第四話
第一階層。
人類が命からがら転がり込み、頂点を目指さんと決意した始まりの地。
だが今は、弱者にすらなれないクズが捨られるゴミ箱だ。まともなステータスをしていたらまず送られない、辺境の辺境。
第一階層のギルド館は、お世辞にを建物とは言えなかった。
窓ガラスはすべて割られ、床板は腐るか穴が開いていてまともな所はひとつもない。
足が折れたり、背もたれがへし折れたりと、何かしらの不具合を抱えた椅子や机がまばらに転がる中、俺たちをここまで運んだポータルが不気味な青さを振りまいていた。
掃きだめの片隅の最先端。そこに俺はいた。アジェナとかいうイかれた格好の女とともに。
「どこのクランの工作員だ! いいかげん吐けこの野郎!」
「そんなもの知らないと何度言えばわかるんですかね、このオタンコナスは」
俺の怒声に対して、こだまのように返ってくるアジェナの人を馬鹿にするような声。
下層にきてまで何をしているのか。この醜い言い争いの始まりを知るには、数十分前。
ちょうどポータルで、第一階層についたころまで遡る。
当時(十分前)の俺を一言で表すなら、パニックだった……今もだが。
ステータスを狂わされ、本来なら前線をこの怪腕で攻略し、パ……父さんと母さんと合流するはずだったプランを、最下層の床這いずりコースに変更されたとあっちゃ混乱するのも当然だろう。
現実と理想のギャップに狂いそうになる。そもそも今までこのギャップを埋めるために血反吐吐くほど努力してきたってのに。
この理不尽な厄災の原因について、一秒でも速く納得のいく結論を出す必要があった。でなきゃどうにかなっちまいそうだ。
そして出した結論が、アジェナ、他クランの妨害工作員説だった。
「そんなわけないじゃないですかw」
「笑い事じゃないぞお前!!!」
アジェナの嘲笑を感嘆符で吹き飛ばし、俺はまだ無事な床板を選んでうろうろと歩きまわる。
「おかしいと思ったんだよなぁ、人の神器なんて。千年の歴史で一度たりとも出なかったものが、こうもあっけなく現れた時点で疑うべきだった」
「歴史上はじめてってのはないんですか?」
「だとしてもテメェのスキルは俺にとって都合が悪すぎるんだよ。明らかに人の手が介入している!」
「被害妄想どんどんでっかくなりますね」
そして俺の思考は、一つのひらめきとともに帰結を果たす。
(この女……まさか!)
冷たい汗とともに、血の気が引いていくのがわかる。
「お、俺を殺す気だなテメェ……」
アジェナは大きく目を開き、眉を寄せた。俺の言っていること驚きと戸惑いが隠せないようだ。
「ず、図星か?」
「いえ、全く。ご主人様のロジカルシンキングに驚かされただけですよ。あのぉ質問なんですけど、ポータルの転送って副作用があったりします? めっちゃ頭が悪くなるとか」
「馬鹿にしてんのか?」
前線では巨大クランたちの苛烈な攻略競争が行われている。その先頭を快走しているのが、俺の両親でありフォルツ家なのだ。
塔攻略は金がかかる。が、それ以上に金になる。そしてその利益を、今独占しているフォルツ家。
さらに俺が加わるんだ。向こう百年は俺たち一家の独走状態だろう。子孫次第では千年は続くかもしれない。
それを他のクランが指くわえてただ見てる……なんて甘い奴らではないわけで。
「へへ……久しぶりだぜ……はぁ……死の恐怖なんて。妹のケーキ間違えて……すぅ……食った時以来だぜ。はぁ、あれ? すぅ、ちょっと待って。息……息ができん」
「図体のわりにメンタル激ヨワじゃないですか。てか顔、青っ! とりあえず深呼吸して座ってもろて」
そう言って俺を座らせると、優しく背中をさすり始めた。
え、何コイツ、意外と優しいじゃん……。
「お前って、もしかしていい奴?」
「あれ? もしかしてご主人様ってちょろい人?」
アジェナは、だるそうにため息をつく。
「そもそも殺すつもりならね、こんな長々とおしゃべりしないでさっさとやってると思うんですよ」
「それは……そうだな、ちょっと落ち着いたわ。はぁぁ……にしても、ツイてなさすぎだろ俺」
大分冷静になった。うん。
だが冷静になることで、この状況の最悪さがジワジワと頭にしみこんでくる。
だってそうだろ? 今まで死ぬ気で努力してきたものが、たった一日で! しかも実力とは関係ない運! 運ごときに俺の十数年を否定されたのだ。
他人の思惑でこうなった、なら油断していた自分の落ち度だし、対処の方法もあるかもしれない。
でも運はなぁ……。
あ、運も実力のうちだろ、とか思った奴は表出ろ、奥歯引っこ抜いてやるよ。
「ププッw ツイてないってw ご主人様、運も実力のうちですよ♡」
「おい!! 表出ろ!! 奥歯引っこ抜いてネックレスにするぞこの野郎!!」
「効いてる効いてる」
今度は俺がため息をつく番だった。
落ち着けぇ、エルドレ。冷静になるんだ。
コイツのニタニタ笑う顔、マジで手が出そうになるけど落ち着くんだ。
アジェナは俺の神器、仲間だ。これから長い付き合いになる。慣れていかないと。
俺は顔を思いっ切り振り、いらだちを吹き飛ばすと、アジェナに手を差し出す。
「改めまして、俺はエルドレ。フォルツ家の長男だ。これから長い付き合いになる、文字通り死が2人を分かつまでだ。お前は神器として力ある限り俺の人生を支えてくれ。……というわけで、よろしくアジェナ」
「あ、ういっす、よろしく~」
俺の手を握るとブンブンと上下に振るアジェナ。
コイツ本当に大丈夫か? と不安を募らせていると、唐突にアジェナが、あ!と声を出す。
「そういえば気になってたことがあるんですけどぉ」
アジェナは白黒入り混じるメイド服の前で腕を組む。
「ご主人様がちょくちょく言ってた”ジンギ”って何ですか?」




