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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第一章 あるバイト門番の燻り
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あるバイト門番の中毒症状②

「すいませーん」


 声から察するに、女性の声だ。

 俺は、振り向き様に先制攻撃を仕掛ける。


「……ペローン。外出されま――」


「はぁ? 何言ってんの。殺すぞお前?」


 俺が、振り返り様にペローンをした先に現れたのは、苛立ちを微塵も隠すつもりの無い、アーリアの姿だった。


 不味い、振り向き様だったので、ペローンの声量が大きくなってしまった。


 多分、聞かれたよな。

 なら、ついでにもう一発ぐらい入れておこう。


「ペロ――ぐはっ!! てめぇ、何しやがる?」


 俺が、もう一度舌を出そうとしていると、鎧の上から腹に拳が叩きこまれていた。


「……はぁ……あんた、この数カ月で落ちる所まで、落ちた様ね」


 アーリアは、大きな溜め息を付いた後、呆れた様に冷たい声で言い放った。


 そう言えば、アーリアは、何故ここに現れたのだろう。


 いくら街の出入口とはいえ、元職場に顔を出すのは気まずい筈だ。

 そもそも、職業案内所に勤務するアーリアが、王都の外に用事があるとは思えない。


「そんな事よりさ、まず私に謝る事あったろ?」


「はて? 何の事でしょうか? 人違いでは?」


 実際には心当たりがあるが、相手の目的が分からない以上、下手に認める訳にはいかない。


「いーや、お前だよな? 私を馬車の保証人にしたの」


「…………なぁ、アーリア。これって時効とか適応されるのか?」


「お前が十二年のローンを組んでる間は、そんな物存在しないぞ」


「じゃあ、人違いですね。はははっ! ……それでは、名前と年齢、来訪の理由は?」


「はぁ? あんた、人の名前を勝手に使っておいて、良くそんな口が利けるね」


「通行料、千ロームになります」


「お前、本当に殺されたいのか!!」


「すいませんでした!!」


 アーリアの両手に炎が灯ったのを見て、地面に膝を付いて頭を下げる。


 素手で、鎧の上からダメージを入れて来る女が、【憑依(ひょうい)】した拳を当てて来たら、結果は考えるまでも無い。


「きゅう?」


「あっ! ゲホゲホだ!! よしよしよしー!」


 突然、飼い主が土下座した事に驚いたゲホゲホが声を上げると、アーリアはゲホゲホに抱き付いて、わしゃわしゃと体中を撫で回した。


 心なしか、ゲホゲホの表情も喜んでいる様に見える。


「何でお前が、ゲホゲホを知ってるんだよ?」


「きゅうううー!!」


「だって、職業案内所に来た人がね、みんな口を揃えて可愛いって言う位、飼い主と違って評判なのよ。最近だと、頭を撫でると、ご利益が有るって噂もあるしねー」


 どうやらゲホゲホは、門の前に立っているだけで、(ひそ)かに有名になっていた様だ。


「俺、全然ご利益無いけどな……」


「しょうがないでしょ。良い肥料を上げても、根っこから腐ってると、どうにもならないって言うし」


「うるせぇ! で、お前、本当の所は何しに来たんだよ? 俺、仕事中なんだけど」


 俺は、アーリアに本当の要件を尋ねると、また、大きな溜め息を付かれた。


「……はぁーあ。せっかく、カーマの為に来てやったのに」


「俺の為? どういう事だ?」


 アーリアは、どういう訳か、俺に用があったらしい。


 だが、俺の為になりそうな用事とは、何事だろう。

 こちらについては、全く思い当たる節が無い。


「ついに、来たんだよ!」


「何が?」


「だから、半年に一度の騎士団の求人募集が」


「本当かっ!?」


「うん。詳細は、案内所に来たら教えるから、仕事終わりに顔出しなさい。分かった?」


「ありがとうアーリア! お前って、意外と良い奴だったんだな!」


「私って何だと思われてんのよ!」


 アーリアから貰った、当然の朗報に喜びを隠せないでいると、目の前に居たアーリアの足元が、突然、地割れを起こした。


「アーリア、あぶねぇ!!」


「えっ!?」


 俺の叫び声を聞いたアーリアは、辛うじて後方に飛び込む事で回避するも、飛び込んだ先の地面も、不穏な動きを見せていた。


「【具現出力(ぐげんしゅつりょく)――岩石の巨腕(ギガントロック)】!!」


「嘘でしょ!? きゃああああーーー!!」


 着地したばかりの不利な体勢を狙った、地面から勢い良く伸びる巨大な岩石に、アーリアは、成す術無く空に打ち上げられる。


「アーチ! お前、アーリアに何してんだ!!」


「あんたこそ、何、あの嘘付き女と喋ってんのよ?」


 今まで、外壁の上に待機していたアーチが、俺の元まで飛び降りて来た。


 そう言えば、この二人も元同僚だったよな。


「何でいきなりアーリアに攻撃したんだよ? お前ら、年も近いだろうし、仲良かったんじゃねーのかよ?」


「良い訳無いでしょ! そもそも、あのほら吹きは、あたしが追い出したんだから!」


「はぁ? 追い出したってどういう事だよ?」


「あんたには関係ない。それに、あいつが辞めて無かったら、火属性の求人出て無かったんだから、あたしに感謝しなさいよ。――っと、戻って来たか!」


 アーチが上空を見上げると、全身に炎の魔力を纏ったアーリアが、ゆっくりと俺達の目の前に降り立った。


 二人が向き合い、無言のまま睨み合いが始まる。


 咄嗟に身の危険を感じた俺は、ゲホゲホを連れて遠ざかる。


「セルド、お前も気を付けろ! 誰か呼んだ方が――」


「もう、呼んでる! お前は、通行人を守れ!」


「分かった!」


 セルドと近くに居る通行人達を、出来るだけ遠ざけていると、睨み合う二人に動きがあった様だ。


「……久しぶりね、アーチ」


「……気安く名前を呼ぶなよ。あんた、よく、あたしの前に姿を見せれるよな。自分で何をしたか分かってんの?」


「分かんないよ。だって、嘘じゃないんだから!」


「嘘よ!! あんたはあたしの親友を馬鹿にした。そんな奴、許される訳ないでしょう? 【魔源憑依(まげんひょうい)】!」


 アーチも全身を土の魔力で纏って、臨戦態勢に入っていた。


「……アーチ、一応、聞いておくね。……私の事、嫌い?」


「……うん」


「そっかぁ……残念」


 二人は、今にも拳を交えようと足を踏み込んだ、その時だった。


「「何やってんだよ!」」


 開かれた扉から、二人の間に割って入る人影が二つ。


退いて、フェイ! こいつはあたしが叩きのめす!」


「駄目だ。他の人に迷惑が掛かる」


「でもっ!」


「口答えするな! ちょっと来い!」


「や、止めろ! バーカ!」


「お前が馬鹿だろ! バーカ!」


 フェイさんは止めに入るや否や、速攻でアーチの襟元を掴んで、強引に事務所に引き摺って行った。


「ルート、そっちは頼むぞ」


「はいはい」


 その様子を見ていたアーリアも、戦意を無くしたのか、既に、全身の【憑依(ひょうい)】を元に戻していた。


「……ルートさん……」


「アーリア、久しぶりね。……私の言いたい事、貴方なら、分かってくれるよね?」


「……はい。騒ぎを起こしてすいません。私は、帰ります」


「そうして頂戴」


 先輩であるルートさんの登場で、戦意を無くしたアーリアも大人しく引き上げていった。


 ようやく、静寂が訪れた正門前で業務に戻ろうとすると、ルートさんが、俺達の元にやって来た。


「二人共、色々あったけど、残り二時間、そのまま頼むよ」


「「ペローン……分かりました」」


 しまった。

 布の安心感で無意識にペローンを……。


 だが、身体をコントロール出来ていないのは、俺だけじゃない。


「おい、お前ら、一旦、その布を外しなさい」


「「ペローン……分かりました」」


 くそっ……またも、無意識にペローンが。

 俺達は、布を首まで下げて、口元を露にする。


「ちょっと口、開けてくれる?」


「はい。……ぎゃああああああーーー!!!」


 この日、俺達の首に巻かれた布は、さらに赤く染まる事となった。

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