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海浜遊園地デート

 夏が終わりに近づく。

 日が短くなってきたと感じながらも、それでもやっぱり、まだまだ長い8月下旬。

 学生最後の夏休みも、もう半分を切ってしまった。

 それでも、俺はそこまで憂鬱ではなかった。というよりも、そんなことを考えている暇はなかった。

 なぜなら、好きな人がいるから。そして、一緒に働いているのだ。幸せだった。

 京都から帰ってきて数日が経ち、マリア先生が好きなのだと実感してから、すぐ俺はデートに誘った。


「一緒に遊園地にでも行きませんか?」


 自分の中では一世一代のお誘いだった。

 だって、これ以上ないほどの美人を遊びに誘うのだ。緊張しないわけがなかった。

 中々、上手く行かないと思っていたのだ。

 しかし、思いのほかに簡単だった。


「ああ、いいぞ」


 まさか、こんなにもすんなりと行くとは。


「本当ですか。嬉しいです。

 でも、俺の方から誘っておいてなんですけども、良いんですか?」

「何がだ?」

「いや、研究ですよ。俺と遊んでいる暇あるんですか?」


 悪事を隠す子供のように、マリア先生は視線を宙にやりながら答える。


「ああ、それな、ちょうど私も遊びたかったからな。何とかなるさ」


 微妙に答えになっていない気がするが、それでも俺からしてみれば、マリア先生の研究よりも遊ぶことが出来るのは嬉しかった。

 どこの遊園地で遊ぶかの話し合いへと移る。


「それじゃあ、TDLにしますか」


 適当に無難な提案をするが、マリア先生から思いもよらない提案を受ける。


「なぁ、実は行きたいところがあるんだ」

「へぇ、そうなんですか?どこですか?」

「八景島シーパラダイスだ」

「近いっすけど、あんまりアトラクションないと思いますけど、良いんですか?」


 TDL系列に比べてアトラクションの量などは大分劣ってしまう気がするが、良いのだろうか?あそこは、どちらかと言えば水族館である気がする。


「ああ、あそこが良いんだ。海に近いっていうのは私にとってはポイントが高いんだよ」

「……マリア先生って、海が好きなんですか?」


 マリア先生は、煙草に火をつけ一服すると、うなずく。


「好きだぞ。海を見ているとな、何だか安心するんだ」


 東京湾を眺めながら答える。

 それはマリア先生ならではの所感であった。俺にはしっくりこない。


「安心ですか?不安ではなくて?」

「ああ、そうだ。海は広くて冷たい。決して包み込んで温めてはくれない。それがいいんだ。その距離感と温度感が私には安心するんだよ。

 私には人の温もりは、熱すぎるんだ」

「………」


 それはどこか、人との交流に否定的であった。

 そして、それを覆させるような言葉を俺は持ち合わせていなかった。


「………それじゃあ、ちょうど明日は土曜日なので、明日の9時に最寄り駅で待ち合わせしませんか?」

「いや、今から行こう」

「え?」

「だから、今からだ」

「ま•じ?」

「大マジだ。

 そうと決まれば、私はこれから着替えてくるから、お前も準備しておけよ」


 それだけ言い残して、部屋を出ていった。

 一人取り残された俺は、マリア先生が完全にいなくなったのを確認すると、一人、ガッツポーズをしていた。


「よっし」


 #####


 急遽決まる飲み会は、最高に楽しい。

 急遽決まる飲み会終わりのダーツも楽しい。

 ならば、急遽決まる美女とのデートは、どうだろうか。正解は、最高だ。

 俺はそんな有頂天状態を必死で表情に出さないように隣を見る。

 やはり、隣に好きな人がいるというのは、幸せだったとしみじみ思う。例え、好きな人であろうと、当たり前のように好きな人が隣にいることは、幸せなことだった。


「………………」


 ただ、だからこそ、思うことがある。

 俺がマリア先生の足を引っ張ってないかだ。

 俺の勝手な恋心のせいで、マリア先生の偉業を少しでも遅らせていたら、それは不本意というやつだ。

 だから、マリア先生が俺の誘いで、研究を投げ出しているような気がして、嬉しいのだがどこか申し訳がなかった。


「やっぱり、勝手に良かったのでしょうか?」

「何がだ?」


 俺たちは、目的の場所まで電車に乗っていた。

 平日とあり、電車の中は、非常に空いていた。

 いるのは、老夫婦と赤ちゃんを連れたお母さんのみだった。

 その中で、若い男女が並んで座っている光景は、客観的に見て奇妙だった。


「いや、研究をほっぽり出してきたことですよ。

 だって、まだ終わってないですよね?」


 俺は確認するように尋ねる。


「あーーそれなんだがな、なんだか白紙になりそうなんだ」

「え?どういうことですか?」


 マリア先生は、居心地悪そうに答えた。


「そのままの意味だよ。

 私がやってた研究は、可能性が低いということで、研究中止になったんだ」

「そんなのっ!」


 思わず、声を荒げてしまう。

 閑散とした車内に、突然男の声が響いた。そのために、車内にいた人たちが俺の方に視線をやる。俺は会釈で返し、マリア先生の方向を向く。


「いいんですか?

 マリア先生、めちゃくちゃ頑張ってたじゃないですか。夜遅くまで研究して、頑張ってたのに。そんなのってアリですか?」


 やるせなかった。

 俺が誰よりも、マリア先生の近くで、マリア先生が頑張る姿を見てきた。だから、分かる。マリア先生は全力を出していた。全身全霊で頑張っていた。それなのに、中止だなんで、やるせない気持ちでいっぱいだ。


「ありがとうな。でも、いいんだよ。こんなのは、科学者やってればあるあるだ」


 だというのに、マリア先生はどこか憑き物が落ちたような顔で微笑む。


「例えば、源一郎先生なんかは、何度も研究費が足りなくて中止になってた。他にも、研究費や人間関係、倫理、実力不足だったりと、様々な理由で研究は中止になる。

 だから、今回の私の件も何も珍しいことじゃないんだよ」

「それでま、そんなの関係ありません。

 マリア先生が言う通り、いくつもの研究が失敗になっていたとしても、それに負けないくらい多くの研究が成功したはずです。俺はマリア先生の研究がそっち側にないことが嫌なんです」


 つまりは、俺の憧れというフィルターを勝手に押し付けているだけなのだ。


「………悪いな。お前にはめちゃくちゃサポートしてもらったのに、こんな結果になっちまってよ」


 マリア先生はそう言って、申し訳なさそうに笑う。

 俺は決して、そんな顔をさせたかった訳じゃなかったが、結果的には俺がマリア先生を追い詰めてしまった。


「俺の方こそ、すみません。関係ないのに」

「関係ない訳あるか。お前には、死ぬほど助けられた。お前の飯は美味しかったし、そのおかげで研究の質は上がったんだぞ」

「ははっ、それは元々の生活の質が悪かっただけですよ。俺は何もしてません」

「いやいや、そんなことはないさ。こんな私をサポートするのは大変だったろう?」

「……………まぁ、そうですね」


 大変というか、ドキドキして心臓がもたなかった気がする。


「ふっ、だから今日は私が全部奢ってやる。私なりの感謝という奴だ。素直に受け取れ」

「………わかりました」


 俺は渋々頷いた。


「…ありがとうな」


 マリア先生は、そういって俺の頭に手を置いた。

 何だか、出会ったと時とは違う不思議な寛容さがあった。それは、マリア先生の素の性格なのか、それともどのような形であれ、1つ研究が終わったことによる余裕なのか、それは分からなかった。


 #####


 電車が最寄りの駅に到着して、駅を出た途端に声を上げる。


「はーっけいじまー\(^o^)/」


 電車内で重たくなった空気を払拭するために、俺は有名妹キャラを真似する。

 もう何年も前のアニメだ。正直、伝わらないと思っていたが、マリア先生は、ほうと呟く。


「桐乃か。あのアニメは最高だったな」

「知ってるんですか?」

「ああ、もちろん。今でも、作業用でみるよ」

「作業用でっ!?」


 それは中々のハイレベルなオタクだった。


「マリア先生、なんで知ってるんですか?」

「日本に来るとなった時に、日本人と話を合わせられるように、有名なアニメは一通り見たんだよ」


 なんと、そんな理由だったのか。意外と外国の人には、あるあるなのかもしれない。


「しかし、あまりこのアニメは通じなかったな」

「まぁ、そうですよね。面白いですけど、メジャーかと言われれば、違う気がしますし」

「ああ、てっきり私は日本人は全員アニメを見ていると思っていたから、見ていないと言われたときはびっくりしたよ」


 なんか、それも外国の人にはあるあるのような気がする。知らんけど。


「それじゃあ、fateは見ましたか?」

「みた。最高だった」

「ヴァイオレット・エヴァ―ガーデンは?」

「みた。危うく泣きそうだった」

「リゼロは?」

「みた。神」


 おぉ、凄い。結構観ている。なんだか興が乗ってきた。クイズみたいだ。

 いま挙げた3つのアニメは、どれも最高に面白い作品ではあるが、それでも国民全員が知っているわけではなかった。


「それじゃあ、ドラゴンボールはどうですか?」

「ドラゴンボールは通っていない」

「なんでだよ!?」


 一番、日本人と話が通じるやつは観ていなかった。

 最近の若者あるある。「意外とドラゴンボール観ていないやつ多い」な気がした。

 なんて、会話しながら歩いていると、遊園地の前まで来た。

 俺たちはチケットカウンターまで行く。


「大人2人だ」

「承知いたしました。料金は、11400円です」


 マリア先生は、財布からピッタリ渡す。


「これで」

「ちょうど、お預かりします。

 こちらチケットをお渡しします?

 お楽しみください」


 リストバンド型のチケットを渡された。

 それを手首に括り付けてゲートを通り、園内に入った。

 遊園地は、やはり平日とあって閑散としていた。おかげで待ち時間も少なく、アトラクションを楽しめそうだ。

 特にルートを考えずに、頭を空っぽにして歩き出す。


「まず、あれに乗ろう!」


 マリア先生がそう言って指さしたのは、ジェットコースターだった。

 なんの変哲もないジェットコースター。


「………………」


 前提として、俺は絶叫系が苦手だ。

 だから何の捻りもないものでも………乗りたくない!?

 なんで、そんな奴が遊園地に誘ったって話だが、遊園地が1番デートっぽいと感じたからだ!覚悟は決まっていない!


「ほら行くぞ」


 マリア先生に手を引かれて、ジェットコースターの列に並んだ。

 平日効果なのか並んで、数分で順番が来た。

 覚悟を決める間もなく、その時が来た。

 流れ作業で、あれよあれよのうちに座らされ、発車した。

 そして死んだ。

 圧倒的スピードで空を駆けるあの感覚。風が顔に衝突する感覚。内臓が右往左往、浮遊する感覚。

 どれをとっても奇妙で、気持ち悪い。

 何か支えが必要だ。そう思い、気づけば、マリア先生の手をどさくさで手を握っていた。


「うわぁーーー!?」


 そして、絶叫していた。

 大の男が情けない大声を上げること、1分ほど、ジェットコースターは、出発地点へと戻ってきた。


「はぁはぁハァ、辛い」


 俺は膝に手を置きながらつぶやく。

 色々とぐわんぐん揺らされて、気持ち悪かった。

 対して、マリア先生は楽しそうに笑っていた。


「はっはー、最高だな」


 マリア先生が絶叫系が得意なのは、なんだか解釈一致だ。これで、苦手であればギャップ萌えしていただろう。

 ………………それはそれで見たい気もする。


「どうした?もう、へばったのか?」


 マリア先生は風で、ボサボサになった髪のまま、背中をバシバシ叩く。


「げっほ、ごほ、やめてください」

「うるせぇ、ほら、もう一回行くぞ」

「え?同じやつをもう一回ですか?」

「そうだ。当たり前だろ」

「何が当たり前なのか、全然分からない」


 もう一回、あの不快感を味わわなければいけないと思うと、最悪だった。


「ぐちぐち言うな。

 お前は黙って私に着いてこればいいんだよ。

 ほら、行くぞ」


 マリア先生は、そう言って俺の背中を押し出す。

 好きな人にそこまで言われで、断る選択肢があるはずもなかった。


「わかりましたよ」


 2周目のジェットコースターが始まった。


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