ある警備隊長の追想①
◇ フェイ視点 ◇
俺は、初めて大好きな警備長に逆らった。
絆されたと言えば、それまでの事かも知れない。
けれど、警備長の答えに、直ぐに納得出来る程、大人にはなれて無かった様だ。
俺は、アーチ以外の第三警備隊を集めて、正門の左側に場所を移しながら、あの日の事を思い返していた。
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確か、あれは、俺が五歳になった頃だった。
大陸の東に位置する小さな農村で、しっかり者の父と面倒見の良い母の元、三人で、家業である農作に励み、生計を建てていた。
今思い返せば、子供の俺が手伝えた事など、微々たる物だ。
だが、両親は俺が何かをする度に、褒めちぎってくれた。
長閑な環境の中で、そんな風に伸び伸びと育てられた事もあってか、作物を詰めた籠を一人で運べる様になる頃には、すっかり、我儘な少年へと成長していた。
今日も、作物の収穫を手伝った俺は、両親にご褒美をねだっていた。
「父さん、今日は、お芋の籠を三つも運んだよ!!」
「そうか、フェイは偉いな!! ヨシヨシヨシ!」
「ヨシヨシは、もう飽きたよー!」
父親のがっしりとした手で頭を撫でられるも、俺は満足しない。
畑仕事を手伝った後は、決まって、頭を撫でて貰って居たからだ。
「じゃあ、今日の夕飯は、いつもより豪華にしましょうね! お母さん、でっかいお魚貰ってきたから!」
「うーん……どうしよっかな?」
話を聞いていた母さんが、厨房から俺に妥協案を提供する。
決まって母さんの出す妥協案は、俺を心の底から満足させてくれる物だった。
だが、今日は、夕飯を楽しみにしつつも、もう一つ、頼んでみたい事があった。
「ねぇ、父さん、母さん。僕、王都に旅行に行きたい!」
俺の要望を聞いた両親は、引き攣った笑顔で答えてみせた。
「えっ? 急にどうしたのよ?」
「フェイ、お前は、旅行がどういう物か分かってるのか?」
「うん! 凄い楽しいって、裏のポール君が言ってたよ!」
「うーん。……フェイ、王都って何処にあるか知ってるの?」
「分かんない! けど、とにかく、王都に行きたいんだ!」
「あのね、フェイ。王都は、凄く遠くて、凄くお金が掛かるのよ」
「えぇー行きたい! 行きたい! 行きたい! ……僕、明日はもっとお芋を運ぶからお願い!!」
「そ、そうか。……ポール君の家はお金持ちだからなぁ……フェイ、考えておくよ」
「お父さん、ありがとう!」
母さんは遠回しに断っていたが、当時の俺には、その真意が伝わる事は無かった。
今思い返してみても、何故そんなにも、王都に行きたかったかは分からない。
所詮、同い年の友達が、自慢そうに話しているのが、羨ましかった程度だ。
実際にその日は、父が検討してくれただけで満足して、次の週には忘れていた程だった。
そんな穏やかな日常が続いて、六歳を迎えた時だった。
この日は、俺の誕生日だ。
「「お誕生日おめでとう!!」」
「ありがとう!」
「フェイ君は、何歳になったのかな?」
「六歳!」
俺は、母親からの質問に両手を使って、同じ数の指を立てて返した。
「そんな、お利口さんのフェイ君には、プレゼントがあります!」
「えっ!? 何何っ?」
「フェイ、このお手紙を開けてみて!」
「うん!」
俺は、父から手渡された手紙の封を開けると、そこには、驚きの文字が書かれた紙が入っていたのだ。
【祝! 生誕六歳記念! 王都ロムガルド行き 家族旅行券】
それは、明らかに母さんの字で書かれた、手作りの王都への切符だった。
忘れかけていた約束に、当時の感情が蘇る。
「えっ!? 本当に? 良いの?」
「そうよ! 明日から、ちょっとお仕事はお休みして、皆で行くわよ!」
「うん。折角の機会だし、フェイには、広い世界を見て欲しいって思ってな!」
「……二人共、ありがとう!! 僕、嬉しいよ!!」
こうして、念願の王都への旅行が決まったご機嫌な俺は、そのまま、二人に引っ付いて眠りに就き、念願の朝を迎えた。
「出発進行っ!!」
生まれて初めて乗る馬車に興奮し、はしゃぎながら、王都を目指して街道を西に進んだ。
揺られ続ける事、四日。
遂に、話でしか知らない夢の都、王都に辿り着いた俺達は、馬車のお兄さんと共に門の列に並ぶ。
「お次の方何人?」
「三人です」
「そうですか、じゃあ、三千ローム、そこの箱に入れといて」
「わ、分かりました」
門番のおじさんは、父を面倒臭そうに突き放すと、俺達の顔を見る事無く、淡々と受付をこなしていた。
村には居ない淡白なタイプの大人を前に、俺達は、気まずいながらも、受付を終えて門を潜る。
「まぁ、あの人達も忙しくて大変なんだよ。行こうか」
「そうね。……それより見てフェイ! あれが時計塔よ!」
「本当だっ!! これがポール君の言ってた時計塔!!」
門を潜った俺達を出迎えてくれたのは、村では見た事の無い、石造りの建物と、一際目立つ街のシンボルだった。
高い建物など、真面に見た事の無い俺は、塔を見上げて固まっていた。
「フェイ、いつまで固まってるのよ! ご飯屋さん閉まっちゃうよ!」
「ご飯? すぐ行く!」
俺は、迷子にならない様に二人の間に入り、両手をそれぞれに預けて街を散策した。
その後、【時計下通り】沿いの出店で腹を満たすと、そのまま、母さんの買い物に付き合いながら、時計塔を目指して歩いていた。
その時だった。
俺達が通って来た門の方から、何かが崩れる様な爆発音と共に、大量の土煙が上がったのだ。
門の入口から離れている俺達にまで響く、地鳴りの様な振動。
「えっ? 何? お父さん怖いよ!!」
俺は、二人の手をより強く握り締めた。
「フェイ、大丈夫よ。何があっても、王都には騎士団が居るんだもの」
「そうだぞ、フェイ。騎士団はな、魔物何て相手にならない位強いんだ! だから、巻き込まれない様に少しでも遠くに行ってような」
「……うん、そうする」
俺達は、商店が立ち並ぶ入り組んだ通りから、【時計下通り】に戻り、正門の方に目を向けると、そこで、衝撃的な光景を見にする事となった。
正門が、外壁よりもでかい大男によって、跡形も無く崩されていたのだ。
今、目に写るのは、瓦礫の山と化した正門を、人ならざる者達が飛び越え侵入し、手当たり次第に、人間を虐殺している凄惨な現場だった。




