家政婦と友人と新宿の居酒屋
俺は久しぶりに出来た休日に、友人と新宿で飲みに行く約束をした。
新宿駅東口広場の金のライオンの隣で、ぼーっと新宿の街を行きかう人々を見ている。
スーツのサラリーマンやゴスロリの女性、煌びやかな髪形の水職の女性や金髪のバンドマン、俺と同じくらいの大学生や必死に営業をする地下アイドルに、たまに制服を着た女子高生と、色んな奴が歩いていた。
こんなにもカオスな街は、世界中を見渡しても、中々ないと思う。ニューヨークでも、ここまでカオスではないだろう。
そんな新宿と言う街を面白いとは思うが、正直、個人的にはあんまり好きではない。
なんというか、雑多に過ぎるし、新宿の街を拠点にしている奴の程度も低い。一昔前の伝奇小説家は新宿滅亡願望を持っていたらしいが、俺もその考えには激しく同意だ。
と、件の男が現れた。
「おーっす」
男は、相変わらずジャラジャラとピアスやアクセサリーを揺らしながら登場した。
友人の名前は、長塚圭吾。
大学生になっても、髪の毛をスポーツ刈りにする体育会系男子。
普通なら、「垢ぬけていない」「子供っぽい」と馬鹿にしているところだが、この男に限っては異なる。
パッチリとした大きな目と二重。鼻筋も綺麗な曲線を描いており、日々の運動で保たれた美肌や白い歯が眩しい。素直にイケメンだった。
所謂、バンド系という奴だろうか。
実際、軽音楽サークルに所属していた。
ポップスが好きな俺と圭吾では、音楽の趣味は異なるのだが、しかし、それでも自分たちの好きな曲をオススメしあっている。
「行こうか」
集まったことだし、早速お店へ行く。
新宿駅東口の金のライオン像から、そのまま歌舞伎町へと移動する。
外国人観光客や日本人など、真珠の人気味に流されながら、新宿TOHOシネマへと繋がるセントラルロード沿いの一画のビルに入る。
中は、新宿クオリティらしく、めちゃくちゃ汚かった。
俺たちは定員2人くらいの狭いエレベーターに乗り、揺られながら5階まで行く。
エレベーターの扉が開くと、居酒屋の活気に充てられる。休日の居酒屋は、やはり多くの人で賑わっていた。
「いらっしゃいませ、ご予約はされていますでしょうか?」
店員さんが俺たちに気付くと尋ねてくる。
圭吾は、一歩前に出ると予約していたことと、その時の名前を口にする。
「20時からので予約した長塚です」
店員さんはiPadで確認すると、小さく頷く。
「はい。確認できました。ご案内しますね」
俺たちは店員さんに促され、個室に案内される。
「それでは、2時間飲み放題で、よろしいでしょうか?」
どうやら、圭吾が予約するときに決めていたらしい。
「それでいいよな?」
友人が一応、俺に確認する。特に反対はなかったため、うなずく。
「それでは、お通しを持ってきますので、飲み物をお選びください」
店員さんに言われ、俺はメニュー表から適当に選ぶ。
「それじゃあ、ハイボールを1つ」
「俺は生ビール1つで」
続いて圭吾も告げた。
「承りました。失礼します」
お辞儀をして、厨房へと向かった。そして、数秒すると、先ほどの店員さんは、アルコールとお通しを持って戻って来る。
「はやっ」
圭吾は思わず、呟いていた。
俺たちは店員から受け取る。
「それでは、ご注文はそちらに備え付けられているiPadからお申し付け下さい。それでは」
そういって、去っていった。
店員さんがいなくなると、俺たちは向き直り、盃を持ち上げる。
「「カンパーイ!」」
そういって、打ち付け、口に含む。
ここ最近のストレスが洗われるような心地になる。
「それで、アルバイトの方はどうよ?」
圭吾が唐突に尋ねる。
「なんだよ、急に」
「いや、兼ねてから、俺は心配してたんだよ。
お前が本当に、家政婦みたいな繊細な仕事が出来るのかって」
「うるせぇ。舐めんな」
そう言い返して、自分の仕事を振り返る。
「そうだな。まず、朝出勤したら、前日にマリア先生が散らかした衣類を回収して選択する。
その間に、キッチンに移動して、朝ごはんの準備をする。
朝ごはんが完成したら、寝ているマリア先生を起こして、一緒に食事を摂るんだ。
食事を終えるころには、大体洗濯が完了しているから洗濯物を干す。
それが終わったら、もう一度、キッチンに行って昼飯を作る。一緒に昼飯を食べて、マリア先生が食後の煙草休憩に行っているから、その間にデザートを用意する。
その後の、煙草休憩から帰ったマリア先生に、アフターヌーンティーを振る舞う。それが終わったら、先生の研究の強力って感じかな」
「……母親かっ!仕事の内容が主婦すぎるな」
圭吾に言われて、納得するが、母親というよりかは、執事だろう。
そんなことを思いながら、返答する。
「そうじゃん!俺めちゃくちゃ働かされてるやん」
「でも、時給いくらくらいなのよ?」
「2000円くらいだったかな」
確かに、高いがべら棒に高いという訳ではない。学生にしては高いといった領域だろう。
「なんだ、そんなものか」
圭吾がなぜか、胸を撫でおろす。
俺が金持ちになっては悪いのか。
そう思い、意趣返しのつもりで月給を答える。
「でも、月給で計算すると、40万くらいだぞ」
俺は勝ち誇った笑みで言う。
すると、僅かに腰を上げて驚く。
「マジ?」
「大マジ」
「………」
「………」
「まじかー」
一瞬の沈黙の後、圭吾はもう一度、腰を下ろす。
「まぁ、でも、その分、俺は夏休みを捧げているから」
額だけを見れば、魅力的かもしれないが、実際は大変な仕事だし、良いことばかりではない。
「いや、でも、その人、美人なんだろ?」
そう言われれば、頷かざるを得ない。
どれだけ、中身がSでもだ。
「じゃあ、いいじゃねぇか。クソ幸せだろ」
「そうだけど、そうじゃねぇ。マリア先生と付き合ってくのは、結構大変なんだぞ!?変な薬を飲まされるし」
マリア先生の暗黒面を話すが、あまりピンと来ていなかった。
俺の言っていることが伝わらず、もどかしい。
「でも、美人で可愛くてエロいんだろ?」
なんか、色々マシマシになっているが、どれも正解なので頷く。
「最高の職場じゃねぇか!?」
アカン。
何言っても、「でも、美人なんだろ?」で、ひっくり返される。
ここは大人しく、圭吾の中で「幸せな職場」という事にしておいてやろう。
「でも、順調なんだろ?」
そう聞かれて、ここ数日のマリア先生とのコミュニケーションを振り返る。
そこまで、大きな問題はなく、順調な気がする。
ただ、1つ気になる事があるとすれば――
「なんか、孤高なんだよな」
「ふむ」
同じ研究所の人達とも、全く言葉を交わさず、関わらない。
その姿は、どちらかと言えば――
「いや、孤独かな?
なんか、すごく寂しそうだと感じてしまうんだ。勝手にだけど」
圭吾は、顎に手を当て、頭を悩ませる。言葉を探していた。
そして――
「ふむ。なら、お前がその戦士絵の孤独を紛らわしてやればいいんじゃないか?
他の人が感じる人と交流する温かさをお前が、お前1人で、同じくらい温めてやればいい。例えば、遊びに誘うなりしてな」
そこには、何も特別な言葉はない。ありきたりな物だった。
それでも、俺の心を押してくれる力強い言葉だった。
「そうだな」
自然と口の端が上がった。
「悪い。しんみりさせちまった」
「いや、いいってことよ。
そろそろ適当に、飯でも頼もうぜ。腹が減ってきた」
「ああ、そうしよう」
俺たちは適当にiPadをイジりながら、3品ほど注文した。
「それより圭吾の方はどうなんだよ?」
この長塚圭吾という男は、中々にアグレッシブな性格をしており、単位をすべて取り終えて、現在は、東南アジアのどこかで、ボランティア活動の一環として、先生をしているらしい。何故、そんな事をしだしたのか聞いたことがあるが、「何かの漫画を読んで人助けに感化された」という理由で海を越える馬鹿なのだ。いや、もしかしたら、そういう奴が多くの人を助けるのかもしれないが。
「いや~~楽しいよ。めちゃくそ楽しい。毎日が刺激に溢れているよ」
憎たらしいほどの爽やかな笑顔で言う。
「最近は、算数を教えているよ。みんな可愛いんだ」
「へぇ~~どんなところが?」
「みんな、必死に俺の話を聞いてくれて、頑張っているんだよ」
確かに、それは可愛いだろう。
自分が話すことに必死に耳を傾け、吸収する姿は、間違いなく可愛い。
「自分の人生を変えようとしてるんだな。他には、何かあるのか?」
「そうだなぁ……最近、俺hip-hopにハマってるだろ」
「ああ」
こいつは、自分の道を行くやつのように見えて、意外と流行には敏感なのだ。
「それで、何曲か流したら、生徒の間で凄い流行ったんだよね」
「へぇ~~、凄いな。やっぱり音楽は、どの世界でも通用するんだな。
でも、なんかhip-hopって、あんまり教育的によくないんじゃないか?」
凄く下品な事であったり、残酷な事が歌詞されていた気がする。
「まぁな、確かに子供が覚えなくていいような言葉がいっぱいあるし、教育的にもよろしくない事がいっぱいあるんだけどさ」
そこで、一度言葉を切り、ビールを飲む。
サシ飲みも、かなり温まり、中盤に差し掛かってきた。
「あの世界には娯楽がないんだよ。
毎日、生きるための営みをしている。別にそれが悪いとは思わないし、普通はそういうものなんだと思う。でも、俺の勝手なエゴだけど、別の世界も知ってほしいって思って、そしたら、凄い流行ったんだ。中には、一日中、考えている子もいるよ。
だから、例えそれが教育的に良くなくても関係ないんだ。
渇きに苦しみ、水を求めるものに、ゴミや蛆が湧いた水を我慢する事は出来ないことと一緒さ。みんな飢えていたんだと思う」
「俺があったことが正しいかは分からないけど」と、酔いか羞恥心かは分からないが、顔を赤くしながら言った。
圭吾も自分の考えや思い、哲学があって、行動したのだろう。
そう思うと、対面に座るこの男が何歩も先を行っているように思えた。
「相変わらず、行動力半端ないな」
圭吾の話に感嘆していると、扉が開く。
注文していた食べ物を店員さんが持ってきのだ。
「お待たせいたしました。こちら、チキン南蛮とキムチ、シーザーサラダでございます」
そういって、食べ物をテーブルに並べるとお辞儀をして出ていった。
「よし、早速食うか」
「おお」
俺は箸を取って、チキン南蛮に手を付ける。
程よい酸味と肉の脂が美味だったが、一昨日の二郎系ラーメンに響いた。




