あるバイト門番の代行業務
ようやく、騒がしい門番達を配置に着かせた俺は、事務所に戻ると、最奥に構える警備長の席に腰掛ける。
「……ふぅー……」
まだまだ、仕事は始まったばかりだが、自然と溜め息が零れる。
「何で、出勤早々に溜め息付いてるのよ?」
ルートさんが、隣の席でテキパキと書類を掻き分けながら、俺に問いかける。
「すいません。意外に、警備長の仕事も大変だなーって……」
「でも、カーマがやるって言ったんでしょ? 例え数日でも、警備長の仕事をこなすなら、休んでる時間は無いよ」
「いや、分かってるんすけど、そんな俺は、何したら良いんですかね?」
「まずは、それよ、それ。午前中には片付けてよ」
そう言い放ったルートさんの指先は、俺の目の前に広がる机の上を指していた。
「こ、この量は、これだけで一日掛かるんじゃ……それに、俺が勝手に判断して良いんですか?」
警備長の机の上には、雑に積まれた書類の山が待ち構えていた。
「そんな気合じゃ、日が暮れても帰れないよ。因みに、カーマの所為で、私が残業になったら、事務所で暴れるからね」
「止めて下さいよ。弟達が社会人のそんな所みたら、トラウマになりますって」
「なら、弟君やラーマちゃんを守る為にも、死ぬ気で終わらせなさい」
「分かりましたけど、そもそも、残業はさせないってのが、この警備隊のルールでは無いんですか?」
「はぁ? そんな物、私達、経営側にある訳無いじゃない。サービス残業なめんなよ?」
「すいませんでした! 速攻、終わらせます!!」
知られざる警備隊の内情を知ってしまった俺は、すぐさま、書類に手を付ける事にした。
とはいえ、積まれた書類は、警備隊の内外から集められた報告書や承諾書等が大半を占め、俺の軽いノリで返答出来るのは、警務隊長、オー・マワリ―さんから送られた、飲み会の誘い位の物であった。
(良い年した大人が、こんな形式の書類で、プライベートなやり取りするなよ……)
おっさん二人のやり取りに呆れながらも、勝手に参加する旨を記入していると、事務所の入り口の扉が開かれる。
「おっはよー!」
「おいっすー!」
すると、扉の向こうから現れたのは、遅刻したアーチとセルドだった。
勿論、フェイさんからの目覚ましを喰らった二人は、土砂を被った寝間着姿のままでの出勤となっている。
「やっと来たな、遅刻野郎共!」
俺は、警備長席から、二人に挨拶を返す。
すると、アーチと比べ、所々に刀傷も負っているセルドが、俺に睨みを効かせながら口を開く。
「おい、カーマ。何でお前がそこに座ってる?」
「言っただろ? 今週だけ警備長やるって」
「そっか。……それなら、どうして俺を起こさない? 俺達、助け合おうって誓ったよな?」
「時間が無かったんだよ。俺も、ダーマを連れてくのに一杯一杯だったんだ」
「なら、仕方ないか。だがな、次、俺を裏切ったら、お前のダサいエピソードを弟にばらすぞ」
「止めろっ! お前、トーマス並みに性格悪いな」
「お互い様だろ」
セルドは、ルートさんに傷を癒して貰うと、急ぎ足で裏門へと向かった。
すると、セルドと入れ違いで、寝間着から警備隊の鎧へと服を着替えたアーチが、珍しく神妙な面持ちで俺の元へとやって来た。
「どうした? お前もセルドと同じ裏門だぞ」
「それは、分かってるんだけどさー……」
「……何だよ?」
勿体ぶって言葉を飲み込んだアーチに催促をすると、意外にも、仕事とは全く関係の無い事を俺に尋ねた。
「……あんたさ、ラーマの持ってる絵本を、何処で手に入れたか、教えてくれない?」
アーチの言葉を聞くまでは、黙って裏門に向かえと、即答で返す所だった。
だが、その質問を聞いた時、頭の中では、忘れかけていた記憶と同時に、謎が呼び起こされる。
(……そう言えば、あの絵本って、何処で手に入れたんだっけ? ……駄目だ。実家の本棚に置いてあったって事しか思い出せないや。……そういや、裏に住む爺ちゃんに無理を言って、毎日の様に読み聞かせて貰ってたんだっけ? ……爺ちゃん、元気にしてるかな? ……俺の銅像、建ててくれるんだっけ?)
脳裏に白髪頭の偏屈な爺ちゃんを浮かべた所で、現実に戻ると、頭の中で情報を精査した。
だが、結局の所、俺があの絵本の出処について知っている事は、殆ど無かった。
只一つだけ、今になって分かる事は、あの絵本は、警備長が英雄に成るまでの生き様を、詳細に描いた作品だったという事だ。
まるで、実際に作者が、その目で見て来たと言わんばかりに。
「……ラーマの絵本って、英雄伝説の絵本で合ってるか?」
俺は、内心では分かっていながらも、念には念を押して確認した。
「そうよ。あんただって、今なら、あの絵本の事をあたしが探る意味が分かるでしょ」
当然だ。
あの絵本は、アーチの父親と母親の物語だ。
特に、王女様とされる今は無き母親の話は、アーチにとって特別なのは、考える間でも無い。
だから、俺も嘘偽りなく、真実だけを伝える。
「ああ。でもさ、本当に覚えて無いんだよ。物心付いた時には、既に実家の本棚に置いてあった気がするんだ」
「本当にそれだけ? 何でも良いから思い出してよ」
「……うーん。……思い出せるのは、近所の爺ちゃんの家まで本を持って行って、毎日、読み聞かせて貰って、そこで、俺も英雄になるって決めて、大事に保管していただけなんだよ」
「肝心な事は何も知らないじゃない!!」
「うるせぇな。なら、警備長に直接聞いてみろよ」
「……それはなー……」
「取り敢えず、仕事だろ。さっさと裏門に行って来い」
「わ、分かったわよ」
「因みに、裏門にダーマと警備長が居るから、宜しく頼むわ!」
「うげっ!? マジかよー」
セルドから更に遅れたアーチを、ようやく、配置着かせた頃には、まだ、書類を一枚しか片付けて居ないのにも関わらず、どっと疲れが押し寄せていた。
警備長の仕事は、もしかすると、相当な激務だったりするのでは無いのか。
てっきり俺は、偉そうに座ってるのが、警備長の仕事だと思ってたが、そんな認識は、早々に改める必要がありそうだ。
何はともあれ、机に積まれている書類の束と同様に、警備長を代行するにあたって、問題は山積みの様だ。
暫く、目の前の書類と一人で格闘していると、遅刻魔を起こしに行っていたフェイさんが戻って来た。




