あるバイト門番の囮
先程と同様のゴブリンが二体と、その後方に銀色に光り輝く鱗を纏った、大型の蜥蜴の様な魔物がゆっくりと姿を現す。
緑が一面に広がる中で、一際目立つ全身銀色の蜥蜴は、三メートル程の体長を誇るも、四足歩行で地面を這う様にこちらに近づいてくる為、余り大きさを感じない。
向かい合ってみると、寧ろ小さく思える程である。
「って、あれメタルリザードじゃないか! 生で見るのは初めてだ。おい、カーマ、あいつの鱗は高く売れるぞ!」
一早く存在に気付いたトーマスが情報をくれる。
どうやら、かなり希少価値の有る魔物の様だ。
高値で換金出来るなら、借金返済に貢献してくれそうだ。
この際、あの銀色の蜥蜴がどれだけ強かろうが関係ない。
あいつの鱗が臨時ボーナスになってくれるなら、喜んで突っ込むまでだ。
「ほんとか! ならあいつの相手は俺がやる」
「ゴブリンと互角のお前じゃきついだろ。ここは二人で協力して討伐するぞ!」
「わかった! メリサ、ゴブリンを頼めるか?」
「うん、二人共、無理しないでね」
「おう」
「任せろ」
恐らく俺よりも強く、そして優しいメリサに手前のゴブリン達を任せ、男二人掛かりでメタルリザードに挑む為、形振り構わず駆け出す。
「具現出力――【光の槍】」
俺達が走る真横で、ゴブリンが光の槍に貫かれている。
援護もお手の物の様で、残った一体もメリサなら難なく倒せるだろう。
俺達は、何も考えず目の前の獲物に集中するだけだ。
「おらぁっ!! さっさと鱗を寄こしやがれ蜥蜴野郎!!」
門の前から裏山に続く林の入口まで走り、間合いを詰めた勢いで何度も剣を振るうが掠りもしない。
メタルリザードは剣先が当たる直前で、剣の軌道を見切っているかの如く、最低限の動きで躱している。
そして、この状況はトーマスと挟み撃ちにしても何ら変わらない。
「くそっ、長いくせにチョロチョロと!」
「ばかっ突っ込みすぎるな。あいつは、通常の個体と比べて三倍の速さと硬さを持った変異種だ。真正面から行っても避けられるだけだ!」
「何だとっ!? そもそも通常のあいつとやらを知らんが、どうすれば……」
「カーマ、一度、距離を取るぞ」
「でも、鱗が目の前にあるんだぞ」
「だからだ、勝つ為に一度引くんだ」
「わかった」
俺達は、メタルリザードの攻撃を警戒しながら林の入口付近から離れる。
メタルリザードは、素早さと防御面には秀でた物があるようだが、積極的に襲い掛かってくる事が無いのが幸いだった。
「……俺に策がある、少し手伝ってくれるか?」
トーマスは、人としては少々残念な男だが、こと戦闘においては今一番信用出来ると言って良い。
戦闘経験の豊富なトーマスなら、最善の一手を選んでくれるに違いない。
「いいぜ。けど、あいつは早くて固いんだろ? 一体どうするつもりだ?」
「簡単な話だ、餌をあえて蒔き、食いついて来た所を必殺の一撃で仕留める」
「そうか……トーマス、ちょっと待ってくれるかな?」
「どうした?」
俺にはこの作戦に一つ疑問点がある。
確かにゴブリンと違い、自分から攻撃を仕掛けてこないメタルリザードを相手にトーマスの案は合理的だ。
攻撃の当たらない相手に無闇やたらに仕掛けるより、あえて隙を作らせる事で、確実に一撃必殺の攻撃をぶつける。
二対一だからこそ成立する確率の高い作戦だ。
一つの引っ掛かりさえクリア出来ればの話であるが。
「トーマス君や、一つ聞いてもいいかな?」
「なんだい、囮君?」
「やっぱ、俺が囮じゃねーか! 何か、他に策は無いのかよ?」
「無いからお前に頼んでいる。お前と俺だと、俺の方が一撃で奴を倒せる確率が高いからな」
くそっ、ぐうの音も出ない。
ここはトーマスの案に乗るしかないか。
「分かった。で、どうすればいいんだ?」
「簡単だ。そんなの防具を外して、尻でも叩けばいいだけじゃないか」
「本当にそれでいいのか?」
「ああ、あいつは必ず乗ってくる筈だ」
「そうだよな、これしかないんだもんな。……しょうがない、囮は俺に任せろ!」
「頼んだぞカーマ。ちなみに、あいつの牙には、即死級のもうど――」
「何だよ?」
「やっぱ何でもない」
「そうか。なら行くぞ」
「おう!」
作戦を固めたトーマスとハイタッチ交わし、配置に着く。
配置といっても林の中に留まっているメタルリザードに、見える様に目の前で鎧を脱ぎ、尻を半分露出させ、右手を振り上げる。
後は、トーマスがメタルリザードの死角になるであろう後方に準備を完了すれば、俺の合図、もとい、尻のドラム音で作戦が始まる。
そろそろか。
気配を上手く消したトーマスは目的地に辿り着き、既に短剣を構えている。
頼もしい限りだ。
幸い、メリサはまだこっちに来ていない為、躊躇する理由もない。
それじゃあ、行こうか。
目指すは一番注目を引けるであろう、乾いた歯切れのいい甲高い音だ。
肩より上に振り上げた右手で勢い良く、自分の尻を引っ叩く。
林の中にパチンっという乾いた高音が響き渡ると同時に、メタルリザードとトーマスが俺に向かって駆け出してくる。
しかし、こちらに近づくにつれ、僅かではあるが先にスタートを切った筈のトーマスが、じりじりと離されていく。
「おいっ! トーマスお前頼むぞ! このままじゃあ俺が……」
「大丈夫だ、ここから決める! 【憑依】!!」
トーマスは、半分尻を露出したまま、剣だけを装備している俺に自信満々に告げると、短剣に風の魔力を纏わせ狙いを定める。
あれは、さっきの斬撃じゃない。
もしや、そのまま短剣を投げる気なのか。
「くらええ! ゲイ・ボォルグー!!!」
トーマスは何故か伝説の槍の名前を叫びながら、風の魔力を纏った短剣を一直線に投擲する。
トーマスから放たれた短剣は、林の中をぐんぐんと突き進み、俺に向かって来ていたメタルリザードに後方から迫り、地響きの様な激しい轟音と共に、辺り一面の土煙を上げる。
「やったか!?」
視界が悪い中であるが、取り敢えず、俺の所まではメタルリザードは来ていない。
つまり、俺達の作戦が無事成功したという事なのだろうか。
何はともあれ、まずは、落ち着いてズボンをたくし上げ状況を確認する事にした。
視界を遮っていた土煙が辺りから姿を消した頃、ようやく状況を把握する事が出来た。
トーマスの放った短剣は、見事にメタルリザードの後方から尻尾ごと貫き、メタルリザードの体を固定する形で、地面に深く突き刺さっていた。
メタルリザードは短剣を外そうと藻掻いているが、地面深くまで刺さった短剣は、そう簡単には抜けそうにない。
「カーマどうだった?」
しっかりとメタルリザードの動きを止め、一撃を加えた大手柄のトーマスは、結果が気になるのか小走りでこちらに駆け寄ってくる。
「ああ、ばっちりだトーマス! 後は、俺がとどめを刺してやるぜ!」
俺は、剣を両手で構え、いまだ藻掻いているメタルリザードの前に立つ。
「ちょっと待て、カーマ。ここは、こいつに一撃を喰らわした俺がとどめを刺そう。その方が確実だ」
「ダメだ、俺がとどめを刺し、このレア素材を高額で売り払い、そして借金を完済する」
「馬鹿な事を抜かすな、こんなレア素材だ。分けてもお前の借金くらい直ぐに返せる額だ。報酬は二人で山分けにすればいいだろ?」
「それもそうだな、ならこいつ、俺の愛剣を使ってくれ。大切にしてるんだ。くれぐれも壊したりするなよ」
「任せておけ」
報酬の分け前までしっかり確認した俺は、トーマスに愛剣を手渡し、メタルリザードの前から下がる。
トーマスは、先程まで俺の居た位置に立ち、俺の愛剣を両手で持ち上段に構える。
だがここで、トーマスの様子に少しだけ異変を感じる事になる。




