あるバイト門番の振る舞い②
「なぁメリサ、トーマスって孤児院育ちって知ってたか?」
「わ、私も知らなかった。そもそもトーマスって自分の事を言わないから」
「だよなー。それに、あいつが料理出来るって事も初めて知ったんだけど」
「寮でも作ってるとこ見て無いの?」
「ないない! あいつ普段弁当しか食ってないって!」
「だ、だよね。なんか、今日のトーマスって別人みたいだね」
メリサの言う通り、俺の目に映るトーマスは、まるで別人だ。
今も子供達と鍋の前で、火の魔石を使って火力を調整しているのが、トーマスだと思えない程に。
「カーマ、机はそこな」
「おっけ」
トーマスに指示されるがまま、長机を運び終えると、子供達が、机の上に皿を広げる。
「ゴースとノートは、お水を注いでくれるか?」
「「分かった」」
二人の少年は、トーマスに頼まれた事が嬉しかった様で、張り切って人数分のコップに水を注いでいた。
「よし、完成だ!」
トーマスが、火の魔石を鍋の下から取り外すと、一気に被せられていた木製の蓋を外す。
蓋に押し込められていた湯気と匂いが同時に溢れ出すと、俺達は、吸い寄せられる様に鍋の前に集まっていた。
ぐつぐつと鍋から覗く、煮込まれた魚介と野菜に胸が躍る中、トーマスは、子供達が用意していたお椀に一つずつ盛り付けを始める。
「はい、お馬鹿なお兄ちゃん!」
「ありがとう」
「はい、お馬鹿なお姉ちゃん!」
「あ、ありがと」
少年が、嫌みの無い笑顔で、長机の端にいた俺とメリサにもお椀を配ると、院長が立ち上がり、会食の音頭を取った。
「それでは、皆さん、トーマスさんに感謝して頂きます!」
「「「頂きます!」」」
子供達が熱々の鍋にがっついているのを見て、俺達もトーマスお手製の鍋を口に運んだ。
口をすぼめて数回息を吐いた口の中は、あっという間に野菜の甘味と魚介の旨味が凝縮された、優しい味付けのスープに占領されていた。
「美味い!!」
「ほ、ほんとに美味しい!!」
俺達の期待を軽く上回ってきた鍋に手が止まらなくなっていると、子供達に囲まれていたトーマスが俺達の方に近寄って来た。
「鍋の味はどうだ?」
「トーマス、滅茶苦茶美味いぞ!!」
「だろ! 俺の十八番なんだ、そんくらい言って貰わねえと困るさ」
「ほ、本当にトーマスが作ったの?」
「そうだぞ、今日は給料入ったから良い食材を調達出来たってのもあるけどな。……で、メリサはどうだった?」
「……ま、まあまあ美味しいよ」
「そうか、じゃあお前はおかわり禁止な」
「何で!?」
「素直に美味いって言わなかった罰だ」
「そんなぁ……」
昼飯を食べていなかった俺は、おかわりを禁止されたメリサを残して、子供達と一緒におかわりの列に並んでいると、孤児院にまたもや、知った顔が姿を現した。
「何でお前達がここにいる?」
「俺が聞きたいくらいですよ。フェイさんこそ、休みの日に何してるんですか?」
「俺は、この孤児院の支援者なんだよ。実際、給料の半分は、寄付をしている」
「あのフェイさんが、寄付ですか?」
「ああ。どうせ、俺が持ってても闘技場に吸い込まれるだけだからな」
突然の上司の来訪に、俺が反射的に背筋が伸ばしていると、院長が、小走りでこちらに近づいて来た。
「フェイさん! お久しぶりです!」
「院長さん、お久しぶりです。お変わりは無いですか?」
「はい、おかげ様で子供達も元気にしてますよ」
「なら良かったです。……それで、どうしてここに俺の部下がいるのですか?」
「部下ですか?……もしかして、トーマスさんの事ですか?」
「ええ、トーマスと残りの二人も何ですけど……」
「そうなんですね。お二方は初めましてになるのですが、トーマスさんは、以前、フェイさんにもお話しした、定期的にご馳走を振舞ってくれる心優しい冒険者の方ですよ」
「こいつがですか!?」
フェイさんは、トーマスを指差しながら驚愕の表情を浮かべていた。
分かりますよ、フェイさんの気持ち。
世の中で一番孤児院に近づいては行けない男が、どういう訳か、子供達に囲まれ、頼りにされているのだ。
理解し難い現実に、止めた方が良いのか、暖かく見守った方が良いのかを判別しかねるのだろう。
正直な所、俺はまだ怪しいと睨んでいる。
「最近、冒険者から転職されたとお聞きしたのですが、まさか、フェイさんの職場だったとは驚きです」
「俺が一番驚いてますよ」
フェイさんは、院長さんに挨拶を済ませると、俺達の方に近づいて来た。
「トーマス、お前が子供達の言う、凄腕の料理人だったとはな」
「ええ、一応、子供達からはそう呼ばれています。そうだ、フェイさんも一杯どうですか? まだ少し残りがありますんで」
「鍋か……頂こう」
フェイさんは、トーマスからお椀と箸を受け取ると、俺の隣に腰掛け、すぐさま、口に運んでいた。
「これは、想像以上に美味いな!」
「ありがとうございます」
「……それで、トーマスよ……本当の所はどうなんだ?」
突然、食べかけのお椀を机に置いたフェイさんの表情が険しくなる。
「本当とは?」
「そのままの意味だ。正直な所、お前の性格や性癖を知る俺には、お前のやってる事が、何か別の企みがある様に見えてな。……それにだ、俺は一カ月、お前と同じ寮に住んでるが、一度も料理している所を見た事が無いんだ、怪しむのは当然だろ」
フェイさんは、知ってか知らずか、俺とメリサが抱いていた疑問をまとめて投げかける。
「……俺、作りたい人がいる時にしか料理をしないって決めてるんですよ。自分が腹を満たすだけに作るのは作業みたいで、どうにも気分が乗らないんですよね」
「それで、この子達には、作りたいって思えたのか?」
「はい。最初は偶然通りかかっただけでしたが、この子達の笑顔にやられてしまいました」
トーマスは、何度もおかわりに向かう子供達を見て、にこやかな笑みを浮かべていた。
「そうか……なら、これからも、子供達を笑顔にしてやってくれ」
「はいっ」
フェイさんは、トーマスと話を終えると、目の前の水炊きを味わった後、子供達と一緒におかわりの列に並んでいた。
業務用の大きな鍋に零れそうなほど、仕込まれていた水炊きは、メリサ以外の皆が、何度も休む事無く食べ続けた事で、あっという間に平らげられていた。
「みんなー、作ってくれたトーマスさんにご馳走様するよ、せーの!」
「「「ご馳走様でした!!」」」
「お粗末様でした」
子供達に合わせて、俺達もトーマスに感謝を伝えると、流れる様に片付けが始まった。
勿論、片付けも全員参加だ。
「カーマ、机の反対持ってくれ」
「了解です!」
フェイさんと二人掛かりで、長机を孤児院の中に戻す。
皆が外で洗い物をしている為、室内にいるのは、俺達だけだ。
良い機会だ。
フェイさんについて、思っていた疑問をぶつけて見る事にした。
「フェイさん、一つ聞いてもいいですか?」
「駄目だ」
「何でだよ!」
「で、何が聞きたい?」
「フェイさんって、どうして、ここに寄付をしているんですか? トーマスと話してる時も、何だが真剣な顔をしてた気がして……」
「そうだな。……色々理由はあるが、お前にも分かる様に言うなら、ギャンブル用のゲン担ぎってとこかな……」
「あんた、ホントに最低ですね、見損ないましたよ!」
「あんまり、誇れる話じゃないんだ……外で言いふらすなよ」
「言いませんよ! 恥ずかしい!」
せっかく、初めて尊敬出来る部分を見つけたと思ったのに……。
がっかりだ。
孤児の為を思ってとか、そういった深い話を期待していた俺は、酷く裏切られた気分だ。
やはり、フェイさんには、ギャンブルの事しか頭にないらしい。
片付けを済ました俺達は、トーマスを残して、子供達に見送られながら孤児院を後にした。




