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あるバイト門番の燻り  作者: 日比乃 翼
第二部 第一章 あるバイト門番の誤魔化し
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ある上京少女の入寮体験

 ◇ ラーマ視点 ◇


 王都に辿り着いてからという物の、慌ただしく観光に性を出していた私は、夕飯を食べ終わる頃には、すっかり強烈な眠気に襲われていた。


 今も、メリサお姉ちゃんに手を繋がれながら、滞在中の下宿先となる寮へと足を動かすも、瞼は閉じようとする一方だ。


「着いたよ、ラーマちゃん」


「ふぁーあー。……着いた?」


 欠伸をしながら、メリサお姉ちゃんの人形の様な顔を覗き込むと、その視線の先にいるカーマ兄ちゃんから釘を刺される。


「ラーマ。メリサ達の言う事を聞いて、お利口さんにするんだぞー」


「うん。兄ちゃんと、ゲホゲホさんもお休みー」


「お休みー」


「きゅうー」


 私と同じく、眠たそうな顔のダーマ兄ちゃんを始めとした男子寮の面々と別れると、その隣に建つ、比較的新しめな建物に案内される。


「ここが、私とアーチさんと、私のお姉ちゃんが住む女子寮だよ!」


「えっ!? メリサお姉ちゃんに、お姉ちゃんが居るの?」


「そうだよ。凄く優しいから、ルー姉って呼んであげてね」


「分かった! ルー姉と会うの楽しみ!」


「ほらほら二人共! ちゃっちゃと帰って風呂入るわよー!」


 豪快に玄関の扉を開けたアーチさんに先導されるがまま、下宿先となる女子寮に足を踏み入れると、その中からは、眼鏡姿で銀髪のお姉さんが大量の煙と共に姿を現した。


「おかえりー。風呂沸いてるよー」


「たっだいまー!!」


「ただいま、ルー姉」


 二人が流れる様に挨拶を返す様を見るに、この人がメリサお姉ちゃんの言っていたルー姉で間違いないのだろう。


 だが、目の前に居る煙草を吹かした女性からは、紹介通りの優しさよりも近寄り難さを感じた。


 この人は、気軽にルー姉って呼ぶより、ルー姉さんって呼ぶ方が似合うタイプの人だ。


「……メ、メリサお姉ちゃん……」


 普段、人見知りなど滅多にしない私であったが、咥え煙草の印象が強烈な為か、自然とメリサお姉ちゃんの影に隠れていた。


「ん? ……どうしたのラーマちゃん ?この人がルー姉だよ」


「どうしたのこの子? アーチ、まさか(さら)って来たとか言わないでよね?」


(さら)うかっ!! この子、カーマの妹のラーマちゃんだよ。一週間、こっちで預かる事になったから、ルートさんも仲良くしてね」


「ラーマです。宜しくお願いします」


 アーチさんに紹介をして貰った私は、ようやく、この女子寮のボスとも言えるルー姉さんに挨拶をする事が出来た。


 しかし、ルー姉さんは、煙草を吸う手を止める事無く、私の身体をジロジロと舐め回す様に視線を動かしていた。


(この人、本当に優しいのかな?……)


「ここの寮長を務めるルートです。宜しく、と言いたい所だけど、この女子寮に寝泊まりするには、一つだけ条件があります」


「えっ? 条件ですか?」


 ルー姉さんは、困惑する私を前に、何故か眼鏡をクイっと持ち上げると、私の荷物を取り上げながら、声高々に言い放った。


「それは、皆でお風呂に入る事です!!」


「はい?」


「という訳で、裸の付き合いと行こうじゃないかラーマちゃん!」


「えっ? ちょっ!?」


「ごめんね、ラーマちゃん。ルー姉が言うには、これが一番仲良くなれる秘訣なんだって」


「でもっ」


「観念しなさい。ここでルートさんに逆らったら、もれなく野宿確定よ」


「えぇー!?」


 抵抗も空しく、帰宅したままの姿で脱衣所へと運ばれた私は、あっという間に身包みを剥がされると、与えられた一枚のバスタオルを大事に握り締め、三人と共に浴室へと向かった。


 湯気が立ち昇る中、私の目に飛び込んで来たのは、自宅とは比べ物にならない程の広さを持つ浴槽だった。


「すっごーい!! お風呂おっきー!!」


 初めて見る大きなお風呂を前に、思わず警戒心を緩めて声を上げると、背後から、ルー姉さんに抱き止められる。


「待ちなさい、ラーマちゃん。お風呂は、身体を洗ってからでしょ」


「あ、あのー」


「ん? どうしたの?」


 優しい口調で、私に自身の豊満な身体を押し付けて来たルー姉さんであったが、気になるのは、そんな事では無かった。


「風呂場でも、煙草吸うんですか?」


「あー、忘れてた。ちょっと捨てて来るから、先に体洗っててー」


 ルートさんは、バスタオル姿のまま、口に咥えたままの煙草を捨てる為に、浴室から姿を消した。


「ルー姉さんって、いつも、あんな調子ですか?」


「ルートさんはあんな感じよ。仕事の時は、凄い頼りになるんだけどねー」


「ラーマちゃん、身体洗ってあげるから、こっちおいで!」


「うん!」


 三人で並ぶ様に、座って身体を洗い始めると、私を挟む様に座った二人から、同時に石鹸の泡塗れにされると、私も負けじと反撃に移る事にした。


「まずは、メリサお姉ちゃんに、とーつげき!」


「わわわっ!?」


 右隣のメリサお姉ちゃんに抱き付きながら泡を擦り付け、すべすべの美肌を堪能すると、左のアーチにさんにも残った泡をお裾分けする事にした。


「次は、アーチさんにドーン!!」


「おっ! あたしに向かって来るとは良い度胸してるな!」


「ぎゅー!!」


 メリサお姉ちゃんと比べると、身長も高い分、より細くしなやかに見えるアーチさんに抱き付いてみると、言葉とは裏腹に優しく抱き止めてくれた。



「アーチさん、何だか嬉しそうですね」


「まぁ、子供は好きだからねー」


 アーチさんは、闘技場(コロシアム)での活躍もあった通り、男勝りな性格だと思っていたが、それは私の勘違いだった様で、実際は、親しみやすい世話焼きで陽気なお姉さんだったのだ。


 意外にも包容力のあるアーチさんに抱えられたまま、安心感に包まれた私は、その腕の中で頭に浮かんだ事をそのまま口に出していた。


「アーチさん、私とおそろっちだねー」


「何が?」


「おっぱい」


「…………今、なんつった?」


(あれ? ……気づけば、安心感が無くなって、急に、閉塞感が……)


「ラーマちゃん! 駄目っ! 逃げて!!」


 メリサお姉ちゃんの悲痛な声が響く中、私はアーチさんに向けて、もう一度、先程の言葉を投げ掛けた。


「えっ? だから、私とお揃い位のおっぱ——」


具現出力(ぐげんしゅつりょく)――ギガント——」


「ストーップ!! 子供相手に何する気よ!!」


 突如、浴室に帰って来たルートさんに仲裁に入って貰い、何とか救助される。


「だって、ラーマが禁句を言ったのよ!!」


「事実を否定してもしょうがないでしょー。受け入れなさい」


「分かりましたよー」


 アーチさんを軽く叱ったルートさんは、わざとらしく豊満な胸元をアーチさんに見せつけながら、身体を洗い始めた。


「ラーマちゃん、そろそろお風呂入ろっか」


「そうする。私やっぱ、メリサお姉ちゃんが一番好き!」


「ありがとう! 今日は、一緒に寝ようね」


「うん!」


 その後、初めての大浴場を指の皮がふやけるまで満喫した後、寝巻に着替えて居間に戻ると、先に着替えを済ませていたアーチさんが、机の上に小瓶を並べた。


「はい、ラーマの分ね」


「良いの?」


「良いわよ。皆で風呂上りに牛乳を飲むのが、ここのルールだからね」


「頂きます!」


「「ぷっはぁー!!」」


 二人で腰に手を当てながら一気に飲み干した牛乳は、風呂上りに火照った身体に染み渡っていく。

 恐らく、この世で一番おいしく牛乳を飲めるのは、お風呂上りであるのは、間違いないと断言出来るだろう。


(お家に帰ったら、お母さんにも、牛乳の飲み方教えてあげようっと)


 こうして、洗礼とも言える優雅な一時を過ごし、初日ながら女子寮のお姉さん達と打ち解ける事が出来た私は、メリサお姉ちゃんの部屋で、寝る前に家から持って来ていた絵本を読み始めた。


 この絵本は、カーマ兄ちゃんが大切に保管していたが、村を離れる際に、私達へ譲ってくれた物である。


「ラーマちゃん、何読んでるの?」


「これはねー、兄ちゃんから貰った大事な絵本だよ! いつも、寝る前にこの本を読むのが日課なんだー」


「へぇー。私にも見せて」


「じゃあ、メリサお姉ちゃん読んでみて!」


「良いよー。…………昔々、ある小さな町に、天才的に魔法の苦手な少年が居ました。その少年は皆から落ちこぼれと呼ばれ、終いには、両親や友達からも見放されてしまい、それ以来、一人で生きて来ました。魔法で優劣が決まるこの世界で、魔法が使えない代わりに少年が鍛えたのは——」


 メリサお姉ちゃんは、絵本の冒頭を読み始めるも、何故か、途中で読むのを止めてしまったのだ。


(もしかして、つまんなかったかな?)


「アーチさん、ルー姉、ちょっと来てくれる?」


 絵本を読んだ後、急に驚いた様な顔を浮かべるメリサお姉ちゃんを凝視していると、突然、アーチさんとルー姉さんを呼び出して、再び、居間に場所を移した。


「どーしたのメリサ? あたし、もう寝る時間何だけどー」


「ホントよ。何があったの?」


「えっとね、ラーマちゃんが読んでたこの絵本の事なんだけど、これって、警備長の話じゃないのかって思って……」


「えっ!? どういう事?」


 メリサお姉ちゃんの言葉を聞いたアーチさんは、目の色を変えると、食い入る様に絵本を読み始めた。


 暫くの間、無言で絵本を読み続ける事、十五分。

 読み終わったアーチさんは、その目にうっすらと涙を浮かべていた。


「アーチさん、どうしたの?」


「ラーマ、この絵本は何処で手に入れたの?」


「これは、カーマ兄ちゃんに貰った英雄伝説の絵本だよ。だって、カーマ兄ちゃんは、小さい時にこの絵本を読んで、英雄になりたいって思ったんだから」


「あいつ、これを読んでいたから、騎士になってから英雄になる事にこだわっていたのか……でも、こんな物が、どうしてブレー村に?」


 アーチさんは、絵本を隅々まで読み返しながら、何かの推測を始め出した。

 なので、私はこの本について、唯一知っている事実をアーチさんに伝えてみる事にした。


「あのね、アーチさん。兄ちゃんが、この絵本を何処で手に入れたかは分からないけど、書いた人なら分かるよ」


「えっ?」


「【キタムラ】って言う人だよ。あの魔道具で有名な。……ほら、表紙のここに、小さく文字が書いてあるの」


「本当だ! でも、どういう事? 何で、魔道具職人が絵本を? それに、こんな詳しい内容、当時を知る人じゃないと書けないと思うけど……」


 私は、この絵本について知っている事を包み隠さず伝えると、アーチさんは、また自分の世界に入って推理を始めたので、私達は、アーチさんを居間に一人残して眠りに着く事にした。


 メリサお姉ちゃんの部屋で、一緒のベッドに横たわる。


「王都に来たばっかなのに、色々あって大変だったでしょ? 明日も一日休みだから、ゆっくり寝て良いからね」


「うん。明後日から、お仕事始まるの?」


「そうだよー。色々大変だから、覚悟しておいてね」


「職場体験って大変なの?」


「お仕事だからどうしてもねー。それに、トーマスって言う、黒髪の危険な男も居るから、近づかないようにね」


「うん。その人には、気を付けるね!」


「よろしい。それじゃあ、お休み」


「お休みなさい」


 メリサお姉ちゃんがすぐさま寝息を立て始める中、私は、慣れない場所だからか、疲れている筈なのに中々寝付けないでいた。


 そんな時に頭の中を巡ったのは、アーチさんの真剣な推理と、寝る前のメリサお姉ちゃんが言っていた、黒髪の男の事だった。


(黒髪の人って、中々見ないけど、前に何処かで見た事ある気がするんだけどなぁー……まぁ、明日、兄ちゃん達にも聞いてみよっと)


 段々と、湧き上がって来る眠気に頭が働かなくなる中、私は意識を手放す事にした。

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