ある酒飲み門番の飲み比べ
◇ メリサ視点 ◇
私は、気づいた時には、初めて訪れるバーカウンターに座り、壁に張られたメニューに目が釘付けになっていた。
それぞれ、柑橘、桃、葡萄をふんだんに使った色鮮やかな果実に、拘りのお酒が合わさった、三種のカクテル飲み比べセット。
どれも、まだ口にした事の無い、未知のお酒だった。
(どうしよう……秘密の店何かより、こっちの方が気になる……)
頭で考えるより先に、私の口が動いていた。
「す、すいません。このー、カクテル三種飲み比べセットっていうの、五つ下さい」
私は好奇心に負けたのだ。
その後、皆が私の事で揉めていた様だが、店員さんがお酒を作る所を、食い入る様に覗き込んでいた私の耳には、一切届く事は無かった。
だが、そんな私の耳に飛び込んで来たのは、苦悶の表情を浮かべた同期の甲高い叫び声だった。
「くっそぉー……すいませーん、生下さーい!!」
声を半分裏返らせながら、注文を済ました黒髪の男は、私に許可を取る事無く、隣の席に腰掛けた。
「……な、何で来たの?」
「何でって、そりゃ荷物番、かな?」
「……わ、私がお荷物って言いたいの?」
「実際、お荷物だろ。目的地に着く前に、一人で勝手に寄り道する奴なんてさ」
「……で、でも、私、面倒見てなんて、別に頼んでない。特に貴方には……」
「だろうな。……でも、お前が頼んでなくても、他は違うんじゃねーの? 何でか知らんが、他の連中はお前に優しいからな」
確かに、トーマスの言う通りかもしれない。
私は、王都に出て来てからというもの、いつも誰かに頼って来た。
仕事でも、プライベートも、知らず知らずの内に甘やかされているのかも知れない。
「……何で、私を特別扱いするの?」
「んなもん知るかよ。俺はお前に何にもしてないんだから。そんな事より、来たぞ! お前が頼んだカクテルの大群が」
トーマスが、店員から先に生麦酒の入ったジョッキを受け取ると、次に私の分が運ばれて来た。
「飲み比べセット五つのお客様、こちらになります」
私とトーマスの会話に一区切り付いた所で、丁度良いタイミングで、店員さんが注文の品を私の前に並べる。
量は問題無いが、本数はやりすぎてしまったな。
店員さんにも悪いから、次は普通に頼もう。
「何ビビってんだよ、酒ヤクザ。お前が頼んだんだ。残したら店員さんに土下座しろよ」
「び、ビビッてないし、……残さないよ」
「あっそう。じゃあ、酒回っても大人しくしててくれよ」
「私はいつも大人しくしてるよ」
私は、三種のカクテルを順番に口に含んで、一つずつ味わいながら飲み込んでいく。
隣に座る、分かった様な口を利く男との話を思い返しながら飲んだ酒は、どの種類を飲んでも、何故か苦く感じた。
私は、お酒と果実の相性以上に、人同士の相性も大事だな、と考えながら実感する。
やっぱり、この男は嫌いだと。
暫く、アーチさんの帰りを待ちながら、カウンターに置いてあるナッツを摘み、トーマスと嫌々酒を酌み交わしていると、私達の背後から、ガラの悪そうな男達に声を掛けられた。
「ねえ、そこの銀髪のお姉ちゃん。そんな冴えない男じゃなくてさ、俺達と遊ばない?」
振り返ると、そこには、私達を取り囲むように、六人の厭らしい笑みを浮かべた品の無い男達が立ち塞がっていた。
(このお店、お酒は好きだけど、客層は嫌いだな。……どうしよ、変に絡まれるのは嫌だな……)
すると、声を掛けられた後、直ぐに振り返った私と違い、今までナッツを摘まんでいた隣の男が振り返った。
「女の趣味が悪いらしいな、おっさん。悪い事は言わん、そいつは止めておいた方が良いと思うぞ」
「すまんなー小僧。せっかくのデートを台無しにしちまってよー。でもな、お前みたいなひよっこに、その女は勿体無いぞ」
「おいおい、これがデートとか、お前の目は食パンか? どう考えても荷物番だろ!」
「どう考えても食パンではないでしょ。せめてナッツにしたら?」
私は、目が不意穴な隣の男が摘まんでいた物を指差す。
「確かにあの細い目はナッツだな。お前、意外に目良いな!」
「そういう問題?」
私は、指差したついでにナッツを手に取り、口に含む。
ポリポリとした食感とほのかな塩味は、お酒を進ませる。
いつも、お酒のお供は、ルー姉の副流煙だったけど、これも悪くない。
「お前ら調子に乗るなよ!」
一人の男がカウンターに怒号と共に、平手を叩きつける。
その様子を見た周りの男達が道を開けた事から、どうやらこいつが、この集団の頭と見て、間違いない。
「どうするんだ、小僧? このまま大人しく女を渡せば、お前には何もしないで見逃してやっても良いぞ!」
「どうもしねぇよ。なら、早くこいつを連れてどっか行けよ。鬱陶しい」
(こいつ、見ず知らずの連中に私を売るとは、何て奴だ)
「えっ!? 本当にいいのか?」
「ああ、俺が許可しよう。おーいメリサ! おっさん達の相手をして来い!」
トーマスに許可を貰った男達は私に視線を向け、リーダー格の男は、さらに一歩前に近づいて来た。
(面倒な。……私は、ただお酒を楽しみたいだけなのに……くそっ……せっかくだから、私を売ったトーマス諸共、どうにか出来ないかな? ……そうだ!)
私は、男達の誘いに乗る事にした。
「いいよ、おじさん。私はどうすればいいの?」
「おいおい、メリサ! お前正気か? 酔っぱらってんじゃないのか?」
「ううん。私はほろ酔いだから寛大なんだよ」
トーマスは、私が誘いに乗るとは思わずに戸惑いを見せていた。
「そ、そうだな。……まずは、向こうの席で、俺の膝の上に乗ってお酌をしろ」
「分かった。でも、一つ条件がある。……この男を再起不能に出来たら、お望み通り膝の上に乗ってあげるよ」
「へっ!?」
私は、隣で戸惑っているトーマスをカウンターの丸椅子から蹴り飛ばし、男達の輪の中心に送り込む。
よし、これで舞台は整った。
周りを取り囲む殺気立った男達と体勢を崩し、両膝を床に付けたトーマス。
いくら腕の立つトーマスでも、一般人相手に店内で魔力や短剣を使う事はしないだろう。
戦力的には拮抗していると言える。
最後に私が、削り合った勝者にとどめを刺せば、確実にここでトーマスを消せる。
「レディー……ファーイ!!!!」
「ちょっ、ちょっと待ってー!!」
私の掛け声で広がっていた男達の輪は、一瞬で小さくなり、輪の真ん中にいたトーマスの姿が見えなくなる程の至近距離で攻防が幕を開ける。
「ぐあっ!――ちょ、待て! 止めろ! かはっ! ――止めてくれぇー!!!」
ただ、輪の中から聞こえるのは、男達の拳による骨がぶつかり合う音と、トーマスの叫び声だった。
突然始まった一方的な乱闘に、店内にいた他の客が面白半分で野次馬となり、周囲を囲んでいたが、次第にトーマスに向かって投げられた椅子やグラスが飛んで行ったりと、周りにも被害が及んだ事で、危険を感じた関係者以外は、逃げる様に店を後にした。
すっかり賑わいが失われた店内では、私の想定よりも早く勝負が付こうとしていた。
開始早々、男達に一方的に暴行を受けていたトーマスが気を失ったのか、倒れたまま動きを止めたのである。
もう、勝負は付いている様に見えたが、興奮した男達は、追撃を止める事は無かった。
「お前が悪いんだからな!」
フラフラのトーマスを二人掛かりで足から持ち上げた男達は、トーマスの頭を下にして、勢い良くカウンターの端に叩きつけたのだった。
(あっ、これは、結構ヤバいかも……)
笑えない様な衝突音が店内に響いた後、カウンターに頭から突き刺さったトーマスの両足が、力無く飛び出していた。
私は、目の前に足を残して埋まった元同僚に手を合わせて、カウンターに残っていた最後のグラスに手を掛ける。
「トーマス、短い間でしたが、本当にお世話になりました。ご冥福をお祈りします。……献杯っ」
嫌いではあったが、彼と過ごした短い日々を思い返しながら、口に入れた最後の飲み比べセットは、一段と甘くてほろ苦い。
やっぱり、お酒と摘みの相性も大切らしい。
これだからお酒は止められない。




