あるバイト門番の夜明け前
俺達は突然の雪に戸惑いながらも、裏門への攻撃は止めずに、正門に群がっていたコボルトの群れと戦闘を始めていた。
コボルトは、体長一メートル程の、野犬の様な頭部を持った二足歩行の魔物であった。
本来は、ゴブリンよりも危険とされている魔物の為、苦戦は免れないと思ったが、戦い慣れたトーマスと、正規隊員への怒りに燃えている俺達の敵では無かった。
これは、特訓の成果なのだろうか。
相手の動きが、今までより一段と遅く感じる。
これなら、俺にだって戦える。
「今日は、お前にしては調子が良さそうだな」
「失礼な奴だな。俺だって成長してんだよ」
「だといいがな……」
「アーチ! 他に魔物はいるか?」
難なく、コボルトを撃退した俺達が、壁の上に問いかけると、返事より先に聞こえたのは、突如、強烈な紫の光と共に、天から轟いた雷鳴だった。
「お前ら大丈夫か?」
ゴロゴロと地鳴りの様な音が響く中、雷が落ちたと思われる外壁上に声を掛けるも、未だに返答は無い。
「トーマス、上の様子がおかしい! もしかすると、あの雷が直撃したかもしれん!」
「ちょっと待て、【よちよちタイム】…………なるほど、そう言う事か!」
トーマスは、肩で息をしながら何かを察知した様だ。
「カーマ、お前は上で二人と合流しろ。あいつらは雷でくたばる様な奴じゃ無いだろ」
「ああ、言われなくてもそうするつもりだ。お前はこっちに残るのか?」
「そうだ、左から凄い勢いで敵が来る。あいつの相手はお前には荷が重いだろう。ここは俺が引き受ける」
「そうか、誰が来るか知らんがここは任せたぞ!」
「あの酔っぱらの相手なら任せておけ」
どうやらトーマスが見た未来は、メリサが突っ込んでくるという事で間違いない。
となれば、酔っぱらったメリサにも動じなかったトーマスが適任だろう。
だが、メリサはトーマスが相手であれば、本気で殺そうとするだろうから、犠牲は避けられない。
「約束しろ、トーマス! 必ず生きて帰って来るって!」
「ああ約束だ。帰ったら夜食の弁当、一緒に取りに行こうぜ!」
俺は、自分なりのやり方で、彼を戦場に送り出す事にした。
トーマスを残し内階段を駆け上がる中、背後からは、死ねぇーロリコン! だとか、来いや! 行き遅れのアラセカ女! など、聞き慣れない怒号が飛び交っていたが、今は上の状況が気掛かりだ。
トーマスの事なんかは忘れて、一刻も早く壁の上に急ぐ。
「……何て事だ……一体誰がこんな事を?」
階段を上がった俺の目に飛び込んで来たのは、横たわり、ピクリとも動かないセルドの姿だった。
恐らく、不運にも先程の雷が直撃したのであろう。
いつもの癖毛がさらにチリチリになっている様は、雷の威力がいかに強大だったかを物語っていた。
この様子だと、当分セルドは立ち上がる事が出来ないだろう。
転がったままの彼の前で適当に両手を合わせ、もう一人の頼れる仲間を探す。
(どこに行ったんだ? あいつなら、あの雷を喰らったってピンピンしているだろうに……)
俺は雪が降りしきる壁の上で、見当たらない仲間の代わりに、雑に転がっているボロボロの寝袋を発見した。
「誰だよ! こんな所に寝袋を捨てた奴は!」
近づきながら悪態を付いていると、所々焦げている橙色の寝袋から、同じ色の髪の毛が飛び出ていた。
恐る恐る顔を確認すると、そこには、俺の探していた女が口を開けて幸せそうに熟睡していた。
「ってお前! アーチじゃねえか!!」
「スゥー……スゥー……」
「おい、仕事中だぞ! こんな時に寝てんなよ! 今すぐ起きろよ!」
「zzzz……」
何度も声を掛けながら頬を引っ叩き、寝袋をひっくり返したが、アーチは無反応だった。
終いには、壁の塀に叩きつけても、寝袋の中のアーチが目を醒ます事は無かった。
こうなったら最後の手段だ。
俺は、今も寝息を立てているボロボロの寝袋を担いで、外壁の塀に足を掛ける。
幾ら頑丈なこいつでも、外壁から下に落ちたら嫌でも目を覚ますだろう。
よし、取り敢えず落としてみよう。
俺は、今にも寝袋を外に投げ飛ばそうとした、その時だった。
後ろから、誰かの足音がこちらに向かって、近づいて来ていたのだ。
(おっ、セルドの奴、目を覚ましたのか)
俺は、気絶していた仲間だと確信して振り返ろうとするも、首元に何かを突き付けられた事で否が応でも、動きを止めなくてはならなくなった。
「その寝袋は投げても、氷漬けにしても目を覚まさないぞ」
「だ、誰だ!? ってフェイさん?」
「もうお前らの負けだ、大人しく真面目に働け!」
突然現れたフェイさんらしき声の主は、語気を強めながら首に突き付けた何かを、グリグリと俺に押し当てる。
「痛い! 痛い! 痛いって!」
「降参するか?」
「すると思ってるんですか? こっちにはまだ、トーマスが下にいるんですよ! あいつが戻れば俺達の方が優勢ですよ」
「確かにトーマスなら下にいるが……果たしてあんな奴、使い物になるのか?」
「何!?」
フェイさんが指差す先に視線を送ると、外壁の下では、激しい戦闘の末、血塗れになり、両膝を地面に付き合わせたトーマスが、今にもメリサに止めを刺されようとしていた。
「メリサ! 待ってくれ!」
仲間の窮地に居ても経ってもいられなかった俺は、気づけば大声で、敵組織の構成員に待ったを掛けていた。
「い、いくらカーマ君の頼みでも、止めないよ! こいつは今、ここで殺しとくべきなの!」
酒さえ渡さなければ大人しい筈のメリサが、ここまで感情を剝き出しにするなんて、トーマスはよっぽど酷い暴言を吐いたに違いない。
だが、それにしたって、殺しだけは駄目だ。
俺が何とかしてメリサを更生しなければ。
「メリサ、話を聞いてくれ! そいつはどうしようもないロリコンだけど、根は悪い奴じゃ無いんだ! 最後にトーマスから謝罪するチャンスを与えてやってくれないか?」
「……わ、わかったよ。……最後のチャンスだからね」
俺の訴えを聞き入れてくれたのか、メリサは、構えていたレイピアを鞘に閉まってくれた。
(後はトーマス、いつもみたいに機転を利かせて、上手くやってくれよ……)
重々しい空気が流れる中、トーマスは両手を広げながら口を開く。
「メリサ、最後に一つだけ言わせてくれ……」
「な、何?」
「今から乳首当てゲームしていいか?」
メリサは返事もせずに目の前の男の手を両断した。
「ぎゃあああああああああああああああああーーーー!!!」
この断末魔を持って、味方がいなくなった俺は、フェイさんに降参をする事になった。
その後、フェイさんが飽きるまで、手に持っていた割り箸で首を穿られる事になったのは言うまでもあるまい。
「おい、お前ら、お遊びは終わりだ。さっさと休憩行って夜食を食って来い!」
「「「はいっ」」」
俺達同期三人は、復活したセルドとフェイさんに正門を、ゲータさんに裏門の警備を代わって貰い、一足先に休憩に入る事になった。
「トーマス、生きてるかー?」
俺は、メリサによって嫌々、応急処置を施されたトーマスに問いかける。
「ああ、何とか腕が繋がったみたいで助かったよ」
「それにしても、お前、馬鹿すぎやしないか?」
「メリサなら笑ってくれると思ったんだがなー……」
「わ、笑える訳無いでしょ! もう、金輪際近づかないでくれる?」
俺達とは、あえて離れたテーブルで夜食にありついているメリサは、心の距離もトーマスとは離しておきたい様だ。
「それよりもカーマ、約束だったな。夜食の弁当選びに行こうぜ!」
「そうだな! 早い所食って戻ろうぜ!」
俺達は、その後も他愛の無い話を繰り広げながら弁当を平らげ、各自、持場に戻る事となった。
フェイさんは、事務所で書類仕事に専念する為、配置転換が行われ、比較的魔物の出没率が高い裏門にセルドが回る事となり、正門は俺とトーマス、そして未だ目を覚まさない寝袋の三人で警備をする事になった。
午前四時を回った頃だろうか。
腹も膨れ、眠気が徐々に増してくるのが、自覚出来る様になる中、俺達は、一時間に一度のペースで、正門に近づく魔物達を順調に撃退していた。
朝が近づくにつれ、時間の経過と共に、段々と夜が明けていくのが実感出来る。
始業時には真っ暗だった門の外に広がる一面の平原に、ゆっくりと朝陽が昇り始め、夜と朝が混同するアンバランスな光景は、その場で思わず業務を忘れ、立ち尽くしてしまう程、幻想的に輝いて見えた。
そして、この絶景に感動しているのは俺だけでは無かった様だ。
隣のトーマスも、目を釘付けにして、遮る物の無いこの景色が、時間を掛けてゆっくりと移り変わる様を楽しんでいた。
「よー、お前ら。一先ず休憩だ。ほらよっ」
「「ありがとうございます」」
書類仕事に一区切り付けたフェイさんが、俺達にホットコーヒーの入ったマグカップを差し入れに持って来てくれた。
淹れたてと思われるマグカップからは、濛々《もうもう》と白い湯気が立ち上り、暖かくもあり、ほろ苦いコーヒーは、一瞬で疲れた体に染み渡る。
「まだ終わった訳じゃないが、始めての夜勤はどうだった?」
「疲れましたね」
「俺も、ちょっと眠たい」
俺達は、目の前の景色とコーヒーのおかげもあってか、普段から厳しいフェイさんに本音を漏らしていた。
「だよな。俺も正直言って、そんな感じだ。でもよー、この景色は、格別だろ?」
フェイさんの瞳は俺達ではなく、真っ直ぐに昇りかけの朝日を眺めていた。
「ええ、間違いなく、昼間には味わえませんよ」
「そうだな。これは、夜通し働いた奴にしか味わえない景色だ。たぶん、この時間に早起きしても、こんな風に感動は出来ねぇよ。……なあ、お前ら……夜勤も悪くないだろ?」
「確かに眠いけど、悪くは無いですね!」
「だな、思ったより悪くない」
「よし、その調子で残りも頼むぞ!」
「「はいっ」」
こうして、俺達の長い一日は終わりを迎えようとしていた。
しかし、残り数時間で勤務を終える俺達の元に、思わぬ来客が訪れるのであった。




