あるバイト門番の遊戯①
フェイさんには後で、借用書の件を正直に謝ろうと思う。
今更ではあるが、フェイさんの部屋に勝手上がり込み、本人の居ない場で勝手にプライベートを詮索した事は、流石に申し訳無い気がして来た。
俺とトーマスはセルドに道案内を頼んだ訳だが、決して、闘技場の場所を知らないという理由ではない。
【時計塔】の脇から商業エリアに入って、すぐに目の前に表れるどでかい円形の建物は、王都に住む者であれば、誰でも存在は知っている。
しかし、その周囲に立ち込める独特の雰囲気が、興味本位で近寄る者達を遠ざけているのだ。
俺自身、町の中心部から何度も目にしていた闘技場とやらが、どういう建物なのか知っていたつもりだが、実際近くに来てみると、建物の威圧感と時折聞こえる叫び声に怖じ気づいてしまった。
「おら、何ビビってんだよ。お前ら、パパっと中に入るぞ」
「「おう!」」
一足先に闘技場に入っていったセルドを見失わない様に、急ぎ足での中に入ると、そこには、味わった事の無い刺激的な世界が広がっていた。
「只今の試合、謎の行商人ファイター、ウルドの勝利―!!!」
「「「うおおおおおおおおーー!!!!」」」
周りを客席に囲まれた円形のステージ上で、光の魔石に目一杯照らされた司会者のアナウンスで、会場から怒号にも似た唸り声が響いている。
ある者は、札束を握り締め笑い、そしてある者は、地面に膝を突き合わせて天を見上げている。
この場では、試合に出た当事者の他にも、はっきりとした勝者と敗者が存在していた。
初めて足を踏み入れたが、直感で理解出来た。
これは紛れもない賭博だ。
そして、喜ぶ勝者と妬む敗者が居れば、当然争いは勃発する。
苛立った闘技場の客同士が、口汚くお互いを罵りあう光景も珍しくない様だ。
そんな客席の中に、見知った人、いや、俺の中では似つかわしく無い人が、俺達の居る客席の最前列で、知らないおじさんと言い争いをしていた。
「ほら見ろよフェイ! 俺の言う通り本命のウルドに賭けねぇから、まーた、負け犬じゃねーかよ!」
「何だと貴様っ! もう一回言ってみろ!」
「何度だって言ってやるよ、所持金、全スリの負け犬がよ!!」
「おっさん、てめぇ! ちょっと勝ったからっていい気になりやがって……待ってろ、今からその辺で金集めて、メインでもう一勝負だ!!」
「お前は生粋のコロカスだな。でもよ、どうやって掛け金集めてくるつもりだ? もう、お前に金を貸す奴何て、この町には居ねえだろ?」
「いるんだよ、それが。最近王都に越して来た、うちの警備隊の新入りでよ、騙されやすい馬鹿そうなのが一人入ったんだ。そいつの有り金を取ってくる!」
「うわ、新人にまで手を出すのかよ?」
「当たり前だ!! 今日の大一番で俺の給料日までの過ごし方が決まるんだからな!!!」
確かにそこには、俺の知らないフェイさんが存在していた。
「あ、いた!」
「「「あっ!?」」」
まずい。
何故か突然振り返ったフェイさんと、完全に目を合わせてしまった。
すると、何故か微笑んだフェイさんが、こちらに向かって走り出した。
この話の流れはもしや、俺かトーマスのどちらかが狙われているのか。
どの道、こちらを目指して全力で駆け上がってくるフェイさんからは、全員で逃げられそうもない。
「カーマ! 早く逃げろ!」
「バカ言えトーマス、お前を置いて行けるか! お前も狙われているかも知れないんだぞ!」
「そんな訳ねぇだろ! 新人で騙されやすい馬鹿はお前しかいねえって!」
「そうなの!?」
俺に対する同僚と、上司の評価には少々納得がいかないが、今は逃げる事が先決だ。
もうこれ以上、給料日前に無駄使いはしたくない。
「お前ら落ち着け、どの道もうフェイからは逃げられん。せいぜい、見逃して貰う方法を考えろ」
セルドはもう逃げる事は諦めたのか、慌てる俺達に目もくれず天井を見上げている。
「すぐ諦めやがって、もう俺達だけでも先に行くぞ」
「勝手にしろ」
幸い、俺達の現在地からは、出入口は目と鼻の先だ。
俺とトーマスは、なりふり構わず出口を目指し走り出す。
このまま行けば、いくらフェイさんが相手でも振り切れる筈だ。
よし、最後の階段を上りきった。
このまま闘技場から出て、人混みに紛れて数時間やり過ごそう。
そんな事を考えていた時だった。
突然、目の前の出入り口から冷気に包まれる。
「【具現出力――氷壁】」
「「何っ!?」」
俺達にとって唯一の望みだった出入口は、瞬く間に分厚い氷の壁に変わった。
そして、俺は身を持って知っている。
俺の炎では、フェイさんの氷を溶かせない事を。
「カーマ止まるな! 早くお前の炎で溶かせ!」
「無理だ、俺にはこの壁は壊せない!」
出入口の向こうが見えない程の分厚い氷を前に立ち尽くしていると、背後から猛スピードで階段を駆け上がって来たフェイさんが姿を現す。
「ったく、まだ何も言ってねえのに逃げやがって」
完全に逃げ場を失った俺達は抵抗を止め、対話を試みる。
「すいません、さっきの話が聞こえてしまって……それで、何故か身の危険を感じたので」
「そうか、じゃあ話が早くて助かるな。とりあえずお前らの財布、一旦俺に預けてくれ」
「えっ、財布って……もしかして全部って事ですか?」
「ああ、感謝しろよ。お前ら二人の有り金で、俺が一発大勝負してやるって言ってんだ」
「ちょっと待ってくれ、フェイさん、俺も……なのか?」
「そりゃあ、そうだろ」
「何でだよ、俺はカーマみたいに騙しやすい馬鹿じゃないだろ」
「そうか? 種類は違うかも知れんが馬鹿ではあるだろ。それに、今日の勤務中に私用で抜け出したお前ら二人が、何もお咎めが無しなのもムカつくしな。これでトントンだろ」
「……う、うそ、だろ? こんなの、ただの職権乱用じゃないか!」
「おいおい、止めてくれよトーマス。何の為に俺が、態々、第三警備隊の隊長何てやってると思ってんだ?」
そこには俺の知っている、頼れる隊長の姿は無かった。
代わりに目の前にいるのは、部下のお金で賭博に走ろうとする、どうしようもないクズ男だった。
今ならセルドが、フェイさんに敬語を使わなくなった理由が、分かるかもしれない。
「な、フェイからは逃げられねぇって言っただろ」
「セルド、お前裏切ったな!」
「俺は案内しただけで、お前の味方じゃねーよ」
「何だよセルド、ここが嫌いなお前が来る何て珍しいな」
「……別に、対した理由はねぇよ。単に俺は、お前みたいなコロカスが嫌いなだけだ」
こんな事になると予想していたのか、ゆっくりとやって来たセルドは暫くすると、フェイさんに向かって、珍しく鋭い眼光で問いかける。
「で、フェイ、お前はどっちに張るつもりだ?」
「そんなの決まってる。下馬評で圧倒的不人気のガバガに有り金、全部だ!」
「やっぱりか。そんじゃあ俺は、この辺でずらかるとするかな。それと、ちゃんと勝ったらこいつらにも分け前やれよ!」
「当然だ、俺はこいつらの上司だぞ」
「そういや、そうだったな」
「お前、逃げるのかよ!」
「だから、俺は案内だけだっての」
そう言い残すと、セルドは逃げる様に会場を去っていった。
変な所で公私混同するフェイさんは置いておき、次に開催される試合まで、闘技場の大まかなルールをフェイさんに聞いて見る事にした。
フェイさんが言うには、闘技場で定期的に開催されてる闘技大会は、その試合の勝者を当てるという、至ってシンプルな賭博が国に容認されているそうだ。
また、有名な出場者が参戦する場合、人気が偏る事もあるので、その日の人気次第で、的中時の換金倍率は変動するらしい。
つまり、人気選手に賭ければ、手堅く勝負出来るが利益は少なく、逆に、圧倒的に不人気な選手に賭ければ、一夜にして大金を手に入れる事も夢ではないそうだ。
そして、フェイさんは今日のメインイベントと言われる次の試合に、俺達のなけなしの有り金、全てを圧倒的に不人気なガバガ選手に賭けるそうだ。
俺は、初心者ながらに思う、そこは手堅く勝負してくれよと。
「フェ、フェイさん! いくらオッズが良いからってガバガ選手に賭けるのは無謀では? 他にガバガ選手に賭けてる人何て周りに居ませんよ!」
会場には、圧倒的実力で連勝を続けている、カッタル選手の勝利を予想している人間が大半を占めている。
「……カーマ分かってくれ、それじゃあ意味が無いんだ」
「何の意味ですか……」
「そんな置きに行ったギャンブルの何処に興奮出来ようか!!! 俺は、勝率が限りなく低い賭けに勝った時、たまらなく興奮するんだっ!!!」
駄目だこの人。
既に闘技場に脳を破壊されている。
これがコロカスの思考回路なのか。
「そんな個人的な欲求に、俺達の金、使わないで下さいよ!」
「まぁ聞けよ、お前は自分が特別な人間だって思った事あるか?」
「な、無いですけど……」
「そうだろうな、俺も昔はそうだった。だがな、あの時ここで一発逆転の一人勝ちを決めた時、全てが変わった。そして俺は目覚めた、いや、思い出したのかも知れない。この俺こそが、賭博コロシアムの世界では主人公であるという事を!!」
「あんた、真剣にそんな事言ってて恥ずかしくないのかよ! さっき、俺に目先の欲求が何とかって言ってくれた隊長は何処に行ったんだよ!」
「何言ってんだ、仕事とプライベートは別だろうが。ったく、公私混同してるのはお前もじゃねーか」
目の前のコロカスに、正気を取り戻して貰いたい一心で叫ぶも、俺の声は届かない。
そんな人でなしに、俺とトーマスの有り金、計六千ロームが、誰も賭けていないガバガ選手に賭けられる事になる。
「安心しろ、ひよっこ共」
「安心出来ませんよ!」
「この賭博の世界には、ビギナーズラックっていう言葉がある」
「何ですか? その何とかラックって?」
「それなら俺も聞いたことがある」
「お前も急にどうした?」
隣から、財布をフェイさんに奪われて以来、放心状態になっていたトーマスが久しぶりに口を開いた。
「俺の故郷でも、その言葉は有名だった。初心者が深く考えずに賭けると、想像以上の勝ち星を上げる事があるって言われている、云わば迷信のような言葉だ」
「迷信かよ!」
「トーマスの言う通りだ。確かに迷信かもしれないが、それでもちょっとはご利益が有りそうだろ。俺はお前らの財布から金を出せば、ビギナーズラックが起こると信じている!」
「そんな疚しい気持ちの人間には何の幸運を来ないですよ」
「そんなのやって見なきゃ分からんだろ!」
フェイさんの根拠の無さそうな自信に根負けした俺達は、渋々、客席の最前列に移動し、メインイベントが始まるのを待つ事にした。




