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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第一章 あるバイト門番の燻り
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あるバイト門番の着火

 今日は入隊後、初めての夜勤が控える前日だ。


 セルドが言うには、目一杯寝て、来週の生活リズムに合わせる必要があるとの事なので、警備長との特訓を終えたら、ゆっくりダラダラと過ごして、体を休めておこう。


 だが、そんな俺のささやかな願いは、ある事件によって阻まれる事となった。


 まだ辺りが暗い中、セルドと共に明け方の外壁に昇り、昨日同様に警備長と特訓をこなす。


 昨日の疲れなど、微塵も考えてくれない警備長に全身を限界まで追い込まれながらも、地獄の特訓を一心不乱にこなした俺達は、真っ直ぐ帰宅し、一早く仮眠を取る。


 休日の男子寮は、俺とセルド以外は出払っている様で、壁の薄い部屋には、珍しく静寂な時間が流れていた。


 だが、いくら体が疲れていても、陽の出ている時間に熟睡は難しく、昼前には目覚めてしまった。

 出勤を控えながらも、中途半端に時間を持て余した為、何か無いかと寮の中を彷徨っていると、隣の部屋から同じ様な悩みを抱えたセルドが姿を見せる。


 そんな中、二人で窓の外を眺めてると、今日も出勤している筈のルートさんが、隣の女子寮に帰って来ていた。


「相変わらずあの人も二日酔いなのに、タフだよな」


「でもよー、祝福の光(ヒールライト)でドーピングしてるから、結構ズルいよなー」


「だよなー。俺達にも掛けてくれればいいのに。そう言えば、ルートさんって、何で毎回昼に帰って来るんだ? 飯は向こうで食えるだろうに」


「確かに言われてみれば、そうだな。でも、俺が入隊した時には、もう昼は帰ってた気がするぞ」


「そうなのか。……何か、気になるよな」


「そうか? 女の人は色々あるんだろ。あんまり詮索しない方が良いと思うけどな」


「セルドにしては、珍しくノリが悪いな」


「明日は夜勤だぞ。そんな事忘れて、もう一寝入りしようぜ」


「それもそうだな」


 俺達は、まだまだ元気な体を眠らせようと、部屋の前で別れ、強引に瞳を閉じていく。



 暫くすると、近くでバチバチと、何かが爆ぜる音が聞こえて来る。


(あれ、何だこの音? なんだか焦げ臭い匂いもする様な……夢にしては臨場感が凄すぎる。まるで、この場で爆発でも起きた様な……えっ? ここで爆発!?)


 異変を感じた俺は、ベッドから飛び起き、真っ赤に染まる窓から外の様子を眺めると、そこには、目を疑う様な光景が広がっていた。


 隣の女子寮の二階部分から火の手が上がっていたのだ。

 炎の勢いは止まる事なく、今にも火の手は、屋根を覆う様にして建物全体を飲み込もうとしていた。


「セ、セルド! 大変だ! 起きろー! 火事だぁー!!!」


「……何事だっ!?」


「だから、女子寮が燃えてんだよ!」


 たった今、叩き起こされたセルドは、今だに現実と夢の狭間にいるのか、状況を理解出来ていない。


「う、嘘だろ!? 何でだよ!」


「とにかく行くぞ! お前なら消火できるだろ!」


「ああ! 消しに行くぞ! カーマも来てくれ」


「そのつもりだ! まだ、ルートさんが中にいるかも知れないからな」


 俺達は、外まで全速力で駆け出し、各々が最善と思える行動に移る。


「【具現出力(ぐげんしゅつりょく)――豪雨《土砂降りレイン》】!」


 セルドは、女子寮の上部から、風呂桶を引っ繰り返した様な激しい雨を降らせる。


 中の建物がどうなるかは分からないが、あの勢いで水を掛け続ければ、周囲の建物に引火する事無く、鎮火させる事は可能だろう。


 俺はその隙に、ルートさんやメリサを救う為、禁断の女子寮に足を踏み入れる。


「ルートさん! メリサ! アーチ! 大丈夫か? いるなら返事してくれ!」


 燃え盛る火の子が舞う中、俺の叫びに返事は無かった。


 先程、姿を見かけたルートさんはともかく、休みの日に全員が寮にいるかは不明だが、万が一にも逃げ遅れている可能性があるなら、迷ってなどいられない。


 一階部分は、粗方探し終えたが、人影一つ発見する事が出来なかった。


 (やっぱり、こっちだよな……)


 俺は、火元と考えられる二階に足を踏み入れる事にした。


 火属性の俺なら、多少の火傷は、無効化出来る。

 煙を吸い過ぎない様に姿勢を落としながら階段を進んで、一番奥にある、一際、燃え方の激しい扉を開ける。


「ああああーーーー!!! 私の愛するバツボロたちがーーー!!! 何で、何でなのよ!! ちゃんと火は消した筈なのにーーー!!!」


 俺は、中の住人に気付かれぬ様、そっと静かに扉を閉めた。


 帰ろう。

 犯人も火災原因も特定出来た事だ。

 あの人ならこのまま放置しても多分、死にはしないだろう。


 他の二部屋も確認したが、二人の姿は見つけられない事から、おそらくは、外出中で間違いないだろう。

 一先ず、ここから脱出し、警備長にでも事の顛末を伝えるとしよう。


「おいっ着火マン!」


 背後から、何か女性の声が聞こえた気がするが、まずはここを抜け出す事が先決だ。


「おいカーマ、あんた、私を無視するとはいい度胸だね」


 もう逃げられないか。

 仕方ない、こうなったら、今気づいたって事にしよう。


「あっ! ルートさん! 無事だったんですか? 今、助けに来ました!」


 振り返りながら、全身がちょっと焦げている声の主に向かって、渾身の演技で答える。


「無事だったんですか? じゃねーだろ! 女が逃げ遅れたら何が何でも助けろや!!」


 ルートさんは、両手一杯に生き残った煙草の箱達を抱えながら、こちらに向かって走り出し、火災現場だと言うのに、俺の頭に強烈な頭突きを放つ。


「イタッ!! す、すいませんでした!!」


「許さん! 取り敢えず、お前はこれを運べ!」


 そう言うと、両手一杯の煙草の箱を俺に預け、再度、燃え盛る部屋に戻ろうとしている。


「ルートさんはどうするつもりですか?」


「私はまだ救える命を救って来るよ」


「駄目ですよこれ以上は! 流石にルートさんでも死んじゃいますよ!」


「こんな所で止まれるか! これは私が始めた戦いだ!」


「確かに、全部あなたが起こした事件ですけど、命より大事な物なんて他に無いでしょうよ! ほら、突っ立ってないで行きますよ!」


「や、止めてっ! まだこの辺は吸えるのに!」


「そんなのまた後で買えるでしょ!」


 俺は、手に持っていた煙草を投げ捨て、嫌がり暴れているルートさんを強引に抱え、女子寮を後にする事とした。


 ルートさんは、散々嫌がっていた割には、いざ抱えてみると、俺の上着のポケットに両手を入れて、大人しく運ばれてくれた。


 外に出てみると、周りには騒ぎを駆け付けた第三警備隊の面々を始め、近所の住民達が集まり、野次馬達と合わさって、大きな人だかりが出来ていた。


 未だにセルドが消火活動を続けているが、近くに居た水属性使い達が応援に来ている事もあり、このまま被害を増やす事無く、鎮火する事が可能であろう。


「カーマ、無事だったか?」


「はい、何とか。もう少しで俺も自身も着火する所でしたが、無事にルートさんも救出する事が出来ました」


「そうか。良く分からんが……それなら、まず、ルートを降ろしたらどうだ?」


「え?」


 とにかく逃げる事を優先していた為、フェイさんに指摘され、初めて、右手で抱えて来た柔らかい感触に気付く。


「あんたねー、どさくさに紛れて何やってんのよ! 早くルートさんから離れなさい!」


「違う! 俺はそんなつもりじゃない! ただ逃げるのに必死だっただけだ!」


「じゃあその右手は何よ! 明らかに太ももを鷲掴みにしてるじゃない!」


 (しまった! つい……)


 女子寮から離れていて無事だったアーチから捲し立てられ、ようやく柔らかい感触の正体に気付く。


 (そうか、これが俺の長年追い求めた女性の太ももだったのか……なるほど、悪くないな……)


 俺は、周りからの目がある為、最後に一通り撫で回した後、名残惜しいその太ももから手を離し、ルートさんをゆっくりと地面に降ろす。


 その際、ルートさんと女子寮を出てから初めて目を合わせたが、その顔はいつもの落ち着いた表情では無く、何かを堪えている様な怒りを、その表情から感じたのは気のせいだろうか。


 俺が手を離したその瞬間に、ルートさんは近くに居たアーチとメリサによって、治療の為かアーチの小屋に運ばれていった。


 暫くして、女子寮の消化が終了した頃に、フェイさんから報告を受けた警備長が、仕事中にもかかわらず、俺達の前に姿を現した。


「カーマ! セルド! お前達は今すぐ会議室に来い! フェイ、ルートも呼んでおいてくれるか?」


「はっ!」


 何時にもなく、額に血管を浮かべていた警備長に突然呼び出された俺達は、不穏な空気を察して、無言で言われた通りの場所に向かう。


 何故か、関係の無いトーマスも付いてきたが、特に触れる事無く、会議室の扉を開ける。

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