第十四話〈惨劇のエルフ前編〉
『さっきの音が、“扉”が開いた音なのか……?』
『イヤ! トビラガヒラクトキニオトナンテシナイ!』
『じゃあ、さっきの音って……』
爆発音。アリシアはそうは言わなかったが、オーヤだけでなく、2人もあの音はそうだと思っているはずだ。“扉”が開いた途端に鳴った謎の爆発音。不穏な空気を感じているのは、オーヤだけではないはず。
(…………)
ホルゼの先導で、森をひた走る。
もう、この森を走るのも、すっかり慣れてしまった。
いや。
何だか、今日は身体が軽く感じる。ホルゼについて行くのも、幾分楽だ。
15分ほどで、ようやく里が見えてくる。
「なっ……」
一番初めに見えるのは、里の外れにあるホルゼの家だ。しかし、その先の、里の中心へと向かう道。
逃げ惑うエルフ達と、どこからか飛んでくる“銃弾”の嵐が、そこにはあった。
一瞬で理解する。
神はどうやら、一昨日の悲劇だけでは満足しなかったらしい。
「センコウスル! オマエタチハカクレテロ!」
「待て、ホルゼっ!」
「チカラヲカセ、コッケン」
ホルゼの手に、魔剣が現れる。今見れば分かる。凄まじい、魔力。凄まじい存在感だ。
しかし、相手は銃。魔法と剣の世界の話ではない。科学の発展した、現代の武力。それが、何故だかエルフ達を襲っている。
「ダイジョウブダ、マカセトケ」
ホルゼはオーヤの静止も聞かずに、真っ先に銃弾の中へと飛び込んでいく。
一応、オーヤも短剣を抜くが、こんな鉄の剣一本では何もできまい。
「くそっ……!」
「オーヤ! 撃たれちゃう! ホルゼちゃんなら大丈夫だよ!」
「っ! 取り敢えず森から反対側に回ろう」
「うん……!」
魔剣とホルゼのスーパーパワーが銃相手に効果がある事を祈りつつ、アリシアと再び森に入り、里の反対側へと走り出す。
「何でこんな事になってんだ……」
いくら何でも急展開すぎる。魔力の流れからして、“扉”が開いたのは、爆発音からほんの数分前。
“扉”が開いた。それだけのはずなのに。
いや……
そこで、ようやく頭が回ってくる。
“扉”は何も、異界から現世へ行くだけのものではない。逆も、あり得るのだ。
「多分、開いたの、“扉”じゃなかったのかも」
「どういう事だ?」
「あれは、現世の人間がやってるんだと思う」
「つまり……」
「あれは、“扉”じゃなくて、“通路”。5年前と同じ……どこかの国が、“通路”を開いてこっちに攻めてきたんだと、思う……」
「マジか」
5年前。エルデハン王国による、異界侵攻。そんな野蛮な作戦の、核心となる“通路”が、エルフの里に開いてしまったというのか。
「最、悪だ……」
もはや、アリシアの現世への帰還どころではない。生き残りをかけた、戦闘が始まってしまった。
「オーヤ、どうしよう……」
「…………とりあえず、エルフ達と行動しよう。俺らだけじゃ、逃げることしかできない」
「そう、だよね……」
最悪、コンドル君に乗ってここから逃げる事はできる。しかし、それではエルフ達を見捨てる事になってしまうし、何より現世への帰還の道が完全に断たれてしまう。
“扉”は、どこに開くか予想ができない。そして、一度開けば周囲の“扉”が開くための魔力を大量に吸い尽くし、人の寿命では到底辿り着くことができない程の年月、同じ場所には開かない。
更に、今回開いたのは“扉”の上位互換である“通路”。“通路”が開いた事で、アトキントの森全体の魔力構成が変化してしまっている。“扉”、及び“通路”を開くための魔力は、もうこの一帯、いや、コンドル君に乗って移動できる範囲内には1ミリ足りとも存在しない。それだけ、世界を渡るというのは代償が大きい。
つまり、ここを逃せばアリシアは一生異界暮らしということだ。
「…………」
アリシアの表情が明らかに暗い。しかし、残念ながらこうなってしまえば、もう“通路”を潜るのは不可能だ。オーヤだけでも、何とかこの場をアリシアと切り抜け、生き残ることを考えなければならない。
上空には、既に事態を察知したコンドル君が待機しているのが見えている。最悪、エルフ達を……
(そんなこと、できるかよっ!!!)
『バヤルフ!!』
森の中に、見知った戦士達がいるのが見える。バヤルフと、戦士団の戦士複数名が、森から里を見つめていた。
『オーヤ! それにアリシアさんも! 副戦士長は⁉︎』
『ホルゼはもう里に入って剣振り回してる!』
『そ、そうか……良かった。俺たちはみんなを森に逃してるところだ! 手伝ってくれ!』
『任せとけ』
里のこちら側までは、まだ現世人は来ていないようだ。銃撃の音も、散発的で、向こう側に比べればほとんど無いに等しい。
『くそ、身体が重い……』
『どうした?』
『“扉”のせいだ。現世のアムテルは、俺たちには合わない……』
そんな事もあるのか。オーヤは、身体が重いなんてことはないが。
いや。
むしろ、身体は軽い。
つまり、オーヤはやはり現世人ということか。
『アリシアはここで待っててくれ』
『……ううん。私も行くよ』
『でも……』
『オーヤ。悪いが、彼女は君よりも役に立つよ』
『もっとオブラートに包んでくれ。しょうがない……肉の盾は任せろ』
『やだよ、オーヤ、そんなの』
『……冗談だよ。行くぞ』
もちろん冗談ではない。オーヤにできるのはそのくらいしか無いのだ。
意を決し、森を飛び出す。
もうすっかり見慣れたはずのエルフの里は、まるで別の場所であるかのように大混乱に陥っていた。戦士達が誘導しているが、住人達は右往左往して、避難どころでは無い。
『こっちです! 皆さん落ち着いて!!!』
こういう時のアリシアは、非常に目立つ。アリシアはその自慢の銀髪をたなびかせ、花壇の上に立ってエルフ達の前に姿を見せる。
そして、そのテレパシーはエルフ達全員に、しっかりと届いている。
先程の不安そうな表情はおくびにも出さない。
「あ」
そして。
銃弾が彼女の頬を掠める。赤い血が、僅かに飛び散る。
オーヤは慌ててアリシアを花壇から下ろし、銃弾が飛んできた方向を睨みつける。
来た。
あれが……現世人。
「…………マジか」
迷彩服に、フルフェイスヘルメット。自動小銃を装備した、現代の戦争屋。
『逃げろぉぉぉぉぉ!!!』
この世界に、バリアなんていう都合のいい魔法は存在しない。銃弾の嵐に晒されれば、次の瞬間に残るのは蜂の巣になったエルフ達。
もはや、統率の取れた逃走など不可能だ。逃げるしか無い。全力で。
銃弾が煉瓦造りの通りに叩き込まれる。
一瞬でエルフ達が絶命し、骸になって転がっていく。
阿鼻叫喚。
凄まじい音量の、言葉にならないテレパシーが拡散され、脳みそを揺らす。
オーヤは必死でアリシアを抱き抱え、横の路地へと転がり込む。
「うっ……」
「アリシア! 大丈夫か⁉︎」
「うん……掠っただけ」
アリシアが腕を抑える。そこから、血が、流れている。
アリシアはエルフ達の絶望のテレパシーに当てられ、少し朦朧としてしまっている。そうでなければ、心優しいアリシアが、この光景に耐えられるはずもない。
もう、ダメだ。この状況は。
理不尽で、圧倒的な暴力に、エルフ達は対抗する力を持っていない。
「逃げるしか、ない」
「ううん、大丈夫。だって、ホルゼちゃんがいるんだもん」
「…………」
そんなわけ、ない。超人が1人いたところで、この戦闘は解決には至らないだろう。もう、負けだ。完敗だ。事実、もう既に沢山のエルフが死んでいる。コンドル君に乗り、エルフ達を見捨てた事を一生後悔しながら尻尾を巻いて逃げ出すしかない。
「ダ」
ダメだ。アリシアに言い聞かせるため、強い口調でそう言いかけたところで。
現世兵の1人が、吹き飛ばされて路地まで飛んでくる。
「わぉ……」
それも、顔を完全に叩き潰され、汚い肉塊となった状態で。
「ほ、ほらね」
アリシアが、青い顔で震えながら笑う。
路地から通りをそっと覗き見れば、そこには完全にキレたホルゼが、現世兵を文字通りぶった斬っている完全18禁映画のワンシーンが展開されていた。
「オマエラ……タダデスムトオモウナヨ……」
「ひ、ひぃ……!」
次の瞬間、ホルゼは兵隊の頭を握りつぶす。
あれ?
もしかして、超人1人いれば、勝てちゃうのかな?
「ホルゼちゃん!!!」
「オー、アリシア。ココハアブナイカラ、ニゲテテクレ。オーヤ、ナニシテル。アリシアカラチガデテルゾ。ヤクタタズメ。シンデシマエ」
「いやいやいや……それより、お前、大丈夫なのか?」
「コンナノ、テキニモナラナイ」
「あっ、後ろ!」
後ろから、大量の現世兵が出て、こちらを見るや否や大量の銃弾を叩き込んでくる。
しまった、完全に主人公クラスのホルゼに当てられ、油断した……
オーヤがそう思ったのも束の間。
アリシアが銃弾を、魔剣で捌く。剣先を敵兵に向け、まるで指揮でもするかのように魔剣を振るえば、銃弾は真っ二つになり、あるいは半ば蒸発した状態で弾かれる。
「マジ?」
これが、魔剣。
銃など、話にならない。
次の瞬間、ホルゼが足を踏み出したと思えば、ホルゼの姿が掻き消える。
訓練の時と同じだ。
しかし、訓練とは違う。
彼女は、明確な殺意を魔剣に乗せ、そして敵兵に向けて解き放つ。
一瞬で目の前に現れたホルゼに、兵士たちは反応できない。
そのまま無造作に横凪にされた魔剣により、全員例外なく上半身だけが地面に落ちる。
「つえ……」
アリシアが気分が悪そうなので、そっと肩を抱き寄せて支える。あまりの圧倒的な強さに、毒気を抜かれてしまった。オーヤには、アリシアのいい香りを堪能できるくらいには、余裕がある。そのくらい、ホルゼの戦いぶりは現実から逸してしまっている。
「コノママコッチニキタヤツラヲミナゴロシダ」
「よ、よし……分かった……その間に、みんなを逃してくる……」
皆殺しとか言ってる。正直、ホルゼが恐ろしい。彼女はやるだろう。本気だ。
超人1人いれば、現代装備の兵隊が来ても、大丈夫らしい。
「ナニ?」
「どうした?」
「……イマレンラクガアッタ。シュウカイジョニナンニンカニゲオクレテイルラシイ。オーヤ、テツダエ」
「分かった。アリシア、一人で行けるか?」
正直、危険なところには行きたくない。行きたくはないが、エルフ達の役には立ちたい。危なければホルゼに守ってもらおうというおんぶに抱っこ精神で請け負い、アリシアは森にいるエルフ達と合流してもらおうと考える。
アリシアから目を離すのと、危険な現場に連れて行くという2択。ホルゼ、お前は一体何を考えているんだ?
「私も、行くよ……」
「え……いや、でも」
「私も、役に立つ、から……」
「オーヤ。オマエハタテダ。ワカッタナ」
「あぁ」
違う。ホルゼは、最初からアリシアがオーヤについて行く事を選ぶのを、予測していた。どういうつもりだ。
そんな懐疑的なオーヤの視線を、全て見透かしたかのような表情で、ホルゼはそれに気づかないふりをする。
だが、ホルゼがいれば、何とかなるのではないか。そう思ってしまったのも事実だ。あんな圧倒的な力を見せられれば、誰だってそう思うかも知れない。
しかし、オーヤはこの判断を、すぐに後悔する事になる。
「これ、持ってこう」
「ツカイカタ、ワカルノカ?」
「多分」
「ソウカ」
オーヤが、敵兵の死体から小銃をもぎ取り、装備した所でホルゼが何か言いたげな表情をする。が、結局何も言わない。
少し熱を持った自動小銃。使い方は簡単だ。引き金を引くだけ。これで、簡単に人は死ぬ。酷い発明だ。
「オーヤ」
「ん?」
「ううん、何でもない」
ホルゼの後に続いて、ボロボロになった石畳の上をひた走る。
アリシアは、酷い顔をしていた。いつものハツラツとしたアリシアは見る影もない。だが、それも仕方のないことだ。いくら一昨日にあんな事があったとはいえ、こう立て続けにこんな恐ろしい、現実離れした血生臭い出来事が、起きるなんて誰も思わないだろう。
時折散発的に敵兵を見つけたが、一瞬でホルゼが屠ったので、今のところ戦闘らしい戦闘は起きていない。
これは、余裕かとそう思ったのも束の間。
広場。
普段はエルフ達がゆっくりと集う、憩いの噴水広場。
しかし、そこには、大量の現世兵が、噴水を囲むように陣を作っていた。
そして、その奥。
空間の歪みと表現するべきか。
魔力が、捻じ曲がっているのが見える。
あれが、“通路”。現世へと渡る、唯一の方法。
『どうする、これ……』
問題の集会所は、あの陣の奥。つまり、この兵士達の間を抜けなければ、辿り着く事は出来ない。
『イッタロ』
そう呟くと、ホルゼはニヤリと、獰猛な笑みを浮かべる。
『ミナゴロシダ』
鋭い爆発音。
一瞬でホルゼが移動した音だ。
ホルゼが立っていた場所の煉瓦が、まるでバターのように捲れ上がる。
次の瞬間、敵兵のど真ん中で鮮血が舞う。
「何だ⁉︎」
「敵だ! 撃てぇ!!!」
ここから見ていても分かる。あの距離に、あの集団の中に入ってしまえば、ホルゼは無敵だ。敵は誤射を恐れて、無闇に銃を使えない。そして、近接戦闘であのブチギレホルゼに勝てるはずもない。
黒銀の魔剣の輝きが、真っ赤に染まっていく。
もはや、これは戦闘ではない。
殺戮だ。
このまま、一方的な展開で終わるかと思いきや。
「あ」
コツ、コツ、コツ……
足音が響く。
惨憺たる有様になったエルフの里の中央。
“通路”の奥から、敵の首魁が、満を辞して登場する。ご丁寧に、配下がレッドカーペットを敷いている。こんな風に表現してはあれかもしれないが、場違いがすぎる。空気読め。戦場だぞ。アリシアなんか、先程から吐きそうな顔だ。
「殿下! まだ危険です!」
「何事だ」
「魔剣持ちです!!!」
「ほう?」
一目で理解する。あいつが、奴らの親玉、司令官だ。
黒と金が基調の軍服に、所々に赤い装飾。額には金の冠。白い肌に、鋭い眼光。体格は痩せ型、身長は高め。金色の髪に、金色の瞳。
殿下と呼ばれている。即ち、王族か。痩せぎすの皇子。オーヤの、彼に対する第一印象は、そんなものだった。
怒号と悲鳴に満ちていた広場が、嘘のように静まり返る。もう、誰も暴れ回るホルゼを見ていない。皇子が現れた瞬間、彼らは陣形を組み直し、彼を守るように囲む。
皇子の隣には、その背丈の半分くらいしかない小柄な黒ローブを着たのがいる。
それだけだった。
ホルゼが、司令官を睨みつける。
司令官を殺れば、それで勝ち。
ホルゼが一振りすれば、皇子の首を刎ねられる。
オーヤだけではなく、ホルゼも同じように感じたのだろう。
思わず小銃を構えるが、オーヤのいる位置からでは狙えない。
ホルゼの身体に緊張感が走る。突撃するつもりか。いや。
ここは戦場。
いかに彼が高貴で崇高な存在だったとして、先程まで仲間を殺しまくっていた敵がいるこの場で、この距離でホルゼを放置する彼らは、一体何を考えているのだろう。もしかすると、ホルゼに対抗し得る戦闘力を、あの司令官が持っている……
(そんなわけ……)
「うぉぉぉぉぉ!!!」
「「あっ……」」
誰かが、ボロボロになった集会所から飛び出してくる。その手には、鉄の長剣。エルフの戦士の生き残りだ。真っ直ぐに、司令官に突撃する。
それを見て、オーヤとアリシアが、思わず声を漏らす。
(当たる……!)
あの距離。周りの敵兵はホルゼに注意を払っていて、意表をつかれた。間に合わない。
そして、エルフの戦士は長剣を司令官に振り下ろす。
「あが……?」
一閃。
何が起きたか、よく分からない。よく分からないが……次の瞬間、エルフの戦士は縦に両断され、右半身と左半身が綺麗に裂かれる。
「…………」
ホルゼは、動かない。
いや。
動けない。
最初から、彼女は睨みつけていた。
司令官ではない。
その隣の、黒ローブ。
手には、いつの間にか淡く白く光る、剣。そして、すぐに剣は掻き消える。あれも、魔剣、なのだろうか。
『あいつ』
『あれ、もしかして……』
『どうした? 知ってるのか?』
『う、ううん……でも、そんなはず』
『オーヤ! ハナレテロ!!』
ホルゼから、絶叫のようなテレパシー。もう、こうなってしまってはオーヤ達の手には負えない。あの、皆殺しだと目を血走らせていたホルゼが即座に危険だと判断する相手。避難すべきだ。
『アリシア、一旦下がろう』
『う、うん』
「ふむ……何故、イルクルスがここにいる?」
「っ!」
司令官が独り言かのように言葉を紡ぐ。イルクルス。何のことか、オーヤには理解できない。しかし、ホルゼは心当たりがあるようで、動揺が離れているオーヤとアリシアまで伝わってくる。
「まぁよい。3番。発言を許す」
「御意」
3番。そう言うと、隣の黒ローブが一歩前に出る。答えた声は、幼い子供の声。
「あれは星剣か? 祝福を感じるが」
「判別不能です」
「何? 何故だ」
「確かに祝福を感じますが、マザーのものではありません。また、使い手が星人ではないようです」
「ほーう。是非捕獲したいな」
そう言うと、司令官は扇を掲げる。
「3番。燦然たる輝きの本懐をここに示し、あれを鹵獲せよ」
「御意」
恭順の意を示し、前に出る黒頭巾。
燦然たる輝き。
その奥に光る眼は……紅に染まる。
「顕現せよ。月下の剣」
現れる。
空間に満たされていた魔力が歪み、黒ローブから覗く細い腕から、半透明な物体が生え、そして剣へと変わっていく。出現の仕方は、ホルゼの持つ魔剣と同じだ。しかし……
『星……剣……そんな……』
呆然と、アリシアが呟く。
『あれは……魔剣とは違うのか?』
聞く前から分かる。あれは、ホルゼの持つ魔剣とは違う。何が違うのかと聞かれれば、正確に答える事は出来ない。しかし……恐らく、“格”が違う。
『あれは……星人』
『せいじん?』
『…………ツヨイッテコトダ』
相変わらずホルゼの説明は雑だ。しかし、ホルゼが強いと称する相手。正直、ヤコウオオカミを一刀両断し、銃弾の雨を魔剣とはいえ、剣一本でどうにかするホルゼに、まともに相対できる人類など想像もつかないが、しかし、確かにあの黒ローブからはホルゼと同じような雰囲気を感じる。
『こちらアルファ。住民の当該区域からの離脱完了。繰り返す、離脱完了』
『リョウカイ』
戦士長からのテレパシー。良かった。エルフの里にも、犠牲は出た。しかし、どうやら残った者は逃げることができたようだ。あとは、この侵略者達を“通路”の向こうへ押し返す、もしくはそれが叶わなければ、住民達が十分離れるまでの時間を稼ぐ。
あるいは、ホルゼが言った通り、皆殺しか。しかし、“通路”から戦力の追加がある現世人と、疲弊し、援護の望めない辺境の開拓民、エルフ。どちらが優勢かなど、やってみるまでもない。
話し合いなど、当然不可能だ。彼らは侵略を目的として、何の宣言もせずにエルフ達を襲撃した。
やはり、ここはどうあっても彼らと戦うしかない。
問題は、あの黒頭巾。黒頭巾さえやれれば、あとはホルゼに敵はいない。
『シカシ、トビラデハナクツウロトハ。セグノギジュツモスサマジイナ』
『……ホルゼ。俺らは……』
『イヤ。コノツウロヲウバイ、ヒラクサキヲヘンコウスルシカナイ。コノツウロハコチラガワニヒラクハズダッタタイハンノトビラヲ、サキドリスルコトデヒラカレタ。コレヲノガセバ、オマエタチガイキテイルアイダニトビラガヒラクコトハナイ』
『開く先を変更? そんな事できるのか?』
『アリシアナラ、デキルハズダ』
『そうなの?』
『出来なくはない……と思う。あれは、人の手で開かれたものだから』
それは朗報だ。オーヤは勝手に、もはや現世への帰還の道は完全に消滅したと思っていたが、そんな裏技があったとは。
『でも、そのためにはあいつらを倒さなきゃいけないんだろ? できるのかホルゼ』
『マァ、ヤッテミルサ』
『ホルゼちゃん、私は……』
『イインダ、アリシア』
そう、テレパシーで遮ると。ホルゼは改めて口に出す。
「マカセテオケ」
「そこのイルクルス」
「ナンダ?」
黒ローブが、ホルゼをイルクルスと呼ぶ。やはり、その声色は幼い。抑揚のないその声は、どこか人工的な響きを感じる。
「その魔剣、どこで手に入れたものです?」
「サアナ」
「…………まぁいいでしょう。魔剣に聞きます」
3番。そう呼ばれた彼、もしくは彼女は、細身の星剣を振りかざし、一気にホルゼへと肉薄する。
「…………!」
「……2級、いや、3級程度ですか」
ホルゼが、後手に回る。初めて見る光景だ。
凄まじい剣戟の応酬。オーヤにとっては、目で追うのもやっとな領域。それを、彼女達は一呼吸のうちに行う。
「しっ!」
ホルゼの、気合を入れた本気の一撃。
それを、黒ローブは軽く受け止める。
あの細い腕のどこに、一体そんな膂力があるというのか。
『オーヤ!』
ホルゼから、焦ったようなテレパシー。
『ダメだ! 勝てない! 逃げろ!』
『ホルゼちゃん!!!』
『オーヤ!!!』
判断が早すぎる。一瞬冗談かとも思ったが、ホルゼはこんな大事なところで冗談を言うほどふざけた奴ではない。
オーヤは、ホルゼのもとへ走ろうとするアリシアを抱き抱え、一目散に走り出す。
ホルゼが、あのホルゼが勝てないと、そう確信したのだ。そして、逃げろと言った。オーヤの役目は、アリシアを安全な場所まで連れていく事。それ以外に、オーヤの生きている意味などない。
アリシアが必死に逃れようとするが、それは許容できない。ホルゼのところへ、行かせるわけにはいかないのだ。
『アリシア』
『オーヤ!!! 戻ってよっ!!!』
アリシアが叫ぶ。しかし、オーヤはそれに反応している余裕などない。
敵兵が、銃をオーヤ達に向けている。
見つかったのだ。
撃たれる。
まずい。
アリシアを前に抱えているので、アリシアに弾が当たる前にオーヤに当たる。はずだ。今こそ、肉の盾の本懐。
「ぐぅっ⁉︎」
降り注ぐ銃弾の雨。
間一髪で脇道に入るが、右肩が熱い。血が出ている。弾が、当たった。
「はぁ、はぁ……」
『アリシア、大丈夫か……?』
アドレナリンが出ているせいか、まだ痛みは感じないが、既に右肩が動かない。
『私は大丈夫……それより、オーヤ、撃たれたの……?』
アリシアの不安そうな表情。
たった今、ホルゼを見捨てたばかり。それに加えてオーヤまで負傷となれば、アリシアの不安定な精神状態に更に負担をかけてしまうかもしれない。
服に血が滲んでいないことを祈りつつ、オーヤは咄嗟に嘘をつく。
『いや。ちょっと掠っただけだ。それより、早く移動しないと……』
テレパシーで会話しているので滑らかに話せているが、実際はオーヤの息は完全に上がってしまっている。
体力にはエルフの戦士達にも負けないくらいの自信があったのだが、この非日常の、戦闘の中にあってか、疲労度が凄まじい。大事な時に全く役に立たない身体だ。
『でも、ホルゼちゃんが……』
ミルの時とは逆だ。アリシアは、ホルゼを見捨てられない。今度は、オーヤが助ける番だ。
別に、オーヤとてホルゼを見捨てたわけではない。
『……いいか、アリシア。ホルゼは自分で逃げてくる。それまでに、俺たちはホルゼをすぐに拾えるようにコンドル君の準備をしておくんだ』
そう。オーヤ達にはコンドル君という、最強の脱出装置がある。生き残ったエルフ達はすでに里を離れている。今も、里から距離を取るべく移動を続けているはずだ。
オーヤとアリシア2人だけでそのエルフ達に合流するのは、森を抜けなければいけないため、現実的ではない。ならば、コンドル君に乗りながら、逃げてきたホルゼを拾い、エルフ達に合流するのが最善のはず。
『オーヤは……強いね』
『そんな事ないよ』
オーヤのどこを見て強いと思ったのか、オーヤには理解できない。現世兵の前でなす術も無かった。普通の人間は大概銃の前では無力なものだが、しかし実際にホルゼのような例を見てしまうと、自分もあれくらい強くなって、アリシアを、みんなを守れるようになりたいと思ってしまったのだ。
アリシアを抱き抱えながら全力で煉瓦畳を駆け抜ける。
コンドル君が、上空から降りてくるのが見える。
だが、ここではダメだ。
敵は、現代の戦闘兵器を持った現世兵。ホルゼと黒頭巾が派手に暴れているとはいえ、あんな目立つ怪鳥を見逃すはずもない。
『アリシア! 森に入る直前でコンドル君に乗るから、コンドル君に合図してくれ!』
『分かった』
コンドル君が羽を逆立て、森に向かって唸り始める。だが、その唸り声が段々と小さくなる。掻き消えて行くわけではない。強制的にボリュームをさげられているような音の下がり方。
『おい……』
コンドル君が強引にオーヤとアリシアを掴み、空へ飛びたとうとするが、間に合わなかった。
コンドル君が、動けなくなる。
『何で……』
『オーヤ……怖いよ』
『コンドル君……アリシアだけでも連れて逃げてくれ……』
ダメだ。これは、ダメだ。
エルフ達は、全員逃げたはずだ。そういうテレパシーが入ったではないか。今頃は、この里を離れ、次の里候補の場所に向かっていたはずなのだ。
それがどうして、そのエルフ達がそこにいるのだ。
全員、物言わぬ姿となって。
音が、消える。
『あれが……』
“音喰い”。
アトキントの森の主。
惨劇は、まだ始まったばかり。




