知る
2周目のジェットコースターを終え、その後5回も連続してジェットコースターを乗った。
流石に4回目から胃酸が逆流し、5回目は記憶がなかった。
5回乗って一応の満足を見せたマリア先生は、次にバイキングに乗った。いわゆる遊園地版ブランコだ。それは縦に揺れるだけなので、そこまで怖くないかなと思って乗ったのだが、そんなことはなかった。普通にめちゃくちゃ怖かった。
マリア先生にとって、このアトラクションはそこまでハマらなかったらしく、1回で満足していた。
終わった後に、ブスッとしていて、少し面白かった。
続いて、アクアライドに乗った。
ウォータースライダーのようなもので、2人乗りのシートに乗って水が流れる坂を駆け降りるのだ。コースを曲がる際や一気に坂を落ちる際は水飛沫が飛び上がる。真夏とあって、非常に気持ちが良かったが、マリア先生の白いキャミソールに飛び散った結果、下着が透けてしまうというハプニングが起こった。しかも、当のマリア先生は一切気にしていない。さすが、アメリカ人だ。俺には、アホみたいに心臓に悪かった。
アクアライドを乗り終えたところで、時刻は13時30分を示していた。
遅めの昼食を摂ることにした。
「ここで食べるか」
そういって、指さしたのは遊園地に入っている飲食店だった。ファミレスだ。
地中海風の建築と黄色と水色を基調とした壁やパラソルは八景島の海辺と、これ以上ないほど噛み合っていた。相性バッチリだ。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「2人だ。テラス席で案内してもらってもいいか?」
「承知いたしました。こちらをどうぞ」
メイド服のような制服を着た店員さんが俺たちをテラス席に案内する。
夏の日差しは12時を過ぎても、依然としてその強さを衰えさせていなかった。普通であれば太陽の日で、食事どころでは無いはずなのだが、このお店は、その点にも配慮が行き届いていた。パラソルが陽の光を遮り、エアコンの風が屋外でありながら、身体を冷やす。
不快感を与えず、景観と食事を楽しめそうだった。
席に着くと、すぐに料理を注文した。
俺はカレライスをマリア先生はチキンプレートを頼んでいた。
これまた、すぐに料理が運ばれてきた。
「「いただきます」」
そう言って、各々フォークやスプーンを動かす。
思えば、この夏は、ほとんど毎日こうやってマリア先生と顔を突き合わせて食事を摂っていた。
「………………ずっと、思ってたんですけど、マリア先生って、食べ方が汚いっすよね」
「はっ?」
ノンデリなことを口にしている自覚はある。
それでも、マリア先生との仲であれば問題ないと思い、躊躇いがちに口にする。
マリア先生はマリア先生で、突然の俺の言葉に驚いていた。
「いや、ずっと、思ってて」
「なんで、いま言った?別に他の機会でも良かっただろ」
心底意味が分からないと言った様子で尋ねる。
「なんか、いま言いたくなったんで」
ゴミを見るような目で見ていた。めちゃくちゃドン引きされている。
「お前、レディになんて事言ってんだ。
ケンカ売ってるのか」
「そんな、俺はマリア先生の事はめちゃくちゃ女として見てますよ」
「お前、レディとして見るのと女として見るのは同義じゃないからな」
俺の発言に一周回って、呆れていた。
「はぁ、しょうがないだろ。私の家庭は貧乏だったから、ちゃんとした教育は受けていないんだよ」
貧乏?それは、どういう事だ?
「御船家なのにですか?」
「そうか、お前は知らないのか。私は養子なんだよ」
養子。
それは、つまりマリア先生に御船家の血はないということか。
「………」
「18歳ごろに拾われてな。
そこから、御船家に養子入りしたんだ。流石に、18歳でテーブルマナーを習うのはだるかった」
そう言って、マリア先生は苦笑する。
「………それまでは何をしていたんですか?」
「孤児院で、貧乏暮らしさ。
教育もクソもなかった。その日その日のご飯にありつけるだけで精一杯だったよ」
「………………」
テーブルマナーと食べ方が汚い事は、一致しないと思うが、環境を考えればそれは確かに納得せざるを得なかった。
綺麗に食ってるほどの余裕がなかったのだ。
「それを聞くと、俺ってめちゃくちゃ小さいんだなって思います」
「ははっ、どうした急に?」
笑いながら尋ねる。
そんなに変なこと言ったかな?
「だって、マリア先生はそんな貧しい中でも努力して、だからこそ、今の結果がある。それに比べると俺なんて、何もしてないなって思ったんです」
「あーいるよな。そう考えるやつ。私も昔よく言われたよ」
俺の言葉から理解はしたが、納得はしていなさそうだった。
「過去形?」
「今は、誰とも会話しないから、減っていったんだ」
悲しい理由。マリア先生の怠慢でもあるけど。
「ま、そんな事はどうでも良くて………関係なくないか?他人がどうとか」
「へ?」
「人には人の悩みがあるだろって話だよ。
どんな人にだって悩みはある。この世に悩みがない奴はいないだろ?」
「ええ、まぁ」
そりゃ、何の悩みもなくストレスのない人間はいないだろう。
「だろ。
そして、その悩みが、他人から見てどんなに小さくても、その人にとっては重要なんだ。
結局どこまで言っても、他人は他人でしかないのだから、誰かの悩みにリソースを割いても無駄だろ」
「分かりますけど。でも、やっぱり人は誰かと比べずに生きていけないんだと思います。他人と比べ来ることで、良くも悪くも自分を知る事が出来、メンタルを保っていけるんですから」
「そうか、やっぱりわからんな。私はあまり他人と比べてこなかった人生だ。
凡人は分からん」
マリア先生は納得しきらないままに、とりあえず話は終わる。
マリア先生は無意識にか、懐から煙草を取り出し、火をつけて口に含む。
「お客様、ここは禁煙です!」
「あっ、ハイ」
店員さんに注意され、一瞬で煙草の火を消していた。
少し決まり悪そうにしていた。
その姿が新鮮で面白くて、笑っていると――
「何、笑ッとんじゃ、ボケ」
「イタッ!?」
めちゃくちゃ頭を叩かれた。
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食事を楽しみ終え、今度は水族館へと向かった。
夏の水族館は、何故こんなにも魅力的なのだろうか。
一歩、足を踏み入れるだけで、心の底から高揚感が沸き上がる。
夏空の明るさに対して、水族館の天井は薄暗く、空気は肌の奥までひんやりと涼しかった。汗でびちょびちょになっていた服が少しずつ乾いていく。
「涼しいなぁ」
全く同感であったが、水族館に入って最初の感想がそれでいいのかとは思う。
「そうですねぇ」
ま、全く同感なので肯定する。
「適当に歩きながら時間でも潰しましょうか」
「そうだな」
そうして、水族館を案内に従って歩く。
隣にはマリア先生がいて水槽の魚に視線を遣っていた。
俺はそんなマリア先生を見ていた。
思ったよりもしっかりとしたデートになって良かった。
まさか、今日デートする事になるとは思わなかったが、現段階で大分成功しているのではないだろうか。
遊園地に行って、アトラクションに乗って、おしゃれなレストランで食事して、水族館に行く。かなり、良いのではないだろうか。話も弾んでいるし、結構笑ってくれている気もする!!もしかしたら、いけるんじゃないか!!
そう、心の中で思いながら、更に奥へと行くと、大水槽のエリアになった。
「おぉぉぉ」
「すっごいなぁ」
同時に感嘆の声が上がる。部屋一面が水槽のガラスで覆われており、まるで海の中にいるみたいだ。
そして、この水槽にはクジラや小魚、エイ、マンボウなど、多種多様な魚が泳いでいた。
色鮮やかな水槽の中は、一種の絵画のようであった。
「俺、クジラ見たことあるんです」
「ほう、それはいいな。私は見たことがない。どこで見るんだ?」
「八丈島で見ましたよ。ホエールウォッチングのツアーがあって、それに参加したんですよ。
めちゃくちゃ興奮しましたね」
「八丈島っていうと、東京の?」
「そうですそうです。あの、三浦半島の下にある島です」
「どんな感じだったんだ?」
「デカかったですよ」
「なんだ、その感想は。誰でも言えるぞ」
「というのも、クジラどころじゃなかったんですよね。
漁船に乗って、見に行ったんですけど、マジで揺れが凄いんですよ。
縦揺れだけじゃなくて、横揺れ斜め揺れがあって、波に乗って、体が浮くんですよね」
「あーーそんな感じだったな。
私も一回授業で、船に乗ったことあるが、地獄だった思い出だ。
ずっと、飛行機の離陸中みたいな心地だった気がする」
「そうです、そうです。
だから、めちゃくちゃ酔うんですよ。
あの時から、漁師は問答無用で尊敬することにしました」
「その感じだと、海賊も尊敬の対象になるぞ」
「確かに。でも、よくよく考えれば、あいつらあんな揺れる船の上で銃をぶっ放してると思うと、結構凄いですよね」
「普通にバカだろ。陸で戦えよ」
と、そこでーー
「お静かに」
水族館の職員に注意される。
思いの外、声が大きくなっていたらしい。
「出るか」
「そうしますか」
そうして、俺たちは別のエリアに向かった。
俺とマリア先生は、総じて魚を見ることよりも会話に集中していた気がする。
あくまでも、水族館の魚たちは俺とマリア先生のコミュニケーションを彩る飾りでしかなかった。




