彩雲の出会い
私の好きなような物語を作っていきたいです。
大体、1冊程度の文量で考えています。
現在、およそ前編まではストックがあります。この作品はどれだけ時間が経っても必ず完結したいと思っているので、最後まで付き合ってくださると嬉しいです。
これから前編が終了するまで、毎日19時に投稿していきたいと思います。
「2026年、7月28日、快晴。
本日、幾つかの臨床試験を行った。
実際に、開発した薬を実験参加者に服用してもらったが、脳細胞の復元は見られなかった。
また、薬理学を軸としたアプローチには、拒絶反応や免疫反応が見られ、多くの問題が残ると考えられる。よって、このアプローチでは治療は望めないと思う」
私は口に愛用の紙煙草を咥えながら、口にする。
視線の先には、果てしなく広がる夏の青空と、太陽を反射して輝く東京湾があった。
私はそれ取り留めもなく眺めながら、言葉を続ける。
「ただ、それも現段階という話であり、未来は分からない」
私はスマートフォンに言葉を刻む。
日課の声日記に、新たな1ページが刻まれていく。
もう、何年も続けている。
最初はオーソドックスな日記であったが、そのうち、毎日したためるのが億劫になり、現在の音声日記へと姿を変えた。
そこで、日記を辞めない私の継続力というものは、自分ながら、凄いと思う。
流石、天才の私だ。
「彼女に残された時間はあまりないが、依然として薬理学からのアプローチも続けていく所存である」
ふぅ、と一息つく。
日記は終わり、録音を終了しようとしたところで思い出し、終了ボタンを押す指を止める。
もう一つあった。
「そういえば、今日、私が源一郎先生に頼んでいた学生家政婦アルバイトが来る。
どんなやつが来るかは分からないが、生意気ではないことを祈る。以上」
それだけ言うと、録音を終了する。
スマホをポケットにしまい、煙草を大きく吸い込む。
「それにしても、今年の夏も暑い」
声に出すと同時に、煙草の煙を吐き出す。
紫煙が宙を漂い、目線の先にある東京湾に浮かぶ積乱雲のように膨張し、霧散する。
積乱雲を割るように、羽田から離陸した飛行機が奔った。
停滞した夏の青空に突風が吹き、雲を押し流すと同時に、背後から扉が開いた音がした。
私は振り返る。
そこにいたのは、件の学生であった。
その姿かたちは―――
#####
夏の日照りがモノレールの窓から、眼を焼く。
窓の外には、東京湾と共にある海浜エリアの光景が広がっていた。そして、その奥には東京のビル街があった。
モノレールの中は、キャリーバッグを持った男女やスーツ姿のビジネスマン、私服姿のおじいちゃんなど、数人がいた。割と閑散としていた。
やがて、モノレールは海に潜水するように、海底トンネルを行く。
まるで、近未来SFに出てくるような感じがして、一種のアトラクション気分を味わう事が出来る。悪くない。
「これから、毎日、これを使うのか」
独り言がこぼれる。自然とやる気が湧いてきた。
モノレールの窓側に座り、移り変わる景色を眺めていると、車内アナウンスが入り、目的の駅に到着する。
「ご乗車のモノレールをご利用くださいまして、ありがとうございます。
まもなく、整備場駅です。出口は右側です。お忘れ物にご注意ください」
俺は席から立ち上がり、降車する。
俺が現在、一人暮らししている二子玉川から東急大井町線で大井町にでると、東急臨海高速鉄道りんかい線で天王洲アイル駅に出る。そこから、東京モノレールに乗り換え、目的の整備場駅まで、大体1時間ほどだった。
「ふぅ、あっつ」
モノレールから出た途端、夏の茹だる様な熱が襲う。
一気に、汗が出てきた気がする。
俺は駅のプラットフォームから改札に移動し、駅を出る。
そのまま、スマホを起動し、送られてきた地図アプリを開き、確認しながら、目的の場所に向かった。
「はぁ」
そうれにしても暑い。辛すぎる。学生最後の夏休みが、こんなことになるなんて。
「これも全部、藤原先生のせいだ。
本当なら、今頃、家でクーラーをガンガンに効かせて、ゆっくりとしていたはずなのに」
俺に余計な仕事を押し付けた大学のゼミの先生の名前を口にする。
発端は7月21日、大学4年生前期のゼミ最後の授業だった。
就職活動のせいで、死ぬほど学業を疎かにしていた俺は、単位取得が危ぶまれた。おかげで、なんとか就職先は確保する事が出来たのだが、根本である卒業の危機に瀕したのだ。そこで、俺は恥を忍んで藤原先生に単位を頂けるように、直談判した。当然、断られると思っていたが、意外にも藤原先生は単位取得に意欲的であった。しかし、それには条件があった。それがーー
「夏だけの世界有数の科学者である御舟マリア先生のお手伝いか」
どうやら、その御舟マリアは、もともと藤原先生の教え子であったらしく、俺の直属の先輩になるという事だ。正直、まったく知らなかったのだが、お手伝いが決定した際に、少しネットなどで、調べてみたのだが、御舟マリアについての記事が国内外問わず、様々な記事が掲載されていた。その中の一つには、最もノーベル賞に近い科学者であるという記事もあった。
とにかく、御舟マリアは凄いらしい。
俺がそんな有名科学者である御舟マリア先生のお手伝いになった理由として、現在、非常に大きな研究に取り組んでいるらしく、日常生活をサポートしてくれるような存在を探していると藤原先生に持ち掛けたらしい。また、研究や実験に協力してもらう事もあるとのことなので、それが家政婦を雇わない理由であると言っていた。まぁ、やることは家政婦と同じようなことであるらしい。また、給料もかなり良く、それも数少ないモチベーションの一つになっていた。
そんなわけで、俺は今、御舟マリアがいる研究室へ向かっているのだ。
「…………」
みんみんみんと鳴くセミの大合唱を耳にしながら、時折、スマホの地図アプリの道を確認しながら行く。
新平和橋を渡り、東京港野鳥公園を超えると、目的の研究所は建っていた。
御舟研究所。
ガラス張りの長方体が水上に浮かんでいた。
全面がガラス張りのためか、海の水と太陽の光を反射し、青く光っていた。
俺は一瞬、圧倒されながらも、研究所に足を踏みいれる。
素早く開閉する自動ドアを通り、フロントへ行く。
白の大理石で出来た異様なまでに清潔なフロントが、眼に入る。
「涼しい~~」
冷気が汗でコーティングされている肌を冷やしていく。生き返る~~。
俺が涼んでいると、フロントで作業をしていたお姉さんは、俺の存在を視界に収めると、声を掛けてくる。
「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか?」
「ええっと、御舟マリア先生のお手伝い出来ました星野悠吾です」
「少々お待ちください」
お姉さんは、視線をパソコンに移し、カタカタ動かすと俺に戻す。
「はい、確認できました。こちらの名札を首からかけて、そちらの改札をお通りください」
「ありがとうございます」
「はい、頑張ってくださいね」
お姉さんに礼を言って、改札を行く。背後から、お姉さんの励ましを受けて。
研究所の中には、多くの白衣を着た大人の人がいた。
中央は吹き抜けになっており、建物の内壁に沿うように、複数の部屋が置かれていた。内装外装共に、空港をモデルに設計されているらしく、立体的に人が行き来できるようになっており、開放感もある。床などはタイルカーペットで、不思議と建物全体から温かみを感じられる。
「ええっと、どこだ?」
俺はエントランスを抜けて、すぐそばにあるマップの前に行く。御舟先生がいる特別研究室を探す。
「あった」
特別研究室は、5階の最上階にあった。
その他の研究室は「107」「219」のように、1や2の部分が階数になっており、07や19の部分が右手から順番にある部屋となっていることが分かった。通常は、そのように表記されているはずなのに、俺がこれから行く研究室は、番号で表記はされていない。それだけで、どれだけ、この研究所にて異質な存在か分かる。実際、5階には特別研究室以外に、部屋はなかった。御舟マリア専用エリアのようだ。もしかしたら、自室も兼ねているのかもしれない。
俺は近くにあったエレベーターに乗り込む。エレベーターの中身は白衣を着た大人で埋め尽くされており、その中に一人、汗だくのガキが紛れ込んでいるといった状態だった。
めちゃくちゃ居心地が悪かった。
そんな感想を抱きながら、エレベーターは2階、3階、4階と止まるたびに、少しずつ人が減っていき、5階に着くころには、俺一人となっていた。
「ふぅ、着いた」
慣れないビジネスフィールドとあって、たったエレベーターに乗るという行為すら、緊張する。
「それにしても、本当にここにあるのか?」
5階はそのほかの階に比べて、かなり閑散としていた。他の階では、かなりにぎやかであるため、隔離されているのかと思ってしまうほどだ。
少し、周囲に視線を遣ると、目的の研究室が目に入った。
「あった」
この閑散とした5階の中でも、さらに端っこにある特別研究室。
こぢんまりとした白い扉とその横に「特別研究室」と書かれた表札がかかっているのみだった。
まるで、腫物のように扱っていると言わんばかりの場所にある。
もしかして、御舟マリア先生って、ヤバいのだろうか。
そんな不安をいだきながらも、部屋をノックする。
しかし、返事はない。
もう一度、2,3回ノックする。しかし、またもや返事はない。
「おかしいな、いないのか?
この時間に来いって、書いてあるのだけど」
いくらノックしても返事がないことに、やきもきした俺は、勝手に扉を開けて部屋をのぞき込む。部屋は電気が点いておらず、明瞭に把握する事はかなわなかったが、薄闇の中でも、僅かに部屋の惨状を知る事が出来た。研究室の中は、服や紙の資料やらが散乱しており、中には下着も混じっていた。
どうやら、御舟先生は自活能力がゼロらしい
これは、大変面倒くさい仕事になりそうだ。
心の中で、呟く。
「君、なにしてるの?勝手には入っちゃだめよ」
声を掛けられる。
俺は急いで扉を閉め、声がした方に向き直る。
「すみません」
「いい、この研究所には沢山の重要な資料や情報があるから、勝手な事しては駄目よ?」
「はい、ごめんなさい」
素直に謝ると女研究員は頷く。
「それで、どうしたの?こんなところで?」
「あの、御舟先生って、どこにいるか分かりますか?
御舟先生と約束をしているのですが、いなくて」
「ああ、御舟先生は多分、屋上にいるわ」
「ありがとうございます。行ってみます」
「ああ!そこの階段からじゃないと屋上には行けないから!」
「了解です!」
元気よく、そう返して、歩き出す。
俺は屋上に続く階段を上る。
途中、色んなものが乱雑に放置されており、まるで高校の廊下のようだ。
数段、上ると扉が目に入る。俺は扉の取っ手に手をかけて捻り、扉を開く。
「うっ………」
扉を開けると同時に、突風が襲う。僅かに、目を閉じ、突風が止むと、目を開く。
そして、青一面の世界が広がっていた。
東京湾の青と夏の青空が混ざり合った世界に、白い飛行機がまっすぐに走る。
その中で、一人、美しい女性が海を眺めながら、煙草を吸っていた。
「あぁ、誰だ?」
女性が振り返る。
一目見て、分かった。
ホワイトブロンドをポニーテールにした30歳くらいの女性。
身長は180cmほどで、スラっと足が長く、コーカソイド特有の白い肌が眩しかった。御舟先生の出自を窺わせた。また、臀部や胸部の肉付きは、日本人離れしているものがあった。というか、西洋人離れもしている気がする。非常に魅力的だった。さらに、鼻梁はスッと通り、釣り目から、彼女の意思の強さを感じた。
思わず見とれ、硬直していた俺は、御舟先生の視界に俺が入り込んだと同時に、解かれる。
「誰だ、お前?
ここは、私の領土だ。よそ者が来るんじゃない」




