あるバイト門番の審判
「来たか、取り敢えずお前らはそっちで正座しておれ」
「わ、分かりました」
会議室の奥にどっしりと座る警備長が、差した通りに右側の壁を目指す。
「俺も? 俺はただ、火を消しただけだぞ!」
「口答えをするなセルド! ついでにトーマス、お前も正座しておれ」
「俺もですか?」
「お前は興味本位で付いてきた罰じゃ」
俺達は、今から何が始まるかを想像しながら、壁に沿って、並んで正座をする。
もう一度扉が空くと、フェイさんに続いて、私服に着替えたルートさん達、女性陣が姿を現す。
そして、女性陣は、俺の反対側に置かれた椅子に一人ずつゆっくりと腰かけた。
「警備長、準備が整いました」
「ご苦労だったフェイ。それでは始めるとしようかのう」
フェイさんが、警備著の隣に立つと、ようやく警備長が立ち上がる。
「それではこれより、本日昼過ぎに起きた、女子寮放火事件の審議会を始める。礼っ!」
警備長の合図で全員が一切に頭を下げる。
急に会議室で始まる身内だらけの審議会に、俺は戸惑いの色を隠せない。
何かがおかしい。
(何で女子寮が放火された事になってるんだ?)
それにもし、これで有罪になったらどうなる。
本当に投獄されてしまうのか?
とにかく、一度、確認してみる事にしよう。
これが、いつものおふざけの延長なのかを。
「警備長、一つ教えて下さい!」
「被告人が勝手に喋るな!」
「俺は被告人じゃねーぞ! どうしていきなり審議が始まるんですか! そんな権限、流石のあんたにだって無い筈だろ!」
「あるに決まっとるじゃろ、何故なら儂は警備長だからな」
「そんな、滅茶苦茶な!」
「分かったら口を慎む様に。次、許可なく喋ったら、お前の衣食住は全て無くなると思え」
「……わ、分かりました」
警備長は、そのまま深く椅子に腰掛けると、正座を続ける俺達には目もくれず、審議会を開始させた。
「まずはフェイ、状況説明を頼む」
「はい、被害者であるルートから聞いた話によると、本日、昼休憩中に寮に帰った所、誰もいない筈の女子寮に人の気配を感じた為、二階を覗くと、そこには犯人が、今まさに女性用の下着を盗む為に、洗濯物の籠を漁っている所だったそうだ」
「そうか、世も末じゃな。じゃがな、今の話が事実だとして、どうしてそれが女子寮の火災に繋がるのじゃ?」
何だ、今の話は。
俺は全然知らない事件に巻き込まれている気がするのは、気のせいだろうか。
すると、今まで大人しくしていた被害女性が手を挙げる。
「なんじゃルート?」
「私から説明させて下さい」
「いいじゃろう、事件の全容を教えてくれるか?」
「はっ。話が長くなりますので、単刀直入に言いますと、下着を見て興奮した被告人が寮に火を放ったのです!」
「何じゃと!? そ、そんな、いかれた特殊性癖を持った、悍ましい奴がこの中にいると言うのか……」
「はい、あそこで正座をしている赤髪の男です」
ルートさんは、あろうことか、命を救った張本人である、この俺を指差した。
この女、まさかとは思うが、煙草の不始末で火事を起こした責任を、俺に擦り付けようとして無いよな。
こんな非道、断じて許される訳が無い。
何とか無実を証明しなくては……。
「警備長、発言、宜しいですか?」
「なんじゃ、下着泥棒」
「信じて下さい警備長。俺は、やってません。俺がしたのは人名救助です。そもそも、俺が女子寮に入った時には、既に女子寮は燃えてました。それに、興奮して放火する人間が何処にいるんですか!」
「そうですよ! そもそも、カーマに起こされた俺は、女子寮が燃えているのを確認したから、急いで消化を始めたんですよ!」
消火活動に専念していたセルドも証人として、俺の擁護に回ってくれた。
「意義あり!」
「なんじゃ、アーチ。お前も何か言いたい事があるのか?」
「皆さん、一つ考えて欲しい事があります。……もし、カーマが下着に興奮して放火した後に、自室に戻り、仮眠していたセルドを起こして、救助に向かっていたと仮定したら……今、セルドの行った証言の有効性は崩れると思います!」
「……何だと!? カーマ、お前……俺を騙していたのか?」
「違う! お前こそ何騙されてんだ! 口調こそそれっぽいが、相手はあのアーチだぞ!!」
「姉御だから言ってんだ! お前、もしかして知らないのか? 姉御がこの手の分野に知能の全てを注いだ、悲しき探偵モドキだって事を」
「なおさら、そんな探偵モドキの言う事、相手にすんなよ!」
「うるっさいわ! 許可なく喋るなと言ったじゃろうが! それで、下着泥棒よ、弁明はあるのか?」
「弁明も何も、俺はそんな変態でも無ければ、下着泥棒でも無いんです」
「意義あり!」
「何じゃルート?」
「私は、カーマ。いいや、そこの下着泥棒が上着のポケットに、女性用の下着を忍ばせているのを目撃しました。そこの変態が自分の無実を証明するには、そのポケットの中身を見せるのが手っ取り早いと思います!」
「カーマ、上着のポケットを見せてみろ!」
「わ、分かりました」
俺は、火災発生前から着ていた上着のポケットの中に手を伸ばす。
(おかしいな……このポケットには普段から何も入れてない筈だが……それにこの感触、何だ?)
手の感触に疑問を感じつつも、身の潔白を証明出来るこれ以上無い、絶好の機会だ。
俺はいつだって、誰に疑われても、自分を信じるだけだ。
俺は、右手で掴んだ、ポケットの中身をどうだと言わんばかりに、頭の上に掲げる。
「カーマ、お前……本当にやってたのかよ! 俺が消したのはお前が放った火だったのか!」
「へっ!?」
俺が天に掲げていたのは、ポケットの中に入る筈の無い、真っ黒なブラジャーだった。
「何で、あんたがあたしのブラ持ってんだ!!」
「知らねえよ! 何でよりにもよって、お前のが入ってるんだよ!」
どうして、ポケットの中にアーチの下着が入っているんだ。
すると、皆が俺に怒りの視線や怒号をぶつけている中、椅子に座りながら、笑みをこぼしている、自称被害女性を発見する。
そうか、あの女なら犯行が可能だ。
女子寮を脱出する時、俺に黙って抱えられている振りをして、ポケットに忍ばせていたのか。
「見損なったぞ、この下着泥棒!」
セルドが呆れた様に俺を事を見限ったのか、立ち上がり、女性陣の構える反対側の壁に移動する。
「け、警備長! こいつは人間のクズです! 現行犯で突き出しましょう!」
「そうじゃな、儂としても下着どろ――」
「ちょっと待ったー!!」
絶体絶命と思われたその時、ここまで一言も発していなかったトーマスが立ち上がり、異議を唱える。
(トーマス!)
お前、もしかして、何か重要な証拠を掴んでいたから、野次馬として、俺達に付いてきたのか……頼む、この状況を打開してくれ。
「……トーマス。お前も何か言いたい事があるのか?」
「……すいません。ただ、言ってみたいだけでした」
「……トーマス、出て行ってくれるか?」
「はい。すいませんでした!」
結局、彼はただの野次馬だった。
「警備長、続けていい?」
トーマスが無言で退場する中、探偵モドキが口を開く。
「ああ、続けてくれ」
「そこの下着泥棒は、ルートさんを強引に抱きかかえた後に、太ももをニギニギしなから、こうも言っていました。……もう少しで俺の下半身も着火する所だったと……」
「言わねえよ! おい、探偵モドキ! それ以上適当な事を言うなら、このブラジャーの命は無いと思え!」
「返してっ! それが無くなるとローテーションが……」
「カーマ、そこまでじゃ。今ならまだ罪は軽く出来るかも知れん。儂も尽力する、じゃから一緒に出頭しよう」
「待ってくれ警備長! 俺は真実を知っているんだ。話を聞いてくれ!」
俺が改めて、自分の主張を繰り広げようとしていると、ここで、どういう訳か、黒幕と思われるルートさんが俺に近づいて来る。
「ルートさん危険よ、その変態から離れて下さい」
「いいのよ、この変態は人に害のある変態じゃないと思うの」
そう言って、正座した俺の前でしゃがみ込む。
「何ですか? 今更、交渉でもするつもりですか? 何を言われても、俺は絶対に諦めませんよ」
「あのさ……この前の貸しがあったでしょ。それで今回は手打ちにしない?」
「ちょっと待って下さい。あれは、そんなにでかい貸しじゃないでしょうよ! 俺、捕まるかもしれないんですよ?」
「大丈夫だって、警備長は優しいから、自分から謝る人には情けを掛けてくれるわよ」
「わ、分かりましたよ。ルートさんの言った事、信じます。これで貸しは無しですよ」
「良いわよ。渾身の土下座を警備長にぶつけてやりなさい」
「はい。皆の視線があるので、そろそろ席に戻つて下さい」
あまり納得出来てはいないが、確かに貸しは貸しだ。
警備長が人情に熱いという可能性に懸けて、全力の土下座を試みる。
「警備長! 私が、私がやりました! 大変申し訳ございません!! どうか、投獄だけは勘弁して下さい!!」
「何を言っておるんじゃ? 儂は、元々投獄何かさせんぞ」
「で、では、許して貰えるのですか?」
「そうしてやりたいとこじゃが……今も、人のブラジャーを片手に土下座しとるお前を、許す訳にはいかんじゃろ」
(し、しまった。つい……)
「判決じゃ! カーマ・インディー、女子寮放火、並びに下着泥棒、猥褻の容疑で半年間の給料を減給する!!」
「そんなぁ!? これじゃあ、まともに生活できませんよ!」
「カーマよ。世の中、お金が全てでは無いじゃろ。他にも大切な事は山ほどある」
「それは、人から金を巻き上げた人が言う台詞では無いでしょ!」
「カーマ諦めろ、ここでは世の中の常識や法などよりも、警備長がルールだ。この審議会は、警備長をその気にさせて、味方に付けた奴が勝者で正義だ。真実何てどうでもいい」
「そんなもんがまかり通ってたまるかよ!」
「安心しろ、お前も時期慣れるさ」
こうして、俺の一人負けという結果で、審議会は幕を閉じる事となった。
審議会はその後、行き場を失った女子寮の住民達の居住先を決める会議に様変わりをしていったが、議論の末に、他の警備隊が保有する部屋を建て替えが完了するまでの間、借りる事で落ち着いた様だ。
会議室の外に出ると、途中で外に出されていたトーマスが、床に座り込んで審議会の終了を待っていた。
「よっ、下着泥棒。減給で済んで良かったな」
こいつは、ただの野次馬だったかも知れないが、今、この場で最後まで俺の味方であろうとしてくれた、貴重な存在だ。
「よくねぇよ野次馬。いくら何でも減給はひどいだろ。……あっ、そうだ。お前にこれを渡しておくよ。お前こういうの好きだろ?」
俺は、審議中も右手に握りしめていた友情の証をトーマスに手渡した。
トーマスは、恐る恐る中身を確認すると、一際気持ち悪い表情で頷いた。
「流石は下着泥棒。もう俺の趣味を理解してくれたのか。確かに受け取ったぞ。でもいいのか? お前がもし、仕事中に死んだら、これが形見になるんだぞ?」
「その時は俺の棺に入れて、一緒に燃やしてくれ」
「ああ、任せろ。ちゃんと胸に装着してから燃やしてやろう」
こうして、熱い握手を交わした俺達は、減給という絶望の中でも、手に入れた微かな友情の証を握りしめ、前に進んで行くのであった。
今回の話で、カーマ君の初めての休日編は終わりを迎え、初めての夜勤編に向かって行きます。
この放火事件編は、急にミステリー小説を書いて見ようと思い立った結果、知らない所に着地をしてしまった話になります。
今後も、良くも悪くも挑戦を続けて行きますので、暖かい目で見て頂けると幸いです。
最後になりますが、評価や感想、ブックマーク登録など、お待ちしておりますので、宜しくお願いします。




