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モーニング

「よっし、これで終了」


 そう呟きながら、最後の下着を洗濯機にぶち込み、洗濯開始のボタンを押す。

 途中、山のように積み上げられたマリア先生の下着軍に圧倒され、右往左往しながらも、何とか片付け・掃除・洗濯を終了させた。朝、この部屋に訪れた際に比べて、大分スッキリするようになり、都内一等地に建つタワマンにも負けないほどの、この部屋本来の美しさや大人らしさを取り戻していた。

 俺は時計を見る。

 時刻は19時であった。一応、勤務時刻は大幅に過ぎているので、帰ってもいいだろう。


「それじゃあ、今日はこれで帰りますね」

「待て、エントランスまで、送ってやるよ」


 マリア先生は煙草を咥えながら、ぼさぼさの頭で言った。

 どうやら、見送ってくれるらしい。

 意外と優しい人物である。


「ありがとうございます」


 感謝を述べ、来た道と同じ道を行くと――


「おい、どこ行ってるんだ?」


 マリア先生は、俺とは反対に屋上へ続く階段の方向に身体を向けていた。


「どこって、エレベーターですけど…。

 マリア先生の方こそ、どこ行こうとしてるんですか?」

「こっちからも、階下に降りれるんだよ。てか、こっちの方が速いし、誰にも会わない。こっちから行くぞ」


 どんだけ、人と会いたくないんだよ。

 無理やり、道を決められ、俺はアリア先生の後に続く。少しずつ距離を縮め、隣を歩く。

 お互い無言で、研究所の暗く清潔な階段を降りる。

 ずっと抱いていた疑問を思い出し尋ねる。


「そういえば、家政婦役は俺で大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない」

「即答!

 いやいや、しっかり考えて発言してくださいよ。マリア先生みたいな美人に言われると、すごく傷つきますから」


 言葉が足りない俺が悪いのだが、それにしても即答すぎる。もっと、考えてほしかった。じゃないと、俺が傷つく。


「俺が本当に聞きたかったのは、家政婦的な役回りは俺みたいな男でいいんですかってことですよ。

 もう、今更ですけど、会って数時間の男に下着を触られるのとか、嫌じゃないですか?」

「そういう事か。

 そうだな、めちゃくちゃ嫌だ。なんの躊躇もなく、私の下着を触って洗濯機に入れていた所を見たが、普通に引いた」

「そうなんですか!だったら、もっと早く行ってくださいよ」

「はんっ、まぁ、別にいいんだけどな。そんなに気にしてはないよ。

 ただ、その時はそう思っただけさ」

「はぁ」


 謎だ。

 いくらマリア先生が稀代の天才科学者であり、浮世離れした存在だとは言え、女である以上、普通は男である俺に、そうやって下着を勝手に触られるのは嫌なのではないだろうか。理解できない。男のおれではなく、別のゼミの女性に変わって貰った方がいいのではないだろうか。


「やっぱり、別の女の人に変わって貰いましょうか?

 そっちの方が男の俺よりもやりやすいんじゃないですか?」

「いや、いい。私はお前がいいんだ」


 マリア先生は確かな声で、そういった。


「お前は顔が良いからな。いわゆる美少年という奴だ」


 ハリウッド映画の大女優にも負けない顔の良さを持つマリア先生に褒められて照れる。正直、自分の顔の良さにコンプレックスを抱いていた俺だが、この時ばかりは嬉しかった。


「毎日見る顔はそういう顔が良い。

 それとも、お前は初日から根を上げたか?」


 マリア先生は、俺を見上げながら、挑戦的な笑みを浮かべる。

 俺はその笑みに、「ばちこーん」と射貫かれた。

 可愛すぎて、胸が熱くなる。この人に会いに来るだけで、この仕事をやる価値がある。


「はい、頑張ります」


 俺は半ば無意識に、元気よく答えていた。


「いい返事だ」


 まるで、しっかりと言いつけを守る犬にするように声を掛ける。

 と、雑談をしていると、エントランスまで来た。

 時間は20時。

 研究所の外は僅かに、明るい。


「今日はありがとうございました」

「ああ、こちらこそ、ありがとう。さようなら」


 俺はマリア先生に会釈して、研究所を後にした。


 #####


「ふわ~~あ」


 欠伸を噛み殺しながら、東京モノレールの窓から海を見る。

 太陽の光を反射して、きらきら光る海面と、海に同化する雲一つない快晴が眩しかった。その景色を見ているだけで、気分が高揚する。

 朝早いこともあって、車内には数人しかいないことも、気分高揚に一役買っている。


「あっ、飛行機雲」


 先ほどまで、青一色のキャンパスであった空に、横一線に白い線が引かれる。

 その光景を最後に、モノレールはトンネルに入った。

 そろそろ、整備場駅に着くということもあり、窓の景色ばかりに意識を割いてはいられない。

 数十秒、トンネル内を走り、地上に出ると、すぐに整備場駅へと到着した。


「まもなく、整備場駅、整備場駅です」


 アナウンスを耳にしながら、降車した。

 モノレールが羽田空港に行くのを見送りながら、階段を降り、改札を超える。

 相変わらず、非常に暑いのだが、時折、海から吹く風が心地よかった。

 ガタガタのアスファルト道を多くのトラックが通っていく。運転手が、「なぜ、こんなところにガキが?」といったような目で見てくるが、その興味も数秒後には消失する。どうせ、もう会う事はないのだから。


「おっ、こんなところにある」


 研究所に行く途中で、喫茶店を発見した。

 物流・産業の拠点であるこのエリアに、およそ、似合わないコーヒー屋さん。


 ――喫茶ウィーネ


「何が売っているのだろうか?」


 飲食業には適さないだろう、この土地で、このお店には何があるのだろうか?

 中はどんなものが売っているのか?

 よし、何か買って、朝ごはんの一つのメニューにしよう。

 そう決めて、俺は店に向かった。

 好奇心に誘われて入店する。

 ちりん、ちりん。

 入店を知らせる鈴の音が鳴る。


「お~」


 小さく驚嘆する。

 入店して、正面にカウンターがあり、右手側には椅子と机が壁に沿って並ぶ。

 煉瓦造りの内壁に、大理石で出来た机や質のよさそうな木で出来た椅子、数点壁に掛けられている空の写真や飛行機の写真が、この土地柄を物語っていて、非常に魅力的であった。また、窓が少なない為、外からの光が入り辛く、薄暗い店内を照らすのは、ユニークな形を下デザイナーズシャンデリアの温かい光であった。

 決して、チェーンの喫茶店と変わらない内装や装飾、家具が置いてある。しかし、一つ一つが上品であり、この店の品位を物語るようであった。


「いらっしゃいませ。

 あら、珍しいお客さんね」


 司会の外から、落ち着いた大人の女性の声がかけられる。

 声の先に視線を移動させる。そこには、店長らしきオリーブ色のエプロンをかけた女性がいた。

 女性は非常に整った容姿をしていた。

 一切の無駄のない鼻筋とフェイスラインに、小さい鼻と口、大きな目につんと上を向く目じり、髪の毛は黒髪ストレートで、めちゃくちゃ綺麗だ。


「学生さん?」


 見た目から受ける近寄りがたい印象に反して、非常にフランクな様子であった。

 何だ、この人!?美人過ぎるだろ!

 美人な上に、身長は160cmほどで、ともすれば可愛い印象も受ける。完璧美人であった。


「はい。昨日から、あそこの御舟研究所というところで、アルバイト的なものを始まりまして」

「えっ?御舟鋼業って、あの?日本一の財閥の?」

「あっ、はい」


 お姉さんのコミュ力に圧倒されて、キョドってしまった。

 まるで、オタクがギャルに、初めて話しかけられているみたいになっていて恥ずかしい。

 一応、補足しておくと、実際はそんなことはない。女性とは普通に喋れるが、このお姉さんは別だ。正直、きれいすぎて、圧倒されている。


「へ~~、凄いね。じゃあ、未来のエリート候補だ。

 今のうちに、メロメロにしておこうかな」


 そういって、ニコッと笑った。

 危ない。非常に、危ない。

 もし、先にマリア先生に会っていなければ、絶対に俺は惚れていた自身がある。惚れて、毎日、通って、破産していただろう。


「ああ、ごめんなさい。困らせちゃったわね。

 どうぞ、見ていって。この通り暇だから」


 確かに、店内には一人も客がいない。

 店の雰囲気や店員の接客は決して悪くないが、いかんせん、立地が悪すぎるのだろう。中々、客が入りづらく、経営が大変そうだ。ただ、まぁ、これからは違う。俺が支えていくからだ。


「ありがとうございます」


 そういって、メニュー表を眺める。

 幅広くメニューを取り扱っていた。

 珈琲だけでなく、スムージーやソフトドリンク、サンドイッチから、ワッフル、なぜか、卵かけご飯もあった。

 正直、種類がありすぎて、何を選べばいいか分からない。

 どれも、別においしそうだ。

 う~~ん、どれにしようか。

 静かに、悩んでいると、それを察したお姉さんは、声を掛けてくれる。


「これとか、おすすめだよ」


 そういって、指をさしたのは、アイスコーヒーとアップルパイであった。


「へぇ~~そうなんですか?」

「ええ。これに使ってる。コーヒー豆は、私が契約しているエチオピアの農場のもので、1ヵ月前に、買い付けしたばかりだから、まだまだ、新鮮なのよ。それとこっちのアップルパイで使われているリンゴは、青森で生産されている林王っていう品種のもので、糖度が高くて有名なのよ~」


 どちらも、料理の元になる食材に非常にこだわっている事を知った。

 確かに、今の解説を受けて、美味しそうだと感じた。

 ここは、素直におすすめされたものを買おう。


「わかりました。それじゃあ、アップルパイとアイスコーヒーをどちらも2つずつください」

「まいどあり!」


 お姉さんは、てきぱきとした動きで、料理と紙袋に入れていく。数十秒で完成する。

 俺はお金を払い、紙袋を掴む。


「ありがとうございました。私、暇だから、また来てね」

「はい!また来ます」


 お姉さんは、最後に、ニコッと笑って、送り出してくれた。

 お店の外は、依然と地獄的な暑さだ。

 日々着実に更新する最高気温に、うんざりするところだが、今ばかりは、頑張れる気がした。


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