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マリア先生との朝

「ふわ~~あ」

 欠伸を噛み殺しながら、東京モノレールの窓から海を見る。

 太陽の光を反射して、きらきら光る海面と、海に同化する雲一つない快晴が眩しかった。その景色を見ているだけで、気分が高揚する。

 朝早いこともあって、車内には数人しかいないことも、気分高揚に一役買っている。


「あっ、飛行機雲」


 先ほどまで、青一色のキャンパスであった空に、横一線に白い線が引かれる。

 その光景を最後に、モノレールはトンネルに入った。

 そろそろ、整備場駅に着くということもあり、窓の景色ばかりに意識を割いてはいられない。

 数十秒、トンネル内を走り、地上に出ると、すぐに整備場駅へと到着した。


「まもなく、整備場駅、整備場駅です」


 アナウンスを耳にしながら、降車した。

 モノレールが羽田空港に行くのを見送りながら、階段を降り、改札を超える。

 相変わらず、非常に暑いのだが、時折、海から吹く風が心地よかった。

 ガタガタのアスファルト道を多くのトラックが通っていく。運転手が、「なぜ、こんなところにガキが?」といったような目で見てくるが、その興味も数秒後には消失する。どうせ、もう会う事はないのだから。


「おっ、こんなところにある」


 研究所に行く途中で、喫茶店を発見した。

 物流・産業の拠点であるこのエリアに、およそ、似合わないコーヒー屋さん。


 ――喫茶ウィーネ


「何が売っているのだろうか?」


 飲食業には適さないだろう、この土地で、このお店には何があるのだろうか?

 中はどんなものが売っているのか?

 よし、何か買って、朝ごはんの一つのメニューにしよう。

 そう決めて、俺は店に向かった。

 好奇心に誘われて入店する。

 ちりん、ちりん。

 入店を知らせる鈴の音が鳴る。


「お~」


 小さく驚嘆する。

 入店して、正面にカウンターがあり、右手側には椅子と机が壁に沿って並ぶ。

 煉瓦造りの内壁に、大理石で出来た机や質のよさそうな木で出来た椅子、数点壁に掛けられている空の写真や飛行機の写真が、この土地柄を物語っていて、非常に魅力的であった。また、窓が少なない為、外からの光が入り辛く、薄暗い店内を照らすのは、ユニークな形を下デザイナーズシャンデリアの温かい光であった。

 決して、チェーンの喫茶店と変わらない内装や装飾、家具が置いてある。しかし、一つ一つが上品であり、この店の品位を物語るようであった。


「いらっしゃいませ。

 あら、珍しいお客さんね」


 司会の外から、落ち着いた大人の女性の声がかけられる。

 声の先に視線を移動させる。そこには、店長らしきオリーブ色のエプロンをかけた女性がいた。

 女性は非常に整った容姿をしていた。

 一切の無駄のない鼻筋とフェイスラインに、小さい鼻と口、大きな目につんと上を向く目じり、髪の毛は黒髪ストレートで、めちゃくちゃ綺麗だ。


「学生さん?」


 見た目から受ける近寄りがたい印象に反して、非常にフランクな様子であった。

 何だ、この人!?美人過ぎるだろ!

 美人な上に、身長は160cmほどで、ともすれば可愛い印象も受ける。完璧美人であった。


「はい。昨日から、あそこの御舟研究所というところで、アルバイト的なものを始まりまして」

「えっ?御舟鋼業って、あの?日本一の財閥の?」

「あっ、はい」


 お姉さんのコミュ力に圧倒されて、キョドってしまった。

 まるで、オタクがギャルに、初めて話しかけられているみたいになっていて恥ずかしい。

 一応、補足しておくと、実際はそんなことはない。女性とは普通に喋れるが、このお姉さんは別だ。正直、きれいすぎて、圧倒されている。


「へ~~、凄いね。じゃあ、未来のエリート候補だ。

 今のうちに、メロメロにしておこうかな」


 そういって、ニコッと笑った。

 危ない。非常に、危ない。

 もし、先にマリア先生に会っていなければ、絶対に俺は惚れていた自身がある。惚れて、毎日、通って、破産していただろう。


「ああ、ごめんなさい。困らせちゃったわね。

 どうぞ、見ていって。この通り暇だから」


 確かに、店内には一人も客がいない。

 店の雰囲気や店員の接客は決して悪くないが、いかんせん、立地が悪すぎるのだろう。中々、客が入りづらく、経営が大変そうだ。ただ、まぁ、これからは違う。俺が支えていくからだ。


「ありがとうございます」


 そういって、メニュー表を眺める。

 幅広くメニューを取り扱っていた。

 珈琲だけでなく、スムージーやソフトドリンク、サンドイッチから、ワッフル、なぜか、卵かけご飯もあった。

 正直、種類がありすぎて、何を選べばいいか分からない。

 どれも、別においしそうだ。

 う~~ん、どれにしようか。

 静かに、悩んでいると、それを察したお姉さんは、声を掛けてくれる。


「これとか、おすすめだよ」


 そういって、指をさしたのは、アイスコーヒーとアップルパイであった。


「へぇ~~そうなんですか?」

「ええ。これに使ってる。コーヒー豆は、私が契約しているエチオピアの農場のもので、1ヵ月前に、買い付けしたばかりだから、まだまだ、新鮮なのよ。それとこっちのアップルパイで使われているリンゴは、青森で生産されている林王っていう品種のもので、糖度が高くて有名なのよ~」


 どちらも、料理の元になる食材に非常にこだわっている事を知った。

 確かに、今の解説を受けて、美味しそうだと感じた。

 ここは、素直におすすめされたものを買おう。


「わかりました。それじゃあ、アップルパイとアイスコーヒーをどちらも2つずつください」

「まいどあり!」


 お姉さんは、てきぱきとした動きで、料理と紙袋に入れていく。数十秒で完成する。

 俺はお金を払い、紙袋を掴む。


「ありがとうございました。私、暇だから、また来てね」

「はい!また来ます」


 お姉さんは、最後に、ニコッと笑って、送り出してくれた。

 お店の外は、依然と地獄的な暑さだ。

 日々着実に更新する最高気温に、うんざりするところだが、今ばかりは、頑張れる気がした。


 #####


 ちょっとした寄り道がありながらも、俺は午前9時と時間通りに、研究所に到着した。

 昨日と同じように、エントランスの女の人に名札を頂き、改札を通って、研究所に入る。

 相変わらず、天井がガラス張りのおかげで、太陽光が建物の隅々まで照らしつけ、明るい。俺は、昨日、マリア先生に教えてもらった裏の階段を使って、5階まで上がる。

 1階から4階までは、多くの研究者が行きかい、会話や機械の動く音で、騒がしかったが、5階は、本当に静かであった。


「快適快適」


 海に近く、静かで、綺麗な人と働ける。非常に働きやすい仕事場であった。

 大学の事務室の様な、白いPタイルの廊下を歩き、目的の場所まで来て、特別研究室の扉を開ける。

 研究室の中は、昨日と打って変わり、整理整頓され、凄く綺麗になっていた。


「さすが、俺やな。良い仕事ぶりや」


 自画自賛。

 頻繁に、こうして自分をほめてあげる事で、仕事のモチベーションを高めるのだ。

 そんなことを思いながら、廊下を抜け、広間に出る。

 リビングは、ソファーやキッチンなど、一般の家のようだ。研究室というよりかは、マリア先生の家の様な印象であり、実際に住んでいる事から実質的に家だろう。マリア先生の研究の進め方は、基本的に頭やパソコンの中でカタカタと進め、あまり実験器具や機会を使わず、たまに使うといった形であるため、研究所に住むという形になっているのだろう。俺的にはしっかりとプライベート空間とビジネス空間は、分けた方が効率の良さは違うと思う。


「いた」


 マリア先生の足がソファーからはみ出ていた。

 昨日、部屋を掃除したからわかるが、マリア先生にはしっかりとベッドがあるのだが、ソファーで眠っていた。

 俺はソファーから回り込み――


「なっ!?」


 驚愕にフリーズする。

 裸のマリア先生が眠っていた。

 白く透き通り、何一つ汚れのない肌に、微かに朱が差す。

 到底、大人の男の手のひらに収まらないだろう大きな胸と色素の薄い桜色の乳首と大きな乳輪が目に飛び込んでくる。お腹には一切無駄な肉がなく、お腹の中心に一本線が走っていた。寝相が悪く、背中とソファーの間に枕が挟まっており、背中が曲がっていた。そして、反った背中に合わせて、全面の筋肉が伸ばされ、ツンと豊かな胸が上を向く。そのまま、流れで下半身にまで目がいきそうであったが、俺の理性を総動員して耐える。もし、その先を見てしまえば、これらからの仕事に支障を来す(正常に、マリア先生を見られなくなる)。

 俺は惜しい思いをしながらも、急いでその場から去り、適当に掛布団を引っ張りだして、マリア先生に掛け、キッチンに向かう。


「ごはん、まだか?」

「っ!?」


 その背後から、声を掛けられ、驚き飛び跳ねる。

 起きていたのかと思い、後ろを振り向くと、マリア先生は依然として夢の中にいた。


「びっくりした~~。起きていたのかと思った」


 良かった。もし、起きていたら、鼻の下を伸ばしていたクソキモイ顔を見られるところであった。

 俺は頑張って、意識を切り替え、キッチンに向かう。

 買ったアップルパイやアイスコーヒーを袋から取り出し並べる。冷蔵庫から、適当に

 食材を取り出す。早速、料理を始めようと取り掛かるが、しかし、どうしても、マリア先生の裸が頭から離れず、集中できなかった。

 このままでは、ヤバい。集中出来ずに、何か失敗をし、指を切り落とすような事故に繋がったら大変だ。そんな風に、ゴミみたいな言い訳を作り、俺はトイレで一発抜いた。


 #####


「ふわぁ~~あ、おはよう」


 大きな欠伸と共にマリア先生が現れた。

 もしかしたら、全裸のまま来るかもしれないと思っていたが、そんなことはなく、デニムに開襟シャツと少しエロティックでラフなスタイルで現れた。


「おはようございます。

 もう、大体朝ごはんは出来ているので、席に着いちゃってください。

 机に並べるので」


 先ほどの光景が一瞬フラッシュバックするが、一発抜いた俺は冷静に答える。


「おっけ~」


 マリア先生は粛々と席について、携帯でネットサーフィンをしだす。

 マリア先生がどんなものを見るのか気になったが、その間に、料理を並べる。

 今回のメニューはアップルパイとアイスコーヒーを主軸に、ベーコン&エッグとフルーツの盛り合わせにした。


「お~なんか、今日は気合入ってるな。美味そうだ」


 マリア先生は、頂きますと言って、アップルパイに口をつける。


「ふむ、中々美味しいじゃねぇか。なんだ?これ、ユウゴが作ったのか?」

「いえ、研究所に来る途中にある喫茶店でテイクアウトしたものです」

「知らなかった。ここら辺に喫茶店を開く奇特な奴がいたんだな」

「本当そうですよね。でも、店長さんは滅茶苦茶に可愛かったですよ」

「私とその人、どっちが可愛い?」


 何だ?なんか試されてるのか?

 若干、警戒しながら答える。


「マリア先生です」


 俺はとりあえず、マリア先生の名前を出しておく。


「ふふん、よくわかってるじゃないか」


 そういって、パサリと紙を払う。

 この程度の褒めで、気分良さそうに、笑っていた。

 なんだか、素直に可愛い人だと思った。


「そういえば、さっき、動画を観ていましたけど、何観ていたんですか?」


 気になっていたことを尋ねる。


「日本史の動画と京都の街歩きの動画を観ていた」

「へぇ、結構歴史系の動画を観るんですね。

 あっ、俺京都出身なんで、なんでも聞いてください」

「ほう、そうなのか。

 今度、京都でシンポジウムがあるんだが、それに参加するからな。

 シンポジウム終わりに、観光しようと思っているのだよ」


 シンポジウムとは、簡単に言えば研究発表会だ。それが京都で行われるらしい。

 京都でやると言っても、どこでやるのだろうか?あまり、京都にそんな建物はないイメージだ。まぁ、京都大学あたりでやるのだろう。


「へぇ~~良いですね。今は人が多くて大変ですけど、時間帯を見極めれば、結構いいところですよ」

「ああ、それに、私は京都が初めてだからな。非常に楽しみにしている」


 言葉通り、かなり楽しみにしているようだった。京都について話しているときは、目がキラキラしている。正直、あまり、京都とか歴史に興味がなく、何なら馬鹿にしていると思っていたから、意外だ。


「何かあったら、俺に聞いてくださいね。

 大体の事だったら、分かると思います」

「ああ、どこか穴場スポットとか、美味しいご飯屋さんは、ユウゴに聞くかもしれない。しっかりと、頼むぞ」


 マリア先生は下から見上げるように、流し目で言う。


「はい、任せてください」

「いい返事だ。ごちそうさま」


 話題が一通り終わったところで、マリア先生は食事を終え、立ち上がる。

 食器を重ね、キッチンの流しに置くと、そのまま洗面台へと言った。

 追って、俺も食事を終え、キッチンに行く。早速、流しにある食器を水浸しに、洗っていると、マリア先生が顔を出し、言う――


「おい、なんかこのトイレ臭くねぇか?」


 心当たりに冷や汗をかきながらも、正直に言えるはずもなく――


「あとで、洗っておきますね」


 と、目線を合わせずにいう事しか出来なかった。


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