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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第一部 第一章 あるバイト門番の燻り
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あるバイト門番の特訓 

 待ちに待った初めての連休がやって来た。


 それなのに、起床時間は何時もの出勤時間と比べても二時間は早い。

 まだ、開ききらない目を擦りながら窓の外を覗いてみると、朝ではあるが、外は未だに真っ暗だ。


 貴重な休みの日だ。

 変に物音を立て、薄い壁を挟んで隣のセルドを起こしては、流石に申し訳ないと思い、気を使いながら着替えを済ます。


 しかし、どういう訳か、俺が部屋を出た時には、扉が開けっ放しのセルドの部屋は、既にもぬけの殻となっていたのだった。


 セルドの奴、こんな朝っぱらから何をしているのだろうか。


 そういう自分も、他人から見れば同じかも知れないが、今日は早朝から警備長との特訓が控えている。


 居間に向かい、キッチンに置いてあった朝食用のパンを(かじ)りながら、言われた通り正門上の外壁に向かう事にした。


 因みに、俺達が休みという事は、他の警備隊の先輩方は絶賛仕事中だ。

 第三警備隊は、何故か他の隊の人達から、疎まれている傾向にある為、鉢合わせない様にコソコソと物影に隠れながら外壁に上がると、そこには見慣れた先客がいた。


「おっす、カーマ!」


「おはよーう! って、何でセルドがここに?」


「何でって、そりゃあ特訓だろ! お前は?」


「俺も警備長の特訓だよ」


「そうか、お前もとうとう特訓送りかー。だったら一緒に来ればよかったな」


「確かにな。でもよー、何だよ特訓送りって?」


「そんなの時期にわかる」


 まだ、セルドの説明では納得出来ないが、疑問点は、そろそろ上がって来るであろう警備長にぶつけて見る事にする。


「おーい、小僧共っ! 揃ったかー?」


 正門の下から警備長の野太い声が外壁の上まで響く。


「おっす! 警備長!」


「おはようございます! 警備長!」


「おはよう! 二人共、朝から良い挨拶じゃな。ちょっと待っとれ、儂もそっちに行くわい……とうっ!」


 すると、警備長は助走も付けずに、三十メートルはある壁の上まで、一瞬で飛び上がった。


 なんてこった、あの筋肉じじいは、既に人間を止めていたらしい。


「よーし、それじゃ行くぞ! 警備長プレゼンツ、ドキドキ! おっさんだらけの朝っぱら筋トレ大会! 始めるぞー!」


「うぉおおおおおおーーー!!」


「ポロリもあるぞい」


「なに出そうとしてるんですか!」


「なんじゃ、カーマが喜ぶかと思うとったが……」


「喜びませんよ! おっさんの股間なんか! それよりもですよ、どうして、新人で俺だけ特訓になるんですか?」


 ズボンに手を掛け、今にも恥部を(さら)そうとしている警備長に尋ねてみる。


「これは、フェイやルートと決めた事じゃが、色々、選考理由があるんじゃがー……簡単に言うと、実力不足じゃ」


「簡単に言い過ぎですよ! もうちょっとオブラートに包んで下さいよ!」


 確かに警備長が言った通り、この間の実戦では、俺が足を引っ張ったのは紛れもない事実だ。


 このままでは、いざって時に、門番として町を守る為の戦力になれないどころか、騎士団の応募だって受からないのは目に見えている。


「なーに気にすんなって! 俺も一年前に特訓行きの烙印を押されてんだ。別に珍しい事じゃねーよ。それに、俺からしたら他が異常なだけだぞ」


「……それもそうだな」


 セルドの言葉を聞いて、その実力を悪用する化け物達を脳裏に巡らせ、俺は静かに納得した。


「それじゃ時間もないし、一種目目に移ろうかの」


「「はいっ」」


「まず始めは外壁ダッシュじゃ! 二人でこの外壁一周を全力で走ってこい。十秒後、儂が追いかけるからそのつもりで」


「そのつもりでって何ですか! 追いつかれたらどうなるんですか?」


「安心しろカーマ、時期に分かる」


 セルドは一足先に覚悟を決めた様な顔で、スタート地点に立つ。


 嫌な予感しかしないが、これも自分を追い込む為に必要な事だろう。

 俺もセルドの隣で警備長の合図を待つ事にした。


「レディーーゴォーーー!」


 朝方の静かな町に響いた声を合図に、俺達は同時に走り出す。


 警備長に追いつかれたら何をされるか分からない以上、とにかく全力で走らなければ。

 だが、一年もこの特訓を積んでいるからなのか、スタートと同時に隣のセルドに、どんどん差を広げられていく。


 後を追う形で外壁を走り続け、裏門に差し掛かった所で、ついに、あの男が動き出す。


「そろそろ儂が行くぞー!」


 その声が聞こえた刹那、俺の背後には既に、警備長の気配が近づいて来ていた。


「カーマ、おっそいぞ! 警備長ドロップキーーック!」


 後ろを振り返ると、そこには涼しい顔をした警備長が、両足をこちらに向け、飛んで来ている所だった。


「嘘だろ!? いくら何でも早いって!? うわわわあああああああああー!!!」


 馬車にでも跳ね飛ばされた様な衝撃が全身を襲う。


 何度も転がった後、何とか、外壁の塀にぶつかり、止まる事が出来たおかげで、落下するのは避ける事が出来た。

 数秒後、セルドの叫び声も聞こえたので、今頃、同じ様に壁の上を転がっているのだろう。


 俺達の外壁ダッシュは、計三十回にも及び、終盤はただのサンドバックになった所で、この理不尽なメニューは終わりを迎えた。


「まだまだ行くぞい、続いては儂立て伏せじゃ!」


「……何ですか? その、儂っていうのは?」


「無論、この儂じゃ! セルド、見本を見せよ」


「分かりました!」


 するとセルドは、警備長の前で通常の腕立て伏せと何ら変わらない体勢を取り、警備長を呼んだ。


「お願いします!」


「行くぞセルド! 目標は二十回じゃ!」


 警備長は腕を組んだまま、メルテの背に腰掛けた。

 王都一の巨漢爺を背中に乗せ、地獄の様な特訓が幕を開ける。


「えっ!? 本当に警備長を乗せたままやるのかよ!」


「当たり前じゃ、立派な門番になる為には、この位の負荷が必要じゃからの」


「いーち、……にー、……さーん」


 流石は一年間特訓に参加してきたセルドだ。

 警備長の負荷を諸共せず、順調に回数を重ねていく。


「じゅーに、じゅー…………さん、じゅー…………っぱし、無理だー!」


 目標には一歩及ばず、十四回に差し掛かった所で、セルドは潰れていった。


「情けないのう、次カーマの番じゃ」


「はいっ」


 セルドの潰れ様を見てからやるのは、気が引けるが仕方ない。


「ちなみに、カーマは儂立て童貞じゃから、五回を目標にしてみるかの」


「いいんですか?」


「勿論、越えれる分はどんどんやって良いぞ」


「分かりました!」


 隣で潰れている先輩を尻目に、腕立て伏せの体勢を作る。


「お願いします」


「行くぞー!」


 警備著が満を持して、俺の背中に腰掛ける。


「ぐおおおお! おもてぇー!」 


 想像の倍は重いが、それでも、これも上げてこそ一人前の門番に近づける筈だ。


 セルドにも出来たんだ、俺にだって……。


「行くぞ警備長! おりゃあああああああーーー!!! やっぱ駄目だー!!」


 その後、何度もトライして見たが、俺には、一度も警備長を浮かせる事が出来なかった。


「まあ、そんなに落ち込むな。セルドも初回は一度も上げれておらん」


「そう、なのか?」


「まーな! でもその内、嫌でも上げる事になるんだから気にすんな」


「それもそーだな」


「よーし、次は懸垂じゃ!」


「分かりました。でも、懸垂ってどこでやるんですか? ぶら下がれるとこって……」


「そんなもん、ここでやるに決まっておろう」


 警備長が指差した先は、塀の外側だった。

 つまり、自ら断崖絶壁の外側に身を乗り出す事になる。


「名づけて、絶壁懸垂じゃ!」


「これは危ないですって」


「大丈夫じゃ、落ちなければ問題ない!」


「問題大ありですよ!」


「落ち着けカーマ、怖いのは最初だけだ。時期に慣れる」


「ほんとかよー?」


 セルドの経験談に半信半疑のまま身を乗り出し、懸垂を始める。


「いち、にー、さん、しー」


 懸垂自体は昔から鍛える為に何度もやってきているし、意外にも外壁の内側を向くので怖さは感じない。


 唯一気になるのが、さっきから一定のリズムで、俺の手元に当たってくる、チクチクとした何かだ。


「セルドー! お前、俺の手に何かしてんのか?」


「俺じゃねーよ! 警備長だよ!」


「け、警備長!? さっきから一体、何を?」


「何って、儂も衰えん為に鍛えようと思うてな。今は塀の上でスリルを味わいながら腕立て中じゃ!」


「すみません、一つ教えて下さい。どうして、その腕立てで、俺の手がチクチクするんですか!」


「儂の(たくま)しい顎髭(あごひげ)じゃい!」


「最悪だー!」


 その後も、警備長を肩車しながら外壁を走ったり、昇って来た朝日に向かって全裸でポーズを決めたりと、過酷な特訓は続いて行った。

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