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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第一章 あるバイト門番の燻り
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あるバイト門番の宴③

「失礼しまーす! お会計の方、こちらになります!」


 ニーナさんは、すっかり元気の無くなったフェイさんに、お会計の金額が書かれた伝票を手渡す。

 だが、どういう訳かフェイさんは、金額を確認するや否や、無言で伝票をルートさんの前に滑らせる。


 対してルートさんも金額を確認すると、再度、フェイさんに突き返す。


「な、何してるんですか? もう、帰りましょうよ!」


 俺は、この店の会計で揉めるのが一番嫌いだ。


「お前は一旦、黙っていろ。なぁ、ルート。お前が予約したコース、思ったより高く無いか?」


「そう? 私からしたら普通だけど……」


「普通か? それなら、このお土産代、四万ロームって何だ? お土産何て、一つも貰ってないぞ」


「……そ、それは、新人達の為に、後日発送って事で……」


「そうか、お前に聞いた俺が悪かった。ニーナ! ちょっと来い!」


「はい! 只今、向かいます!」


 ニーナさんは、駆け足でフェイさんの元に向かう。


「このお土産代とは、何か説明してくれるか?」


「これは、予約時に注文頂いた人数分のお土産を、明日の昼頃に、ルートさんまで届ける約束で料金に含ませて頂いてます!」


「ほう、それじゃあ、一人五千ロームもする、そのお土産って何だ?」


「これは、当店が独占販売している人気銘柄、バツポロを一人当たり、二カートンでご用意させて頂いてます!」


 フェイさんは、伝票をルートさんの前まで滑らせると、今度はアーチの方に伝票を滑らせた。


「お前なぁ、そろそろ観念したらどうだ? 後輩の前でみっともないぞ」


「違うのフェイ、これは誤解だわ! そうだ、やっぱりみんなで折半しましょう! その方が平和に済むと思うの!」


「なら、どうして金が無いって分かりきってるアーチに伝票を渡したんだよ?」


「無いって決めつけるのも可哀そうでしょ!」


「こいつが、飲み会に金を持って来た事があったか?」


「失礼だな! あたしだって少しは持ってるよ! てゆーかさ、そもそも、今回は二人で折半するって言ってたんじゃないの?」


「そのつもりだったぞ。ちゃんとした伝票だったらな」


「じゃあもうさー、()()で決めた方が早いんじゃないの?」


「久しぶりに()()をやるのか」


「そうね、その方が公平よね!」


「ちょっと待て! 絶対に俺はやらねぇぞ! 俺は先に帰らせて貰う!」


 セルドは、先輩達の言う()()が何かを理解している様で、慌てて個室から出ようと試みる。


「【具現出力(ぐげんしゅつりょく)――氷壁アイスウォール】!」


 しかし、セルドの努力は虚しく、すぐに分厚い氷の壁によって出入口は封鎖されてしまった。


「フェイ! てめえ、何しやがる!」


「一々説明させるなよ。金が懸かってんだ、参加者は多い方がスリルを味わえるに決まってるだろうが!」


(何? 金が掛かってるだと!?)


 だからセルドは一早く逃げようとしたのか。


 だが、俺達三人は新人であり、この回の主役である筈だ。

 今回は、高みの見物をするとしよう。


「新人共! 勿論、お前達も参加してもらうからな!」


「ふざけんなよ! 俺達まだ一回も給料貰ってねえぞ!」


「その通りだ、着火マン」


「止めろトーマス、その名で俺を呼ぶな」


「ルー姉! 今すぐにあいつを止めてよ!」


「……ごめんなさい、メリサ。私には、どうしてもあの人を止める事は出来ないの……」


「どうして? 何か弱みでも握られてるの?」


「ううん、私もね、少しでも負ける確率を減らしたいのよ」


「ルー姉!! 全然納得出来ないよ!!」


「メリサ、社会はこういう物よ。納得出来なくても、参加しなさい!」


「そんなぁー……」


 こうして、この密室に集ったニーナさんを抜いた八人は、有無を言わさず、全員が()()に参加する事となった。


 フェイさんが意気揚々と、机に散らばっている箸を八本集め、その中の一本をニーナさんに渡し、残りの七本を空いているジョッキに差し込んだ。


「ニーナ、それに目印を付けろ」


「はい! それではこちらを入れますので、皆さん後ろを向いてくださいね」


 ニーナさんは、持っていたナイフで、箸に十字の切り込みを入れると、俺達に背を向ける様に促した。


「お前、何だか楽しんでないか?」


「違うよセルド、早く後ろ向いてくれる?」


「はい、はい」


 ニーナさんはフェイさんの用意したジョッキに八本目の箸を入れ、中身をかき混ぜながら、机に勢い良く叩きつける。


「準備完了です!」


「よし、それじゃあ始めるか!」


「何をですか!?」


「決まってるだろ。ここの支払いを懸けた一発勝負、運試しのくじ引きだ!!」


「一人が全部払うんですか? それはあんまりですよ!」


「当たり前だろ。被害者は少ない方がいいに決まってる」


「そんな理屈で……」


「よーし、それじゃあ引く順番は、最年長からでいいか?」


「そうね、年の功って奴よね」


「あたしも賛成!」


「僕も異論はないよ」


 次々と賛同する先輩達の中に、優しさの塊である筈のゲータさんまで賛同している。

 何という事だ、これじゃあ、多数決で一方的に決められてしまう。


「ちょっと待った! あんたら本気でそんな事言ってんのかよ! こんなの最初に引いた方が有利に決まってるじゃないですか!」


「落ち着けカーマ、それは、あくまで確率の話だ」


 何時にもなく冷静なトーマスが、肩を組みながら俺を止める。


「けどよ、お前だって引く順番が最後になるんだぞ」


「だが、絶対に不利とは限らないだろ。俺達はそれを信じて待つだけさ。それに、こういうのは大概、悪事を働いた奴や、調子に乗りすぎた奴に決まって天罰が下る様に出来てるんだ。俺の予想では、最年長のどっちかが自爆すると思うぞ」


「……そう、なのか? お前もしかして、【よちよちタイム】を使ったのか?」


「こんなくだらん事で使ってたまるかよ。予想だよ、予想」


 トーマスの予想が正しければ、この宴会で一番調子に乗っていた人に天罰が下るそうだ。

 そうなれば、今から引く最年長二人は、思い返せば、最初から最後まで調子に乗っていた気がする。


「行くぞ! せーの!」


「「ほい!」」


 迷いの無い最年長二人は、勢い良く掴んだ箸を天井に掲げる。


「「セーフ!」」


 無事に生還を果たした二人は、先程までのいがみ合いも忘れ、他人に支払いを押し付ける事に成功した喜びで抱き合っていた。

 特にルートさんは、タダ同然で八カートンもの煙草を手に入れたのだから、さぞ、嬉しいに違いない。


「おい、トーマス」


「まあ、待て。まだ焦る人数じゃない」


 続いて、アーチとゲータさんが机の前に進む。


「僕の方が先に入隊したから僕が先に引くよ!」


「数週間の違いでしょ、そんなん、一緒に引けばいいでしょ」


「じゃあ、行くよ、せーの!」


「「ほい!」」


 何だかんだ、一緒に引いた二人も、掴んだ箸を天井に掲げる。


「「セーフ!!」」


 続いて机に向かったのは、先程、一早く逃げようとしていたセルドだった。


「セルド―! 男見せなさいよー!」


「うるせぇ! お前が辞めたから俺は一人じゃねーかよ!」


 ニーナさんに悪態を付きながら一人で箸を引いたメルテは、掲げる前にガッツポーズを決める。


「よっしゃーセーフだ!」


「何!? これじゃあ俺達の誰かが……」


「ああ、こんな歓迎会滅茶苦茶だ」


「トーマス、お前さっきまであんなに余裕そうだったのに」


「余裕な訳あるかっ! 俺だってこれを喰らったら借金生活になっちまう!」


「私もだ! こんな所で今月の酒代を失うわけにはいかない!」


 残された俺達は、三人で二つの椅子を取り合う覚悟を決め、机の前に集まる。


「皆、状況は変わらないって事か。いいかお前ら! 勝っても負けても恨みっこ無しだぞ! 恨むならこの職場を選んだ事を恨みやがれ!」


「おう!」


「分かった!」


「行くぞ!せーの!」


「「「そいっ!」」」


 俺達は、自分から一番近くの箸を力一杯に掴み、天に掲げた。

 そして、自分の持つ箸の先に、目印が無い事を確認する。


「「セーフ!!」」


 俺は、反射的にトーマスとハイタッチをし、喜びを分かち合う。

 って事は、当たりを引いたのは……。


「……えっ……嘘? ……私、なの? そんなぁ……どうして? ……歓迎会なのに……」


 メリサは事実を受け入れられず、愕然とその場に座り込む。


 メリサは今の出来事ですっかり酔いが醒めたのか、瞳の色も水色に戻り、口調もいつものか弱いメリサに戻っていた。


「メ、メリサ、大丈夫か?」


「か、カーマ君、私、こ、こんなに払えないよ。……ど、ど、ど、どうしよう?」


 メリサの瞳には、今にも零れそうな程に涙が浮かんでいた。

 正直、酔っ払い状態のメリサになら、遠慮無く払わしていたが、いつものメリサにそんな事させられる訳が無い。


 だが、そんな罪悪感にさいなまれていたのは、俺だけでは無かった様だ。


「すまないメリサ、こんな事になってしまって。礼といっては何だが、今、少しくらいならここで奢ってやる。だから、泣くのは止めてくれ、な?」


「そ、そうよ、メリサ。私達で払うから何でも好きなだけ頼みなさい」


 元凶を作った最年長二人が、メリサに寄り添う様に頭を下げる。


「……わ、分かったよ。ルー姉がそう言うなら」


 二人の気持ちを渋々承諾したメリサは、その後、五分程じっくりメニュー表を吟味した後、ニーナさんに注文を行った。


「す、すいません。このー、さっきボトルで飲んでたワイン、ズボズボヌーボーってありますか?」


「はい、ございますよ」


「それじゃあ、それ、ボトルで一つと樽をキープで買えますか?」


「え、えっと、ボトル一つと樽で購入ですね」


「はい、私の名義でお願いします!」


「かしこまりました!」


 こうして、メリサは宴会代の支払いと引き換えに、気に入ったワインを、樽ごと手に入れる事が出来て、本人はかなり満足している様に見えた。


 勿論、足りない分は、【アルアルファイナンス】で立て替えて貰う事となった。

 何故か、保証人に俺の名前を書いた事に、納得は出来ていないが、メリサ本人が、酔いから醒めても、特に気にしていない様で一安心だ。


 一方で、メリサに情けを掛けた最年長二人は、六十万ロームと書かれた伝票を見て震えあがっていたが、事の顛末を聞いた女将さんに詰められた事もあり、最後には観念したのか、大人しく折半して払う事に決めた様だ。


 ヤニー亭を後にした俺達は、寮に帰宅後すると、そのまま皆で大浴場に入って騒ぎ疲れた体を労り、次々と倒れる様に床に就いていった。


 こうして色々あった訳だが、俺の初めての休日は、何とも騒がしく、あっという間に過ぎ去ってしまった。

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