ラーメン二郎と早食い美女
「二郎系が食べたい」
ある昼下がりの研究室。
昼食を食べ終え、コーヒー休憩をして、さて仕事を再開しようかというときに、マリア先生が唐突に呟いた。
「どうしたんですか急に?」
「いや、そういえば、一回も二郎系ラーメンなるものを食べた事ないなと思ってな。あと、男子大学生が近くにいる今だからこそ、いい機会だ」
「とりあえず、二郎系を食いたいのは分かりましたが、なんでだ因子大学生が近くにいるといい機会なんです?」
「男子大学生なんて、怠惰の権化は、どうせ昼も夜も二郎系ラーメンを食ってるだろ。だから、やたら鬱陶しいルールがある二郎系にも慣れているだろ」
「ひどい偏見ですね。俺別にいうほど、行った事ないですけどね。それに、そんな面倒なルールでもないですよ」
「まぁ、でも、何回かは行った事あるんだろ?」
「それじゃあ、行こうぜ」
「そうですね。まだ、夜ご飯も準備してないですし、夜時間をずらして行きましょうか」
まるで、大学の友人のように気軽に誘うマリア先生に内心微笑みを浮かべながら、了承する。
「ああ。分かった。ふっ、楽しみだな」
「小ラーメンぐらいにしておいた方がいいですよ」
言って、何だか母親みたいだなと思った。
「はっ、舐めんな。
私はもちろん、野菜マシマシ・アブラマシマシ・ニンニクマシマシ・カラメマシマシだ」
艶やかな金髪を翻しながら、自信満々に言う。
「いや、さすがに西洋の血が入ったマリア先生でも、一発目がマシマシは厳しいと思いますよ。大の男でも大変なんですから」
「おい、何だ。性差別か」
「いや、そんなつもりはないですけど………はぁ、分かりましたよ。もう、絶対に残さないでくださいよ」
「へっ、当たり前だ」
悪ガキの様な笑みに、ドキリとしながら、スマートフォンを開く。
地図アプリで「二郎系ラーメン」と調べ、この研究所から近くにあるお店を把握する。
「じゃあ、このラーメン二郎平和島店に20時くらいに行きましょうか」
「ああ」
マリア先生は快く頷いた。
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時計の針は進み、約束の時間へと迫る。
夜飯を作らなくてよくなったために、かなり仕事が軽くなり、手持無沙汰であった。対して、マリア先生はまるで締め切り前の作家のように、何か高速で呟きながら、カタカタと猛スピードで、ノートパソコンのキーボードを叩く。心なしか、血眼になっている気がする。
「………」
俺はその凄まじい様子をテーブルで肩ひじつきながら眺めていた。
そして、唐突に――
「うぅ~~おわった~~~。
よし、行くぞ。準備しろ、ユウゴ」
背筋を伸ばしながら言う。
「俺は準備出来てますよ」
「よし、ならば、早く行こう」
マリア先生はポニーテールと白衣という、いつもの恰好で先を行く。
「その格好で行くんですか?
ラーメンの汁とか、白衣にめちゃくちゃ飛びますよ」
「うるせぇ。いいんだよ」
マリア先生の圧に負けて、何も言えなかった。
研究室を出て、先を行くマリア先生の後を追って、並び立つ。
思えば、堂々とマリア先生と研究所内を歩くのは初めてだった。
「おい、あれ見ろよ」「ああ、御舟マリアが男といるぞ」「御舟マリアが誰かと歩いている」「どういう関係なのだろ?」「男か?」「なんか、男の方、冴えないわね」「釣り合ってね~」
他の職員があからさまに、好奇な視線を向けられる。
多くの大人から注目を浴びて、オロオロとする中で、隣を歩くマリア先生は堂々としていた。途中、悪口を言われていたが、まったくその通りの為、何も言えなかった。
相変わらず、心なしか、不機嫌そうに無言を貫くマリア先生と研究所を出た。
「はぁ~~~相変わらず、暇な奴らだよな」
研究所から出て、開口一番にそう言った。
夏の夜。
東京湾から吹く冷たい夜風が、蒸し暑い肌に心地よかった。視線を挙げて、夜空を見上げれば、東京でも星々がまばらに輝いていた。
俺とマリア先生は内陸側・平和島駅方面に歩き出す。
「めちゃくちゃ、注目されていましたね」
「な。あいつら私を何だと思ってるんだ」
「ほんとですよ。マリア先生が男と歩いているのが、そんなに面白いんですかね?
もう、マリア先生も立派な女性なのに」
「おい、そういう意味で言っているんじゃねぇよ。
その言い方だと、私が恋愛もしたことない、ティーンエイジャーみたいになるじゃねぇか」
「冗談はともかく、なんで、あんなに注目されていたんですか?」
「あぁ~やっぱり、御舟重工業の令嬢であり、天才だからな」
マリア先生はキメ顔でそう言った。
「っていう冗談は、ともかく」
「おい、冗談ではないわ」
「もう少し、他の研究員の方々と好意的にコミュニケーションしてもいいんじゃないですか?」
「私がコミュニケーションを取っていないと決めつけていることは、とりあえず置いておくとして、嫌だよ。めんどくさい」
「わかりますけど。そこは頑張りましょうよ。もしかしたら、何か研究の手助けになってくれるかもしれませんよ」
「うるさい。
私はこれでいいんだよ。なれ合わない方が研究も捗る。それに――」
続く言葉は、近くを走る湾岸線から、高速違反ギリギリのスピードで走るバイクの音のせいで、聞き取る事が出来なかった。
何だか凄く大切な事を言っていたような気がする。それが、やけに気になる。
そのせいで、ラーメン屋に着くまで、あまり会話に集中できなかった。
数分歩き、目的のラーメン屋に到着する。
お腹を空かせていた俺とマリア先生は早速、ラーメンを食べられると思っていたが、10人ほど並んでおり、少し不機嫌になった。ただ、まぁ、早食いを求められるラーメン二郎であれば、すぐに俺たちの番が回って来るだろう。ロット制を採用しているラーメン二郎であれば、なおさらだろう。
俺とマリア先生は小太りのおっさんの後ろに並ぶ。
「趣味がラーメンとかいう奴いるよな。
あれって、どういう人生歩んだら、そうなるのだろうな」
唐突に口を開いたと思えば、不穏な喋り出しに緊張する。
よりにもよって、二郎系ラーメンの列で、話をすることではなかった。
「いや、まぁ、そういう人がいてもいいじゃないですか」
「おい、何だ、その適当な返事は。私の助手なら、もっと真剣に頭を使って答えろ」
「いつから、俺があなたの助手になったんですか。荷が重すぎます。
それに、趣味なんて人それぞれなんだから、いいじゃないですか」
「確かに、私もそう思う。
ただ、ラーメンが趣味なのだけは、許せないのだ」
前列のおじさんがチラチラと鬱陶しそうな顔で睨んで来る。
「なんで、そこだけ、許せないんですか」
「いや、なんか醜いだろ。あと、普通に会話の時に、趣味ラーメン二郎って言われたら、どう話を膨らませればいいか、困るだろ」
「確かに、困るかもしれませんが、マリア先生においては、趣味の話とか絶対しないでしょ」
それに、話を膨らませようなんて、殊勝な心掛けも存在しないだろう。言わないけど。
「いや、そんなことはないぞ。もう少し、若いころは、私も意外と頑張っていたぞ」
今度は、前列だけでなく、列に並んでいる人のほとんどが俺たちに敵を見るような目を向ける。普通に、注意されてもおかしくない内容であるが、それを発言するマリア先生が背の高い美人という事もあって、注意はされなかった。マリア先生は目線に気付いているのか分からないが、このまま会話を続けることに耐えられない俺は、話題をそらす。
「ふ~~ん、そうなんですね。じゃあ、そういう、マリア先生の趣味は何ですか?」
「私か?私はバスケだ」
「うわ~ベタですね」
「何がベタだ」
ゴンと頭に、こぶしが降る。
「イタい!」
「そういうお前は、何が好きなんだ?」
「いって~~。俺ですか?
実は俺もバスケなんですよね。小中高とミニバス・バスケ部に所属していたんですよ」
「ほう、ポジションはどこなんだ?」
「ポイントガードでした」
「というと、ドリブルが上手い感じか。今度、やろうぜ」
「いいですね。ぜひ、マリア先生と1on1やりたいです」
一度、俺のテクニックで、ぎゃふんと言わしてやりたい。
お手合わせは、ぜひとも歓迎だ。
「他には何かあるのか?」
「なんか、ありきたりで申し訳ないんですけど、あとは映画ですかね」
「ほうほう、いいじゃないか。私も好きだぞ。映画は」
「最近、観たのは『ウルフ・オブ・ウォールストリート』です」
「あーあれな。一時期、私も影響を受けて、仕事前にヤクを入れて始めるようにしていたわ」
「今は絶対にやめてくださいね。普通に、人生破滅するので」
「おいおい、映画の主人公は、確か実在する人物で、今はセミナーとかで金持ちになっていたと思うが」
「そうかもしれませんが、捕まったら、失敗ですよ」
「はっ、今更遅いけどな」
「えっ」
「嘘だよ。冗談だ」
「お次でお待ちのお客様!」と、声がかけられる。
マリア先生と雑談をしていたら、どうやら、順番が回ってきたらしい。
俺とマリア先生は、店に入店し、食券機の前に立つ。俺はあまり、お腹がすいていないため、ミニ汁なし麺を選び、隣にいるマリア先生は、ラーメンを選ぶ。お金を入れ、吐き出される食券を手にして、席に着く。
このお店は、ロット制を採用している為、1ロットあたり5人であると考える(ネットに書いていた)。ゆえに、即座に食すことが求められ、それがかなわない場合は、ロット乱しの烙印を押される。俺もラーメン二郎に初めて行った際は、それを知らずに、マイペースに食事していたら、怒られて、クソイライラした思い出がある。
普通に考えて、急かすなよ。
「トップングいかがいたしますか?」
俺はマリア先生の分も一緒に、食券を渡すと、尋ねられる。
「そのままで」
「お隣のお姉さんは?」
「ニンニクアブラヤサイマシマシ」
決まり切った呪文を奏でる。
一瞬、店主が「こいつ食いきれるか?」と言ったように眉を動かしたが、特に何も言わずに、作業に集中する。
恐ろしいほどの西洋美人がラーメン二郎で、しかもマシマシを食すと合って、店内から注目を集める。
ほんと、マリア先生は、どこでも注目を集めるな。
なんて、思いながら、待っていると――
「はい、お待ち」
ドン、ドンと、カウンターにラーメンが置かれる。
俺の分は、特に違和感ないが、マリア先生の分は違う。山のようにもやしが積み重なっていた。
「すごいですね」
思わず、呟く。
なんか、普段よりも滅茶苦茶多く感じる。
「ああ、だが、これなら倒し甲斐がある」
誰と戦っているんだよ。
そう思いながら、「いただきます」と言って食事を始めた。
言った瞬間、大急ぎで食らいつく。一瞬でも、遅れたら駄目だと思いながら、麺を口にぶち込む。アツいアツい汁に浸されたもやしが猫舌を刺激しながらも我慢して尚、口に含む。それを繰り返していると、ラーメンが残り半分にまで減る。少し、余裕が生まれたので、隣のマリア先生の進捗を確認する。もし、きつそうであれば、少しは俺も協力してやろうと思っていたが、そんな心配は杞憂だった。
「はやっ」
何故なら、マリア先生は最早6割を食していたからだ。
俺よりも速い。想定の数倍は速かった。いつも、見ている食事スピードは隠していたのかっ!?
女に負けては男が廃る!負けるものか!
俺も負けてはいられないと思い、スピードを上げる。
「はむっ、がつ、がふ、かふけふ」
紙エプロンに汁を飛ばしながらも食らいつく。猫舌なんて関係ない!
最早、食事を楽しむという概念は存在しなかった。あるのは、隣のマリア先生に負けたくないという、競争心だけだった。
「がふぐうげふ、負けるものか」
「ごちそうさまでした」
威勢よく啖呵を切ったと共に、マリア先生は食事を終えていた。
「さき、店の前で待っているぞ」
「…………」
そういって、マリア先生は、店を出ていった。
俺は女であるマリア先生に負けたとあって、情けなくなり、数秒固まってしまった。
マリア先生が店を出て、5分後には、俺も食べ終わった。
ロット的に見れば、俺もそこそこ速い方だった。多分。今回は、それで何とか自尊心を保つことにした。
店を出ると、マリア先生はガードレールに腰を下ろしながら、煙草を吸っていた。
「ラーメンの後の煙草は絶品だな」
マリア先生は快活な笑顔を向けた。
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「食うの滅茶苦茶速いですね」
マリア先生と研究所まで歩く。
「そうか~~お前が遅いだけじゃね」
頭で手を組みながら言う。
クッソ~、うぜぇ。
「いや、そんなこと藍と思うですけどね。
俺、高校の時、部活で食トレさせられてたので、食うのは大分速いと思うんですけどね」
「食トレしたのに、その身長なのかよ」
「うぐっ」
あまり突っ込まれたくないことを平然と………。
「ま、強いて言うなら、私はガキの頃、ひもじかったからな。
とにかく、食い意地が張っているんだよ」
珍しい。マリア先生が子供の頃の話をするなんて。
詳しく話を聞こうと思ったが、そんな事よりも――
「それにしても、気持ちいな」
このしっとりとした時間を大切にしたかった。
じんわりとした汗が、海風によって冷やされ、心地よい。
無駄な言葉で飾るよりも、この夜道を一緒に歩く方が、より心が繋がるだろう。




