葬儀
一人、自身の部屋で寝込んでいた。
理由は、昨日のマリア先生からのメール。
俺は唐突に、解雇されてしまったのだ。それは、俺が告白して気まずくなったからなのか、それとも別の理由があるのかは分からなかったが、それでも事実俺は解雇された。
その現実に押しつぶされそうになっていた。
―――「好きです」
もう、何度もあの時の告白を思い出し、布団の中で身もだえる。
「うぅ〜〜〜」
昨日から、恥ずかしさと悲しさでぐちゃぐちゃの感情になっていた。
あの後、一人取り残された俺はショックで、どうやって帰ってきたのかも覚えていなかった。
「くそ~~なんでだよ~。
急に解雇するまでしなくていいじゃないかよぅ」
情けなく、ベッドに叫ぶ。曇った声が部屋に響くが、それも外の雨音でかき消される。
今日は生憎と、雨であった。
夏もそろそろ終わり、秋へと移ろいゆく。その為の通り雨であるようだ。
「あああああ~~~」
また、ベッドに向かって叫ぶ。
もう、自分でも何やっているのだと思う。あほすぎる。でも、心は病んでいるから、力が湧いてこないのだ。つまりは無気力なのだ。だから、どうする事も出来ないのだ。
そうして無為な時間を過ごしていると、唐突にインターホンが鳴らされた。
「ピンポーン」
身体がだるく、無気力で、何のやる気も出ない俺は、ベッドから抜け出すことも億劫で、だから、居留守を使う事にした。
しかし――
「ピンポーン」
「ピンポーン」
2,3回居留守を使っても、訪問者は全く去る気配がなかった。
「ピンポーン」
そして、4度目で、さすがに俺の方が根負けした。
「誰だよ。居留守しているのが分からないのかよ」
愚痴りながら、ベッドから立ち上がり扉まで向かう。
「は~~い、今出ます」
声が若干、不機嫌であっても許してほしい。それだけ、俺も疲れているのだ。主にメンタルが。
「はい、どなたでしょうか?」
尋ねながら、扉を開ける。
果たして、そこに立っていたのは、源一郎先生だった。
まさかの人物。意外な人物の訪問に驚く。だって、大学のゼミの教授が自分の家に訪ねてきたのだ。驚かない方がおかしい。確かに、ゼミの教授は大学の中で最も距離の近い人物であることに間違いはないが、それでも家に来るまでの中ではないはずだ。
その異様さが何か不安を掻き立てる。
「どうしたんですか?」
気怠さなんてものは消し飛び、恐る恐る尋ねる。
「マリア君が死んだ」
単刀直入に、意味不明な事を告げられた。
「………え?」
だからか、あまりにも情けない言葉が口を突いて出る。
質の悪い冗談?
一瞬そう思ったが、すぐにその考えを捨てる。
そんなわけがない。源一郎先生はそんな馬鹿ないたずらをする人じゃない。
それに、冗談にしては演技が迫真すぎる。もし、演技であったのなら、教授はやめて俳優になる事をオススメするだろう。
「信じられないとは思うが、本当の事だ。
マリア君が今日の朝、死んでいるのが養父によって発見された」
「そっ、そんな、なんで?」
理由を尋ねる。
なぜ、マリア先生が死ななければいけないのか。
だって、ここ数日、いつも通りマリア先生と顔を合わせていたが、何もなかった。普通だった。良くも悪くも、いつものコミュニケーションを取っていた。
確かに、研究が打ち切られたことにより落ち込んでいたが、それでも、所詮は常人の域を出ていなかったはずだ!
しかし、帰ってきたものは、すげない答えだった。
「すまない。今の君には答えられない。申し訳ないが、受け止めてくれ」
源一郎先生は、顔を俯かせながら言う。
俺は一瞬だけ怒りが込み上げてきたが、それを周囲にまき散らし、無為に当たり散らかすことは意味がないと霧散する。
とびかかる気力もなく、ただその場で膝から崩れ落ちるのみだった。
「すぐにマリア君の葬儀が行われる予定だ。
君にも参列してほしいと思っている。
マリア君との関係は、ひと夏の物だけだったかもしれないが、それでもマリア君は君とのことを楽しそうに笑って語っていたんだ。マリア君にとって、君は唯一無二であったと思う。
だから、マリア君も君に天国へと送られたいんじゃないかと思っている。
詳しい日程は決まり次第送るよ」
源一郎先生は、「それじゃあ」といって、去っていった。
俺はそんな言葉よりも、ただただ過去形であることが、どうしようもなく悲しかった。
#####
マリア先生の死を告げられてから数日、葬儀は早急に執り行われた。
関係者のみのごく少人数で、聖蹟桜ヶ丘にあるひっそりとした場所に手西洋式の葬儀であった。参列者の中には、源一郎先生のほかに、官僚の葉山や研究所で見知った者たちも数人おり、あとは知らない大人たちばかりであった。あまり、マリア先生と同じような年齢の女性がいないことから、「マリア先生って、本当に友達いなかったんだな」と雰囲気にそぐわず、思っていた。
「………………」
筒がなく葬儀が行われ、埋葬の段階へと入る。
今では、土葬が主な西洋式の葬儀でも火葬をするらしく、マリア先生は早々に燃やされ灰へと変わってしまった。
「そうでは御舟マリアさんに、各々の形でお別れを告げてください」
神父さんの声が広い霊園に注がれる。
空はどんよりとした曇天であった。雨が降っていないだけマシなのかもしれない。
「…………………」
周囲に視線を遣れば、皆は俯き、黙とうをささげていた。
俺はそれを見て、唐突に怖くなった。体温が急激に低下したような気さえし、寒気がする。
両の足で立つ地面が一瞬にして崩れ落ちるのではないかという幻覚すら感じる。
「はぁはぁはぁはぁ」
そして、それに気づいてしまえば、知らないふりなんて出来ない。
必死に目をそらし続けて、心を凍らせていたこと。マリア先生は死んだのだという事実に。
「ムリだ。受け入れるなんて」
小声でつぶやくと俺は身を翻して、走り出していた。
背後に、来たことのある様な声が俺を呼び止めていた気がするが、そんな制止を振り切って走った。
「ハッハッハッ」
残夏のどんよりとした空気が俺の肺を重りのように鈍くする。
それでも、心がまだ 走り続けろと訴えていた。
そうして、どれだけ走り続けていただろうか。
気づけば、研究所の元まで来ていた。
俺とマリア先生が出会った場所であり、繋がりの場所だった。
俺は、ただ何も考えず、研究所に足を踏み入れた。受付の人は、俺をチラリと見ると特に何も言わずに、俺を素通りさせた。
何事もなく、研究所に入ることができた。
俺は殆ど無意識に無感情に、まるで帰巣本能でも発動してるかのように、特別研究室に向かった。
「………………」
扉の前に立つ。
俺は何故だか、少し希望を抱いてしまった。
もしかしたら、あの葬儀は壮大なドッキリで、今もいつもの椅子に座ってタバコを吸いながら、資料でも読んでいるのではないか。そんな儚い希望を持ってしまう。
そして、扉を開け部屋に入る。
「……………………」
静寂が広がっているだけだった。
散らかった衣類や洗われずに入れ食器、床に散らばった書類。
いつも通りの光景。その中で、マリア先生だけがいない。
まざまざと死を見せつけられた感慨を抱く。
「うっ、ぐっああああああ、う」
膝から崩れ落ちながら、死を告げられてから初めて涙を流した。
マリア先生は、もうこの世界にはいないのだと実感した。
#####
気づけば日が傾き、夕方になっていた。
昨日の今頃は、二人でベンチに座り、夕陽を眺めながらお話をしていた。
「酷い落差だ」
自嘲気味に笑う。
「………笑えねぇよ。クソっ」
一度、床を強く叩く。
ゴンッという音がし、自分の手がジンジンと痛くなるだけで何も気は晴れなかった。
変わり映えのしない床で埋め尽くされた視界に、誰かの足が入りこむ。
俺はほとんど条件反射で仰ぐ。
そこには、俺とマリア先生を引き合わせた張本人である源一郎先生がいた。
「荒んでいますね。無理もない。マリア君が死んでしまったのだから」
憐みの目で俺を見下ろしていた。
「……………何しに来たんですか?」
ここに来た理由を尋ねる。
源一郎先生には、この場所は何の所縁もないはずだ。
正直、この場所に誰かが来てほしくはなかった。
「君を探していたんですよ」
俺を?なぜ?なんで、源一郎先生が俺を探す必要があるんだ?
ぼんやりとした頭に、そんな疑問が浮かび上がる。
「…………」
「星野君、御舟マリアの真実を知りたくはありませんか?」
源一郎先生に告げられた言葉で、身体がピクリと震える。
俺には知らない何かを知っているようだ。
「………………」
しかし、真実なんてどうでも良かった。
そんな事よりも、例え過去の話・人伝いの話であろうとも、まだマリア先生を感じられる気がして、断る選択肢はなかった。
だからーー
「―――教えてください。マリア先生のことを」
方針が生まれた事で、無気力で空っぽだった俺の心に灯がともった。
源一郎先生は真剣な表情で頷くと、とある提案をしてきた。
「場所を移そう。これから話すことを考えれば、ここでは不都合だ」
「分かりました」
特に反抗する理由も無い俺は立ち上がり、先導する源一郎先生の後を追った。
#####
源一郎先生の背を追って、数分が経つ。
特別研究室を出て研究所を出た俺は、源一郎先生に導かれるままに、歩いて気付けば海浜公園にたどり着いていた。
広く遮るもののない煉瓦造りの広場とその彼方には穏やかな海が広がっている。
どこにでもある様な至って普通の海浜公園であった。
「ここら辺がいいかな」
そういて、近くのベンチに源一郎先生は座る。
俺もそれに倣い、隣に座る。
視線の先には、海に沈む太陽とバトンタッチするかのように顔を表す月が浮かんでいた。
「星野君は、どこまで知っているのかな」
早速、本題を尋ねられる。
いささか急な気もするが、俺的にも今ここで雑談に興じるほどの余裕はない為、ありがたかった。
「ほとんど知らないと思います」
自分で言っていて、悲しくなる。
俺はマリア先生とは、いい関係を構築できていると思っていた。しかし、それは自惚れに過ぎなかったのだ。
自分で思ってはいたが、俺はマリア先生の事を何も知らないのだ。
「そうか…………しょうがない。マリア君はあまり自分の事を話すのが得意ではないからね。君が気に病む必要はないよ」
源一郎先生は慰めてくれる。
それは心からの言葉であると理解しているが、それでも、そんな言葉に今の俺は何も響かなかった。
「ありがとうございます」
それに対して、俺は空虚な言葉で返すしかなく、どうしようもないほどに子供だった。
「まぁ、君が知らないというならば初めから話そう。
といっても、手間は取らせないよ。そう複雑な話ではないからね。どちらかと言えば、単純な話さ。しかし、まぁ、だからこそ重くはあるのかもしれないけどね」
そういった源一郎先生に頷きを返す。




