あるバイト門番の弟子入り
辿り着いた踊り場にあったのは、少々年季の入った木製の扉だった。
アーチは、小走りで扉に近づくと、店の扉だと言うのに、力一杯に扉を開けた。
「やっほー! カッタルいるー?」
アーチが駆け込んだ先には、石の壁と木製の棚に囲まれた十畳程の落ち着いた雰囲気の空間が広がっていた。
俺もアーチの後に続いて、店内に足を踏み入れる。
店内には、用途の分からない魔道具や、一見ガラクタにしか見えないが、値札の付いている物が所狭しと並んでいた。
そして、店内の一番奥に見える、一階の酒場と似たようなカウンターの中で、店主であるカッタルさんが、気怠そうに、木製の椅子に座っていた。
「いらっしゃい、アーチ。今日は友達も一緒なの?」
「そだよー。つっても職場の後輩だけどねー」
「そうなの? って、こいつら、あの時のナンパ野郎じゃないの!」
「あの時はすいませんでした! 今日は勉強させて頂きます!!」
セルドはカッタルさんの姿を見るや、土下座を始めた。
「何なのこの子?」
「あー、こいつさ、将来自分の店を開きたいらしくて、カッタルの店で勉強、というか、偵察、というか、潜入? したいらしくて付いてきたのよ」
「……あっそう。学べる物何て無いと思うけど、好きにしなさい」
「はっ、有難き幸せ!」
セルドは、土下座を辞めると、また紙切れにメモを始めたのであった。
闘技場で名を馳せるカッタルさんの勘の良さは健在らしい。
だが、流石に俺の事は、覚えてないだろう。
何より、俺は、あんな風に情けなく土下座したくない。
ここは、初対面という体で行こう。
「初めまして、カッタルさん。俺、カーマって言います。今日は、アーチからの紹介で来ました」
「あれ、あなた、始めましてだっけ? 確か、このナンパ男と一緒にいたような……」
「違います」
「本当に? 髪色とかそっくりだと思うけど……」
「人違いですよ。始めまして、カッタルさん」
「まあ、いいか。宜しくカーマ君、だったっけ?」
「宜しくお願いします」
決まった。
これで、ナンパ男の一味から、カーマ君だったっけ? にランクアップした俺は、今後もこの店に気軽に出入り出来そうだ。
「カッタル、多分、あんたの記憶で合ってるわよ。あたし、こいつらがナンパに失敗して、警務隊に追い駆けられてるの見たし……」
「おい、おまっ――」
「何で、そんなしょうもない嘘を?」
「……いえ、これはですね……」
「何ですか? 早く言わないと出禁にしますよ」
段々と冷たい口調に変わって来たカッタルさんから、カウンター越しに鋭い視線が俺に向けられる。
(カッタルさんの怒った顔怖すぎるだろ……セルドはこんな人にナンパして蹴り飛ばされたのか……)
刺さる様な視線に観念した俺は、早く本題に入る為にも、正直に打ち明ける事にした。
「すいません。美人の好感度を少しでも上げたいと思って見栄を張りました。この通りです」
俺は、先輩に倣って全力で膝と頭を地面に付ける。
「はぁ、呆れた物ですね」
「ねー。ホント男って馬鹿よね!」
「頼むから出禁は止めて下さい」
「はいはい、出禁じゃなくていいから、土下座止めてくれる? こっちの方が気まずいよ」
「ははぁー、有難きお言葉!」
許しを得た俺は、体を起こして周りを見ると、俺の背後でセルドが一生懸命、紙切れに何かを書き込んでいた。
「ふむふむ。接客のコツは、客に強めに当たる事っと」
「おい、ナンパ野郎。そんな事、一々メモしないでくれる?」
「えっ、今のは接客の極意では?……」
「そんな訳無いでしょ。それよりアーチ、今日はこいつらを連れて、一体何しに来たんだい?」
「あっ、そうだった! こいつが馬を飼うんだけどさー、この間、それに使えそうな魔道具置いてなかったっけ?」
アーチは俺の襟を掴みながら、カッタルさんに今日の本題を尋ねた。
「あー、あれねー。まだ、売り切れてないと思うよ」
「カッタルさん、それ、見せて貰ってもいいですか? あんまりお金持ってないんで、買うかはまだ分かんないんすけど……」
「いいですよ。ちょっと待ってて下さいね」
「ふむふむ、接客の極意その二、商談は丁寧な言葉使いっと」
「そこはメモする所じゃないんだけどな……」
カッタルさんは、勉強熱心なセルドを他所に、カウンターを立ち上がると、店頭の棚に置いてある小さな木箱の中から、二つの商品を取り出した。
「使えそうな魔道具は、二つあるんだけど、まずはこっちから紹介するね」
カッタルさんが取り出したのは、片手に収まる程で、半円状の薄紫色の商品だった。
「こちらは、【束縛化になろう】という商品でして、事前に地中に埋めて置く事で、魔力を持たない動物などを、対象に、半径二メートル程の空間に閉じ込める事が出来る便利グッズです」
「へぇー! こういうのも有るんですね。……でも、これって、解除する時どうするんですか?」
「こちらの魔道具は、起動時に設定した合言葉を唱えると、強制的に効果が解除されるので、お仕事中にペットを預ける事が可能になります」
カッタルさんは、熱心に説明してくれるが、俺は飼い主になりたいだけであって、束縛家にはなりたくはない。
丁重にお断りしよう。
「閉じ込めるのは可哀そうなんで、止めときます。なので、もう一つの方も見せて貰っても良いですか?」
「畏まりました。それではこちらを」
「これは……首輪ですか?」
カッタルさんの手には、一見、何てことのない、赤色の首輪と怪しい錠剤の入った袋が握られていた。
「いいえ、こちら、最近入荷した魔道具、【愛犬家になろうのスターターキット】ですね」
「ほらねー。これ使えそうって言ったっしょ!」
「使えねーよ! これ、犬用じゃねーか!」
「構いませんよ。ペット全般にお使い頂けますので」
「いいんですか!? ……ちなみに、その魔道具の使い方とか効果って何ですか? 特にスターターキットって所が、凄い気になります」
「そうですね……まず、こちらの首輪の使い方ですが、要約すると、ペットと魔力を共有する事によって、名前を付ける事が可能になり、誰でも愛犬家になれる優れ物ですね」
「……うーんっと、つまり、どういう事ですか?」
カッタルさんが、魔道具の効果を説明してくれたが、要約されすぎていて、いまいち使い方が分からない。
「私も実際に使った事が無いので、説明書を読んで貰った方が早いかも知れないですね。これをご覧になって下さい。付属の説明書です」
カッタルさんは、木箱から説明書と書かれた紙の束を俺に手渡した。
(えーっと……どれどれー)
説明書にじっくりと目を通した俺は、ようやく、カッタルさんの言っている事の意味を理解した。
説明書に記載されていた手順は、大きく分けて四つの項目に分かれていた。
其の一、飼いたいペットの首に本製品を巻きつける。
其の二、飼い主の魔力を本製品に流した後に、飼い主が名前を付けると、ペットが自身の飼い主と名前を認識する事が出来る。
其の三、ペットの名前を呼ぶと、勢い良く飼い主の胸に飛び込んできます。
其の四、これで君も、ご近所付き合いのヒーロー、愛犬家になろう! という内容が気味の悪い挿絵と共に数ページに渡って記載されていた。
確かにこれがあれば、あの馬に名前を付けてやる事も出来るし、コミュニケーションだって、今よりずっと計れるかもしれない。
だが、一つ頭の片隅に引っかかるのは、説明書に記載されているのが、野犬や野良猫と言った小動物しか描かれていない事だった。
決して、安くない買い物になるのだから、せっかく購入したのに、使えなかったら本末転倒だ。
念には念を押しておこう。
「あのー、カッタルさん、俺が飼うの、ペットっていうより馬なんですけどー……」
「構いませんよ」
「例えばー、巨大な魔物でも?」
「構いませんよ」
「間違って人間に付けちゃっても……」
「構いませんよ」
「これ今日買ってもいいですか?」
「構いませんよ。でも、こっちの説明は聞かなくても?」
カッタルさんの手には、首輪とセットになっていた袋が握られていた。
「ふむふむ、迷ったら構いませんが最適っと」
「そんな事、勉強になるのかしら?」
「なりますよ! 次はそっちの説明ですよね」
(そうだった。すっかり、首輪に夢中で、セット品の事を忘れてる所だった)
「大丈夫、それはあたしが貰うから」
後ろで大人しく、首輪の説明を聞いていたアーチが商談に首を突っ込んできた。
「何でだよ? その錠剤、首輪とセットじゃないのかよ?」
「じゃあ、二人で割り勘で買おうよ。首輪はあんたにあげるからさ」
「何で、お前がこの錠剤を欲しがるんだよ。怖いんだよ、お前が割り勘とか言い出すの」
「いいじゃない、何でも。……まあ、強いて言うなら、あたしの夢に必要だからかな?」
「分かったよ。じゃあ割り勘な!」
「話が分かる奴で助かるわ」
「じゃあ、総額一万二千ロームだから、一人六千ロームね」
アーチの表情から、いつもの我儘とは違う意志の強さを感じた俺は、割り勘に応じて代金を支払った。
だが、あの錠剤の効果は何だったんだろう。
首輪とセットになるくらいだから、動物とか、魔物に関する何かだと思うが……まあ、詮索は止めておこう。
「それじゃあ、首輪も買えたし、そろそろ帰ろうぜ!」
「だね、あんま遅いとフェイに怒られるからなー。そんじゃあねー、カッタル、また来るわー!」
「うん、またいらっしゃい!」
目的を達成し、店内も一通り見て回った俺達は、店を出ようとしたが、勉強熱心なセルドはまだ聞きたい事があったみたいだ。
「カッタルさん、最後にちょっと質問いいですか?」
「いいわよ」
「この店のコンセプトや強みは理解しました。流石と言わざるを得ません。ですが、気になるのは、こういった他の店と被らない希少な商品たちは、何処で発掘して、どうやって入荷して来てるんですか?」
「……そうねー。……私のやり方を教えてもいいけど、そこは、君の商人としての腕の見せ所だと思うけどな……。だって君、本気でやるんでしょ?」
「はいっ!……野暮な事聞いちゃってすいません。でも、なんか俺、見えた気がします!」
「なら、良かった。また、悩んだらその時は店に来なさい。セルド君だったっけ?」
「ありがとうございます。俺も、先生って呼んでもいいですか?」
「嫌です。さっさと帰って下さい」
「そこは、構いません。じゃないんですね……」
「調子に乗らないで下さい」
カッタルさんとセルドが無事に和解出来た頃。
天井から大きな物音と共に、誰かの叫び声が地下である、この店内にまで聞こえて来たのだった。
「何だ、この揺れは?」
「これは、上の酒場で何かあったようですね。決して治安の良い立地では無いので、稀にこういう事もあるんですよね」
カッタルさんが天上を見つめながら呆れた様に呟いた。
「へぇー。……店の立地は治安で決めるっと」
「でも、大通りに近づく程、それに伴って賃料も上がるので、そこは何を取るかだと思いますよ。さて、気が変わりました。私も皆さんと一緒に上に行きますよ」
「あれ? カッタル見送りに来てくれんの? 珍しいじゃん!」
「まぁね。どこの輩か知らないけど、私の店で暴れる何て、良い度胸してるよね」
「だよね! 一緒にそいつ、ボコっちゃう?」
「アーチが暴れると店が壊れるから大人しくしててね」
「了解。んじゃ行こっか」
アーチは、嬉しそうにカッタルさんと腕を組みながら階段へ向かった。
「おい、カーマ。早く来ないと置いてくぞ」
「なぁ、セルド。さっきから上で暴れてるのって、あいつらじゃないよな?」
俺には、酒場での騒動に、置いて来た二人が無関係とは思えなかった。
特に酔っぱらったメリサは、高確率で主犯だろう。
「まさかな? ……だが、そうだとしても、もう手遅れだろ。店主がお怒りなんだからな」
「だろーな。俺もカッタルさんを敵に回したくないな」
「じゃあ、俺達に出来る事は一つだろ」
「ああ、傍観だな」
立場を決めた俺達は、先に行った二人に遅れない様に小走りで階段を駆け上がり、個室から酒場に向かった。
途中、トーマスと思われる叫び声が聞こえた後に、もう一度大きく店内が揺れていた。
十中八九、残して来た爆弾が着火してしまったと見て間違いない。
そんな予想をしながら酒場に出た、俺の目に飛び込んで来たのは、知らない顔の男達がカウンターに座るメリサを取り囲んでいる所だった。
(あれ? トーマスの奴、どこ行ったんだ?)




