あるバイト門番の調査
「いってえ!」
突然の衝撃に目を覚ますと、いつもより遠く感じる天井が俺を迎えてくれた。
本来の俺の寝床は、昨日拾ってきた白馬が占拠していた。
もう夕方か。
夜勤明けとはいえ、寝過ぎてしまっただろうか。
大きな寝息を立てている白馬を起こさなない様に、静かに体を起こしたその時、部屋の扉が勢い良く開かれる。
「おっはよー、諸君!! 任務の時間だ!!」
そこには、禁断の男子寮には居ない筈の二人が、俺の前に立っていた。
「アーチ、てめえ、なんの用だよ? それにここは男子寮だぞ!」
「そんなのあたしには、関係ないわよ。早く準備しなさいよ」
「わ、私は、止めた方が良いって、思ったんだけど、アーチさんが……」
「メリサは悪くないよ。悪いのは急に乗り込んでくるこいつだよ」
「いきなりじゃないでしょ! この前約束したじゃない!」
「約束?」
「そう! 潜入よ潜入! 今から、カッタルの店に行くわよ! ほら、セルドも起きなさい!」
何故か、ご立腹なアーチは、まだ隣の部屋で熟睡中のセルドの顔面に踵落としを叩きこむ。
セルドの悲鳴が聞こえる中、俺は、自分の記憶を思い返す。
そういえば、夜勤の時にそんな話をした様な気がする。
「それに、あたしさー、この前店に行った時にさ、見ちゃったんだよねー。この馬を飼うなら絶対に必要なアイテムが売ってるの」
「そんな物が売ってたのか?」
「そうそう、カッタルの店は凄いからね。普通の店にはない、特殊な魔道具とか、雑貨がゴロゴロあるから。だからあんたも、ちゃっちゃと準備しなさい」
アーチに急かされた俺達は、すぐに寝巻から着替えを済ませ、居間に向かう。
すると居間には、俺とセルドを覗いた寮のメンバーが各々の場所で寛いでいた。
「お前ら遅いぞ、何時まで寝るつもりだ?」
「悪い、トーマス。すっかり、出かける約束忘れてたわー」
「え、トーマスも行くの?」
アーチに連れて来られたメリサは、トーマスも同行する事を知らなかった様で、眉間に皺を寄せていた。
「行くに決まってるだろ。てゆーか、そもそも何でメリサが来てんだよ?」
「……ア、アーチさんが呼んでくれたから……き、来ちゃ悪いの?」
「あっ、そう。来るのは勝手だが、精々、俺の足を引っ張るなよ?」
「まあ、まあ、二人とも仲良くしてよ」
今にも殴り掛かりそうな険しい顔をした二人を、ゲータさんが間に入って鎮める。
「……このロリコン野郎、いつか、絶対殺してやる……」
「メリサ、落ち着けって!」
いつの間にこの二人は、ここまで険悪になったのだろうか。
恐らくは、昨日、弁当の無かったトーマスが、腹いせに何かをしでかしたのであろう。
職場の空気にも影響するので、早急に仲直りして欲しい所だ。
「みんな、行っておいでよ。馬の事は、僕とフェイが面倒見とくし」
「良いんですか?」
「うん、今日は、ゆっくりしたいからね」
「分かりました、それじゃあこいつの事、お願いしますね」
俺達は、まだ俺の部屋で寝息を立てている白馬をゲータさんに頼んで、カッタルさんの店を目指す事にした。
「いやー、楽しみだなー、カッタルさんの店。どんな感じなんだろうな」
【親知らず通り】を歩きながら、わくわくを隠し切れてないセルドが呟く。
そういえば今日は、セルドが自分の店を開業する為の調査でもあったか。
「セルドも行った事無いのか? 俺はてっきり、いろんな店の事を分析してるもんだと思ってたぜ」
「俺だって、ほとんどの店には客として下見に行ってるんだが、あの店だけは特別でな……」
「特別?」
「ああ、店の場所も入り方も、会員にしか知らされてない、秘密の店なんだとよ」
「へえー、何かカッコいいな」
「だよな、そうやって顧客を絞っても、利益を上げる方法は、絶対に勉強になると思うんだよな」
「お前、意外に真面目なのか?」
「俺はいつでも真面目だぞ」
「そうか。それはそうとして、その秘密の店にどうやって入るつもりなんだ?」
「それはあたしに任せなさい。何たって、カッタルはあたしの親友だからね!」
「お前に親友なんか本当に要るのかよ?」
「いるんだよ! じゃあ入るよ、そこの酒場だ」
アーチが指を差したその先には、【親知らず通り】には決して珍しくない、薄暗い雰囲気が漂った、古びた出で立ちの酒場が存在していた。
「姉御、普通の酒場じゃねーか!」
「ここで、いいのよ。ほら、いくよ!」
アーチは、セルドを引き連れ、入りずらそうな外観の酒場に躊躇する事無く、足を踏み入れる。
「ここであってるのか? 酒場だぞ?」
「だよな、でも、行くしかないよな」
「わ、私は、酒場なら大歓迎だよ」
俺達も、半信半疑の中、薄暗い店内に足を踏み入れる。
店内に入ると、そこには外観で想像出来る通りの世界が広がっていた。
明りの少ない店内の壁一面に広がるバーカウンターを中心に、ガラの悪そうな男達や、何の仕事をしているか分からないお姉さんたちが屯する様は、如何にも、大人の世界といった空間で、場違いな場所に来てしまったと悟るのに時間はかからなかった。
すると、真っ直ぐにバーカウンターに向かったアーチが、店員のおじさんに声を掛けた。
「すいませーん」
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
「えっとー、加齢臭の水割と、救世主のロムガルド漬け一つ下さい」
「かしこまりました。少々、お待ち下さい」
店員のおじさんは、かっと細い目を見開いて、俺達の顔を一人ずつ確認すると、一度、裏に下がっていった。
「何て物、注文してんだよお前!」
「それは見てのお楽しみよ!」
「今の、そう言う事か……」
セルドは何処からか取り出した紙切れに、今の出来事について、メモを取り出した。
「何、アーチの悪戯に感心してんだよ。そんなのお前の勉強にならんだろ」
「いや、今のは暗号だ。これで秘密の店への道が開けるんじゃないのか?」
「本当かよ?」
メルテは興奮した様子で、細かく店の情報をメモし続けていた。
「お待せ致しました。それでは隣のお部屋でご用意致しますので、お連れ様と、一緒に移動して下さい」
店員さんは、バーカウンターの奥にある扉の向こうに、俺達を案内する為に先導するが、ここで、メリサは俺達に付いて来る事無く、カウンターに座ったまま、齧りつく様に、ドリンクメニューを眺めていた。
「おーいメリサ、行くぞ」
「メリサ、こっちこっち!」
「おい、メリサの奴、酒頼もうとしてないか?」
「んな訳ないだろう……」
俺達の呼びかけが聞こえていないのか、はたまた、聞く気が無いのか応じないメリサは、座ったまま、バーカウンターの中にいるもう一人の店員に話しかけた。
「す、すいません。このー、カクテル三種飲み比べセットっていうの、五つ下さい」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
「はいっ」
どうやらメリサは、カクテルの誘惑に負けたらしい。
俺達の方を見ない事から、一歩たりとも、カウンターから動く気はない様だ。
「あいつ、本当に頼みやがったぞ」
「俺、飲み比べセットを五つも頼む奴、初めて見たぞ」
「まあ、メリサは、あたしが無理くり誘ったからしょうがないかー」
「つっても、こんな所に、メリサを一人で置いてけないだろ。変な男に絡まれたら大変だし……」
気づけば俺達は、一人の男に視線を向けていた。
そう、以前、酔っぱらったメリサに唯一対抗できた実績を持つ、トーマスだ。
「トーマス、あんた、ここに残って面倒見てなさい!」
「だな、別にお前は、無理して秘密の店に行く必要ないもんな!」
「羨ましいぜトーマス、あんな美少女とバーでお忍びデートなんてよー」
俺達は口々に面倒事を押し付ける。
「……裏切ったなお前ら……この、くそったれ共が!!」
「トーマス、店内ではお静かに」
「くっそぉー……すいません生下さーい!!」
トーマスは、歯を食いしばり、苦悶を顔に浮かべながら、メリサの元に向かった。
俺達は、尊い犠牲者を出しながらも、ついに隣の個室に辿り着き扉を開ける。
すると、そこには何の変哲もない、四畳程の控室が広がっていた。
大きな戸棚の上にある、瓶や樽の数々は、酒場で提供している物の予備在庫だと思われ、特別な物は、目に入らない。
「それでは、ごゆっくり」
店員のおじさんは、部屋への案内を済ませると、説明をする事無く、下がっていった。
「じゃあ、行きますか!」
アーチは、臆することなく、右側の戸棚の引き出しを開け、中に入っていた、魔石に魔力を流す。
「本当にこれで開くのか?」
「まあまあ、見てなさいって」
アーチが触れた魔石が一瞬、ピカッと棚の中で、輝きを見せると、壁一面を埋め尽くしていた戸棚がゆっくりと上昇を始めた。
「すげっ!本当に動きやがったな」
「ああ、まさか、戸棚が天井まで上がるとはな……俺は、こんな魔道具見た事ないぞ」
天井に当たるまで上昇した、戸棚の足元には、魔石で怪しく彩られた地下への階段が広がっていた。
「ほらねー、すごいっしょ!」
「姉御は何で、自慢げなんだよ」
「そりゃあ、あたしが連れて来たんだからあたしの手柄でしょうよ。ほら、付いてきなさい」
「でもよー、何かわくわくするよな、こういうの」
俺達は、未知の体験に心を躍らせながら、地下への階段を下りていった。




