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アマトゥスと共に  作者: 鼈甲飴
第一章 夢想の大地編
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第十三話〈嵐の前の〉







翌日。


昨晩の激しい雨は嘘のように、太陽が燦々と輝く晴れ渡った朝。


しかし、里のエルフ達の空気はどこか重く、苦しい。


それも、そのはず。昨晩は、7人の子供の尊い命が、失われたばかりなのだ。戦士達は総出でヤコウオオカミを追い払い、帰還した。そこで待っていたのは、最悪の報告を最悪の形で聞くことになったエルフ達だ。



『里を、移そう。ここはもう、ダメだ……』



そんな、エルフの長の、嘆くような一言で、彼らは動き出した。必要最低限の荷物を纏め、移住の準備を始める。



“主”。


どうやら、その存在が、ヤコウオオカミの大移動に関係しているらしい。


つまり、あのヤコウオオカミ達がこんな浅い領域まで出てきたのは、自然現象。そこに、不運にもミル達の思いつきが重なってしまった。




「いい、天気だなぁ……」

「そう、だね……」



昨日の午前中と、全く同じ空。それを、ホルゼ宅の庭から眺めるオーヤとアリシア。昨日と、何一つ変わらない景色。世界は、子供達がいなくなったことなど一切気にも留めず、変わらず動いている。



しかし、それを見る2人の心持ちは、昨日とは大きく違う。




快晴の空に、煙が一本、森の方へと流れていく。


灰色の、何処となく儚い雰囲気の煙。風が吹いても散る事なく、一筋にその形を保ったまま、森の方へと流れる不思議な煙。



煙送り。



エルフ達の、弔いの方法。


亡骸を火葬し、魔力(アムテル)に触れ、煙を森へ流す。そうして、魂は森へ、大地へと還っていく。最後に、遺灰は神樹の下へ還される。


ミル達の、最後の魔力(アムテル)の残滓が、あの煙なのだ。



「オーヤ……大丈夫?」

「…………あぁ」



しっかりしなくては。悲しみに呑まれている場合ではない。もうすぐ、“扉”は開く。魔力(アムテル)が、偏っていくのを感じる。“扉”が開けば、そこはもう現世(セグ)。アリシアを故郷へと帰さなければ。



「………………あれ?」



そこで、遅ればせながら、ようやく違和感に気づく。魔力(アムテル)を、感じる。いや、もはや見えるといったレベルに近い。しかも、その魔力(アムテル)の偏りが、“扉”の形成によるものだということまで分かる。



「どうしたの?」

「いや……何か……“扉”が開きそうなのが分かるっていうか……」

「それって……」

「ソレハ、ミルノノウリョクダロウナ」

「ホルゼ」



ホルゼが、疲れた表情をして戻ってくる。全ての計器の誤作動など、前代未聞の事態。もはや復旧は不可能らしく、戦士団が不眠不休で森の哨戒任務を行なっていた。


当然、エルフの最高戦力であるホルゼは休めない。今も、待機中で、呼び出しがあればすぐに飛んでいかなければならないのだ。



「ミルハ、ムカシカラアムテルカンドガタカクテ、ヒトリダケチガウセカイヲミテイルヨウダッタ。ソレガオーヤニウツッタンダロウ」

「…………そうか。多分この分だと、“扉”が開くのは明日か明後日だな」



レセプター。オーヤにとっては、魔剣や、この異界(ロア)の生物などよりもよっぽど理解不能な現象だ。


ホルゼによれば、血から記憶を取り出すという能力らしいが、オーヤに今起きている現象はそんなものではない。まるで、ミル本人が、人格や思想も含めてオーヤに混じり込んだような、そんな感覚。



現世(セグ)に行ったら、病院行って診てもらおう……)



正直、ミルの血に満たされた昨夜から、自分という存在を何度も見失いそうになってしまっている。今は何とか保っているが、正直もう一回同じようなことが有れば、オーヤはオーヤでいられる自信がない。


ミルの記憶のせいか、ミルが、子供達が死んで悲しいという気持ちよりも、森に入ってしまって申し訳ないという気持ちの方が強いのだ。正直、この感情の追体験は非常に疲労度が大きい。



「ソンナコトマデ、ワカルノカ……」

「何となく」

「オーヤ……」



2人に、疲労に加えて余計な心配まで与えてしまって、申し訳ない。


しかし、“扉”が開くということは、もうすぐエルフ達、それにホルゼともお別れの時が近いということでもある。


この、大変な時期にお世話になったエルフ達の力になれないというのは、少し心苦しい。しかし、アリシアにとって、現世(セグ)に帰る最後のチャンスかもしれないのだ。逃すわけにはいかない。



「大丈夫だよ。俺は。それより、エルフ達の手伝いをしよう、アリシア」

「…………うん。そうだね」

「……ワルイナ」



ホルゼの家の庭で、2人はホルゼの荷物を纏めていた。里が移るということは、当然大規模なお引越しということでもある。ホルゼもそれは例外ではない。なので、2人は今日はホルゼの溜め込んだコスプレ衣装などを、捨てるものと持っていくものに分けて整理していた。



「ショウジキ、スベテアリシアニモッテイッテホシイ」

「流石に無理だろ。このバニーガールは持ってくが」

「いらないよ? いらないからね?」



3人が、無理やり笑顔になる。失われた日常は、すぐには戻ってこない。そして、取り戻す機会は、恐らく2度とやってこない。


しかし、進むしかないのだ。










▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲△▲





『サァ、シンジュニイクゾ』

「はぁ? どうした急に」



夜。


日中休みなく引っ越しの準備をしていたアリシアとオーヤ。疲れ果て、2人してリビングで死に体を晒していた頃。


ようやく、ホルゼが仕事を終えて、帰宅してくる。そして、開口一番。



『……イハイダ』

「っ!」

「そっか……埋めにいくんだね?」

『ソウダ。』



煙送りにより、魂は森へと還される。そして、肉体は神樹の下へ還される。



『ジュンビハシテアル。キョウハモリゴモリダ』






神樹。


熱帯雨林のど真ん中、大きく開けた所に堂々と君臨する、一本桜。


まるで、そこだけが常春のように暖かく、時が止まっているかのように、いつ訪れても満開の桜が出迎える。



『…………』



胸が、締め付けられるような思いがする。


何故だろう。


だが、今日は“血の契約”の時とは違う。やる事はシンプルだ。



『オーヤ、大丈夫そう?』



オーヤの苦しそうな表情を見て、アリシアも契約の時の事を思い出したのだろう、オーヤに心配そうにテレパシーを飛ばす。


だが、今日は覚悟していたからだろう。涙が溢れ出るのを、何とか堪える事ができている。



『大丈夫。ありがとう』



オーヤの背中には、7人の子供達の遺灰が入った、7つの壺が背負われている。


何故、この役目がオーヤに回ってきたのか、オーヤはよく知らない。本来なら、遺族や、エルフ達の代表の役目ではないかと思う。しかし、やれと言われれば、しっかりやるだけだ。



『ミル……』

『…………』



3人は、神樹の前に立ち、壺を一つずつ、神樹の根元へ埋めていく。


この神樹の下には、一体何個壺が埋まっているのだろうか。



『なぁホルゼ』

『ナンダ?』

『もし里が移動したら、神樹はどうなるんだ?』

『サァ』

『?』

『シンジュニツイテ、ワレワレハナニモシラナイ。タダ、セカイトツナガレルトイウコトダケシカワカラナインダ』

『ふーん???』



全ての壺を埋め終わる。3人とも、無言。ミルの魂は、果たして無事に天国へと辿り着いただろうか。


ここから先は、一晩の森籠り。


一晩寝ずに番をして、魂が間違えてこの遺灰、つまり肉体のところまでまで帰ってきてしまうのを防ぐための儀式を行う。


ホルゼが選ばれるのは当然だ。何故なら、エルフ達がここに里を構えて以来、最も危険なアトキントの森に一晩中いるのだ。ホルゼでなければ、不可能な芸当。


そこに、オーヤとアリシアも加わる。


祈るは、魂の安寧。


7人が、無事に天国へ辿り着けますように。













そして、朝。寝ずの番を終え、欠伸を噛み殺す3人に、更なる試練が訪れる。







ドゴォォォンンンン…………





「っ!」

『ナンダ⁉︎』

『里の方から……だよね?』



森全体に、地響きのような音が響き渡る。


魔力(アムテル)が、震えている。


これは……



『“扉”だ。“扉”が、開いた……』

『イソイデモドルゾ!』

『う、うん……!』

(じゃあな、ミル……)

『…………』



神樹の方を振り返り、足早にミルとの最後のお別れをする。誰かが、そんなオーヤを見てクスリと笑った。そんな、気がした。






かくして、現世(セグ)異界(ロア)を繋ぐ、“扉”が開く。これ以上無い悲しみを背負ったエルフの里を、更なる悲劇へと導くべく。


運命の、1日が始まる。

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