京都観光へと繰り出そうじゃないか
「それでは、本日はこれにて終了となります」
パチパチパチという拍手で会場が包まれる。
マリア先生は、何事もなく無事に終えることが出来た事に一安心して、息をついていた。
「僕たちは一旦出ようか」
「はい、そうですね」
混んで来ると予想された源一郎先生が会場から出ることを促す。
特に反対する理由も無かったため頷く。
少しマリア先生の様子が気になり、チラリと背後を見る。勉強熱心なのか、多くの人々が天才科学者御舟マリアの元に行き、思い思いに疑問や書簡を話しに行っていた。
いま、マリア先生がどんな顔をしているのか。それは分からなかった。
「あそこで、マリア君が来るのを待とうか」
そういって、源一郎先生が指さしたのは、俺がさっきいたカフェであった。
そして、丁度アイスコーヒーを注文していたことを思い出す。
源一郎先生よりも心なし早歩きで、お店に入店する。
「あった」
受け渡しカウンターに俺が注文したアイスコーヒーがポツンと残って置かれていた。
「よかった~~」
アイスコーヒーを掴むと完全にぬるくなっていた。
少し、落ち込みながらアイスコーヒーを掴み、源一郎先生よりも一足先に席に着く。
「先に座っていますね」
「分かりました。私はキャラメルフラペチーノを買ってきますね」
源一郎先生は、そういって列へ並んだ。
数分後、キャラメルフラペチーノを持って、戻って来る。対面の席に座った。
源一郎先生は、ニコニコした顔でストローの包装をはがし、キャラメルフラペチーノに刺し吸い込む。
めちゃくちゃ、美味しそうであった。
一頻り源一郎先生は、キャラメルフラペチーノを楽しむと、ナプキンで口元を拭き口を開く。
「マリア君は、男性不信なんだ」
「…………え?」
唐突に告げられた事実を俺は単純に飲み込めなかった。
「そのままの意味さ。
マリア君は、男性が苦手なんだよ」
「そうなん…です、か」
それは、何とも言えなかった。
果たして、マリア先生に無断で告げて良かったのだろうか?
「そんなマリア先生に、何故男の君を紹介したと思う?」
「………分かりません」
質問を投げかけられるが、答えを知るわけがなかった。
「君が美青年だからだよ」
「は?」
まさかの答えに素っ頓狂な顔を浮かべてしまう。それを見て、源一郎先生は笑う。
「ははっは、ごめんごめん。
これだけじゃ分からないよな」
源一郎先生は、キャラメルフラペチーノを掻き混ぜながら、理由を話す。
「私は、マリア君の男性不信を治してあげたいと思っている」
「でも、それって」
「ええ、余計なお世話だと、僕でも思う。
でも、彼女のそれをいつかは治さなければいけない。
彼女を大切に思っている人たちや彼女自身のためにもね。さもなければ、彼女は人の温もりを忘れたまま、孤独に死んでいくと思う。それは、悲しいことだとおもうから」
知らず知らずのうちに、キャラメルフラペチーノが強く握られており、源一郎先生は気づいていなかった。
「源一郎先生は、マリア先生の事をどこまで、知っているんですか?」
俺が知らないマリア先生の事を深く知っている気がしたが、そうではないらしかった。
「いや、全然知らないよ。マリア君は、確かに特別だけどイチ生徒であることは変わりないんだ。
まぁ、今はそれよりも、とにかく、マリア君のサポート役に星野君を選んだ理由は単純に、容姿が優れているからさ。
それも系統的には、中性的な美しさだ」
複雑だった。
褒められていることが嬉しくないわけではないが、この女のような顔は個人的にコンプレックスであったからだ。
「もし、コンプレックスに感じていたのなら、すまない。
それでも、君のその容姿ならマリア君にも負担は少ないと思ったんだ。
実際どうだい?思い返してみても、そのような兆候はなかったんじゃないかい?」
マリア先生とのこれまでを思い返すが、確かに男性不信のような兆候は見られなかった。
強いていうなれば、葉山の件が思い当たる様な気がするが、それも何となくだ。
「どうでしょうか?分かりません」
「そうですか。ならば、やはり星野君とマリア君の関係は、概ねうまくいっているようだ」
先ほどの光景を見たからか、
思えば、先ほどの光景を見たからか、すんなりとマリア先生の男性不信を受け入れることが出来た。
「あれでも克服したのでしょけどね。私が教えていた時は、あまり男性とは関わりませんでした」
別に今も男性女性問わず、誰とも関わっていないようなきがするのだが。
「と、噂をすれば来ましたね」
俺はマリア先生がカフェの外にいるのを見つけた。
マリア先生は迷いのない足取りで、カフェに向かっていた。
源一郎先生は席から立ち上がり、懐から財布を取り出す。そして、そこから1万円を抜き取ると、俺に渡してきた。
「これで、遊びにでも行ってきなさい」
「ありがとうございます」
俺はそれを感謝と共に受け取った。
「いらっしゃいませ~」
その間にも、マリア先生はカフェに入ってきていた。
「お疲れ様です」
「それじゃあ、僕はいくよ。
あとは、君たち若い者たちで京の街を楽しんでおいで」
源一郎先生は、それだけ言うと、いつの間にか空になっていたキャラメルフラペチーノのゴミを捨てながら、カフェを出ていった。
「えっ、もう行くんですか?」
去っていく背中に呆気に取られていたマリア先生の言葉が投げかけられた。
俺はそれを苦笑しながら見ていた。
源一郎先生が去り行くのを俺とマリア先生は見届けると、マリア先生は隣に立つ俺へ向き直ると――
「それじゃあ、京都観光へとしゃれこもうか」
と、笑うのだった。
#####
お待ちかねの京都観光を始める前に俺たちは、食事に向かった。
俺だけでなく、特にマリア先生がお腹が空いていた。
そりゃそうだ。あんなに頑張っていたのだから。
俺はマリア先生へのご褒美も兼ねて、少し高いお店を案内した。幸い源一郎先生からお小遣いをもらったばかりだ。1万円あれば、高いご飯をおごれるだろう。
ここは、マリア先生に良いところをみせなくては。
果たして、マリア先生に男らしい姿を見せることが効果的かは分からないが。
「それじゃあ、川床で肉のひつまぶしでも食べませんか?」
「いいな、川床。京都らしいぜ」
「結構、虫がいて鬱陶しいかもしれませんけどね」
「ははっ、それも楽しむのさ」
そういって、にやりと笑う。
俺はマリア先生をじっと見つめる。
その笑顔を見ていると本当にアリア先生が、男性不信であるとは思えなかった。
「ん、どうした?」
マリア先生は俺の視線に気づくと振り返る。
マリア先生と俺の目が一瞬合うがすぐに、逸らしてしまう。
「ん?」
マリア先生は俺の不可解な行動に、疑問符を浮かべるだけであった。
#####
俺たちは昨夜と同じように、河原町へと移動した。
京都には沢山の川床があるが、中でも河原町の川床は一番オーソドックスなのではないだろうか。
俺たちはその中の一角にある肉ひつまぶし屋さんに入店した。
店員差にお願いすれば、特に何もなく川床に案内して貰えた。こんな真夏にわざわざ川床を行くやつはいないのだろう。
鴨川を見下ろせるような位置を陣取りながら適当にメニューを選ぶ。お互いに一番人気の物を注文した。
普通に一つ4000円もした。高すぎる。
しかし、それだけの価値はあった。
「お~~美味いな」
「美味しいですね」
ホカホカの米の上に、これでもかと牛肉のひつまぶしがのっている。
箸で肉と米をバランスよく持ち上げ、口に含む。上質な肉の柔らかさと肉とダシが合わさった脂、お米の熱が合わさり、特上の味がした。
さらに、日本酒を流し込む。
それにしても――
「暑いですねぇ」
「あついっすね」
二人して、空を仰ぐ。
太陽は元気だった。
「こんな蒸し暑い中でご飯を食うなんて、正気じゃないな。はははは」
マリア先生が笑いながら漏らす。
俺が川床を提案した手前、気まずかった。
それを誤魔化すために、先ほどのシンポジウムの事を思い出す。
「それにしても、さっきのマリア先生は凄かったですね。毅然としていた。かっこよかったですよ」
「ふん、ありがとう。一応言っておくが、褒めても何も出ないぞ」
「ははは、そんなの求めていませんよ。
なんなら、ここは俺が出してあげますよ」
さっき貰った1万円でだけど。
「おっ、景気がいいな。何かあったのか?」
「ええ、まぁ、ちょっと臨時収入があって」
「ほう、良いじゃねぇか。なら、その臨時収入とやらを使って良い酒を頼ませてもらおうか」
最初から奢る気であったため、そこは別に問題ではなかった。
「すみませ~~ん」
早速、マリア先生は店員さんを呼び、注文していた。
「一体、何を注文したんですか?」
「これだ」
そういって、メニュー表を指さす。
ひとつ5万円もするものだった。
高い。嘘だろ。全然1万円だけじゃ足りなかった。しかし、断るには遅く、もうお酒は席に運ばれていた。
「こちら、ご注文のお品です」
仕事が早すぎるんだよ、こんちくしょう。
マリア先生は来たお酒を上機嫌そうに注ぐと、口に含む。
「にひひひ」
お酒で5万円は高すぎるだろうと思うが、マリア先生の財力からしたら、それはなんてことのない金額なのだろう。
それでも、こんなに美味しそうに幸せそうに飲んでくれるのならば――。
「勿体なくはないか」
小さく呟いた。マリア先生は俺の小言に、気付くことはなかった。
……。
…………。
「なんか、めちゃくちゃ、暑くなってきましたね。場所移動しましょうか?」
「いや、その必要はないさ。案外これも悪くない経験だ。
それよりも、ここから見る、京都の街の景色は良いものだからな」
そういって、マリア先生は視線を横に向ける。
俺もそれにつられて、山と自然が調和した和の街は、活気に満ち溢れていた。
「…………」
「…………」
「まず、どこにいきましょうか?」
依然として、街を眺め続けるマリア先生の横顔に尋ねる。
俺にとっては、なじみのある街でも、初めて京都を訪れる人間にとっては、刺激的な街であるはずだ。
マリア先生は俺の方を向くと子供のような笑みを浮かべて言った。
「全部だ!」
「それは……楽しい冒険になりそうですね」
学生最後の夏に美人な女の人と京都の街を巡る。それはなんていうラブコメ漫画だ。
俺はやれやれと言った風を装うが、本当は楽しくなりそうだと、心がワクワクしていた。




