あるバイト門番の職業体験
◇ カーマ視点 ◇
二人が王都にやって来て、二日が経過した。
とうとう、本日より、待ちに待ったダーマとラーマの職場体験が幕を開ける。
二人の前では、史上最年少で騎士団長に昇格した、威厳のある兄の姿を見せる為にも、いつもと同様にゲホゲホと時間ギリギリまで寝ている訳にはいかない。
心を入れ替えた俺は、久し振りに本気を出して、普段と比べ三十分の早起きを決める。
「おはよーございます」
「カーマ、お前にしては、随分早起きじゃないか?」
「ホントだね! いつもはゲホゲホの方が早く起きて来るのに」
「そりゃあ、今日から本格的に警備長生活が始まるんで早起き位しますよ。二人こそ、今週は俺が警備長なんで、そこんとこ、頼みますよ」
「はいはい」
「はぁー、仕方ない奴だ」
昼夜が目まぐるしく入れ替わる第三警備隊の中で、規則正しい生活を送れているフェイさんとゲータさんに、からかわれながらも釘を指す事は忘れない。
そんな調子で、軽口を叩き合いながら支度を進めていると、ゲホゲホとダーマが居間に姿を見せる。
「おはよー、二人共」
「兄ちゃん、おはよー」
「きゅうーん」
「今日は仕事だから、ダーマも速攻で朝飯食えよ」
「……うん。頂きます」
「ゲホゲホは?」
「きゅう!」
「もう食ってるか」
二人が、まだ半分寝ぼけたままの状態で、時間に追われる様に朝食を頬張る中、俺は、早起きした時間を使って二階にある倉庫に、【ビックリクラフト】で購入した新装備を取りに来ていた。
全身が黄金に輝くパチハルコン製の鎧と、その背面から垂れた真っ赤なマント、その輝きに負けず劣らずの存在感を放つ、イフリー刀。
(これは、騎士団長以上に、それっぽい男に仕上がったのでは?)
自然に笑みが零れそうな程に高揚する心を押し殺しながら、新調した装備を身に付けた俺は、倉庫から階段を下りて居間に戻った。
すると、俺の姿を一目見たダーマが、目をキラキラさせながら待ち構えて居た。
「兄ちゃん、かっけぇー!!」
「だろ?」
「騎士団長って金ぴかなのか!?」
「まぁ、落ち着けよ」
俺は、既にワクワクを抑え切れないダーマを宥める為にも、騎士団(仮)を職場体験するに当たって必要な物資を分け与える事にした。
倉庫に閉まってあった子供用の鎧にブーツ。
剣は、俺の奴を貸せばいいだろう。
「ダーマ、お前も今から騎士団の仲間入りを果たすんだから、見てるだけじゃ駄目だぞ。……ほらこれ、ダーマ用の装備だ」
「えっ!? 俺も鎧着れるの?」
「当たり前だ。剣は、俺がこの前まで使ってたお古を貸してやる。失くすなよ?」
「失くすもんか。俺も、兄ちゃんが用意してくれた鎧着てみるね!」
「あんま時間無いから急げよー」
ダーマが、慣れない装備を手に悪戦苦闘している中、いつもと比べ静かな寮内に違和感を感じた。
(……そう言えば、セルドとトーマスが居ないな)
ふと、一番うるさい男の所在が気になった俺は、ちらっとセルドの部屋を覗くと、大きな鼾をかいて就寝中だったので、他人の眠りを妨げるのは可哀そうだと思い、祈りを捧げて、そっと扉を閉めた。
(どうか、盛大に遅刻します様に……)
続いて、休みの二日間、共に出払っていたトーマスの部屋に入ろうとすると、雑に張られた紙に大きな文字で【孤児院に泊ります】と書いてあったので、トーマスの心配は無用だろう。
俺は、セルドを起こさない様に物音を立てずに廊下を移動すると、装備を整えたダーマとゲホゲホを連れて、寮を出る事にした。
「兄ちゃん、仕事は何処でするの?」
「俺達は、騎士団の中でも重要な門の警備を専門にしてるから、ダーマ達が来るときにも通った正門に向かうぞ。……それとな、ダーマ。社会人ってのはな、最低限の礼儀とやる気と元気があったら、それだけで何とかなるから頑張れよ?」
「……うん」
「何だよ、緊張してんのか? 俺もゲホゲホも居るし、悪い奴は居ないから安心しろ」
「きゅう!」
「わ、分かった。頑張ってみる」
言葉とは裏腹に緊張を隠せていないダーマを事務所の中まで連れて行くと、そこには、既にセルドとアーチを覗いた警備隊の面々が俺達の到着を待っていた。
そして、その中には勿論、警備長改め只の正規隊員、グロス・クルーパー氏の姿も見受けられた。
(警備長、頼むから、ちゃんと、大人しくしててくれよー)
皆が眠たそうな顔で事務所内で立ち尽くす中、メリサの影に隠れていたラーマが嬉しそうに駆け寄って来る。
「兄ちゃんおはよー!」
「おはよーラーマ、ちゃんと早起き出来て偉いな」
「メリサお姉ちゃんに起こして貰ったの。でもね、昨日まで一緒だったアーチさんがまだ来てないの。もしかして、迷子になっちゃたかも知れないから、探しに行った方が良いのかな?」
「それなら心配いらないぞ。迷子になった人は、フェイさんが見つけて来てくれるから」
「そっかぁ。なら良かった!」
アーチが毎日の様に寝坊している事を知らないラーマは、安堵の表情を浮かべるが、その背後で、険しい顔のフェイさんが、新調したばかりの長剣を片手に、自身の席から立ち上がる。
「フェイさん。すいませんが、迷子の捜索をお願いします。アーチ・クルーパー、セルド・ザガリアスの二名です」
「了解した。遅れるから、先に朝礼を済ましといてくれ」
「はい。お願いします」
カーン、カーン、カーン、カーン。
朝八時を知らせる鐘の音と共にフェイさんが、姿を消すと、数秒後には馬車同士が激突したかの様な激しい衝突音が鳴り響く。
「……兄ちゃん、今、凄い音しなかった?」
「どうしたダーマ? 今から朝礼だぞ」
「えっ? 家が爆発した様な音が……」
「気のせいだろ」
外でアーチの小屋が吹っ飛ばされている事など、日常茶飯事となっている俺達からすれば、そんな雑音を気にしている場合ではない。
今は、警備長として、朝礼を始める方が遥かに重要だ。
俺は初めて、ルートさんの隣に立つと、皆と向き合うながら朝礼を主導する。
「皆さん、おはようございます。本日も、夜勤者からの引継ぎは等は特にありませんので、安全第一で業務に当たって下さい。なお、本日から四日間、私の弟と妹が職業体験として業務に参加するので、面倒を見て貰えると助かります。それでは、安全七訓の唱和を始めます」
いつも警備長が唱えている通りに、一歩前に出て、全員の顔を確かめながら唱和に移る。
「其の七、俺達が守り通す門には福来る!!」
「「「「俺達が守り通す門には福来る!!」」」」
「それでは、各自、配置に着いて下さい」
見様見真似でありながらも、朝礼を乗り切った俺は、ダーマとラーマの元へ向かおうとするも、その動きは、配置に着いている筈の隊員達に阻まれる。
「カーマ、儂等の配置は良いが、肝心の二人をどうするつもりじゃ?」
「ああ、それなら、今から説明する所です」
「そんな分かり切った事、普通は、朝礼前に済ませておくべきでは無いかの?」
一週間限定で下っ端に成り下がった筈の元警備長が、現職の俺に手痛い指摘を浴びせた。
そんな正論を前に、俺も条件反射で謝ろうとした時だった。
「……す、すみ——」
「うるせぇージジイ!! 兄ちゃんは、俺が装備を付けるのが遅れたから、時間が無かっただけだ。兄ちゃんは悪くない!! 悪いのはお前だ、せっかちなクソジジイ!!」
「ダ、ダーマ……」
(頼む、ダーマ。やる気と元気があればとは言ったが、最低限の礼儀はどうした? お兄ちゃん、そんな事教えた覚えが無いぞ)
「……ガッハッハッハッハッ!! 良いじゃろう。カーマ、儂がこいつの面倒を見てやるわい。良いかの?」
「俺だって、ジジイの介護はしてやらねぇぞ!!」
「……はぁ……分かりました。それでは、ダーマは裏門。ラーマは正門に配置します。皆さん、今度こそ配置に着いて下さい」
再度、朝礼を終わらせ、裏門に配置となったダーマと警備長を見送ると、正門に繋がる出入口付近で隊員同士の言い争う声が聞こえて来た。
「今度は何だよ?」
ルートさんから、行って来いと言わんばかりの視線を浴びた俺は、事務所を飛び出して仲裁に向かうと、正門横に繋がる通路の中で、トーマスとメリサが激しい口論を繰り広げていた。
「か、カーマ君、助けて! トーマスが、ラーマちゃんを自分の物にしようとして——」
「黙れメリサ。ラーマちゃんは、この俺が育てる」
「お前が黙れトーマス。ラーマの事は、メリサに一任してるんだ。お前は遠くから眺めるだけで我慢しろ」
「何だと? 俺は、ラーマちゃんのお兄ちゃんになれないとでも言うのか?」
「そりゃあ、そうだろ」
「そんな馬鹿なっ!? 俺は、そんなの認めないぞ!!」
「さっさと認めろよ部外者。そして、早く配置に着け」
その場で両膝を着いて天を見上げたトーマスを、足で外に追いやっていると、その光景をメリサの影で見ていたラーマが、トーマスに語り掛ける。
「トーマスさん。メリサお姉ちゃんからは、近づくなって言われてるから、これ以上は近寄れないけど、これから、宜しくお願いします」
「……メリサ。俺は、お前を一生恨むと思う」
「あっそ。勝手にどうぞ」
「メリサ、先に正門に出たゲータさんと協力して、ラーマに通行人の対応を学ばせてやってくれ」
「分かった。行こう、ラーマちゃん」
「はーい!」
二人が仲良く手を繋いで歩いて行く様を、トーマスが眺めながら、感慨深そうに呟いた。
「妹か。……やっぱ、良いよなぁー……」
「流石に怖いから、早く、いつも通りのお前に戻ってくれよ」
「俺は、何を間違えたんだろう。……返事を、して、くれ、るか?」
誰かに返事を求め続けるトーマスを前に、掛ける言葉が見つからなかった俺は、無言のまま背中を擦り、通路に放置して事務所に引き返した。
(さぁーて、無事に二人を送り出した事だし、警備長の業務をかじってみますか)
事務所に戻った俺は、書類が大量に積まれた警備長の机に腰掛ける。
だが、この時の俺はまだ、軽い気持ちで始めた警備長代行の厳しさを、身を持って味わう事になるとは、思いもしなかったのである。




