あるバイト門番との出会い①
「セルドー、アーチ、ちょっとさ、立ちしょんしてくるわー」
「いってらー!」
「俺も行こうか?」
「連れしょんは勘弁してくれ」
夜の林の中は、壁の上で見るよりも、暗く、不気味な程に静かな場所だった。
だからこそ、少しの物音でも俺に聞こえたのかも知れない。
俺は真っ直ぐに、オーガの一体がぶつかったと思われる大きな木を目指す事にした。
「こいつだよな……。でも、やっぱり死んでるよなー……」
林の中を進んで行くと、大きな木の近くで寝そべっているオーガの死骸を発見したが、やはり息は無い。
それに、俺を見ていた何かは、このオーガが死んだと思われる後も、気配を感じたのだから、別にいる筈だ。
俺は、裏門から見えた大きな木に向かって、恐る恐る近づいていく。
「この木だと思うんだけどなぁ……って、何だろう……あの縄は?」
アーチに蹴り飛ばされたオーガが、ぶつかったと思われる大木の根本に括り付けられた縄の先端を目で追っていく。
すると、そこには、お世辞にも綺麗とは言えない、くすんだ灰色の瘦せ細った馬が、暗闇からこちらを覗いていた。
「お前だったのか? 俺を見ていたのは?……」
俺は、返事が返って来ないと分かっていても、どこか寂しそうな眼をした馬に問いかけていた。
「…………」
「何だよお前、こんな所で一人なのか?」
「…………」
今回も返事は無いが、その何とも言えない表情は読める気がした。
俺は、木の根元に括り付けてある、縄の結び目に視線を移す。
(こりゃ、何だ。何が挟まってやがる……)
縄の結び目には、後から強引に捻じ込んだのか、ぐしゃぐしゃに潰れた手紙が挟まっていた。
俺は、迷う事無く、その手紙を取り出し、中を開く。
そこには『誰か拾ってやって下さい』と走り書きの様な字で書かれていた。
考えるまでも無い。
瞬時に目の前の状況を理解した俺は、気づけばこの手紙を、さらにぐちゃぐちゃに握り潰していた。
「なあ、聞こえっか? 俺はカーマって言うんだ。もし、行くとこ無いんならさ、俺に付いて来いよ。門の中は安全だし、ここにいるより、あったかくて、何より楽しいと思うぞ!」
「…………」
やっぱり返事は無いが、震えていた馬は俺を見て、僅かに頷いた様に見えた。
「なら、一緒に行こうぜ! ――【憑依】ちょっと熱いけど我慢しろよ!」
俺は、手紙を握りしめていた右手に炎を纏い、木に繋がっていた縄を焼き切って、馬の首に繋がっていた縄を全て解く。
「覚悟しろよ! お前は明日から、うんと忙しくなるからよ!」
「……ブルルルッ」
馬は弱弱しいながらも、首を揺らしながら初めて返事をして見せた。
俺は、今にも倒れそうな灰色の馬を優しく抱きしめて、痩せ細った体を支えながら、ゆっくりと二人で裏門へ帰る事にした。
足の力が入らない馬を支えながらの帰路は、行きと比べ二倍以上の時間が掛かってしまったが、先程、アーチが大暴れしたおかげもあってか、魔物の襲撃に合う事無く、無事に裏門まで辿り着く事が出来た。
裏門まで辿り着いた安心感からか、馬は、その場に力なく座り込んでしまったが、ここまで来れば安心だ。
「ちょっと待ってろよー、すぐ治してやっからよ!」
色々してあげたい事は山の様にあるが、とにかく今は、一早くこいつの容態を回復させる事が先決だ。
「セルド!! いるかー?」
「てめぇ、小便長すぎだろーが! ……って、その馬どうしたんだよ?」
「後で話すよ。でも、今はこいつが弱っててそれどころじゃないんだ! 悪いけどメリサを呼んで来てくれるか?」
「ったく、しょうがねえ奴だな。ちゃんと後で、説明しろよな」
「ありがとう! もし、メリサが渋る様なら、好きな酒三杯奢ってやるって言って、連れて来てくれ!」
「おうよ! それじゃあ姉御、寝ぼけてないで警備は任せたぞ!」
「……うーん、……セルドー、何て?」
セルドは、馬の衰弱した様子を見ていたからか、寝ぼけているアーチに構う事無く、すぐに正門までメリサを呼びに行ってくれた。
暫くすると、セルドがメリサを連れて、裏門まで猛スピードで駆けて来た。
「カーマ! 連れて来たぞ!」
「カーマ君、何があったの?」
「メリサ、急にごめんな。いきなりで悪いんだが、こいつを治してやってくれねぇか? ひどく衰弱しちまってるからよ、何とか出来ないか?」
「うん! ちょっと待ってね。【具現出力――祝福の光】!」
メリサがお得意の治癒魔法を唱えると、灰色の馬を暖かな光が包み込んだ。
そして、光が収まる頃には、灰色の馬は、何事も無かったかの様に立ち上がったのだった。
まだ、普通の馬に比べ、痩せ細っている所は気になるが、震えの止まった体で俺の顔を覗き込んだ表情は、どことなく安堵している様にも見えた。
「やっぱ、祝福の光は万能だな! こいつも嬉しそうにしてるよ!」
「うんっ。この子が少しでも元気になったみたいで良かったよ!」
メリサも自分が回復させた馬の変化が嬉しいのか、元気になった馬の顔を何度も優しく撫でていた。
「これで一件落着みたいだな。それで、この馬はどうしたよ?」
「ああ、それなんだけどさー」
俺がどうやって話そうかと考えていると、外壁の上から寝ぼけていた筈の女が落下してきた。
「その話、あたしも聞こうじゃないか!」
俺達には慣れた光景だが、馬には少し刺激が強かったようで、後退りを始めるので、抱きとめる。
「お前、寝てたんじゃねーのかよ! 馬がビビっちゃうだろーが!」
「なんか面白そうな匂いがしたからねー。で? その子はどうしたのよ、新入り?」
「こいつ、あの林の中で一人だったんだ。飼い主の書き置きもあったからさ、多分……捨てられてたんだと思う」
「そう、だったのか。どおりでこんなに痩せ細っている訳か……」
「ああ。実際のとこ、良く分かんねーけどよ、良い暮らしはしてなかったと思う。……だからよ、何とかこいつに、当たり前の暮らしをさしてやりたいんだよ」
実際、俺がこの馬の面倒を見て、こいつにとっての、良い暮らしを送らしてやれるかは分からない。
それに、警備長やフェイさんは、俺が馬を面倒見ると言えば、どう思うだろうか。
いいや、そんな事は関係ない。
こいつをこんな所に置いておける程、俺も腐っちゃいない。
「頼む! フェイさんには俺が話を付ける! だから、お前らもこいつの力になってくれねぇか?」
俺は、社会に出て、初めて同僚に本気で頭を下げていた。
「……カーマってさー、意外にあたしらの事、分かってないよねー」
「だよなー。こう言う奴を鈍感って言うんだっけ?」
「ですね。か、カーマ君は鈍感です!」
「……メリサまで、……どういう意味だよ?」
「そのままの意味だ。お前にどう見えてるかは知らんが、俺達は、目の前の困ってる奴を放っておける程、落ちぶれちゃいないんだよ」
「そうと決まればフェイを呼ぼう!」
アーチが【ピンポンパン】を連打する。
「も、勿論、私も手伝うよ」
「お、お前ら……ありがとう。でも、フェイさんは許してくれるかな? あの人、こういう事許してくれなさそうだよな……」
「た、確かに、私もフェイさんは怖いかも……」
メリサと、規律に厳しいフェイさんの話をしていると、当の本人は、血相を変えて、こちらに猛スピードで走り込んできた。
「何事だっ!?」
「ほら、カーマ。あんたが言いなさい」
アーチはそう言って、俺の背中を雑に押す。
「え、えっとフェイさん。……あのですねー、お願いがありまして……」
「何だ? 休憩ならまだ先だぞ」
「いや、そういう事じゃなくて、馬を飼いたいと思ってましてー……」
フェイさんは俺の言葉を聞くや否や、体を右に反らして、俺の影に隠れていた馬を視界に入れる。
「そいつの事だろ。ちゃんと面倒みろよ」
「はい、なので出来れば寮で飼いたいと思いまして……え?」
「だから、しっかり面倒見てやれって言ったんだが……」
「いいんですか? こいつを連れて帰っても?」
「最初から良いって言ってんだろ。それに、大体の事情は、馬の容態を見れば想像つくからな」
「あ、ありがとうございます!!」
お堅いフェイさん相手に、簡単に了承を得られないと思っていた俺は、馬と共に何度もフェイさんに頭を下げる。
「良かったですね! カーマ君もお馬さんも」
「ねぇーね、フェイ。やっぱりこいつ、あたしらの事全然分かってなかったわー。さっきまで、断られると思ってたんだぜー。ぎゃはははっ」
「そうか? お前もピンポンパンの使い方、全然分かってないみたいだが……」
「あってるでしょ! 緊急事態何だから!」
「三回は敵襲だろうが。珍しく起きてると思ったら余計な事しやがって」
「何だとっ! せっかくちょっと褒めてやったのに、フェイの癖に生意気だぞー!」
「うるせぇな、とっとと寝てろ馬鹿女。取り敢えず、メリサは持場に戻れ。カーマは俺が変わってやるから、先に弁当食って来い」
「「はいっ」」
「カーマ、食い終わったら弁当一つ余分に裏門に持ってこい。こいつに食わせるから」
「分かりました」
俺は、馬をセルドとフェイさんに任せて、先に事務所に弁当を取りに向かう。
(そういや、弁当に余りなんてあったっけ?)
まあ、いいか。
今は、腹の空かしたあいつの為だ。
俺は、一足先に事務所で弁当を平らげて、弁当を一つ持って裏門へ向かった。




