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海の外から戻り

「起きろよ~~」「おきてーー」「シスターが呼んでるぞ!」


 俺の穏やかな眠りは、唐突に崩れ去った。

 ぼやけた視界には、黒人や白人、はたまたアラブ系、ドラヴィダ系など様々な子供たちがいた。

 そうか、ここまだ孤児院だった。

 眠りから覚めてきて、昨夜の事情を思い出してきた。

 星空を見上げるなんて、感傷的な事をしていた俺は、少しして顔を出してきたシスタークレアの厚意で寝床を貸して一晩寝させて貰ったのだが。


「おっきろ!」「おきろ~~」「目覚ませ!」


 そして、寝させてもらっていたのだが、どうしてこんなことになった。

 貸してもらったベッドの上で子供たちが飛び跳ねている。

 恐らく、この孤児院の子供たちなのだろうが。


「こらこら、みなさん、客人に乱暴な真似をしてはいけませんよ」


 と、そこで、子供とは違う大人の声が耳に入る。

 俺と子供たちは声の先に視線を遣る。

 開かれた扉の前で、シスタークレアが立っていた。


「「「「は~~~い」」」」


 子供たちは、仲良く返事をして楽しそうに、シスタークレアの横から部屋を出ていった。

 俺とシスタークレアが残される。


「さ、星野さんも起きてください。みんなで朝食を摂りましょう」


 シスタークレアは苦笑いを浮かべながら、そういった。


 #####


 とりあえず、ベッドから起き上がり身だしなみを整えた俺は、案内されるがままに、教会を出た。

 そして、裏手へぐるっと回ると、そこには子供たちがいた。

 騒がしかった。

 みんな思い思いに自分の話したい事を話し、身体を動かす。

 正直、うるさかった。


「…………」


 朝から元気だな。

 そんなことを思いながら、ふと無意識に眺める。

 教会のそばに広がる緑色の丘と青空。

 大きな白いテーブルとイスを子供たちが囲み、白と水色のストライプ柄のパラソルが影を作る。

 まるで映画の世界に迷い込んでしまったかのような非現実感だ。

 端的に言うと、おしゃれすぎるだろ。


「やっときましたね。

 さ、ここに座ってください」


 シスタークレアは、表から現れた俺に気付くとこちらに近づいてくると手を引いて椅子に座らせる。


「あっ、ありがとうございます」


 戸惑いながら、感謝を述べる。

 正直、訳も分からずここまで来てしまったが、さすがに察してきた。


「さぁさぁ、みなさん座ってください。

 朝食にしましょう」


 シスタークレアは手を叩き、騒がしい子供達の注目を集める。

 一発で静かになる。

 さすが、何十年も子供と生活を共にしているだけあり、扱い方は手慣れていた。


「さ、みなさん、祈りをささげてください」


 すると、さきほどまでの騒がしかった子供たちが嘘であるかのように静かに厳粛に祈りを捧げだす。

 その姿と思いには、人種も性別も超えた何かがあった。


「………」


 俺も遅れて、祈りを捧げる。

 信仰する神は違い、祈りの形式も違うけれど、それでも意味はあると感じた。

 ……………。

 …………………。

 ……………………………。


「はい、それでは頂きましょうか」


 シスタークレアの言葉で、子供たちは元気を取り戻したかのように、目の前の食事に手を伸ばす。

 サラダやスクランブルエッグ、トーストにミルクなど、様々な料理が物凄いスピードで消費されて行く。

 さすが、育ち盛りの子供だ。

 俺も負けてはいられない。

 そう思い、俺も遠慮なく食事に手を伸ばす。


「うまいっ!」


 口に含んだチーズは酸味と乳の濃厚さを含んでいる。

 味が濃くて美味しい。


「ふふふっ」


 食事を堪能していると、隣に座るシスタークレアが何やら微笑みを浮かべていた。


「―――?」


 唐突に笑い出したシスタークレアに疑問符を浮かべていると、シスタークレアは手を振りながら答える。


「ごめんなさいね。笑ってしまって。あなたがあまりにも美味しそうに食べてくれるから。

 振る舞った甲斐があったわ」


 そう思ってくれたのならば頂く者としては、これ以上ない感謝を告げられたのではないだろうか。


「ありがとうございます。

 それにしても、すごいですね。

 こんなにも沢山の食事をどうやって準備しているんですか?」


 シスタークレアは自慢気な顔で答える。


「それは勿論、私が料理しているわ。凄いでしょ?」

「ええ、本当に。生半可な気持ちや体力では出来ませんよ」

「フフッ、そうでしょう。でも、これらの食材は地域の農家さんが寄付してくださっているの」

「へぇ~。地域全体でこの孤児院は運営されているんですね」

「そうなの。そして、私はそれが凄く誇らしいわ。

 私が住む町は身寄りのない子供達へ救いの手を差し伸べられる人たちが多くいて、それを当たり前だと思っていることが嬉しいわ」


 そう言って、慈愛に満ちた目を子供たちに向ける。

 その様は、まさに神に仕え人々と共に生きる信仰者のまなざしだった。

 シスタークレアと話していると、傍らから声を掛けられる。


「Where did you come from??」


 興味津々といった様子で、女の子が尋ねてくる。

 おそらく、どこから来たの?と言っているのだろう。

 勿論英語であったが、簡単な単語だったので言っていることは分かった。


「あ~~I am from Japan」

「oh, really? Good」



 拙い発音で喋ると、女の子は「こいつあまり喋れなさそうだな」といった顔を浮かべて、どこか行ってしまった。


「…………嘘だろ」


 いま、一瞬にして子供が興味から無関心へと変わる様を見た。

 好奇心旺盛な子供がそんなことある!そんなに、俺面白くなかったかな。

 心の中で絶望していると、やはりというべきかシスタークレアが話しかけてきてくれた。


「ふふふ、あまり気にしてはいけませんよ。

 子供の心はコロコロと変わるものですからね」

「すみません。ありがとうございます」


 最早、シスタークレアが殆ど傍についてくれていた。

 まぁ、言葉が通じるのはシスタークレアだけなのだから、当たり前と言えば当たり前だが、少し申し訳なかった。


「そういえば、ずっと思っていたんですけど、なんで日本語をしゃべれるんですか?」


 シスタークレアの日本語は完璧だ。

 ほとんど、ネイティブレベルと言えるだろう。どこで、ここまで流暢な日本語を学んだのだろうか。日本語なんて、別に学ぶ優先順位が高いような言語だとは思わないが。


「ああ、私の日本語は基本独学ですよ」

「えっ、そうなんですか?」


 驚いた。

 まさか、独学だとは。この人も頭いいんだな。


「実はマリアの母親は日本人だったんですよ?」

「あっ、そうなんですか?知らなかった。まさか、マリア先生がハーフだったなんて」

「まぁ、マリアはかなり父親にですからね。分からないのは無理もないと思います」

「へぇ~~、じゃあ、マリア先生に教えてもらったんですか?」

「はい。といっても、最初の平仮名の発音だけですけどね」


 そう言ってシスタークレアが胸を張る。

 彼女は以外にも負けず嫌いであるのかもしれない。


「この孤児院に来た当初、マリアは本当に心を閉ざしていましてね。

 誰とも言葉すら交わそうとしませんでした。

 流石に、それは良くないと思って、マリアの心を開く作戦として日本語を学ぶことにしたのです」


 つまりは、マリア先生が好きであろう母親の言葉を学ぶことで、親近感を抱いて貰おうとしたのか。


「それ、成功したんですか?」


 マリア先生の心の傷を思うと、そんな簡単な事で心を開くような気がしないのだが。


「ええ、相変わらず仏頂面でしたが少しは話してくれるようになりましたよ」


 おい、マジかよ。意外とチョロいな。

 もっと、馴れあわないタイプだと思っていたぞ。


「まぁ、依然として私としか話してはくれませんでしたけどね」

「ははは……そうですか」


 全く笑えなかった。

 そんなこんなで、穏やかで心地良い朝食は終わりに向かっていった。



 #####


「ありがとうございました。

 こんな、意味わからないような奴にマリア先生の事を話してくださって。

 それに、宿泊までさせてもらって」

「ふふふっ、良いのよ。

 それに、決して訳わからない奴ではないわ。

 あなたはマリアの大切な人なのでしょう。ならば、私の大切な人でもあるわ」


 少し照れながら、頭を下げる。

 そして、今後の展望を語る。


「とりあえずは、これから日本に帰ってマリアのお墓に行こうと思います。

 そうだ。今度、シスタークレアにもマリアの墓の住所を送りますね。ぜひ、来てください」

「そうね。一度時間が出来たら行ってみようかしら」


 口元にシワと共に小さな笑みを浮かべる。


「それでは」

「ちょっと、待って」


 俺はそれを見届けて、バス停まで歩き出そうとしたところで、思いもよらず呼び止められる。


「え?」

「そういえば、今思い出したことがあるの。

 ちょっと、ここで待っていてくれないかしら」


 シスタークレアはそれだけ言うと、孤児院の奥に引っ込んでしまう。

 俺は唐突な出来事に、ポカンと呆気に取られてしまう。

 そうして、その場で数分待っていると、戻ってきた。

 心なしか服が少し汚れている気がするが、何をしていたのだろうか。


「これを」


 シスタークレアは手に持っていた手紙を俺に渡す。


「なんですか?これ?」

「それは、タイムマシーンよ」

「はっ?え?」

「ああ、その手紙がタイムマシーンという事ではなくて、その手紙にタイムマシーンの在処が書いてあるわ」

「いや、はっ?ええ?」


 言葉が飲み込めない!

 はっ、ええ?あん?

 タイムマシーンって、SFとかでよくあるやつか?

 なんで?急に?


「実は一度だけマリアがタイムマシーンを作ったことを聞いたことがあるのよ。

 恐らく思わず完成してしまい、嬉しくて誰かに聞いてほしかったのでしょうね。ポロリと漏らしてしまったのだと思うわ。

 それを私は偶然耳にして、覚えていたのよ」

「ちなみにそれって、いつ頃の話ですか?」

「う~~ん、10年前くらいではないかしら」


 この人、記憶力いいな。

 密かに感じていたけど、この人もかなり頭がいいような気がする。


「その手紙には、タイムマシーンの居場所があるわ。

 もし、まだ何か諦めきれないものがあるのならば、それを使う事も一つ視野に入れて考えてみて頂戴。

 でも、絶対に忘れないで。過去を変えるという事は、その先の未来をすべて変えるということであり、失敗は許されない。時を渡り、過去を変えるという無法をするという事は、そう言う事だと思うわ」


 何の信念も思いも、考えもなく、無思慮に使おうとしていた自分が恥ずかしい。

 シスタークレアの言葉は全面的に同意だ。


「………はい。よく考えさせてもらおうと思います。

 それでは、ありがとうございました」


 俺はそういって、頭を下げる。

 そして今度こそ、孤児院を後にした。


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