ある来訪者の正体
「で、でかい!! 何だよあれ?」
セルドが騒ぎ立てるのも無理は無い。
突如、現れたというよりも、立ち上がった大男は、外壁の三十メートルを優に超える大きさだったからだ。
その巨体を規格外の鎧で包み、背には体に負けない程の大剣を背負って、地響きの様な足音を立てながら近づいて来る様は、恐怖以外の何物でも無い。
「ガッハッハッハッ!! やはり、奇襲作戦は失敗だった様だな。ドーズ!!」
「「「しゃ、喋った!!」」」
この日、何度目の驚きだろうか。
外壁を優に超える大男は、普通に人間の言語を口にしたのだ。
その男の後にも、一回り小振りな大男達が、同じ様な格好で続いていた。
こいつ等が、ドーズの言っていた味方という事か。
「何だ? 人間は俺達が喋る事を知らんのか?」
「だから言っただろ、ビグルビー。人間は油断してるって」
「ガッハッハッハッ! 疑って悪かったな! それで、竜人様とやり合ったって奴はどいつだよ?」
「そこに居る、身体の大きな老人だ」
「こいつがか? まぁ、俺にとっては小さいがな! ガッハッハッハッ!」
「小さくてすまんのう、巨人族の男よ。じゃが儂は、お前らの事を熟知しておるぞ」
巨人族の圧倒的な存在感に、俺達が視線を上に向けていると、さらに上空から、別の気配が向かって来る。
「次は何だよ? ――って、女が飛んでる!?」
空からドーズの元に降り立ったのは、三メートル程の怪鳥の様な栗色の胴体に、薄水色の長髪を靡かせた、女性の顔付きをした奇妙な生き物だった。
美しい顔に見惚れそうにもなるが、その顔以外は、凶器となりうる鋭利な鍵爪や、身体よりも存在感のある翼など、見れば見る程に恐ろしさを感じさせた。
「ドーズ。呼ぶのが早いわよ。……それで、貴方の同期の女って誰なのかしら?」
「フローイ。これでも粘った方だ。で、同期か? ……それなら、あそこの銀髪メガネだ」
ドーズは、ルートさんを鎌で指すと、フローイと呼ばれた鳥のお姉さんは、鼻で笑って見せた。
「あら、こんにちは、銀髪メガネさん」
「いきなり何様よ? 鳥女」
「私ですか? 私は、鳥人族のフローイと申します」
「あっそ。変な名前ね」
ルートさんは、鳥のお姉さんの事など、眼中に無い様だが、代わりに、俺の隣で熱い視線を送る男が居た。
「こんにちは、お姉さん。私は、王都一の紳士、トーマスと申します」
「…………」
自らを紳士と名乗った男は、勝手に挨拶を返しながら手を振り出したが、鳥のお姉さんは、トーマスの事など、眼中に無いらしい。
「何やってんだよお前! あいつは敵だぞ!」
「分かってる。分かってるけど、ナシじゃないだろ!!」
「お前、幼女では飽き足らず、人外にまで、手を広げるつもりか?」
「最近、そういうのも、悪くないかなって……」
「悪いでしょうが!! それに、そんな状況じゃないでしょ!! 黙ってなさいよ!!」
メリサは、紳士を自称する男を、叫びながら三発拳骨を叩きこむ。
「メリサ、落ち着け! 今、喋ってるの、俺達だけだぞ!」
「えっ? ……あ、あの、すいませんでした」
メリサは、知らず知らずの内に、周囲の注目を集めている事に気づいて、顔を赤らめ、誰かに謝り出した。
「ドーズ、二人は後で来るわ。だからもう、始めちゃいましょうよ」
「そうだな。……では、警備長。そろそろ、我々の準備が完了しますので、自陣に戻り次第、攻め込ませて貰っても宜しいですか?」
「良いじゃろう。じゃが、お前も情けないのう。自分から吹っ掛けておいて、また、逃げるつもりか?」
「何とでも言って下さい。俺は、真っ正面から貴方と戦う程、馬鹿じゃないので」
ドーズはそう告げると、取り巻きを連れて、俺達に背を向け歩き出した。
今から襲って来る相手を、見す見す逃がしてしまった訳だが、誰も、ドーズの後を追う事は無かった。
理由は簡単だ。
相手が何かを仕掛けて来る可能性がある以上、こちらにも対策する時間が必要だからだ。
得体の知れない敵を相手に戦う事の危険さは計り知れない。
俺達は、唯一の経験者である警備長に意見を求めていた。
「警備長、教えて下さい! あいつらは何なんですか?」
「そうじゃな、今から奴らと戦う皆には、全てを伝えておくべきじゃな」
「お願いします!」
「……これは飽くまでも、奴等から聞いた話じゃが、あ奴らは、儂らの住んでいる大陸の海を挟んで、遥か北西にある大陸に住む、亜人という連中じゃ。亜人は、儂らと同じ言葉を喋り、人間と同じ様に亜人連合という国を作っておる。それぞれが高い戦闘能力を持っており、知能もある。奴らの、一体一体が上級以上と思え!」
「そんな馬鹿な!? じゃあ俺達は、そんな連中と今からやり合うって事ですか?」
セルドは、不安を隠せない様子で、警備長に問いかける。
「そうじゃ。じゃが、奴らの数は決して多くない。あの軍勢の九割が、ドーズの操る魔物と言えるじゃろ。それに、儂らには、奴等には無い武器がある!」
「それは?」
「魔法じゃ!! 儂は使えんが、魔法を使って、奴らを出し抜くのじゃ、分かったな!!」
「「「はいっ!」」」
警備長が、一通りの説明を済ませると、まもなく、総攻撃が仕掛けられる正門前を守る為に、それぞれの配置が割り振られる事となった。
俺は、フェイさんが指揮を務める、第三警備隊のメンバーで構成された正門の左側に決まった様だ。
対する右側は、アーチを最前列に、協力してくれる冒険者と警務隊、闘技場の精鋭を合わせた、五十人程の面々で構成されていた。
そして、外壁の上には、民間人の方達が並び、中央には前線に警備長、後方にルートさんという、二人だけの歪な構成となっていたのだ。
だが、警備長が限られた時間で練った配置案に、待ったを掛ける人間が一人だけ居たのだ。
「警備長! 待ってください!!」
「何じゃ、フェイ?」
「納得がいきません!! 俺に、中央の前線をやらせて下さい!!」
妥当だと思われた采配に、フェイさんは、珍しく声を荒げたのだ。
俺が覚えている限りでは、警備長の決定に逆らうフェイさんを見るのは、初めての事だった。
「駄目じゃ!! お前は、第三警備隊の隊長じゃ!! お前が率いなくて、誰がやるんじゃ?」
「代わりに警備長がやって下さい!! 俺は、……俺は、どうしても、やらなければならないんです!!」
「……フェイ、復讐でもするつもりか?」
「……ええ、俺は、この日の為に力を付けて来ました。俺が最前線で、一匹でも多く、亜人共を道連れにしてでも殺します。……警備長なら、分かってくれますよね?」
「……分かるからこそ、許可は出来ない。……フェイ、もう一度、お前の職業を思い出せ!! 門番として、守り抜く事でしか、見えない未来があるんじゃ!」
「ですが、警備長!」
「フェイ、今は勤務中だ。お前の我が儘は、後で何でも聞いてやる。……だから、分かってくれるか」
警備長は、フェイさんを諭す様にその言葉を残して、俺達の持場から、自分の持場へと場所を移した。
俺達が迎撃の準備を整える頃には、気味悪く統制された魔物達の軍勢も、俺達に向き合う様に並んでおり、今にも、戦いの火蓋が切って降ろされようとしていた。




