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アマトゥスと共に  作者: 鼈甲飴
第一章 夢想の大地編
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第十一話〈捜索〉





『オーヤ、ゴダ湖ってどのくらい⁉︎』



薄暗い森の中を、かなり早いペースで進む部隊に、アリシアも息を切らさずに着いてくる。一瞬意外に思ったが、よく考えればアリシアはこの森の向こう側で一人でサバイバルしていたのだ。これくらい、余裕で着いてこられるか。


アリシアの白銀の髪は、この森の中でもよく見える。エルフ達から漏れ伝わってくる焦りの中で、アリシアの存在が、オーヤにとっては安心感を与えてくれる。連れてきて良かったかも。



『このペースだと多分あと15分くらい!』



里の戦士ほぼ全員、総勢約100人が森へ入っている。それぞれ5人の部隊に分かれ、森の区画を細かく区切り、それぞれが担当の区域を捜索することになっている。


子供の足でも、5時間あれば相当な距離を進める。


しかし、子供達は森に入ったことがないそうだ。いくらエルフとはいえ、初めての森。5時間あったとしても、予想以上に遠くへ行ってしまっていることはないのではないか。そんな予想のもと、里の近場から重点的に捜索し、里へ報告する事になっている。


そのほか、ホルゼ達一部の腕利きが、子供達の魔力(アムテル)の痕跡を追っているらしい。凄い技術もあったもんだ。しかし、今夜は月夜。月の魔力(アムテル)を吸収し、アトキントの森は魔窟と化す。らしい。ホルゼ達程の狩人でも、追い切れるかは分からない。



『よし、ここから捜索担当範囲だ。僕らの班はアリシアさんもいるから、他の班より距離を詰めて捜索できる。皆んな、横一列に。足元に気をつけて。約500メートル先、僕が最初に湖の先に辿り着くから、そこで一旦止まろう』

『『了解!!』』



バヤルフは、完璧にこの辺りの地形を記憶している。正確な指示と、部隊員を安心させる落ち着き。なるほど、あんなホルゼ信者でも、彼が慕われるわけが改めて理解できる。


ここから先は、道なき道を進まなければならない。オーヤ達大人には進みづらい道でも、子供の背丈ならば意外と通れる道は多い。森の下生えは、かなり立派に生い茂っている。どんな痕跡でも、見逃してはならない。



『オーヤ?』

『どうした』



エルフ達はテレパシーで周囲に呼びかけながら、慎重に歩みを進める。しかし、アリシアからのテレパシーはオーヤに対してだけのものだ。



『子供達、どうして森に入ったんだろう』

『どうして? 遊びに行ったんじゃないのか?』

『でも、子供達はいつも森に入っちゃいけないって、ずっと教えられてきたんだよ? 何の理由もなく、森に入るかな……』



エルフ達にとって、アトキントの森は恵みをもたらす、なくてはならぬ存在であると同時に、食物連鎖の頂点であるヤコウオオカミと、そしてそれを超越する“主”を抱える、危険な森であるのもまた事実。


だからこそ彼らは、幼い頃から森の恵みと、恐怖について徹底的に学び、森と共に生きる術を身につけていく。



『確かに……』



そう言われてみれば、確かにそうだ。大人たちでも、森にはそう頻繁には立ち入らない。毎日森へ入るのは、狩人と戦士だけだ。オーヤたちがあれほど簡単に神樹へ行けたのも、一緒にいたのが魔剣持ちのホルゼだったから。



『何にせよ、湖に落ちてる、とかじゃ無い事を祈ろう』

『そうだね』



慎重に、下生えを掻き分けながら、湖へと向かっていく。


獣の他にも、森には危険な生き物がわんさかいる。毒蛇や毒蜂、それにヒルなんかがその例だ。獣抜きでも森の中は危険なのに、そこにプラスしてあの獣たち。



子供達を一人でも見つければ、その時点で照明弾を打ち上げることになっている。オーヤ達の部隊よりも先に、何人も既に森に入って捜索を始めているが、まだ照明弾は上がっていない。


エルフ達から、焦りの感情が刺さるように漏れ出てくるのを感じる。そして、オーヤも既に焦っていた。悪い予感というのは、あたってほしくない時ほど当たるものだ。


そして、何だかこっちの方向に、オーヤ達が進んでいる方向に、その答えがあるような、そんな気がしてならないのだ。



『オーヤ』

『どうした?』

『落ち着こ。大丈夫。きっと、無事だよ』

『…………ありがとう』



本当に良かった。アリシアがいてくれて。オーヤからも、無意識に焦りが出てしまっていたようだ。


しかし、取り戻した冷静さも、次の瞬間には吹き飛んでしまう。



「あ」



思わず、声が漏れる。


見つけた。


子供達ではない。


しかし、子供達の持ち物。


いや。


これは、ミルの靴だ。



『どうした⁉︎』

『ミルの靴を発見。今日履いてたやつだ』

『間違いないか⁉︎』

『間違いない……』



間違いない。これは、ミルがお気に入りだと言って見せてくれた、お母さん手作りの紐が入ったピンクのスニーカー。今日も履いているのが見えた。



『物品発見! 緑色の照明弾をあげろ!』



隊員が照明弾を上げる。


そして。



『ミル…………?』



ミルの声が、聞こえた気がした。



『あっ! おい、オーヤ!』



オーヤは一直線に走り出す。助けを求めている。



『くそっ、あいつっ!』

『私が追います! バヤルフさん達は、広域探索を続けてください!』

『いや! ここはオーヤの勘を信じる! 2人ここに残って他に物品が無いか確認! 残りは全員突っ込め!』

『『了解!!!』』





「はぁ、はぁ……」



もう、自らの呼吸音と、鼓動の音しか聞こえない。


呼んでいるのが聞こえる。


助けてと、叫んでいる。



何かに取り憑かれたかのように森を走り抜け、一気にゴダ湖畔に辿り着く。


そして。


ゴダ湖の浅瀬。


美しいターコイズブルーの水面が、激しく波打っている。




そこには、倒れた一人の子供と、ヤコウオオカミが3頭いた。





いきなり飛び出してきたオーヤに、ヤコウオオカミの視線が集まる。



「はっ……はっ……」



一気に頭が冷える。自分の鼓動と、乱れた呼吸音だけが、やけに大きく聞こえる。


まずい。


これは、考えうる限り最悪の状況だ。



この、浅い領域に、ノーマークのヤコウオオカミが3体。



死ぬかもしれない。


様々な思考が脳を駆け巡るが、身体の方は冷静だった。

照明弾を二発、赤と黄色を打ち上げる。黄色は、子供発見。そして赤は、外敵発見。この組み合わせは、誰も見たく無いであろう、最悪の組み合わせだ。



ヤコウオオカミが唸り声をあげ、オーヤにジリジリと寄ってくる。あの、獰猛な瞳の奥に見える色は、オーヤを餌として見る光だ。しかし、突っ込んではこない。



(生きてるか……?)



パッと見、血は確認できないが、動かない。水に身体が、そして頭も浸かってしまっている。気絶しているのだろうか。いや、そうであってくれ。


子供は女の子。ミルでは無いのは一目で分かるが、薄暗いので誰かまでは分からない。


一人だけ。これが、更に状況を悪化させている。最悪に最悪が重なる。子供達は、一緒にいない。



短剣を抜き放ち、ヤコウオオカミに向ける。


明らかに、ヤコウオオカミ達が探検に向けて警戒心を高める。

この、刃物に対する対応。凄まじい知性だ。野生動物のくせに、厄介すぎる。



パァン……



オーヤの赤い照明弾が一頭のヤコウオオカミの鼻先に命中する。


これは、戦士に教わったテクニック。刃物に集中させ、ヤコウオオカミの弱点である鼻先に弾を命中させる。


これで、多くの場合、ヤコウオオカミは怯み、逃げるチャンスが生まれるらしい。しかし、今はヤコウオオカミは3頭。しかも、逃げたいのではなく、助けたいのだ。さぁ、ここからどうする。


一気に他の2頭が身体を低くし、唸り声をあげる。これで、ヤコウオオカミ達にとって、オーヤは“餌”ではなく、“敵”になった。もう、オーヤの腕ではヤコウオオカミに照明弾は当てられない。



(……)



ここから先の対処は教わっていない。照明弾を打ちまくり、鼻面に当てたら大声で喚きながら死ぬ気で逃げろと言われただけだ。しかし、ここは確実に奴らを追い払わなくてはならない。


喚いても、この場面では役に立たないだろう。むしろ逆効果になる可能性もある。鼻面に銃弾が命中した個体なら、逃げる可能性も無くはないが、他の2頭は完全に興奮してしまっている。ああなっては、もう手がつけられない。



『オーヤ』

『アリシア!』

『動かないで』

『?』



走って逃げようとしていたオーヤに、動くなというテレパシー。オーヤは目の前のヤコウオオカミ達から目が離せないので、アリシアがどこにいるのか分からない。



『何……どうすんの?』

『いいから』



ヤコウオオカミ達は、ジリジリと迫ってきている。鼻先を撃った個体も、驚きが怒りに変わったようで、身体を震わせながら迫ってきている。



ピト



「ひゃうっ⁉︎」

『静かに!』



いきなり首筋に冷たいものが当てられ、TPOをこれっぽっちも弁えないような声が漏れてしまう。


その情けない声を聞いて、一気にヤコウオオカミ達の瞳孔が開く。



『…………』

『…………ん?』



と、急にヤコウオオカミ達はオーヤを見失ったかのように左右を見渡し始める。



『どう、なってんだ……?』

『上手く、いった……』

『アリシア』



オーヤのすぐ後ろに、いつの間にかアリシアが来ていた。オーヤの首に当てられていたものは、アリシアの手だった。



『何を……いや』



一体アリシアは何をしたのか。気にはなる。気にはなるが……今は、子供だ。ヤコウオオカミは不思議そうに辺りを見渡していたが、ひとしきり鼻を鳴らしてオーヤ達を見つけられないと悟ると、再び子供の方へと身体を向ける。



『子供が……』

『待っ、て……』

『アリシア?』



アリシアが、苦しそうに胸を押さえてうずくまる。



『はぁ……私は、大丈夫……。今、バヤルフ君達が狙撃ポイントに着いてるから。動かないで……』

『わ、分かった』



オーヤには、この状況に対して何もできない。


動けない子供を連れ出すことも、ヤコウオオカミを撃退することも、そして苦しむアリシアを助けることも。


無力。


これほどまでに、役に立たないとは。


己の無力さを痛感し、歯を食いしばる。肉の盾どころでは無い。足手まといになってしまっている。



(…………)



『来た』



バシュンという、些かくぐもった発砲音と共に、ヤコウオオカミのうちの一頭の足が弾け飛ぶ。


狙撃。


この世界にも、銃は存在する。

ただ、オーヤが知るそれより、少しだけ原始的。だが、それでもヤコウオオカミ相手には多大な力を発揮する。


キャウン!!



急に犬みたいな鳴き声を発し、撃たれたヤコウオオカミと、他のヤコウオオカミも逃走して行く。



『子供が……』



それを確認して、オーヤとアリシアは倒れていた子供に駆け寄る。



『シロン…………』

『痛かった……よね』



シロン。ミルの親友の少女。雪のように白いその顔は涙に濡れ、恐怖の表情に固まっていた。そして、その表情は二度と変わることはない。


彼女のお腹には、大きな穴が空いていた。



『オーヤ、大丈夫か?』

『バヤルフ……』

『…………ダメか』

『…………』



木の影から走ってきたバヤルフの顔が、悲痛な表情に変わる。


助けたかった。誰もが、その思いを持っている。


しかし、誰も間に合うことが出来なかった。



『た、す……け』

『ミ…………ル?』



聞こえた。今度こそ。


役に立たずとも。


もう、自分の安全など、どうでも良かった。


シロンをバヤルふに任せ、再びオーヤは走り出す。


意外なことに、オーヤは足が早かった。アリシアもバヤルフ達も、誰もついていけない。



『オーヤ!!!』

『アリシアさん! 後からついて援護する! オーヤのアムテルは?』

『ダメ! 揺らいでる! もう剥がれちゃった!』



アリシアが、オーヤを必死に追いかけてくるのがわかる。


ヤコウオオカミ。


そもそも、何故これほどの数がこんな浅い領域にいるのか。そして、何故それが察知できていなかったのか。


分からない事は沢山ある。


だが、そんな事は関係ない。


ミルが、助けを求めている。


そして、一番近いのはオーヤだ。


行くしかなかった。



そして、見つける。


『ミル……?』




それは、最悪の形での、再開だった。

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