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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第一章 あるバイト門番の燻り
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あるバイト門番の商談①

 メリサと別れ、寮に戻った俺達をゲホゲホが出迎える。


「ただいま、ゲホゲホ」


「きゅう!」


 俺の気配を感じ取っていたのか、玄関の目の前で座って待っている様は、まるで、飼い主の帰りを待っているかの様な愛らしさを感じさせる。


 せっかく給料が入ったんだ。

 ゲホゲホにも何かプレゼントしてやるかな。


「セルドー? ゲータさんは?」


「ゲータさんは出かけたぞ、代わりに俺がゲホゲホの面倒見てたからな」


「そっか、ありがと」


「おう、気にすんな」


 帰宅後に、セルドと居間で珈琲を淹れて、ダラダラと寛いでると、フェイさんが、二階の自室から現れる。


「そうだ、カーマいるか?」


「はい、どうしました?」


「警備長からの伝言でもあるんだが、お前もそろそろ、ゲホゲホに乗って見たらどうだ? 身体付きからして、元は、行商用の馬車でも引いていただろうし、ただのペットにしておくには勿体無いだろ?」


「確かに……そう言えば、こいつ馬でしたね」


「それにゲホゲホだって、狭い所でゴロゴロするよりも、外を思いっきり走ってみたいと思う筈だろ」


 フェイさんの言う通りだ。


 このままでは、運動不足になったゲホゲホが、ただの自宅警備馬になってしまう。

 それは、絶対に阻止しておきたい。


「って事は、つまり……どうすればいいんですか?」


「だから、せっかく給料が入ったんだ。最低限、乗馬出来る程度の馬具は買い揃えとけって話だ」


「なるほど……ところで、馬具って何処で買えるか知ってます?」


「その辺は、セルドが詳しいから、連れて行って貰え」


「分かりました! 聞いてたかセルド? そういう事だから案内宜しく!」


「何で俺なんだよ……」


「お前が一番暇そうだからな」


「わーたよ! カーマ、準備したらゲホゲホを連れて、買いに行くか!」


「おう!」


 初任給の使い道を決めた俺は、給料の入った革袋を握りしめて、ゲホゲホと共にセルドの後を追って、寮を出る。


 肝心の行先については、セルドにお任せしている。


 この王都において、選ぼうとしなければ何処でも馬具は買えるが、長く使う物だからこそ、良い物を買った方が満足度が高いと力説された事で、今は、セルドのお勧めする工房を目指している。


 俺と出会ってすぐの頃は、石畳を歩きずらそうにしていたゲホゲホも、今では、すっかり慣れた様子で、俺の隣を歩く。


「それで、何処まで行くんだよ? やっぱり【親知らず通り】か?」


 迷うこと無く、商業エリアの奥に突き進むセルドに尋ねる。


「まぁな、ここの角を曲がれば……あった、あそこだ」


 セルドが指を差したその先には、見覚えのある青い看板が俺達を出迎えた。

 俺の記憶が正しければ、ここは、求人票にも乗っていたビックリクラフトの筈だ。


「ここって、アーチが尻尾を売りに行った所じゃねーか!」


「何だ、お前も知ってたのか。なら話は早いな」


「ちょっと待て。ここって素材を高値で買い取る解体屋じゃないのか?」


「それもやってるけど、工房って言う位だから、本業は、装備品や馬具の製造、販売だぞ」


「ホントかよ!」


「値段だけじゃなくて、意外と品質も良いって事で、常連も多いんだとよ。それに、アフターフォローがしっかりしてるから、王都の隠れた名店って俺の界隈で噂される程、評判も良いんだよ」


「お前の界隈が分からんが、アフターフォローは心強い。入ろう」


 俺はセルドに続いて、ゲホゲホを率いたまま店に入る。


「いらっしゃいませ、お客様。ご予約はされてますでしょうか?」


 俺達の姿を見るや、店員のお姉さんが店の入り口まで駆け寄り、出迎えてくれた。


 店内は、工房という事を感じさせない、白を基調にした小綺麗な作りとなっていて、他の工房とは一線を描く程に、高級感を感じさせた。


「いいえ、こちらの馬に合う馬具を探していまして」


「左様でございますか。では、案内させて頂きますので、こちらの席にお座り下さい」


 お姉さんに促されるまま、俺達は窓際の席案内された。


「申し遅れました。わたくし、ビックリクラフトのカエヤと申します」


 カエヤと名乗った紺色の髪を短く切り揃えた、如何にも仕事の出来そうなお姉さんは、俺達に深々と頭を下げる。


 貴族の世界では、礼儀や作法が重要視されると聞いた事がある。

 きっと、そういった富裕層の来店にも対応する為に、接客マナーは徹底しているのだろう。


 俺も、高級店に見合う男にならなくては……。


「ご紹介頂きありがとうございます。わたくしは、第三警備隊のカーマと申します」


 カエヤさんの繰り出した、丁寧な挨拶に俺も何とか食らいつく。


「…………」


「カーマ、普通こういうのは、客側はやらんぞ」


「そうなの!?」


「いえ……たまに、返して下さるお客様もいらっしゃいますよ」


 お姉さんは、分かりやすい苦笑いを浮かべていた。


「コホン。……えー、お客様。本日はどういった馬具をお探しでしょうか?」


「この馬に合うサイズで、乗馬が出来れば、後は、特にこだわりはないんですが」


「畏まりました。後程、細かく採寸させて頂きますが、見た所は、どの馬具を選んで頂いても、調整出来る範囲だと思いますので、気にしなくていいと思われます」


「そうなんですね。ちなみにお勧めってありますか? 恥ずかしながら馬具を買うのは初めてなので……」


「左様でございますか。でしたら、初心者の方には、こちらのくらから手綱たづなあぶみに至るまでを揃えた、買ったその日に乗馬が可能なセットもございますが……」


「それで、お願いします」


 余り馬具の事を理解していない俺は、理想的な提案に考える前から返答をしていた。


「畏まりました。今だと、革の色を、黒、茶、朱の三色からお選び頂けますが、どうなさいますか? 私的には、真っ白の体毛に映えて、カーマ様の髪色と合わせた、朱色のセットがお勧めですが……」


「それでお願いします」


「畏まりました。それでは、お馬さんの採寸をしますので、お客様はこちらでお待ち下さい」


「はい。ゲホゲホ、行って来い!」


「きゅうううー」


 にこやかな笑みを浮かべたカエヤさんは、俺に一礼をすると、ご機嫌なゲホゲホと一緒に、奥の部屋に消えていった。

 またも、カエヤさんから持ち掛けられた理想の提案に、気づいた時には即答していた。


 これは運命かも知れない。

 こんなに初対面の女性と通じ合えたのは初めてだ。

 俺は、居なくなったカエヤさんの顔を名残惜しく、頭で思い浮かべていると、隣で腕を組んでいたセルドが邪魔をする。


「お前、いくら何でも、決めるのが早くないか?」


「何でだ? カエヤさんと俺の好みが全部一致してるだけだろ。あんなセンスの良い人と同じ考え何て、ホント、運命だよな!」


「お前、馬鹿か? 相手は接客業だからお前に合わせて、親切にしてくれるだけだぞ!」


「そんな訳無い! 俺は、カエヤさんに全てを委ねても良いと思ってる!」


「あのなー、勝手に鼻の下伸ばしてる所悪いけどさ、お前、まだ値段聞いて無いだろ?」


 セルドの放った一言で目が覚める。


「はっ! そうだった!」


「だろ? 分かったら、もうちょっと考えてから決めろよ」


「ああ」


 俺が決意を新たにした所で、採寸を終えたカエヤさんがゲホゲホを連れて、戻って来た。


「お待たせしました。問題無く、試着出来ましたよ」


「そうですか。それで、お値段の方ってどの位になりますか?」


 俺はセルドに教えて貰った一番大事な事を尋ねる。


「そう、ですねー。乗馬スターターセット一つに諸費用込みで、総額八万ロームになります」


「八万ロームですか?」


「はい、馬具の破損や劣化時の交換費用も含めていますので……」


 どうするべきだろう。

 このセットは魅力的だが、八万は流石に予算オーバーだ。


 かと言って、他の店がここより安い保証は無い。

 それに、採寸までして貰って購入しなければ、カエヤさんも悲しむだろう。

 そんな思いはさせたく無い。


「ちょっと、考えさせてくださいね」


 俺は、セルドの忠告通り、時間を置いてから答えを出す事にした。

 一度、頭を冷やす事で、見えて来る物もあるだろう。

 俺がゲホゲホの顔と八万ロームを思い浮かべながら葛藤していると、カエヤさんが、悩める俺の前に書類の束を並べた。


「お客様は、将来、馬車を購入されるご予定はありますか?」


(馬車? 突然、何の話だと言うんだ)


「そうですね、せっかく馬がいるんで、いつかは何て、考えたりはしますけどね」


「左様でございますか! それでは、一つ提案があるんですけど、宜しいでしょうか?」


「ええ、大丈夫ですよ」


 何故か、関係の無い馬車の話を挟んだ後で、提案を始めたカエヤさんは、長机越しに目をキラキラとさせながら、こちらを見つめていた。


「えー、本日、馬具をセットで購入された方限定で、お得なキャンペーンをさせて頂いてまして……。それが、同時に馬車をご成約頂くと、馬具の料金が全て無料になるという物でして……」


「無料って事は……八万ローム分が、タダって事ですか!?」


「左様でございます。それに、私としても、馬車を所有している男性は、とても魅力的だと思いますよ」


 つまり、俺の一か月分の給料が浮くって事か。

 それに、カエヤさんがお勧めしてくれているんだ。

 そんな旨い話、乗るしかない。


「分かりました! 買います!!」


「ちょっと待て!! バカ!!」


 セルドが再び俺達の間に立ちはだかる。


「何だよ、邪魔すんなよ!」


「お前、さっきも言っただろ。まずは値段を聞いてから考えろ。そもそも、馬車ってのは、安くても何百万の世界だぞ!」


「何百万だと!?」


「ああ、大概の行商人達は、一生物として買う奴も多いくらいだ」


「それは……本当ですか、カエヤさん?」


「何ですぐそっちに聞くんだよ!」


 当然だ。

 隣で、騒ぎ立てるセルドより、プロの意見を尊重するべきだ。


「その通りでございます。ですが、当店では、気軽にお買い上げ頂くプランもございますので、一度、実物をご覧になってはどうですか? 宜しければ、試乗も出来ますし……」


「行きます!!」


「お前、本当に買う気かよ?」


「買うさ、カエヤさんがお勧めしてんだからな」


「知らねぇぞ、後で痛い目見ても」


「うるせえ、人の買い物にケチ付けんな!」


「へいへい、もう勝手にしろ」


 セルドを振り払った俺は、ゲホゲホを連れて、カエヤさんの誘いに乗ってみる事にした。

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