あるバイト門番の中毒症状②
「すいませーん」
声から察するに、女性の声だ。
俺は、振り向き様に先制攻撃を仕掛ける。
「……ペローン。外出されま――」
「はぁ? 何言ってんの。殺すぞお前?」
俺が、振り返り様にペローンをした先に現れたのは、苛立ちを微塵も隠すつもりの無い、アーリアの姿だった。
不味い、振り向き様だったので、ペローンの声量が大きくなってしまった。
多分、聞かれたよな。
なら、ついでにもう一発ぐらい入れておこう。
「ペロ――ぐはっ!! てめぇ、何しやがる?」
俺が、もう一度舌を出そうとしていると、鎧の上から腹に拳が叩きこまれていた。
「……はぁ……あんた、この数カ月で落ちる所まで、落ちた様ね」
アーリアは、大きな溜め息を付いた後、呆れた様に冷たい声で言い放った。
そう言えば、アーリアは、何故ここに現れたのだろう。
いくら街の出入口とはいえ、元職場に顔を出すのは気まずい筈だ。
そもそも、職業案内所に勤務するアーリアが、王都の外に用事があるとは思えない。
「そんな事よりさ、まず私に謝る事あったろ?」
「はて? 何の事でしょうか? 人違いでは?」
実際には心当たりがあるが、相手の目的が分からない以上、下手に認める訳にはいかない。
「いーや、お前だよな? 私を馬車の保証人にしたの」
「…………なぁ、アーリア。これって時効とか適応されるのか?」
「お前が十二年のローンを組んでる間は、そんな物存在しないぞ」
「じゃあ、人違いですね。はははっ! ……それでは、名前と年齢、来訪の理由は?」
「はぁ? あんた、人の名前を勝手に使っておいて、良くそんな口が利けるね」
「通行料、千ロームになります」
「お前、本当に殺されたいのか!!」
「すいませんでした!!」
アーリアの両手に炎が灯ったのを見て、地面に膝を付いて頭を下げる。
素手で、鎧の上からダメージを入れて来る女が、【憑依】した拳を当てて来たら、結果は考えるまでも無い。
「きゅう?」
「あっ! ゲホゲホだ!! よしよしよしー!」
突然、飼い主が土下座した事に驚いたゲホゲホが声を上げると、アーリアはゲホゲホに抱き付いて、わしゃわしゃと体中を撫で回した。
心なしか、ゲホゲホの表情も喜んでいる様に見える。
「何でお前が、ゲホゲホを知ってるんだよ?」
「きゅうううー!!」
「だって、職業案内所に来た人がね、みんな口を揃えて可愛いって言う位、飼い主と違って評判なのよ。最近だと、頭を撫でると、ご利益が有るって噂もあるしねー」
どうやらゲホゲホは、門の前に立っているだけで、密かに有名になっていた様だ。
「俺、全然ご利益無いけどな……」
「しょうがないでしょ。良い肥料を上げても、根っこから腐ってると、どうにもならないって言うし」
「うるせぇ! で、お前、本当の所は何しに来たんだよ? 俺、仕事中なんだけど」
俺は、アーリアに本当の要件を尋ねると、また、大きな溜め息を付かれた。
「……はぁーあ。せっかく、カーマの為に来てやったのに」
「俺の為? どういう事だ?」
アーリアは、どういう訳か、俺に用があったらしい。
だが、俺の為になりそうな用事とは、何事だろう。
こちらについては、全く思い当たる節が無い。
「ついに、来たんだよ!」
「何が?」
「だから、半年に一度の騎士団の求人募集が」
「本当かっ!?」
「うん。詳細は、案内所に来たら教えるから、仕事終わりに顔出しなさい。分かった?」
「ありがとうアーリア! お前って、意外と良い奴だったんだな!」
「私って何だと思われてんのよ!」
アーリアから貰った、当然の朗報に喜びを隠せないでいると、目の前に居たアーリアの足元が、突然、地割れを起こした。
「アーリア、あぶねぇ!!」
「えっ!?」
俺の叫び声を聞いたアーリアは、辛うじて後方に飛び込む事で回避するも、飛び込んだ先の地面も、不穏な動きを見せていた。
「【具現出力――岩石の巨腕】!!」
「嘘でしょ!? きゃああああーーー!!」
着地したばかりの不利な体勢を狙った、地面から勢い良く伸びる巨大な岩石に、アーリアは、成す術無く空に打ち上げられる。
「アーチ! お前、アーリアに何してんだ!!」
「あんたこそ、何、あの嘘付き女と喋ってんのよ?」
今まで、外壁の上に待機していたアーチが、俺の元まで飛び降りて来た。
そう言えば、この二人も元同僚だったよな。
「何でいきなりアーリアに攻撃したんだよ? お前ら、年も近いだろうし、仲良かったんじゃねーのかよ?」
「良い訳無いでしょ! そもそも、あのほら吹きは、あたしが追い出したんだから!」
「はぁ? 追い出したってどういう事だよ?」
「あんたには関係ない。それに、あいつが辞めて無かったら、火属性の求人出て無かったんだから、あたしに感謝しなさいよ。――っと、戻って来たか!」
アーチが上空を見上げると、全身に炎の魔力を纏ったアーリアが、ゆっくりと俺達の目の前に降り立った。
二人が向き合い、無言のまま睨み合いが始まる。
咄嗟に身の危険を感じた俺は、ゲホゲホを連れて遠ざかる。
「セルド、お前も気を付けろ! 誰か呼んだ方が――」
「もう、呼んでる! お前は、通行人を守れ!」
「分かった!」
セルドと近くに居る通行人達を、出来るだけ遠ざけていると、睨み合う二人に動きがあった様だ。
「……久しぶりね、アーチ」
「……気安く名前を呼ぶなよ。あんた、よく、あたしの前に姿を見せれるよな。自分で何をしたか分かってんの?」
「分かんないよ。だって、嘘じゃないんだから!」
「嘘よ!! あんたはあたしの親友を馬鹿にした。そんな奴、許される訳ないでしょう? 【魔源憑依】!」
アーチも全身を土の魔力で纏って、臨戦態勢に入っていた。
「……アーチ、一応、聞いておくね。……私の事、嫌い?」
「……うん」
「そっかぁ……残念」
二人は、今にも拳を交えようと足を踏み込んだ、その時だった。
「「何やってんだよ!」」
開かれた扉から、二人の間に割って入る人影が二つ。
「退いて、フェイ! こいつはあたしが叩きのめす!」
「駄目だ。他の人に迷惑が掛かる」
「でもっ!」
「口答えするな! ちょっと来い!」
「や、止めろ! バーカ!」
「お前が馬鹿だろ! バーカ!」
フェイさんは止めに入るや否や、速攻でアーチの襟元を掴んで、強引に事務所に引き摺って行った。
「ルート、そっちは頼むぞ」
「はいはい」
その様子を見ていたアーリアも、戦意を無くしたのか、既に、全身の【憑依】を元に戻していた。
「……ルートさん……」
「アーリア、久しぶりね。……私の言いたい事、貴方なら、分かってくれるよね?」
「……はい。騒ぎを起こしてすいません。私は、帰ります」
「そうして頂戴」
先輩であるルートさんの登場で、戦意を無くしたアーリアも大人しく引き上げていった。
ようやく、静寂が訪れた正門前で業務に戻ろうとすると、ルートさんが、俺達の元にやって来た。
「二人共、色々あったけど、残り二時間、そのまま頼むよ」
「「ペローン……分かりました」」
しまった。
布の安心感で無意識にペローンを……。
だが、身体をコントロール出来ていないのは、俺だけじゃない。
「おい、お前ら、一旦、その布を外しなさい」
「「ペローン……分かりました」」
くそっ……またも、無意識にペローンが。
俺達は、布を首まで下げて、口元を露にする。
「ちょっと口、開けてくれる?」
「はい。……ぎゃああああああーーー!!!」
この日、俺達の首に巻かれた布は、さらに赤く染まる事となった。




