事となる。


 俺は、その日、騎士団長の病室で、互いの身の上話をしながら、共に眠りに就いた。

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