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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第一章 あるバイト門番の燻り
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あるバイト門番の振る舞い②

「なぁメリサ、トーマスって孤児院育ちって知ってたか?」


「わ、私も知らなかった。そもそもトーマスって自分の事を言わないから」


「だよなー。それに、あいつが料理出来るって事も初めて知ったんだけど」


「寮でも作ってるとこ見て無いの?」


「ないない! あいつ普段弁当しか食ってないって!」


「だ、だよね。なんか、今日のトーマスって別人みたいだね」


 メリサの言う通り、俺の目に映るトーマスは、まるで別人だ。

 今も子供達と鍋の前で、火の魔石を使って火力を調整しているのが、トーマスだと思えない程に。


「カーマ、机はそこな」


「おっけ」


 トーマスに指示されるがまま、長机を運び終えると、子供達が、机の上に皿を広げる。


「ゴースとノートは、お水を注いでくれるか?」


「「分かった」」


 二人の少年は、トーマスに頼まれた事が嬉しかった様で、張り切って人数分のコップに水を注いでいた。


「よし、完成だ!」


 トーマスが、火の魔石を鍋の下から取り外すと、一気に被せられていた木製の蓋を外す。

 蓋に押し込められていた湯気と匂いが同時に溢れ出すと、俺達は、吸い寄せられる様に鍋の前に集まっていた。


 ぐつぐつと鍋から覗く、煮込まれた魚介と野菜に胸が躍る中、トーマスは、子供達が用意していたお椀に一つずつ盛り付けを始める。


「はい、お馬鹿なお兄ちゃん!」


「ありがとう」


「はい、お馬鹿なお姉ちゃん!」


「あ、ありがと」


 少年が、嫌みの無い笑顔で、長机の端にいた俺とメリサにもお椀を配ると、院長が立ち上がり、会食の音頭を取った。


「それでは、皆さん、トーマスさんに感謝して頂きます!」


「「「頂きます!」」」


 子供達が熱々の鍋にがっついているのを見て、俺達もトーマスお手製の鍋を口に運んだ。

 口をすぼめて数回息を吐いた口の中は、あっという間に野菜の甘味と魚介の旨味が凝縮された、優しい味付けのスープに占領されていた。


「美味い!!」


「ほ、ほんとに美味しい!!」


 俺達の期待を軽く上回ってきた鍋に手が止まらなくなっていると、子供達に囲まれていたトーマスが俺達の方に近寄って来た。


「鍋の味はどうだ?」


「トーマス、滅茶苦茶美味いぞ!!」


「だろ! 俺の十八番なんだ、そんくらい言って貰わねえと困るさ」


「ほ、本当にトーマスが作ったの?」


「そうだぞ、今日は給料入ったから良い食材を調達出来たってのもあるけどな。……で、メリサはどうだった?」


「……ま、まあまあ美味しいよ」


「そうか、じゃあお前はおかわり禁止な」


「何で!?」


「素直に美味いって言わなかった罰だ」


「そんなぁ……」


 昼飯を食べていなかった俺は、おかわりを禁止されたメリサを残して、子供達と一緒におかわりの列に並んでいると、孤児院にまたもや、知った顔が姿を現した。


「何でお前達がここにいる?」


「俺が聞きたいくらいですよ。フェイさんこそ、休みの日に何してるんですか?」


「俺は、この孤児院の支援者なんだよ。実際、給料の半分は、寄付をしている」


「あのフェイさんが、寄付ですか?」


「ああ。どうせ、俺が持ってても闘技場(コロシアム)に吸い込まれるだけだからな」


 突然の上司の来訪に、俺が反射的に背筋が伸ばしていると、院長が、小走りでこちらに近づいて来た。


「フェイさん! お久しぶりです!」


「院長さん、お久しぶりです。お変わりは無いですか?」


「はい、おかげ様で子供達も元気にしてますよ」


「なら良かったです。……それで、どうしてここに俺の部下がいるのですか?」


「部下ですか?……もしかして、トーマスさんの事ですか?」


「ええ、トーマスと残りの二人も何ですけど……」


「そうなんですね。お二方は初めましてになるのですが、トーマスさんは、以前、フェイさんにもお話しした、定期的にご馳走を振舞ってくれる心優しい冒険者の方ですよ」


「こいつがですか!?」


 フェイさんは、トーマスを指差しながら驚愕の表情を浮かべていた。

 分かりますよ、フェイさんの気持ち。


 世の中で一番孤児院に近づいては行けない男が、どういう訳か、子供達に囲まれ、頼りにされているのだ。

 理解し難い現実に、止めた方が良いのか、暖かく見守った方が良いのかを判別しかねるのだろう。

 正直な所、俺はまだ怪しいと睨んでいる。


「最近、冒険者から転職されたとお聞きしたのですが、まさか、フェイさんの職場だったとは驚きです」


「俺が一番驚いてますよ」


 フェイさんは、院長さんに挨拶を済ませると、俺達の方に近づいて来た。


「トーマス、お前が子供達の言う、凄腕の料理人だったとはな」


「ええ、一応、子供達からはそう呼ばれています。そうだ、フェイさんも一杯どうですか? まだ少し残りがありますんで」


「鍋か……頂こう」


 フェイさんは、トーマスからお椀と箸を受け取ると、俺の隣に腰掛け、すぐさま、口に運んでいた。


「これは、想像以上に美味いな!」


「ありがとうございます」


「……それで、トーマスよ……本当の所はどうなんだ?」


 突然、食べかけのお椀を机に置いたフェイさんの表情が険しくなる。


「本当とは?」


「そのままの意味だ。正直な所、お前の性格や性癖を知る俺には、お前のやってる事が、何か別の企みがある様に見えてな。……それにだ、俺は一カ月、お前と同じ寮に住んでるが、一度も料理している所を見た事が無いんだ、怪しむのは当然だろ」


 フェイさんは、知ってか知らずか、俺とメリサが抱いていた疑問をまとめて投げかける。


「……俺、作りたい人がいる時にしか料理をしないって決めてるんですよ。自分が腹を満たすだけに作るのは作業みたいで、どうにも気分が乗らないんですよね」


「それで、この子達には、作りたいって思えたのか?」


「はい。最初は偶然通りかかっただけでしたが、この子達の笑顔にやられてしまいました」


 トーマスは、何度もおかわりに向かう子供達を見て、にこやかな笑みを浮かべていた。


「そうか……なら、これからも、子供達を笑顔にしてやってくれ」


「はいっ」


 フェイさんは、トーマスと話を終えると、目の前の水炊きを味わった後、子供達と一緒におかわりの列に並んでいた。

 業務用の大きな鍋に零れそうなほど、仕込まれていた水炊きは、メリサ以外の皆が、何度も休む事無く食べ続けた事で、あっという間に平らげられていた。


「みんなー、作ってくれたトーマスさんにご馳走様するよ、せーの!」


「「「ご馳走様でした!!」」」


「お粗末様でした」


 子供達に合わせて、俺達もトーマスに感謝を伝えると、流れる様に片付けが始まった。

 勿論、片付けも全員参加だ。


「カーマ、机の反対持ってくれ」


「了解です!」


 フェイさんと二人掛かりで、長机を孤児院の中に戻す。

 皆が外で洗い物をしている為、室内にいるのは、俺達だけだ。


 良い機会だ。

 フェイさんについて、思っていた疑問をぶつけて見る事にした。


「フェイさん、一つ聞いてもいいですか?」


「駄目だ」


「何でだよ!」


「で、何が聞きたい?」


「フェイさんって、どうして、ここに寄付をしているんですか? トーマスと話してる時も、何だが真剣な顔をしてた気がして……」


「そうだな。……色々理由はあるが、お前にも分かる様に言うなら、ギャンブル用のゲン担ぎってとこかな……」


「あんた、ホントに最低ですね、見損ないましたよ!」


「あんまり、誇れる話じゃないんだ……外で言いふらすなよ」


「言いませんよ! 恥ずかしい!」


 せっかく、初めて尊敬出来る部分を見つけたと思ったのに……。

 がっかりだ。


 孤児の為を思ってとか、そういった深い話を期待していた俺は、酷く裏切られた気分だ。

 やはり、フェイさんには、ギャンブルの事しか頭にないらしい。


 片付けを済ました俺達は、トーマスを残して、子供達に見送られながら孤児院を後にした。

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