第五話
「え? ちょっと待ってくれ。神器自身が神器をご存じでない?」
おんぼろギルド館の比較的まともな床の上。胡坐をかく俺の前に、姿勢のいい正座のアジェナ。
「はい、ちょっとよくわからないですね。あー、でも義理は必ず通します!」
「それは”仁義”だな。神の器と書いて”神器”。俺たちの常識では神の使い的な立場で――」
アジェナは俺の言葉に目を見開くと、自分の手のひらをまじまじと見始める。
「私って神なのぉ!?」
「おい、ちゃんと話を聞け。おいしいとこだけピックアップするな」
姿勢だけは礼儀正しかったアジェナだったが、自分を神だと勘違いしたとたん、胡坐をかくと膝の上で頬杖をつき、さげすむような視線を送り始める。
「おい人間! 図が高いぞ! 足揉め! 貢ぎ物はまだかえ?」
「変わり身早すぎるだろ。てかお前は神の遣いってだけで神自身ではないぞ」
「あ、そうなんですね。すみませんちょっと調子乗りました」
「だいぶ乗ってたけどね、調子」
正座に戻ったアジェナ。
神から生み出された、神の道具。
この世界の創生を手伝い、人々の願いを叶えるのに用いられるとされる神器。
今はこの過酷な塔を上るのを手伝うために、神から遣わされるありがたいものである。
ってことは神に実際に会っているわけだし、その神に命令されてここにきているはず。
なのに自分のことを神器って認識できないのはおかしくないか?
それともここに来ると、記憶を失うとか……。考えれば考えるほどわからん。
こういう時は聞くのが一番早い。
俺はアジェナの目を見据える。
どす黒く一切光の無い瞳。とても同じ人間の目とは思えない。
「……そうだなぁ……お前に聞きたいんだが、どうして俺のところに来たか、とか自分のそのぉ、なんていうか、自分の立場がどういうものかって理解している感じなのか?」
アジェナは俺のちぐはぐな質問に、メイドカチューシャとともに頭を横に傾ける。
「? ちょっと質問の意図が分かりかねますが……私はメイドとしてご主人様に雇われただけですよ」
「お前のようなメイドを雇った覚えはないが」
「私も雇われた覚えはないですね」
「ふざけてんのか?」
「ふざけないのであります!」
アジェナは勢いよく左手で敬礼した。
やっぱふざけてるわコイツ。
だとしてもこいつはいったい何者なんだ。
わからな過ぎて怖くなってきたなぁ、他クランの妨害説がまた俺の中で浮上してきている。
自分の神器の確認はできなくないが、スマホがいるわけで……ん、スマホ?
俺はハッとし自分のデコを引っ叩いた。
「俺持ってんじゃん、スマホ!」
あれなら一瞬で、自分の神器の概要、能力、使い方、全部わかる。
俺は急いで、詰め込んだはずの右ポケットを探る、がない。
「おい嘘だろ?」
次は左、左後ろ、右後ろ。全部探ったがどこにない。
どこかに落としたか? いや、まだリュックがある。
「リュックもない!」
転送されるまで確かに背負っていたはずなのだが、いつに間にかなくなっている。
あーやばい、また過呼吸になりそ。
青くなる俺の目の前に、突然カシャッという音とともに閃光が走る。
見ると、そこにはスマホを持った手を限界まで伸ばし、もう片方の手で顔の前にピース作るアジェナの姿があった。
「何してんだお前」
「自撮りですけど」
アジェナはさも当然のようにそう答えると、撮れた写真を確認しながら、もう片方の手でスマホの説明書をめくっている。
「ふむふむ……なるほど。こうすれば今撮ったやつをホーム画面の壁紙にできる、と……」
「おい」
「なんですかご主人様?」
「それ俺のだよな?」
俺は人差し指を、アジェナの持っているスマホに突きつける。
だがこのアホ女は、眉を寄せるとフルフルと首を振った。
「いえ、違うと思いますけど。これ落ちてたやつなんで」
「落ちてたぁ?」
「はい、ご主人様のポケットの中に落ちてました」
「よくそれで俺のじゃないって言いきれたな。盗人猛々しすぎるだろ。とりあえず返してくんね?」
差し出した俺の手に、アジェナはスマホを差し出すことなく、胸元に大事そうに抱きかかえると涙を浮かべた。
「いやっ!」
「え、あの、いやっ! じゃなくて、それ俺のだから返し――」
「いぃやっ!」
あまりの苛立ちに思わず、自分の額に手を当てた。
この女マジでダリィ。女じゃなかったら五、六発顔面に叩き込んでた。
俺は深呼吸し再び交渉の構えをとる。
「わかった、もうそれはお前のでいいから、とりあえずステータスのアプリがあるだろ? そのスマホの中に。それ見せてくれ」
「もぉ~しょおがないですねぇ」
シンプルにうぜぇ。
ニタニタと笑うアジェナは、俺の真横にっピッタリ座りなおすと、スマホの画面を見せてきた。
ホーム画面には一、二個アプリがあり、その後ろの壁紙はさっき撮ったであろう自撮り写真だった。
目ぇ瞑ってるし、画面ブレッブレで自撮りとしては終わっているが。
「左斜め上のステータスってやつ、開いてくれ」
真珠みたいな薄紅色の爪が乗った小さな指がアプリに触れると、画面いっぱいに俺のステータスが表示された。
マイナスのついたSTRとMAGがちらりと見え、一瞬吐き気を覚えた。
「うー、その一番上の、一番右の神器って項目あるだろ。そう、そこ開いて」
ラジコンのように俺に操作されるアジェナ。
神器の項目がタップされると、細かい文字列がつらつらと並び始める。
俺はどれどれと、画面に顔を寄せた。
【神器名:天女に嫉妬されるほどの美貌を持つ美少女メイド †アジェナ† *注意:今彼女のいる人は絶対に見ないでください! 普通の女性では満足できなくなってしまいます!】
俺は、えも言われぬ不快感に眉をひそめた。




