あるバイト門番の初体験
会議は勿論、発案者のトーマスが取り仕切る。
「まず、ここから壁の外周に沿って一周、ゲホゲホに慣れて貰う為の助走を行う。そして、正門の前を過ぎてからが本番だ。俺とカーマで、混合出力を馬車の荷台から、進行方向の逆に放つ」
「この間みたいな感じの炎で良いのか?」
「今回は、もう少し広範囲に炎を散らす感じで出力してくれ」
「任せろ!」
「そこまで行けば、後は簡単だ。運転席で手綱を握っているセルドには、立ち上がって右手を窓から外に掲げるだけで、最高の体験が訪れる筈だ」
「了解した! 何も考えなくて良いんだな?」
「ああ、掲げる時に、右手にこれも装着すれば準備は完璧だ」
説明は終えたトーマスは、馬車に常備してあるちり紙を四枚手に取ると、重ねてセルドに手渡した。
「これは?」
「カーマがいつも夜な夜な愛用しているちり紙だ。これを四枚、重ねておけば完璧だ」
「止めろ! 何で知ってんだよ!」
「それは俺でも知ってるぞ!」
「何でお前も知ってんだ!」
「そりゃあ、お前の部屋から出るゴミだけが、あんだけ臭いと嫌でも分かるだろ」
「すいませんでした。忘れて下さい」
こうして、作戦会議を終えた俺達は、各自、配置に付いた。
俺はトーマスと共に、混合出力を見据えて、荷台に乗っている。
「トーマス、ゲホゲホの足に【憑依】を掛けた方が良いか?」
「きゅう?」
突然、名前を呼ばれたゲホゲホは、俺を探して首を後ろに向けるが、そこからだと運転席に座った、セルドの顔しか見れないだろう。
「そうだな、馬力は多い方が良い。一週目の助走中に掛けてくれ」
「了解!」
「じゃあ行くぞ! ゲホゲホ発進!」
「きゅう!」
セルドは、掛け声と共に手綱を引いて合図を送ると、ゲホゲホが反時計回りで、外周を走り始めた。
前回同様に順調に加速を続け、裏門に到達した所で、俺は魔力をゲホゲホに送る。
「【憑依】! ゲホゲホ!」
俺が【憑依】を掛けると、ゲホゲホの全ての足が、燃え盛る様な炎を纏い、闇夜の中で一際輝きを見せた。
「きゅうううー!!」
すると、足の【憑依】は、ゲホゲホの走る速度にも影響を与えた様で、さらにその速度を上げていた。
そして、順調に正門前を通り過ぎた所で、トーマスが動き出した。
「カーマ、合わせろよ! 【具現出力――暴風】!」
トーマスは荷台から両手を突き出し、後方に暴風を発生させた。
「きゅうううー!!」
トーマスの発生させた暴風で、ゲホゲホはさらに速度を上げていき、馬車の中は、強烈な向かい風と振動に見舞われ、何かに捕まらないと立てない程の力が、俺達に襲い掛かっていた。
だが、仲間の思いと、ゲホゲホの走りを無駄にする訳には行かない。
俺もトーマスの隣で両手を突き出し、魔力を絞り出す。
頭で思い描くのは、女子寮の火災現場だ。
「行くぞお前らっ! 【具現出力――火炎噴射】!!」
俺の両手から勢い良く噴射した火炎は、トーマスの暴風に混ざり合い、大きな爆発を引き起こしながら、火力を増大させていった。
爆発と同時に、馬車に掛かる力が一段と強くなり、出力前とは比べ物にならない程に速度が跳ね上がる。
「「ヒャッハー!!!」」
「ゆーけー!! 疾風の如くー! 馬界の剣士―よ! 月、満夜にー! 金色になれーーー!!」
気付けば、感じた事の無い爽快感に俺とセルドは叫び声を上げていたが、隣の男は、感動の余り、歌い出してしまった様だ。
トーマスが歌った様に、まるで、風を切り裂いて走っている様な、不思議な感覚に見舞われながら、あっという間に三周目に突入する。
「トーマス! これで大丈夫か?」
「十分だ! セルドッ! 今だ! 右手を差し出せ!!」
「任せろー!!」
セルドは身動きを取る事も苦しい馬車の中で、ちり紙を掌に翳し、懸命に右手を外に伸ばした。
「こ、これはっ!?」
強烈な空気の壁に阻まれて、既に支えるだけで精一杯のセルドの右手は、窓の外で懸命に藻掻いていた。
「セルド! 諦めるなぁ! 右手を全力で握れ! 何回も!!」
トーマスの叫び声を聞いたセルドは、力を振り絞り、右手を握り締める。
「こっ、これはっ!? ……エフ? ジー? いや、それどころの話じゃない! これは、空気の爆乳だぁああああああああああーーーーー!!!」
何かに気付いたセルドは、何度も手を開いては閉じてを繰り返していて、その手の動きは、まるで、空気の膨らみを揉みしだいている様な手捌きを見せていた。
「はぁ!? 何言ってんだよ?」
俺は、セルドの言っている意味が分からないが、もしや、これこそが、トーマスの言っていた観光体験って事なのだろうか。
「どうだセルド!! これは観光の目玉になるだろ?」
「トーマス最高だ!! 俺にもう女は必要無い!! これは即採用だ!!」
「どういう意味だよ! 説明しろよ!」
俺は強風の中、発案者のトーマスに説明を求めた。
「俺の考えた最強の観光。それは、向かい風で生み出した、人工おっぱい揉みほぐしの疑似体験ツアーだ!!」
「こんな観光、許される訳無いだろ!!」
まさか、トーマスが一週間もの間、ずっと頭を悩ましていた原因が、こんな事を考えていた何て。
「何だよ不満か? もしかして、二時間揉み放題ツアーの方が良かったか?」
「そういう問題じゃねーよ!」
「そんなに文句言うなら、カーマもやってみろ!」
「……い、良いのか?」
「勿論だ。お前のおかげで、この状況を作り出せたんだからな」
ゲホゲホは少し疲れて来たのか、速度はだんだんと落ちてきたが、まだ、間に合う筈だ。
俺はトーマスの許可を貰い、何とか運転席まで向かい、窓の外にちり紙を重ねて手を伸ばす。
「こ、これはっ!?」
俺は、右手に伝わる、空気の壁を恐る恐る握りしめる。
すると、右手には、まだ俺の感じた事の無い柔らかな感触が、押し寄せた。
(こ、これが女の胸なのか? 程良く柔らかくて、沈み込むこの感触、癖になりそうだ!)
俺は、全ての神経を右手に集中させ、確かめる様に、何度も揉みしだいた。
「どうだった? 最高だろ?」
「ああ、セルドの言う通りだった! 俺にも女は必要無い! それどころか、これはロムガルドの覇権を握る事だって夢じゃないぞ!!」
「カーマ、お前も、賛同してくれるのか?」
「当たり前だ!」
「おっし! お前ら、明日一番で、役所に開業届を出しに行こうぜ!」
「「おうっ!!」」
俺達は、馬車の中で、共通の目標を確かめ合い、手を取り合った。
方向性の定まった俺達は、寮に戻ろうと正門に向かった所で、忘れていた事を思い出す。
「なぁ、お前ら、一応聞いておくが、金って持ってる?」
二人に聞いておいてなんだが、俺は、一銭も持っていない。
仕方ない。
トーマスの大事な話が、こんな事になると思って無かったのだ。
「ねぇな」
「俺も!」
案の上、この二人も無一文だったか。
「お前、もしかして、また、通行料取られるって考えてるのか?」
いつになく察しの良いセルドは、俺の言いたい事を理解した様だ。
「ああ、あの名無しの先輩がいる以上、避けられんだろ」
「避けれないなら、全力でぶつかるだけだ!」
「だよな!! 良し、ゲホゲホ。一旦、膨らんで、正門に突撃するぞ!」
「きゅうううー!!」
いつもは、乗り気にならないセルドの提案も、今は心地良く聞こえた。
何故だろう。
あの爆乳を揉んだ今なら、何だって出来る気がする。
理由は分からないが、謎の力に背中を押された俺達は、正門に強行突破を仕掛ける事にした。
「おい、お前達、止まれ! 止まるんだ!!」
正門の前で名無し先輩が声を張り上げるが、爆走したゲホゲホは、速度を緩める事無く走り抜けた。
正門を抜け、【時計下通り】に入り、速度を徐々に緩めると、またも、違う人から似た様な言葉を掛けられる。
「お前達! 止まりなさい!!」
そう叫んで、【時計下通り】で両手を広げて立ち塞がったのは、警務隊のマワリ―さんだった。
「あっ! オー・ワマリーさんだ!」
「くっ、トーマスか!! 尚更、許さんぞ!! 直ちに止まりなさい!!」
公務に私情を挟む事を忘れないマワリ―さんは、馬車を停める様に何度も呼びかけるが、止まりたいのは、俺もゲホゲホも同じだ。
ただ、走り出した馬車という物は、そんな簡単には止まれない。
「マワリ―さん! 分かったから、ちょっと退いて下さい!!」
「退けだと!? そんな言葉に、この私が惑わされると思っているのか?」
「違う! そういう意味じゃなくて、止まれないんです!!」
「うるさい!! 直ちに止まりなさい!」
マワリ―さんは、再三の忠告も、聞く耳を持ってはくれなかった。
「えー、二十三時十九分、速度超過、並びに危険運転――」
ゲホゲホの必死のブレーキも空しく、馬車に正面から衝突したマワリ―さんは、大空に投げ出された。
「ビッグフラーイ! オーマワリさーん!!」
トーマスは、飛んで行ったマワリ―さんを見上げ、その様子を実況していたが、すぐに飽きたのか、落下する前に視線を下に落としていた。
遠くの方から鈍い音が聞こえて来たが、あの人なら大事には至らないだろう。
俺達は振り返る事無く、寮への帰路に着いた。
次の朝になり、セルドの付き添いで開業届を提出しに行ったが、事業名を聞いた役所のお姉さんは、何度詳しく説明しても、首を縦に振る事は無かった。
その日はゲホゲホも、昨日の疲れで外に行きたがらなかったので、共に寮でダラダラと過ごしていると、元気な声が耳に届く。
「ただいまー!」
声から察するに、役所に行った後に、用事があると言って別れたセルドが帰宅した様だ。
「お疲れー。何か飲む……」
俺は、セルドの不自然に腫れ上がった左頬を見て、途中で言葉を飲んだ。
「ああ、これ? さっき、ニーナに今月の試作品を報告しにいったら、こうなった。今月も喜んでくれると思ったんだけどな……」
「あんな事、ニーナさんに二度と報告するなよ!!」
「けどよ、今までで一番手応えがあったのも、確かなんだよなぁ……」
セルドは、そう呟いて、腫れた左頬を確かめる様に触ると、何故か嬉しそうに微笑んでいた。
詳しくは知らないが、多分、彼はそういう性癖なんだろう。




