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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第一章 あるバイト門番の燻り
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あるバイト門番の中毒症状

 馬車で夢と希望を掴んでから、三カ月が過ぎた頃だった。


 残り一月で、半年間の契約が終了する。

 勿論、何の進展も無いので更新するつもりだ。


 もうすっかり日が長くなり、夏季の真っ只中を迎えている俺達は、賑やかだが、特に変わりない日々を淡々と過ごしていた。


 変わった事と言えば、魔力操作が微力ながら向上して、両手に加え、足にも【憑依(ひょうい)】出来る箇所を増やせる様になった結果、中級の魔物を危なげなく討伐出来る様になった事と、仕事に慣れて来た事で、昼勤の業務で暇を持て余す様になった事だ。


 始めは、一杯一杯だった受付業務も板につき、今では、考え事をしながら通行料を受け取れる様になっていた。

 だが、余裕を持て余す様になると、やってくるのが、暇と言うものだ。


 夜勤は、良くも悪くも俺達しか居ないので、魔物が出ない間は、寛いで雑談も出来るが、通行人が絶え間なく訪れる昼勤の十二時間は、合間にゲホゲホを撫でているだけでは過ぎてくれない。


 今日も、セルドと共に受付に立っているが、未だに、昼飯にも辿り着けていない。


 もう限界だ。

 このままでは、可笑しくなってしまいそうだ。


 そうだ、一年先輩のセルドなら、この対処法を知っているかも知れない。

 俺は、通行人の列が途切れた合間を縫って、セルドに聞いて見る事にした。


「セルド、ちょっと良いか?」


「どうした? 何かあったか?」


「いや、最近、昼勤の仕事中が暇でしょうがなくてさー、セルドはこういう時、どうやって時間が過ぎるのを待ってるんだ?」


「そういう事か! なら良いのがあるぞ!」


「本当か!?」


「ああ、暇を持て余しているのは俺も同じだからな。そんな俺達に打ってつけな秘密兵器がある!」


「俺も使って良いのか?」


「勿論だ! じゃあ、飯休憩の時に取って来るから、楽しむにしてな」


 セルドは、そう言って昼休憩に入ると、俺が弁当を食べ終わる頃には、手に黒い布を持って事務所に帰って来た。


「これが秘密兵器か?」


「ああ、これは、こうやってな、首に巻き付けて口元を隠す様に使うんだ」


 セルドは、持っていた黒い布を俺に手渡すと、もう一つを三角に折った後に、首の後ろで結び、口元を隠した。


 真っ黒の布で顔の下半分を隠した姿は、まるで、野盗団の一員にでもなった様な、怪しげな出で立ちだった。

 だが、どんな物か分からない以上、俺もセルドにならって布を括り付け、口元を隠す。


「これが、暇潰しになるのか?」


「そうだ! これを使ってやるゲームが、最高の暇潰しになるんだ!」


「そうなのか! それじゃあ、早速、教えてくれ!」


「良いだろう。ルールは簡単だ。この布で口元を隠しながら、業務中、自分の目の前を女が通過する度に、ペローンと声を出しながら、舌舐めずりをするだけだ」


「ちょっと待てよ変態! それのどこが楽しいんだよ?」


「おいおい、カーマ。分からないのか? この布を巻いてる意味が」


「分かんねぇよ! カッコつけてるだけじゃないのか?」


「違う! この布を巻いていれば、舌舐めずりが相手にバレない。声が聞こえなければ、ペローンはペローンじゃなくなるんだ!」


「……つまり、どういうことだ?」


 俺は、セルドのやりたい事は理解したが、言いたい事が分かりそうで分からない。


「つまり、目の前を通る可愛い女達に、聞こえるか聞こえないかのギリギリの声でペローンをかまし、スリルを楽しむ究極の遊びだ!」


「へぇー、そういう事か! 中々、楽しそうじゃねーか!」


 遊び方を教わった俺は、早速正門に戻って、始めようとすると、セルドに呼び止められた。


「ちなみに、一つ、注意事項がある」


「どうせ、バレたらって事だろ? そんなへまはしねぇよ」


「そうじゃない。この遊びは、危険な程の中毒性を秘めている。やり過ぎると、無意識にペローンを発動してしまう体になってしまうんだ!」


「大丈夫だって、そんな馬鹿みたいな事、起きる訳無いから」


「カーマ、お前に貸した布を、もう一度見てみろ?」


 セルドに促されるまま、もう一度しっかりと布を見返すと、真っ黒な布から微かに赤い斑点が浮かび上がる。


「こ、これは?」


「実は、一昨日、トーマスからお前と同じ相談を受けてな、昨日の朝から一緒にペローンをしていたんだ」


「それも変な話だけどな。それで?」


「そして、道行く女にペローンを続け、昼休憩を迎えた時だった。あいつは弁当を食う為に、布を首まで下げた状態で、メリサに無意識で渾身のペローンを何度も繰り出してしまったんだ!」


「馬鹿すぎるだろ。それで、トーマスはどうなったんだ?」


「あいつは、激怒したメリサに、その場で舌を切り取られた。その布に付いているのは、トーマスの血痕だ」


 そう言えば、昨日のトーマスは、口内炎で飯が染みるって大騒ぎしていた気がする。

 メリサの事だから、最後には治してくれたとは思うが、そんな思いは、まっぴらごめんだ。


「ああ、忠告ありがとう。お互い、舌を無くさない様に気を付けようぜ!」


「じゃあ、行くか!」


 首元をより一層、きつく縛り付けた俺達は、正門の持場に戻る事にした。


「ゲータさん、戻りました」


「じゃあ、僕はご飯行ってくるね。後、上にはアーチが居るから宜しくね」


「了解です!」


 休憩から戻り、持場を変わると、すぐさま、次の通行客が押し寄せて来た。


 俺は、列の先頭に立っていた桃色の髪の女の子を見て、バレない様に舌を動かした。


「……ペローン。それでは、お次の方、お名前と年齢、ご来訪の理由をお聞かせ下さい」


「……は、はい。就職で王都に来ました。う、ウーカと申します」


「分かりました。通行料、千ロームになります」


「……は、はい」


 ウーカと名乗った女の子は、初っ端のペローンに気付いてはいないものの、何だか不安そうな表情を浮かべながら、俺に通行料を手渡した。


「丁度、お預かりしました。就職頑張って下さいね……ペローン」


「は、はい。あ、ありがとうございます!」


 ウーカと名乗った女の子は、俯いていた顔を上げて、笑顔で街の中に入って行った。


 ここに勤めて半年も経っていないが、ああいう子を見ると、自分の時を思い出す。

 初めて俺が街に来たときは、確か、ゲータさんが受付してくれたんだっけな。


 思えば、受付業務でマニュアル以外の言葉を足したのは、初めての事かも知れない。


 でも、どうしてあの子を見て、こんな事を思い出すんだろう。

 就職で王都にやって来る人は、俺を含めて、決して珍しく無いと言うのに。


 きっかけは分からないが、俺は流れ作業の中に忘れていた、大事な物を初心に戻って思い出せた気がする。


 でも、どうしてあの子だったんだろう……いや、違う。


 あの子だったから思い出せたんじゃ無い。

 あの子にペローンを仕掛ける為に、表情を細かく観察していたから、気づく事が出来たんじゃないか。


 いつものマニュアルからペローンが増えるだけで、こんなにも世界は広がるのか。


 となれば、俺はもっとペローンを極める必要がある。


 その後も、通行人の隙を見計らってペローンを仕掛け続け、気づけば、五十人切りを達成した頃だった。


 夕方に差し掛かった頃、珍しく、街の内側からの通行人に声を掛けられた。

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