ある職業案内人の告発
「朝の見回りは以上無し」
「はーい」
「そっちは?」
「こっちも特に。若干一名、戦力外が居る位」
「そんな事は知ってる」
事務所に戻って来たフェイさんは、ルートさんと顔を見合わせる事も無く、慣れた様子で状況を共有すると、既に、開始一時間程で戦力外と呼ばれつつある俺の元に向かって来た。
「お荷も……カーマ、ちょっと手を貸してくれるか?」
「今、お荷物って言おうとしました?」
「言って無い。だが今は、馬鹿の手も借りたい程の用事があるんだ。付いて来い」
「良いですけど、書類の山が……」
「そんなの、コイツにやらせれば良いだろ?」
フェイさんは、俺の目の前に積まれた書類を勝手にルートさんの机に積み替える。
「えっ、えっと、ルートさん? お願いしても良いですか?」
「良い訳無いでしょ? フェイ? その用事一人で行けないの?」
「無理だな。なんせ、支給品用で大量発注した武具を店まで取りに行かなきゃならん。正直、必要なのは、カーマじゃなくてゲホゲホの方だ」
「俺じゃないの?」
「お前は飼い主として必要だ」
「分かりました」
「って訳だから、また出かけて来る」
「おいっ!! まだ良いって言って無いぞ!! 勝手に行くなよ!!」
ルートさんの怒号が飛び交う中、仕事を残して事務所を抜けると、正門で暇を持て余しているゲホゲホに馬車を取り付け、その足で【ビックリクラフト】へと向かい、大量の装備を引き取った。
カエヤさんが提示した会計時の金額を見て、手の震えが止まらなかったが、フェイさんの口振りでは、これでも安いとの事なので、俺の数十カ月分の給料に匹敵する大金を支払うと、足早に【ビックリクラフト】を後にした。
目的を果たした俺達は、大量の荷物を運ぶゲホゲホを気遣いながら、時計下通りを歩いていると、正門付近で女性の声に呼び止められる。
「あっ! ゲホゲホ!! って、やっぱ、カーマも居るのかよ」
何故か、俺の顔を見るなり声のトーンを下げたアーリアは、ポニーテールに結んだ綺麗な金髪を揺らしながら、ゲホゲホの頭を撫でる。
「居ちゃ悪いか?」
「別に? けど、何であんたが、仕事中に街中をほっつき歩いてんのよ?」
「前に話さなかったか? 今週から例の弟達が職業体験に来てるから、特別に警備長を代行してるって訳だ」
「へぇー。随分、仕事の出来なさそうな警備長ね」
「悪かったな。すこぶる性格の悪そうな受付嬢」
「何ですって? カーマの癖に随分調子に乗ってるじゃない。【憑依】」
「何だとこら? 俺は、警備長だぞ!! 【憑依】」
「止めんか二人共っ!!」
互いの拳に炎を灯した所で、大人しく傍観を続けていたフェイさんに仲裁される。
「お前ら、こんな街中で何をしでかす気だ? 凍死させるぞ」
「「すいません」」
「きゅう?」
「待たせて悪いなゲホゲホ。さっさと、この重いのを早く運んじゃおうぜ」
「きゅう!」
俺達は、アーリアの妨害を振り切って、再び足を正門に向けて動かし始めた。
だが、その後ろを静かに付いて来るアーリアの姿があった。
その後も、口喧嘩になる事が分かり切っているので、特に指摘する事無く事務所に戻ると、何故か、アーリアも事務所の中まで入り込んで来たのだった。
「おい、アーリア。こっからは、部外者は立ち入り禁止なんだが……」
「私、元々ここで働いてたから、部外者じゃないよ」
「じゃあ、何が目的だよ?」
「カーマ、戻ったら直ぐに仕事しなさ——って、アーリアじゃない!?」
「あっ、ルートさん!」
俺が、不審な行動を始めるアーリアを問い詰めようとすると、書類の山と格闘を続けているルートさんが嬉しそうな声を上げる。
「どうしたのよ? アーリアがここまで来るなんて珍しいわね」
確かにルートさんの言う通りだ。
アーリアが、自分から元職場である警備隊の事務所にまで来る事は、何か用事でも無い限りあり得ないだろう。
(そういや、俺が騎士団に募集する時は、わざわざ来てくれたよな……)
となれば、今回の訪問も、職業案内所の人間としての行動なのだろうか。
俺は、フェイさんと共に、ゲホゲホが運んだ支給品の装備を仕分けながら、アーリアの事に意識を傾けていた。
「えっとですね……。今日って、警備長はいらっしゃいますか?」
「ああ、警備長なら、そこで装備を仕分けしてるけど……」
「こいつじゃないです。本物の方です」
「そっちの方か。本物なら、カーマの代わりに裏門で警備してるけど、その前に用件を言いなさい」
ルートさんは、珍しい来客と会話を楽しみながらも、いつもと違う様子のアーリアに疑問を抱いているのだろう。
すると、アーリアは遠慮がちに口を開くと、ある提案を始めた。
「……実は、相談がありまして。……先日、私が仕事を紹介した女の子が、無断で職場から逃げ出してしまい、引き籠りになってまして……」
「……それは、災難だね」
「はい。私としては、その子に一日でも早く社会復帰をしてほしいと思っています。そこで、職業案内人として、提案させて頂きたい事があります」
「大体予想は付くんだけど……」
「ルートさんの予想通りだと思います。宜しければ、その子を、第三警備隊で雇って頂けないでしょうか?」
アーリアは、ルートさんに向けて、頭を机にぶつけそうな程に下げながら懇願した。
しかし、ルートさんは、顔色を変える事無く言葉を返す。
「……確かに、そのレベルの話だと、警備長に来て貰った方が良いかもね。……けどね、アーリアも知っての通り、この警備隊にそんな余裕は無いのよ」
「分かってます。それでも今は、カーマの弟と妹を職業体験で受け入れていると聞きました。先ずは、体験で構わないので、彼女を受け入れて貰えませんか?」
「そうは言っても……分かったわ。一旦、この話は私が預からせて貰うね。警備長と話しをしてから返答させて頂戴」
「断れはしない筈です。だって、そのきっかけを作った人物は、フェイさんだからです」
「「「えっ?」」」
話が纏まった所でアーリアが呟いた言葉に、俺とルートさんは、身体をビクッと震わせて装備の仕分けを行っているフェイさんに視線を向けた。
「……本当に俺か?」
「間違いありません。闘技場の受付業務を始めた彼女は、こう言ってました。紺色で長髪の男性に、高圧的な態度で執拗に絡まれてしまった事がきっかけで、自信を無くしてしまったと。そして、その男性は、カーマと親しげに会話していた事も分かっています。……これでも、まだ、言い逃れるつもりですか?」
「おい、フェイ。お前、闘技場で何やってんだ?」
「違うんだルート。これには、事情があって……」
「事情何かどうでも良いわ! これは、警備長に必ず伝えてやるわ!!」
「ちょっと待て! 警備長にだけは言わないでくれ!!」
フェイさんが、事務所の真ん中で土下座を始める中、その被害女性に心当たりのある俺は、アーリアに事実を確かめる。
「その女の子、ウーカで合ってるか?」
「そうよ。あんたが、助けてくれたんでしょ?」
「まぁな。けど、家に独りで引き籠っちゃてんだろ? どうにか出来ないかな?」
「だからこそ、警備隊に入って寮生活を送れればって思ってね。実際は、私の家に転がり込んでるだけだけどね」
「なら、一安心だ。俺からも警備長に言ってみるから、良い返事、期待しといてくれ」
「うん。期待してるよ、仕事の出来なさそうな警備長代行」
「任せろ、すこぶる性格の悪そうな受付嬢」
言いたい事を全て口に出せたからなのか、すっきりした様な顔で事務所から立ち去ったアーリアを見送りながら、俺達は業務再開させる事にした。
(もうすぐ昼飯ってのに、まだまだ、仕事は山積みだな。……ったく、これじゃあ、俺が警備長体験をしてるみたいじゃねーか)
迫り来る昼休憩を前に、終わりの見えない仕事に焦りを感じていると、裏門を警備していたダーマと警備長が先に昼飯を食べにやって来た。
「おう、ダーマ。初めての警備は楽しいか?」
「……兄ちゃん、助けて」
思いもよらない言葉を発したダーマの顔を良く見ると、その鼻と口の周りには、うっすらと血が付着してした。
「ダーマ、その怪我、何があった? 兄ちゃんに言ってみろ!」
すると、ダーマは無言で、背後の警備長を指差したのだった。
「あんた、俺の弟に何してくれてんだー!!」




