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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第一章 あるバイト門番の燻り
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あるバイト門番の調査

「いってえ!」


 突然の衝撃に目を覚ますと、いつもより遠く感じる天井が俺を迎えてくれた。

 本来の俺の寝床は、昨日拾ってきた白馬が占拠していた。


 もう夕方か。

 夜勤明けとはいえ、寝過ぎてしまっただろうか。


 大きな寝息を立てている白馬を起こさなない様に、静かに体を起こしたその時、部屋の扉が勢い良く開かれる。


「おっはよー、諸君!! 任務の時間だ!!」


 そこには、禁断の男子寮には居ない筈の二人が、俺の前に立っていた。


「アーチ、てめえ、なんの用だよ? それにここは男子寮だぞ!」


「そんなのあたしには、関係ないわよ。早く準備しなさいよ」


「わ、私は、止めた方が良いって、思ったんだけど、アーチさんが……」


「メリサは悪くないよ。悪いのは急に乗り込んでくるこいつだよ」


「いきなりじゃないでしょ! この前約束したじゃない!」


「約束?」


「そう! 潜入よ潜入! 今から、カッタルの店に行くわよ! ほら、セルドも起きなさい!」


 何故か、ご立腹なアーチは、まだ隣の部屋で熟睡中のセルドの顔面に踵落としを叩きこむ。


 セルドの悲鳴が聞こえる中、俺は、自分の記憶を思い返す。


 そういえば、夜勤の時にそんな話をした様な気がする。


「それに、あたしさー、この前店に行った時にさ、見ちゃったんだよねー。この馬を飼うなら絶対に必要なアイテムが売ってるの」


「そんな物が売ってたのか?」


「そうそう、カッタルの店は凄いからね。普通の店にはない、特殊な魔道具とか、雑貨がゴロゴロあるから。だからあんたも、ちゃっちゃと準備しなさい」


 アーチに急かされた俺達は、すぐに寝巻から着替えを済ませ、居間に向かう。

 すると居間には、俺とセルドを覗いた寮のメンバーが各々の場所で寛いでいた。


「お前ら遅いぞ、何時まで寝るつもりだ?」


「悪い、トーマス。すっかり、出かける約束忘れてたわー」


「え、トーマスも行くの?」


 アーチに連れて来られたメリサは、トーマスも同行する事を知らなかった様で、眉間に(しわ)を寄せていた。


「行くに決まってるだろ。てゆーか、そもそも何でメリサが来てんだよ?」


「……ア、アーチさんが呼んでくれたから……き、来ちゃ悪いの?」


「あっ、そう。来るのは勝手だが、精々、俺の足を引っ張るなよ?」


「まあ、まあ、二人とも仲良くしてよ」


 今にも殴り掛かりそうな険しい顔をした二人を、ゲータさんが間に入って鎮める。


「……このロリコン野郎、いつか、絶対殺してやる……」


「メリサ、落ち着けって!」


 いつの間にこの二人は、ここまで険悪になったのだろうか。

 恐らくは、昨日、弁当の無かったトーマスが、腹いせに何かをしでかしたのであろう。


 職場の空気にも影響するので、早急に仲直りして欲しい所だ。


「みんな、行っておいでよ。馬の事は、僕とフェイが面倒見とくし」


「良いんですか?」


「うん、今日は、ゆっくりしたいからね」


「分かりました、それじゃあこいつの事、お願いしますね」


 俺達は、まだ俺の部屋で寝息を立てている白馬をゲータさんに頼んで、カッタルさんの店を目指す事にした。


「いやー、楽しみだなー、カッタルさんの店。どんな感じなんだろうな」


 【親知らず通り】を歩きながら、わくわくを隠し切れてないセルドが呟く。

 そういえば今日は、セルドが自分の店を開業する為の調査でもあったか。


「セルドも行った事無いのか? 俺はてっきり、いろんな店の事を分析してるもんだと思ってたぜ」


「俺だって、ほとんどの店には客として下見に行ってるんだが、あの店だけは特別でな……」


「特別?」


「ああ、店の場所も入り方も、会員にしか知らされてない、秘密の店なんだとよ」


「へえー、何かカッコいいな」


「だよな、そうやって顧客を絞っても、利益を上げる方法は、絶対に勉強になると思うんだよな」


「お前、意外に真面目なのか?」


「俺はいつでも真面目だぞ」


「そうか。それはそうとして、その秘密の店にどうやって入るつもりなんだ?」


「それはあたしに任せなさい。何たって、カッタルはあたしの親友だからね!」


「お前に親友なんか本当に要るのかよ?」


「いるんだよ! じゃあ入るよ、そこの酒場だ」


 アーチが指を差したその先には、【親知らず通り】には決して珍しくない、薄暗い雰囲気が漂った、古びた出で立ちの酒場が存在していた。


「姉御、普通の酒場じゃねーか!」


「ここで、いいのよ。ほら、いくよ!」


 アーチは、セルドを引き連れ、入りずらそうな外観の酒場に躊躇する事無く、足を踏み入れる。


「ここであってるのか? 酒場だぞ?」


「だよな、でも、行くしかないよな」


「わ、私は、酒場なら大歓迎だよ」


 俺達も、半信半疑の中、薄暗い店内に足を踏み入れる。


 店内に入ると、そこには外観で想像出来る通りの世界が広がっていた。


 明りの少ない店内の壁一面に広がるバーカウンターを中心に、ガラの悪そうな男達や、何の仕事をしているか分からないお姉さんたちがたむろする様は、如何いかにも、大人の世界といった空間で、場違いな場所に来てしまったと悟るのに時間はかからなかった。


 すると、真っ直ぐにバーカウンターに向かったアーチが、店員のおじさんに声を掛けた。


「すいませーん」


「いらっしゃいませ、ご注文は?」


「えっとー、加齢臭の水割と、救世主のロムガルド漬け一つ下さい」


「かしこまりました。少々、お待ち下さい」


 店員のおじさんは、かっと細い目を見開いて、俺達の顔を一人ずつ確認すると、一度、裏に下がっていった。


「何て物、注文してんだよお前!」


「それは見てのお楽しみよ!」


「今の、そう言う事か……」


 セルドは何処からか取り出した紙切れに、今の出来事について、メモを取り出した。


「何、アーチの悪戯に感心してんだよ。そんなのお前の勉強にならんだろ」


「いや、今のは暗号だ。これで秘密の店への道が開けるんじゃないのか?」


「本当かよ?」


 メルテは興奮した様子で、細かく店の情報をメモし続けていた。


「お待せ致しました。それでは隣のお部屋でご用意致しますので、お連れ様と、一緒に移動して下さい」


 店員さんは、バーカウンターの奥にある扉の向こうに、俺達を案内する為に先導するが、ここで、メリサは俺達に付いて来る事無く、カウンターに座ったまま、かじりつく様に、ドリンクメニューを眺めていた。


「おーいメリサ、行くぞ」


「メリサ、こっちこっち!」


「おい、メリサの奴、酒頼もうとしてないか?」


「んな訳ないだろう……」


 俺達の呼びかけが聞こえていないのか、はたまた、聞く気が無いのか応じないメリサは、座ったまま、バーカウンターの中にいるもう一人の店員に話しかけた。


「す、すいません。このー、カクテル三種飲み比べセットっていうの、五つ下さい」


「かしこまりました。少々お待ち下さい」


「はいっ」


 どうやらメリサは、カクテルの誘惑に負けたらしい。

 俺達の方を見ない事から、一歩たりとも、カウンターから動く気はない様だ。


「あいつ、本当に頼みやがったぞ」


「俺、飲み比べセットを五つも頼む奴、初めて見たぞ」


「まあ、メリサは、あたしが無理くり誘ったからしょうがないかー」


「つっても、こんな所に、メリサを一人で置いてけないだろ。変な男に絡まれたら大変だし……」


 気づけば俺達は、一人の男に視線を向けていた。

 そう、以前、酔っぱらったメリサに唯一対抗できた実績を持つ、トーマスだ。


「トーマス、あんた、ここに残って面倒見てなさい!」


「だな、別にお前は、無理して秘密の店に行く必要ないもんな!」


「羨ましいぜトーマス、あんな美少女とバーでお忍びデートなんてよー」


 俺達は口々に面倒事を押し付ける。


「……裏切ったなお前ら……この、くそったれ共が!!」


「トーマス、店内ではお静かに」


「くっそぉー……すいません生下さーい!!」


 トーマスは、歯を食いしばり、苦悶を顔に浮かべながら、メリサの元に向かった。


 俺達は、尊い犠牲者を出しながらも、ついに隣の個室に辿り着き扉を開ける。


 すると、そこには何の変哲もない、四畳程の控室が広がっていた。

 大きな戸棚の上にある、瓶や樽の数々は、酒場で提供している物の予備在庫だと思われ、特別な物は、目に入らない。


「それでは、ごゆっくり」


 店員のおじさんは、部屋への案内を済ませると、説明をする事無く、下がっていった。


「じゃあ、行きますか!」


 アーチは、臆することなく、右側の戸棚の引き出しを開け、中に入っていた、魔石に魔力を流す。


「本当にこれで開くのか?」


「まあまあ、見てなさいって」


 アーチが触れた魔石が一瞬、ピカッと棚の中で、輝きを見せると、壁一面を埋め尽くしていた戸棚がゆっくりと上昇を始めた。


「すげっ!本当に動きやがったな」


「ああ、まさか、戸棚が天井まで上がるとはな……俺は、こんな魔道具見た事ないぞ」


 天井に当たるまで上昇した、戸棚の足元には、魔石で怪しく彩られた地下への階段が広がっていた。


「ほらねー、すごいっしょ!」


「姉御は何で、自慢げなんだよ」


「そりゃあ、あたしが連れて来たんだからあたしの手柄でしょうよ。ほら、付いてきなさい」


「でもよー、何かわくわくするよな、こういうの」


 俺達は、未知の体験に心を躍らせながら、地下への階段を下りていった。

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