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京都へ行こう!

 8月中旬、家政婦業も慣れ、板がついてきたころ。

 その日の研究所までの道のりは、相変わらず溶けてしまいそうなほど暑く、アスファルトの照り返しは俺を蒸し焼きにする。

 できるだけ、影になっている場所を歩いて、研究所に向かっていたが、それで滝のような汗が流れた。


「ふぅ〜〜涼しい〜」


 研究所の冷房でリラックスする。

 ここの冷房は、ガンガンに効いていることもあり、まるでサウナ後の水風呂のように整う〜。

 そんなルーティンも挟みながら、マリア先生がいる特別研究室に行く。


「ふんふふんふん」


 今日は、いつもより大分早くついてしまった。

 遅延が日常茶飯事の路線を使っていたため、早く家を出るようにしているのだが、今日は定刻通りだったのだ。

 と、そこで、自分が周囲のすれ違う白衣の研究者に笑われている事に気がつく。

 なんだ?なんだ?

 そう疑問に思い、すぐに思い当たる。

 なんと、恥ずかしい事に俺は無意識に鼻歌を歌っていたのだ。


「〜〜〜」


 恥ずかしさから、一秒でもこの場所にいたくないと思い、顔を赤くしながら早歩きする。

 本来なら恥ずかしくて、ネガティヴな気分であるはずが、不思議とそこまで気分は落ち込んでいなかった、俺はこの仕事が意外と楽しみにしているのかもしれない。


 ######


 特別研究室の扉を開く。

 その日の朝の特研は、慌しかった。

 いつものマリア先生ならば、今現在(8時)でも、ニートのように裸で爆睡し、俺の心臓を殺しにかかってくるのだが、今日は起きていた。

 しかも、めちゃくちゃスピーディに部屋を走り回っていた。

 普段の姿では考えられない光景だ。


「おはよいございます」


 忙しそうなマリア先生に恐縮しながら、挨拶する。


「おぉ、ちょうど良い所に来た!手伝ってくれ」

「はい!」


 そう言われて、マリア先生の元へ行く。


「お前は、私の部屋着と下着を2日分、そこのボストンバッグに入れろ」

「わかりました」


 訳もわからず、、マリア先生の衣類をバッグに納めた。日々の洗濯業務などで、下着は見慣れていたので、今更ドキドキはしなかったが、どこか旅行に行くのだろうかと疑問に思った。

 ………。

 ……………。

 …………………。


「よし完成だ」


 俺とマリア先生の目に前には、パンパンになった有名な最高級ブランドのボストンバッグがあった。

 普通の人がこのボストンバッグを使っていれば「いやらしい」「下品」といった印象を受けるが、世界最高峰の科学者であるマリア先生が持てば、様になるし、かっこいい。

 やはり、容姿と肩書きは重要なのだ。


「今から、京都に行く。シンポジウムだ」


 疑問はすぐに氷解した。


「別にバックれてもいいんだがな。生憎、私もいま研究で躓いている。何でもいい新しい視点が欲しいんだ」


 その顔は、いつものニヤニヤとした顔ではなく、歴とした科学者の戦う顔であり、美しかった。


「マリア先生でも、行き詰まる事あるんですね」

「ハハハ、私を何だと思ってるんだよ。私も人間だぞ」


 そういって、俺の頭を乱暴に撫で回す。

 痛い。


「ま、この私が挫折するなんてかなり珍しいけどな」


 ハハハハハと笑い声を上げるマリア先生の腕を振り払いながら言う。


「とりあえず、分かりました。

 それなら、マリア先生が京都に行っている間、仕事は休みって事でいいですか?」

「は?何言ってんだ?お前も行くんだぞ」

「え?」

「当たり前だろ。私ある所、ユウゴありだ」

「俺いつから、あんたのお供になったんだよ」

「あーうるさい。

 ほら、もう新幹線の時間まで、あんまりないんだ。行くぞ」

「何時のですか?」

「9時だ」

「バカなんですか!?

 あんまりじゃなくて、全然ないですよ。ここから品川まで、30分かかるんですよ」

「ふっ、残り30分あるじゃねぇか。ほら、いいから行くぞ」


 マリア先生は、俺の腕をガッチリ掴むとボストンバッグを反対の手で持ち、引きずるように行く。


「ちょっ、待ってください!俺なんの準備もしてません」


 俺は必死に言葉と力で抵抗したが、「うるさい」の一言で儚く散った。


 ######


 せっかく乾きかけていたtシャツは、駅までの道のりで、再度ビショビショになってしまった。

 次、この席に座る人は最悪だろうなと思いながら、新幹線の座席に深く座る。

 どうせ、次の誰かが座る頃には乾いているだろう。

 それほど新幹線の中は心地よかった。

 そういえばーー


「シンポジウムって何ですか?」


 くつろぎながら、窓の外を眺めていたマリア先生に尋ねる。


「色んな領域の科学者や分野の人物が招かれて、1つのテーマについて話し合う会だな。

 今回、私が行くシンポジウムのテーマは、「アルツハイマー病」だ。ちょうど、私が今している研究、ど真ん中だな。例えば、心理学者や脳科学者、薬学者なんかもよばれている」


 マリア先生は、一口缶コーヒーを飲むと続ける。


「さっきも言ったが、正直躓いている。

 ここまで、学問のことで手も足も出ないのは初めてだ。

 だから、それを打開するために、行くのさ」


 そう語るマリア先生の横顔は悔しさに歪んでいた。

 そして、同時に痛々しさも含んでいた。だからか、俺は少しでも励まして、寄り添ってあげたいと思った。


「マリア先生なら、できますよ。

 どれだけ時間がかかっても、俺も手伝いますから」


 マリア先生はほのかに笑う。

 俺は失敗したと感じた。多分、今の俺の言葉は、的外れなのだと感じた。

 しかし、それでも他になんて言えばいいのかわからず、黙っているとーー


「あっ、富士山だ」


 身を乗り出して、指差すマリア先生。


「私、初めて見たぜ」と子供のような笑顔で述べるマリア先生に、俺は言葉を重ねることはできなかった。


 #####


 新幹線は名古屋に到着し、京都まで残り数十分といった距離。

 俺はイヤホンをつけて、スマートフォンにダウンロードした映画を観ている。

 内容は、曰くつきの島を舞台に、起こった殺人事件を探偵である主人公が解決する物語だ。

 主題は密室殺人で、中々よく出来ていた。まったく犯人が想像つかない。また、それだけでなく、アクションも充実しており、特にガンアクションは見ものである。

 見始めて15分で、引き込まれてしまった。画面に食いついてしまっていることを自覚しながらも、正せない。面白いのだから。

 そんな風に、映画の世界に熱中している俺の耳に、痛みが走る。


「いてっ」


 理由は簡単、隣に座るマリア先生が俺の耳をつねっているのだ。

 そこまで痛くはないが、集中している俺からすれば、鬱陶しかった。しかし、それで、いちいち怒れば、マリア先生は、調子づく。

 だから、無視だ。無視。


「むっ………ほい、うりゃ、どや」


 しかし、逆効果であった。

 無視する俺の耳に口を近づけ囁く。


「その映画の犯人は、助手だぞ」


 自分なりに犯人を考えながら映画を観ていたのに、まさかのネタバレをされた。最悪だ。

 そっちがその気ならば、俺にも考えがある。

 俺は映画を止めて、イヤホンを外す。

 そして、身体をマリア先生に方に向けて、指をコキコキと鳴らす。


「………?」


 マリア先生は何か来ると思い、防御態勢に入っているが、遅い。

 俺はすかさず、身体を動かし、剣道の要領で頭頂部にチョップを入れる。


「ハッ!」


 気持ち良いぐらいに直撃する。

 普段、上から目線で「あれや、これや」と指示されていた日ごろの鬱憤が晴れた気がする。

 続けて、俺はすかさず、腕にチョップをいれる。

 それも、クリーンヒットした。


「へへっ、どうすっか、マリア先生?

 俺もやられっぱなしじゃないんですよ」


 俺は勝利の笑みを浮かべる。

 対して、マリア先生は不敵な笑みを浮かべた。


「これが飼い犬に嚙まれるってやつかな」

「ふん、いつものその澄ました顔を苦渋に染めてやりますよ」


 お互い構える。

 相手の出方を窺う。数秒、沈黙が続き、俺が動き出す。

 先ほどと同じように、頭頂にチョップをかまそうとしたところで、腕を掴まれる。


「その動きは見切ってるわ」


 身動きが取れなくなった俺は、腕をマリア先生の脇に挟まれ、身体を回転させられる。

 所謂、関節技を極められた状態だ。


「いたっ、いてててて」

「これが私とお前の格の違いだ!

 これ以降、一切、私に逆らうんじゃないぞ!」


 マリア先生が滅茶苦茶な事を口にしているが、まったく耳に入ってこない。

 何故なら、痛みと快楽でおかしくなりそうだからだ。

 当たってる!当たってる!

 おっぱいが当たってるから!

 心の中で叫ぶ。

 マリア先生の豊満で形の美しい胸が、俺の腕に当たり、自由自在に形を変える。触覚だけでなく、視覚的にもおかしくなりそうだった。


「どうだ、参ったか?」


 だというのに、マリア先生は全然気づかない。

 俺におっぱいを当てているというのに。


「ギブ!いろいろとギブ!参りました」


 素直に降参するとマリア先生は腕を離してくれた。

 苦痛快楽地獄から解放されて、嬉しいのやら、悲しいのやら、複雑な気分だった。


「見たか!これから私に盾突くんじゃないぞ」


 そう吐き捨てられる。

 俺はこんな人の胸でドキドキしていたのかと悲しくなった。

 映画もネタバレされたし、良いことがない。

 ただ、まぁ、おっぱいの感触は――


「悪くなかったな」

「あ?」


 マリア先生は、俺の独り言に怪訝そうな顔をしていた。


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