伝えるために
行きと同じく、バスを乗り継いでボストンまで向かった。
正直、もっとボストン観光をしたいという思いはあったが、それよりも今は日本に帰りたかった。
願わくは、再度ボストンを訪れる機会があれば、堪能したいと思った。
ボストンで遊びすぎて、俺が乗る便に乗り遅れてもしょうがないと思い、ボストンの空港で適当に時間を潰す。
夕方のフライトまで、まだまだ時間があるため軽食コーナーでサンドイッチと珈琲を口にしながら考えていた。
「俺はマリア先生に何を出来る?」
その疑問がずっと頭にこびりついて、離れない。
ボストンまで足を運び、マリア先生の過去を知った。でも、それは表面的な経歴の話であって、マリア先生が感じてきた事や考えてきたことは依然として、知らないままだ。
それを知らずして、俺はマリア先生に何が出来る?
「何も出来るはずがない」
だって、投げかける言葉すら薄っぺらくなってしまう。
「…………………」
だから、俺は何もすべきではなくて、粛々と現実を受け入れるべきなのかもしれない。
実際に、多くの人がそうやって大切な人を無くしても受け入れているのだから。
それが正しいことのはずだ。
「……………………………」
でも、一つだけ納得いかないことがあった。
それは、簡単に自分の命を投げ出してしまえたことだ。
どんな契約があろうとも、自分の命を簡単に投げ出してほしくはなかった。
「もしかしたら」
マリア先生の心を一発で救えるような言葉なんか持っていなくても、良いのかもしれない。
ただ、俺が思っている自分勝手な言葉を投げかければいいのかもしれない。
「……よし」
覚悟を決めた。俺が日本に帰ってする事が決まった。
そうと決まれば、後は動き出すだけだ。
そうして、俺は席を立つ。
急いで残りのサンドイッチと珈琲を流し込み、搭乗口へと歩き出した。
#####
日本へと帰国してすぐに、俺は源一郎先生に電話して約束を取り付けてもらった。
マリア先生を救えるかもしれない。
そんな算段が付いても、さすがに一人で実行するには勝率が低すぎる。
流石に、誰かしらの協力者が必要だろう。
そして、マリア先生とその事情を知る人物といえば、源一郎先生が最適なのではないだろうか。
「わざわざ時間を作ってくださり、ありがとうございます」
そう言って、対面に座る源一郎先生に頭を下げる。
ここは、俺が通う大学にある藤原先生の研究室。
机には分厚い本や資料が山積みになっていた。勉強熱心な一面が具現化しているようだ。
「いやいや、生徒のために時間を作るのなんて教師として当たり前なのだから、気にしなくていいよ」
源一郎先生は優雅に紅茶を飲みながら言った。
勿論、紅茶は源一郎先生だけでなく、俺にも出されている。しかし、正直、手を付けられるような心境ではなかった。
緊張する。
俺の提案に乗ってくれるかは、分からない。
一蹴される可能性だってある。そうなってしまえば、マリア先生を救う道は大きく遠のくのだ。
「それで、今日は何用でここまで来たのかな?」
早速、本題へと入る。
ガタガタと言葉を飾っても意味はない。
そう思い、単刀直入に切り出す。
「実は、マリア先生を助けられるかもしれないんです」
……………。
………………………。
……………………………………。
そうして、1時間が経った。
とりあえず、ここ数日の事を源一郎先生に話した。マリア先生の過去の話などは、所々ボカシながらも、その過酷な生活や生い立ちも包み隠さず伝えた。
「……………ふむ、事情は分かった」
一通り話終えたところで、源一郎先生は感情を窺わせない無表情で頷いた。
「それで?君は私に何をしてほしいんだい?」
「何をしてほしいって、力を貸してほしいです」
「それは具体的に何を指しているんだい?
確かに私は君に力を貸すことは吝かではない。だからと言って、死んだマリア君を過去に戻って救うという考え方には否定的なのだよ。
過去を変えるという事は、現在を変え未来を変える。その影響は、多くの人間に影響を与える。究極的にいえば、今の自分を殺すという事でもあると思うんだ。
そして、情けない話だが私は決して、そんな大それた責任を持つことは出来ない。
だから、ほんの少し君に力を貸すだけ。そうして、私は責任を負わない。
どうだい?私に失望したかな?」
「………いえ、逆にほっとしました」
「ほっとした?」
怪訝そうに聞き返される。
「だって、何もなく了解される方が怖いですから」
「そりゃそうだ。
無料程怖いものがないように、理由のない協力は怖いか」
「はい。まぁ、源一郎先生の場合、理由がないことはないでしょうけど」
俺なんかよりも、マリア先生との関りは断然長いのだから。
しかし、かといって、俺の気持ちが源一郎先生に負けているとは思わないけど。
「それじゃあ、君はどうするんだい?
このまま、私を説得するのを諦めるのかな?」
「………」
少し考えて、答える。
「やはり、源一郎先生は必要です。
俺が過去に行くためには、絶対重要だと思います」
そこで一度区切り、自分の中で言葉を探す。
そして、思いの外すぐに見つかった。
「俺はただ、マリア先生に伝えたいんです」
「………何を?」
「人間の価値を伝えたいんです」
それは、マリア先生が死んで疑問に思い、ボストンに行き確信したこと。
それを伝えたい。
源一郎先生と視線が交錯する。
数十秒。
短く長い時間が流れ、源一郎先生が口火を切る。
「……………はぁ、分かったよ。ちょっと、待っていなさい」
源一郎先生は、そう言って立ち上がり執務机と移ると、PCに何やら文字を書き出す。
俺はそれをただ、黙って眺める。
やがて書き終えたのか執務机から離れ、俺のところまでくる。
俺は急いで立ち上がる。
「やはり、私は一緒についていくことは出来ない。
それでも、これがあれば少しでも役に立つことが出来ると思う」
源一郎先生がそう言ったところで、俺のスマホがピコンと震える。
俺はポケットからスマホを取り出すと、ホーム画面の通知からチャットアプリを開く。
このチャットアプリは、ゼミで使用しているお馴染みのアプリだった。
「これは………」
「そこには、タイムマシンの使用方法が書かれている」
「なんで、知っているんですか?」
「実は、タイムマシンの制作には私も少しだけ噛ませてもらっていてね。簡単になら使えるんだよ」
まさか、源一郎先生も関係していたとは。
ちょっと、自信満々にタイムマシンの存在を明かした自分が恥ずかしい。
「すみません。ありがとうございます」
俺はスマホを握りしめて、勢いよく頭を下げる。
「いや、私の方こそ、素直に力を貸すことが出来なくて申し訳ないね。
歳をとると言葉を飾りすぎて、単純な心を隠してしまう。
そして、それが分かっていながら、それでも直さずに立ち止まっている。
本当に、駄目だよね」
源一郎先生は苦笑しながら言う。
俺はそれに何て答えればいいか分からなかった。
続けて――
「ちなみに、君はタイムマシンの在処に検討はついているのかね?」
「はい、一応は」
俺は力強く頷く。
「そうか、なら良い。私の方から特にいう事はない。あとは頑張れ」
源一郎先生の激励。
単純ながらも、非常に勇気づけられる言葉だった。
「それでは、ありがとうございました」
頭を下げて、研究室を出た。
まだまだ、やることはいっぱいだ。
次の予定場所へと移動した。
#####
次に大学から、市ヶ谷へと移動した。
途中の電車で源一郎先生から貰った『タイムマシンのトリセツ』を読みながら、理解を深めているうちに、目的の駅へとついていた。
「まだまだ、アッツイな」
コンクリートジャングルの夏は、ジメジメとした熱気が漂っており、まるで状態異常かのように俺のHPを削りやがる。
「…………」
市ヶ谷の思い出と言えば、就活の際に何度か来た程度で、特に思い入れはなかった。
まぁ、当たり前と言えば当たり前だ。
市ヶ谷なんて、オフィスビルが立ち並ぶ大人の街で、ガキが行くような場所ではないのだから。
そんな事を考えながら目的の喫茶店に入店する。
この喫茶店に、マリア先生を救うための最後の協力者が待っている。
「いらっしゃいませ」
店員の挨拶に軽く頭を下げて、目的の人物を探すために店内を一望する。
店内の人間の中で、一際背の高い人物が目を引く。
俺はその人物の元へ向かう。
「やあ、待っていたよ。
まさか、君の方から私を呼びつけるとは思わなんだ」
果たしてその人物とは、葉山優一。
国のためにはたらく官僚であった。
この人物とは研究所で一度しか会ったことはないが、それでもかなり印象に残っていた。
「こんにちは」
俺は挨拶して、葉山の対面に座る。
すると、すぐに店員が俺たちの卓に来て注文を尋ねる。
とにかく話を進めたい俺は適当にコーヒーを頼み、言い方は悪いが店員を追いやる。
「今日はここまで来てくださり、ありがとうございます」
とりあえず前置きとして感謝を述べる。
「いいよ、気にしないでくれ。
それより、こう見えて私は忙しい身の上でね。次の予定も迫っているんだ。
早めに本題を頼むよ」
そういうと、アイスコーヒーを口に含む。
色々と雑談をしてから本題に入ろうかと思っていたが、あちらの方から先を促してくれるのはありがたかった。
「分かりました。
それでは単刀直入に言いますと、マリア先生を助けるために、俺に力を貸してください」
俺は頭を下げる。
葉山がどんな表情を浮かべているかは分からなかったが、微かに息を飲む音がした。
「何が何だか、分からない。とりあえず頭を上げてくれ」
俺は頭を上げる。
そうして初めて葉山の表情を知る事が出来た。
それは俺の予想とは大きく異なるものだった。
困惑でも呆れでも怒りでもなく、微笑みを浮かべていた。
「はぁ、全く予想外だよ。
君はもっと冷淡で、冷めた人物だと思っていたが、そんなことはなかったね。
それどころかアツい男だ」
葉山は先に注文していたイチゴオレを口にする。
「実は話は聞いていてね。少しは知っているんだが……。
本当に、助ける気があるんだね?
ハッキリ言って、無謀だと思うが」
「それでもです。少しでも可能性があるのなら、俺はそれに懸けたい。
それに、やっぱり俺は諦めたくないんです」
「……………」
俺と葉山の間を沈黙が支配する。
お店の空調と他の客の談笑が時折、耳に入るのみであった。
そうして数秒が経ち、返答があった。
「良いよ。力を貸すよ」
「軽っ!?めちゃくちゃ軽いですね!
俺まだ何するか、言っていませんよね。
俺が言うのもなんですけど、そんな気軽に承諾してしまって良いんですか?」
「ん?ああ、いいよ。いいよ」
軽いっていうか、面倒くさそうなんですけど……。
ま、いいか。本人が良いって、言ってるんだし。
「ちなみに、葉山さんには深夜に御舟研究所に侵入するのを手伝ってもらいます」
「ガッツリ犯罪だね。
どうせ僕に力を貸してほしいことなんて、そんなものだろうと思っていたけど」
若干不貞腐れたような雰囲気を放ちながら、無視して詳細を話した。
「よし、分かった。
それじゃあ、決行日にまた会おう」
そういって、葉山は席を立ち上がり店を出ていった。




