防衛省の男
いつも通り、仕事をしているある日、特別研究所に珍しく来訪があった。
日が傾き始め、研究室いっぱいに太陽が注がれる。それらの光に当てられ、家具が影を作る。
昼ごはんを食べ、アフターヌーンティーを楽しんでいると、一人の男が研究室に入ってきた。
「久しぶり、マリア」
俺とマリア先生は、唐突な第三者の声に驚き、扉に視線を遣る。
そこには、スーツを着た長身のイケメンが立っていた。
190cmに迫るほどの身長と、ガッチリとした体つきだ。おそらく、スーツの中身はバキバキの筋肉が仕舞われているのだろう事が分かった。
顔は大きな目とスッと通った鼻梁、人好きの良い笑みが特徴的であった。髪型はスポーツ刈りであるが、十分似合っているし、様になっている。明らかに体育会系というやつだろう。
一目で、やり手のビジネスマンやエリートといった様子を受けた。
「待たせたね。会いに来たよ」
研究室の床を高級そうな革靴で踏みながら、歩く。
男は馴れ馴れしい態度で、マリア先生に近づく。
かなり長身であるマリア先生を男は見下ろしていた。
マリア先生は、ため息をつく。
「ユウゴは部屋で待っていろ」
そう言い残して、マリア先生はいけ好かない男を連れたって、特別研究室から出ていった。
「………はい」
小さな返答が部屋に響く。
マリア先生がいなくなり、途端に研究室が大きく感じた。
窓の外の東京湾は、今日もウザったいほどに、夏の太陽でキラキラと反射していた。
…………。
……………………。
…………………………………。
マリア先生たちが出て行って、1時間ほどが経っていた。
研究室で1人になって、すぐに俺は洗い物などの仕事を片付けて、今はソファに横たわりYouTubeで適当にニューヨーク旅の動画を観ていた。
「いいなぁ。行きてぇ」
呟く。
十分にニューヨークへ行き、遊ぶ金はあるのだが、それらを使う時間がなかった。
俺、本当に大学生か。
そんな悩みを持った大学生は、普通いないだろう。大学生とは時間が有り余っている者たちなのだから。
しかし、そんな大学生が俺なのだった。
「秋になったら行こ」
このバイトが終了する秋になれば、満足に時間は取れるだろう。その時に行けばいいのだ。それにしても、羨ましかった。
ニューヨークが持つ歴史と時代の最先端が融合した街の雰囲気が良かった。
重厚感のある街に憧れていた。
「帰ったぞ~」
スマホの画面に集中していた俺は、マリア先生の声で跳ね起きる。
「おかえりなさい」
滑らかな動きで、スマホをポケットにしまう。
別に仕事をしっかりとこなしているのだから、休憩していても、悪くはないだろうが、バツが悪かった。
「お前、スマホを見ていたのか?」
しかし、ばっちりとバレていたらしい。
「はぁ、別にしっかりと仕事をしてくれれば、良いけどな」
「ええ、まぁ、一応、仕事は終わってます」
「ならいいさ、私も煙草休憩という名のサボり常習犯だからな。
まぁ、そういうことで、ちょっくら屋上に行ってくるわ」
マリア先生は、机に置いてあった煙草を回収すると、そのままくるりと回転し、扉に向かった。
引き留める間もないスピード。
サボり常習犯は伊達ではなかった。
そして俺は、このイケメンビジネスマンと2人きりになった。
「…………」
「……………」
「……………」
「……………」
気まずい。どう考えても気まずかった。
普通に考えて、2人っきりにするかな。
もう少し気を使ってほしいと、悪態をつく。意味はなかった。
「君が星野優胡君だね」
黙っていると、イケメンビジネスマンに声を掛けられた。
まさか、無視をするわけにもいかず、うなずく。
「はい」
「そうか。マリアからは色々と聞かされているよ」
何だろう、あまり良い話ではない気がするが、悪くはなかった。
マリア先生のような凄い人が俺の事を話してくれる。それは良いか悪いかは於いて、俺がマリア先生の日常にいるような気がした。
「おっと、すまない。
私の自己紹介がまだだったね。
私の名前は、葉山優一。防衛省の防衛装備庁調達事業部という所で、働いている。
今後、マリアのもとにいれば、会う機会も多いかもしれない。よろしく」
そういって、手を差し出してきた。俺はそれに握手で応える。
「はい。よろしくお願いします」
そう言いながらも、内心ではバリバリの官僚エリートに驚いていた。
日本という国家を動かす仕事。
頭脳とタフネスと情熱を最高レベルで持ち合わせた者たちだけが、出来る仕事だ。そして、この葉山優一という男は、それらを持ち合わせた選ばれた男という事だ。
「俺がマリアとどんな話をしていたか、気になるかい?」
葉山は微笑みながら尋ねる。
葉山からすれば、ちょっとした遊びであったのだろうが、俺は大人げなく苛立ちを覚えてしまった。
「ええ、まぁ、そりゃ」
だからか、ぶっきら棒な返答になる。
それに対して、葉山は大人の余裕で受け流す。
「………新たに組織される兵器開発チームのリーダーになって貰えないかと打診しに来たんだ」
「…………」
それは何というか、言葉が出なかった。
ある種、当たり前のことだった。防衛省という組織に所属するものが、天才科学者のもとに来る理由など、そんなものだろう。
そして、マリア先生の幅の広さに驚く。
あの人、兵器開発まで、できるのかい。
まさに、天才の称号にふさわしかった。
それと同時に、子供のように我儘な嫌悪感があった。
それを葉山に目敏く見つけられる。
「人を殺す兵器をマリアに作らせるのは、気分が悪いかい?」
誰かがやらないといけないことであり、第三者の俺には関係ないことだと分かっているからこそ、潔く頷く。
「はい」
それを見て、葉山は笑う。
「ははは、思ったよりも大人らしい」
そして、一転して大人の顔になると続ける。
「そう、大切なものを守るためには、時には人を傷つけなければいけないんだ」
その言葉には、不思議と強い説得力があった。
「実際に、俺は戦場というものに遭遇したことがあってね。
友人が一人死んでしまった」
なんてことのないように葉山は言うが、その声色は無職だった。
「ただの支援物資という、比較的安全な仕事だったんだけどね。
どこからか、情報が漏れていたのか、作戦が杜撰だったのか、敵のゲリラ組織に待ち伏せされていて、まんまと奇襲を受けてしまった」
葉山は東京湾に目をやりながら、遠い異国の戦場に思いを馳せていた。
「あの時は怖かった。
四方八方に銃弾の雨がやってきて、友人は一瞬にして蜂の巣になってしまった。
ゴッドファーザーのソニーにも負けないくらいさ」
葉山は表面上では、お茶らけていたが顔は全く笑っていなかった。
「高校以来の友人だ。何年も思い出を共有していた。
ウザイ時もあったし、嫌いだった時もある。それでも、間違いなく大切な友人だった。
そんな友人が、ゴミのように目の前で死んだ。その時は、現実を受け入れられず、ただ泣き叫んでいたよ」
今度は、自嘲した笑みを浮かべた。
「自分で言うのもなんだが、俺はエリートだ。
そう言えるほどの努力をしてきた自負がある。そんな俺が子供のように情けなく、泣き叫んだ。
どれだけ、頭が良くて地位があろうと関係ないと思ったよ。
結局、この世は力だと思う。
どれだけ、頭が良かろうとも、大切なものや人を守りたいなら、力は必要なのさ」
そう締めくくる。
俺は葉山の言葉に触れて、なんて応えればいいのか分からなかった。
「……………」
「少し話が長くなってしまったね。
ま、俺が言いたいのは、大切なものを守るためには力が必要だという事と、その時になって力を行使する事をためらってはいけないという事だ。
そうでないと優胡君は後悔するかもしれない」
その断定した物言いに引っ掛かり尋ねる。
「どうして、そう言い切れるんですか?」
すると、葉山は明日の朝食のメニューを答えるような気軽さで告げる。
「それは俺がそうだからさ。
もし、俺にあの時、力があれば友人を救えたんじゃないか。そういう夢を見るんだ」
葉山がそう答えたところで、マリアが戻ってきた。
「なんだ、この気まずい雰囲気は」
マリア先生が面倒臭そうな顔で、俺たちの元までくる。
「お前、まさか、ユウゴをイジメてないだろうな?」
珍しくマリア先生が、俺の側に立ってくれた。
「ハハッ、イジメるわけないじゃないか」
すっかり、先ほどの暗い笑顔は、鳴りを潜めている様子だ。
「ちょっとした大人の会話さ、そうだろう?」
葉山に念押しされ、うなずく。
まさか、ここで「違う」など情けない真似出来るわけがなかった。
「ふん、そうか」
一応の納得を見せるマリア。
「それじゃ、行くよ。もう、日も落ちる。夜になる前に片付けたい仕事があるからね。また今度、ディナーでも行こう」
そうキザな台詞を口にして、扉へ行く。
マリア先生は、去りに行く背中に容赦なく拒否を叩きつける。
「行くか、馬鹿か。
お前みたいな見た目の男はタイプじゃないんだよ」
と、うんざりした声音で告げた。
葉山はそれに対して、腕を上げるのみだった。
その一部始終を俺は何故だか、モヤついた心で眺めていた。




