帰りの新幹線で、気付く恋
「ほう、これが銀閣寺か」
お互い先ほどのやり取りを忘れて観光をしていた。
マリア先生は柵に寄りかかりながら、眺める。
「つくづく思うが、やはり大陸と島、西洋と東洋では、違いが多くあるな」
「へぇ、それはどんなところがですか?」
欧米圏に足を運んだことがない俺としては、何が違うのか分からなかった。
「まず、建物が小さいな。
あっちの教会や議事堂、家なんかは全部大きい。
あと、こうやって自然の中に建物があるのは、結構こっちの特徴だと思う。
ま、シンプルに造りが違う問いのもあるけどな」
「どっちがいいと思いますか?」
「また、答えづらいことを聞いてくる」
俺の質問に苦笑する。
「一長一短だろ。それに気分によっても違う。
でも、これも悪くないな。何時までも眺めていられる。
一目見ただけで、人をうち震わすような感動はないけれども、この建物には、人の心に染み渡り寄り添う美しさがある。
そして、それは今の私にはありがたい」
「……………」
「ま、観光客がいすぎなければ、もっと良いと思うがな」
「………そうですね」
俺たちの背後で数学旅行生が馬鹿みたいに騒いでいた。
「おい、あの女の人可愛くね」
「クソエロいじゃん」
「うおおおおおおお」
というか、盛っていた。
「移動しましょうか?」
「…………そうだな」
感慨も感動もなかった。
最悪だ。
######
銀閣寺を出た後、二条城や貴船神社、嵐山に足を延ばした。
そして、嵐山から京都市内に戻ってくる頃には、日が落ちていた。
まだ、新幹線の時間までかなりあるが、そう遠出する事は出来ないだろう。それに、朝から動き回っていたためか、かなり疲れていた。それを証明するかのように、Tシャツに汗が染みこみ、気持ち悪い。心なしか臭う気もする。
だというのにーー
「伏見稲荷に行こう」
更なる提案をするのだった。
マジかよ。
まさかとは思うが、頂上まで行くのかな。
体力が持つか心配になったが、まさか断ることが出来るはずもなく――
「行きましょう」
そういうしかなかった。
…………。
……………………。
表参道から行くと観光客がいっぱいいて騒がしい為、裏参道を選び、マリア先生から了承を得た。京阪本線の伏見稲荷駅で降りて、本殿に向かった。
実際に、あまり多くの観光客はおらず、すいすいと進むことが出来た。
本殿を抜けて、大本命の千本鳥居が見えてくる。
「おお、かなり良いじゃないか。
これこそ、日本ならではというやつだろう。他では見られない」
「そうですね。俺も京都なんて、基本的に古い寺があるだけだと思っていて、なんで外国人は京都に来るんだろうと思っていますけど、ここは俺も誇っています」
「ああ、ここは誇っていいぞ」
「ははっ何様ですか」
マリア先生は、物珍しい連なる鳥居に目をやりながら答える。
俺たちはそのまま、鳥居を突き進んだ。
「なんか見た事あるなと思ったら、マンガとかで頻繁に出てくるよな」
「あ~~確かに、そうかもしれないです。
ラブコメの修学旅行とかで出てくる印象ですね。実際に、アニメグッズを身に着けた人がいっぱい訪れていますよ。写真なんかも撮っています」
「そうか。そういえば。私も読んでいた漫画がここを舞台にしていたな」
「えっ!?」
思わず、驚きの声を上げる。
「マリア先生って、漫画読むんですか?」
「お前は、私の事を何だと思っているんだ。私だって、そのくらい読むわ」
「え~~、そのくらいも読まなさそうなのがマリア先生じゃないですか」
「うるせぇ」
「イタっつ」
頭を叩かれる。
「それじゃ、なんていう漫画なんですか?」
「『ファッキン!クリームデイズ』って作品だ」
「すごい物騒な名前ですね!」
どんな作品なんだよ。バトル作品でありながら、ラブコメのようにも思える作品名だ。
「一応、SFだ」
「SFかよ!」
でも、マリア先生が読む作品としてSFはしっくりきた。めちゃくちゃ読んでそうだ。
タイトルから内容を察せない点からも、めちゃくちゃ興味湧いてきた。
「そういうお前はどんな作品を読むんだよ?」
「俺ですか?俺は『楓のバスケットボール』って作品です」
「へぇ、スポーツものか。悪くなさそうだな」
「いえ、ラブコメです」
「ラブコメかよ!そんで、お前全然似合ってないな」
凄く突っ込まれた。俺、変な事言ったかな?
そう思いながら、千本鳥居を潜っていく。さすがに頂上まで登りきる時間はなかったため、途中で折り返すことにした。下山する頃には日は完全に落ち、夜になっていた。
時刻は19時ごろだ。
夕飯を食べる時間は残されていた。
俺とマリア先生は、来た時と同じで京都駅の上にあるフードコートへと移動した。
俺的には、もう一度牛タンを食べるのでも悪くなかったが、さすがにそれは勿体ないとなり、ステーキ・ハンバーガーのお店に入った。
俺はアメリカ流のドデカいハンバーガーを頼み、マリア先生は600グラムのステーキを頼んでいた。
「すごいなこりゃ」
俺は目の前にあるハンバーガーを上品に、ナイフとフォークで切り刻みながら口に運ぶ。
「おいおい、そんなしゃらくさいことしているなよ。
男なら手でつかんで、口につけながら食べちまえ」
「いやですよ。それはアメリカンすぎる」
そう顔を顰めながら、噛み締める。
肉の粗雑かつ暴力的な脂の旨味が味蕾を刺激する。昼に食べた繊細な旨味と脂とは違う美味しさだ。こういう雑な食べ物は正直苦手であるが、それでも美味しかった。
「ふむ、私にはやはりこっちの味が好きだな」
そういって、ステーキを拳くらいの大きさに切って、口に運んでいた。およそ女子とは思えないほどに、口を開いていたが、それでも様になるのだから不思議だ。
「懐かしくなりますか?」
「そうだな。好きだし懐かしくはなる。でも、別に安心はしないかな。特に故郷に良い思い出があるわけでもないしな。郷愁などの思いはない」
「それは……悲しいですね」
「いや、別に悲しいとは思わないさ」
「いえ、悲しいですよ。自分の生まれ育った場所に対して、安心がないっていうのは、寂しいですよ」
「ふっ、まぁ、確かにな」
マリア先生は、俺の言葉を受けて自嘲した笑みを浮かべる。
しまったと思った。
言い過ぎた。別に俺はマリア先生にとって何者でもないのだ。ただの家政婦なだけ。明らかに余計なお世話であった。
俺は気まずい沈黙を破るために、とある提案をする。
「そうだ!
もし、マリア先生の研究が成功したら、アメリカに行きませんか!
それで、実際にマリア先生の故郷を見て周るんです。
確かに、過去に思い入れはないかもしれません。でも、大人になって時間をおいて、もう一度自分が育った場所を見てみれば、子供の時とは違う感情が生まれてくるのではないでしょうか」
それは俺にしては、冴えた提案ではないだろうか。
もし、実際に足を運んでみて、それでも何もなければ、俺が盛り上げて楽しませればいいのだ。
「…………………………そう、だな。それは楽しそうだな」
マリア先生は、少しの間沈黙すると、まるで見当違いの心配ごとをする子供を宥めるような母の眼差しで、答えるのだった。
「さぁ、食事に集中しようか。チンタラしていると新幹線の時間が来てしまいそうだ」
「分かりました」
その後、俺たちは、他愛ない会話を浮かべながらも食事に集中するのだった。
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私とユウゴは食事を終えて、帰りの新幹線に乗っていた。
「寝てしまったか。
今日一日、私のやり残しに着き合わせてしまったからな」
そういって、隣の席で眠るとユウゴの顔を見る。
無防備で信頼しきった顔で眠っていた。
口元には涎が垂れていた。
「しょうがない奴」
一人、苦笑してポケットからハンカチを取り出し、拭う。
これが知らない男であれば、嫌悪感があったが、ユウゴであれば不思議と嫌ではなかった。
思えば不思議な男であった。
私は男性が好きではない。シンプルに生理的に無理なのだ。まぁ、だからと言ってレズという訳ではないのだが、女性か男性かを比べれば、女性の方が得意ではあった。
だというのに、ユウゴだけは違う。ユウゴには初対面で嫌悪感を抱くことはなかった。
それはやはり、大きな要因にこいつの顔が整っているからだろう。
おおよそ男のような整い方ではなく、どちらかと言えば女性的な美しさを持つ容姿が功を奏したのだろう。
つまりは、美青年だったからだ。
「ふ、私も現金だな」
夜の新幹線は、疲れた観光客やサラリーマンなどがポツポツと座っているだけであった。
静かな車内。高速で移動する車輪の音と揺らぎだけが車内にあった。
独り言をこぼしても、聞く奴はいなかった。
ただただ、黒塗りの車窓の先を見る。
「………………」
だけど、果たしてこいつの美しさだけが理由だろうか?
そんな問いを自分に投げかける。
「……………………」
それは違うと思う。
それだけじゃない。それだけだったら、適当な芸能人を好きになっている。
でも、私はそうはなっていない。
それはやはり、ユウゴだけの何かがあるのだ。
そして、それはたぶんだけど、ユウゴが持つ空気やノリ、会話のテンポとかそう言いうのを含めたすべてなのではないだろうか。
それに、ユウゴは私が天才科学者だと知りながらも、余計な気遣いや色眼鏡、へりくだりがなかった。あくまでも、一人の個人として見てくれていた。それに私は、まるで友人で可愛い後輩のように感じていたのだ。
そう、だから、ユウゴといるいと私は安心し、楽しくて、凍り付いていた心が少しだけ温かく感じるのだ。
…………………。
…………………………………。
「そうか………私はこいつが好きなのかもしれない」
それは私にとって初めての感情であり、そして、叶う事のない感情だ。
「………はぁ」
窓の外は、どこまでも闇が広がっていた。
それは、私が近い将来行く場所のような気がして、真夏であるはずが寒く冷たかった。
私はそれが辛くて、自分を抱きしめていた。




