研修?
こわっ!?
御舟先生に無機質な目で凄まれ、怖気づく。
俺は若干気圧されながらも、素性を明かす。
「あの、藤原先生の紹介で、本日からアルバイトに来た星野優胡です」
屋上は屋外であるはずなのに、冷気が流れていた。どのような仕組みなのかは分からないが、景色も良いときて、最高に過ごしやすかった。
「あん?…ああ、お前だったのか。
私は御舟マリア。御舟じゃなくて、マリアと呼ぶように」
すると、伝わったのか、御舟マリア先生は、綺麗なホワイトブロンドを搔きながら、吸っていた煙草を携帯灰皿に押し込み、俺の元に歩き出す。
頭を掻いた際に、マリア先生の逃避の匂いが香って来る。
臭っ!?この人、全然お風呂入ってないんじゃないか?
俺が匂いに顔をしかめていると、押しやられ、扉から建物に入る。
「邪魔だ、どけ」
何だ、俺の元に来たわけではないのか。
俺は突っ立ていると、扉の奥から声を掛けられる。
「何してる。早くついてこい」
「ハイ」
元気よく返事をして、マリア先生の後に続いた。
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見晴らしの良い屋上から、先ほど来た特別研究室に場所を移す。
やはり、部屋は脱ぎ捨てられた服や下着、研究で使われていただろう紙の資料、カップ麺のゴミなどが散乱していた。非常に汚かった。汚部屋だ。
しかし、非常に住みやすい部屋の様な気がした。
1LDKで、80畳はゆうに超えているような部屋と3つほど部屋があった。
思わず、尋ねる。
「広いですね?」
「ああ、ここに住んでいるしな。自宅兼仕事場だ」
という事らしい。やはり、そうだった。
マリア先生は迷いのない足取りで、リビングの一画にある執務机のチェアに座る。
俺は続いて、執務机に垂直になる形で、ローテーブルが置かれ、そして、ローテーブルを挟んで対称にソファーが置かれていた。
視線を右に移せば、壁一面の窓ガラスがあり、東京湾を相変わらず、一望できる。
本当に、良い場所にあると思う。
研究の息抜きで、海を見る事が出来るのだ。ここで、研究したいという科学者は多くいるだろうし、様々な発想が生まれそうだ。これお、全ては有数の大企業出る御舟重工業だからだろう。
御舟の力を再確認していた所で、御舟先生の声が耳に入る。
「私の名前は、御舟マリアだ。それで、お前は誰だ?さっき名前は聞いたが、もう一度、自己紹介を頼む。手短にな」
「えっと、東都心大学から来た藤原ゼミの星野優胡です。
出身は京都です。好きな食べ物は寿司です。趣味はバスケです。よろしくお願いします!」
「へぇ、頭いいんだな。よろしく」
御舟先生は、興味なさげに、コーヒーを飲みながら言う。
「まずっ。さすがに、一昨日に淹れた奴だから、不味いな」
そんなの捨てたほうがいいだろと、苦笑する。
「それで、俺は何をすればいいのでしょうか?
藤原先生からは、家政婦的な事が仕事内容だと聞いてはいるのですが」
「そう。なら、ほとんど、その認識で間違いはないわ。
これから、私は大きな研究に取り掛かる。それは、もし成功すれば、歴史に名を残せるほどのものよ。私はその研究を絶対に成功させたい。させなきゃいけないわ。
だから、あなたには私が万全の状態で研究に専念できるようにしてほしい。その為に、あなたには私の衣食住環境を整えてほしいのよ」
――歴史に名を遺すような研究
その言葉が重くのしかかる。
そんな大切な研究の一端に僅かでも、俺が関わるのだと思うと、怖気づく。絶対に、もっと他に適切な人材がいる。そう思った。
「わかりました。でも、一つ質問してもいいですか?」
「ああ、いいぞ。何だ?」
「なんで、俺なんですか?
もっと、適任は他にいると思います。それこそ、しっかりとした家政婦を雇った方がいいんじゃないですか?」
正確には藤原先生が決めた事だが、ほとんど同じだろう。
「当然、考えたよ。でも、何があるか分からないからな」
「何かあるんですか?」
「はぁ」
ため息つかれた!呆れられている!しかも、めちゃくちゃ鬱陶しそうな目で見てくる。
そんな、目で見ないでくださいよ!
「もしかしたら、産業スパイ的なのが、紛れ込んでくるかもしれないじゃないか」
「え!?スパイ?そんなことあります?」
物々しい単語が飛び出し、驚く。スパイというアニメや映画の世界の言葉をこんな日常で耳にするとは思わなかった。
「知らん!私はどうでもいいが、上の連中が煩いのよ。
だから、信頼できる藤原先生の伝手でお願いした。
ああ、そういえば、最近、この研究所内で、一人スパイ容疑で、連行されていったぞ」
ヤバすぎる。さすが、世界に誇る御舟工業だな。その影響力の一端を垣間見た気がした。
「こっわ。俺、疑われないように頑張ります。
靴も舐めれる覚悟で、忠誠を誓うので、連行だけはやめてくださいね」
「ぷっあははははは」
半分冗談で返したのだが、マリア先生に思いのほかウケた。
「いいね。覚悟あるじゃないか。何なら、首輪をつけてやろうか」
「いや、それはやめときます」
マリア先生が首輪をつけて、人を飼っている姿を想像する。容易に想像する事が出来た。
まだ、会って数分だが、それでも何となく、俺の中でのマリア先生像が形作られていく。主にドSの方向でだ。
「ふっ、まぁ、なぜ、私がお前を雇うかは分かっただろう。それで、他に質問はあるか?」
「そうですね。やっぱりもう少し、詳しく仕事内容を話してもらってもいいですか?」
流石に、「家政婦的な仕事」では、何をすればいいのか、分からない。
正直、俺のアルバイト経験は接客業と塾講師の仕事のみだから、マニュアルの様なものがあると助かる。
「う~~ん、と言っても、私も分からないんだよな」
マリア先生は、足を執務机に乗せて、頭をひねる。
「まぁ…………そうだな、朝の9時くらいに出勤して、18時に帰れ。
その間に、3食私の為に作れ。あとは私の研究を手伝え。以上だ」
非常に、端的でわかりやすかった。まぁ、ある程度裁量権を持って働かしてくれるという事だろう。
とりあえずは、俺が一人暮らしする中でやっている家事をここでも試してみよう。
それで、何か足りなければ、その時に追加すればいいのだ。
「わかりました」
「ああ、そうだ。これは絶対だが、そこの奥にある部屋だけは開けるなよ」
「了解です。ちなみに、理由を聞いてもいいですか?」
マリア先生は居住まいをただす。どこか真剣な表情をしていた。
「別に大した理由はないさ。
あそこには、私個人でやっている研究の成果が眠っているのよ。
だから、勝手に見るなってこと」
「わかりました」
俺は頷く。
どうやら、とりあえず、話が一段落したところで、マリア先生は時計を見る。
時計の短針は1時を回っていた。
「そういえば、昼飯を食べていなかったな。よし、そしたら最初の仕事は昼飯を作ってもらおうか」
「わかりました」
「そこに台所があるから、適当に使ってくれ」
「了解です」
俺はソファーから立ち上がって、部屋の奥にある台所に行った。
台所には、有名メーカーの包丁や料理器具が揃っていた。これらを集めるのに、何万円を費やしたのかと思うと、素直に資金力に驚く。そして、今後、これらを俺が使っていくのかと思うと、自然と心が躍った。
俺は冷蔵庫を開き、食材を確認する。
ざっと、冷蔵庫の中身を確認して、野菜が多く余っていると感じた。
キャベツやニンジンなどの野菜が少し傷んだ状態で残っていた。
「使ってしまおう」
俺は台所から顔を出して、マリア先生に一つだけ尋ねる。
「何か苦手な食べ物とか、ありますか?」
「野菜があんま好きじゃない。肉が好きだから、肉をいっぱい入れろ」
奥から返答がした。
その内容に、苦笑する。
子供じゃないんだから。
そんなことを考えながら、料理を開始した。
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ほう、結構、美味しいじゃないか」
マリア先生はそう言いながら、俺が作った焼きそばを頬張る。
ただ、マリア先生の焼きそばには、先ほどの要望通り、ほとんど野菜は入れておらず、肉と麵だけだ。反対に、俺の皿には肉がなく、野菜がこんもりと盛られている。
クールビューティで、仏頂面のマリア先生の口角が僅かに上がる。
作り甲斐があるってものだ。
「ありがとうございます。
それにしても、眺めがいいですね。オーシャンビューってやつですか」
「ふん、だろう。この研究所の特等室だからな。
一番に私が占領してやった」
「あはは」
思わず、苦笑いが浮かぶ。おそらく、その際もひと悶着あったのだろう事が、想像できる。まだ、会って数時間だけだが、それでも、この人物の性格的に考えられた。
「おい、苦笑いするな」
「いてっ」
それを悟られた俺は、机の下から、マリア先生に蹴飛ばされる。
「やめてくださいよ」
「はんっ」
マリア先生は鼻を鳴らしながら、そっぽを向いて、カレーを口に運ぶ。
それにしても、本当に良い景色だ。一緒に仕事をするマリア先生も正確に難はありそうだが、楽しくなりそうだった。
………。
………………。
…………………………。
昼食後、テーブルから立ち上がり、マリア先生は先ほど座っていた執務机の椅子に座り、紙の資料をペラペラと読みだす。
マリア先生は緩やかに、仕事に向かった。
初めての仕事過ぎて、まったく分からない。しかし、やることはいっぱいありそうだ。片付けに洗濯、掃除とやることはある。
でも、まぁ、まずは、皿洗いから始めるか。
「よし」
自分自身に一声かけて、立ち上がった。




