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故郷のパン屋さん

 次の日、パソコンの起動のように、すんなりと目を覚ました。

 身体の動きや頭の冴えなど、調子が良かった。他所の布団やベッドでは安心して眠れない性質だったのだが、思いのほか熟睡していた。

 流石、京都の旅館と言えた。


「―――」


 隣を見る。

 もうすでに、マリア先生は床から出ていた。

 いつも、惰眠を貪るマリア先生にしては珍しい。やる気満々、気合十分という事だろう。なら、俺も同じモチベーションでいなくてはいけない。好きな人の力になりたいのだから。

 そう、自身に言い聞かせて、布団から出る。

 まずは、布団を片付けよう…………それにしても、マリア先生はどこに行ったのだろうか?

 …………。

 ……………………。

 ……………………………………。

 布団を片付け、寝癖を整えて歯磨きしたとこで、戸が開く。


「おはよう」


 そこには、身体を火照らせたマリア先生がいた。それにマリア先生が動くたびに、いい匂いがした。


「どこ行ってたんですか?」

「近くの銭湯に行っていた。少し臭かった気がしたからな」


 という事らしい。

 なら、普通に俺も誘ってほしかった。


「それよりも、もう準備出来ているか?」


 不敵に笑いながら、尋ねられる。

 意味も分からず、うなずく。


「はい、とりあえずは」

「よし、モーニングに行こう。

 近くに良さげなパン屋さんを見つけたんだ」


 マリア先生は、そういって、笑顔で俺を連れ出すのだった。


 #####


 結論を言えば、俺の行きつけのお店だった。

 子供の頃から、通っているお店とあって、店長も俺を認識していた。というか、近所付き合いなのだから当たり前だった。


「いらっしゃいませ……って、ユウちゃんじゃない」


 厨房の奥から、初老の女性が顔を出す。

 その女性は知っている人であった。

 店長の青葉おばちゃんは、俺に気付くと、店員の顔から近所のおばちゃんの顔になる。


「こんにちは、お久しぶりです」


 俺は頭を下げる。


「あらあら、ほんと久しぶりじゃない。何年振りよ?」

「そうですね。大学2年生の頃に一回帰ってきたので、大体2年ぶりだと思います」

「あら、もう、そんな経ってるのね」


 店長は、笑みを浮かべながら答える。

 そうして、俺がおばちゃんと話していると、横から声を掛けられる。


「おい、この人は誰だ?紹介しろ」


 おばちゃんの目線が、俺の隣に立つマリア先生に行く。

 おばちゃんの目がみるみる開かれる。驚愕していた。

 何といったって、赤ちゃんの頃から知る近所の子供が大人になって帰ってきただけでなく、超絶が付くほどの美人を連れてきたのだか、それは驚くだろう。


「はい、マリア先生、こちらは俺の実家の近くに住んでいる青葉さんです。

 子供の頃から、面倒を見て頂いていたので、もはや親戚と言っても差し支えないような間柄です」

「ふむ」


 マリア先生は、一人頷きながら納得すると、一歩前に出て、青葉のおばちゃんに手を差し出し、自己紹介をする。


「こんにちは、現在、星野優胡さんに非常にお世話になっている御舟マリアです」


 青葉のおばちゃんは、数秒間、思考停止しフリーズしていたが、マリア先生の自己紹介で、動き出す。


「…………これはご丁寧にどうも。ユウちゃんがお世話になっています。といっても、

 ま、別にこの子の親ってわけでもないんだけどね」

「いえ、そんなことはありません。

 幼少期というものは、近くにどのような大人がいるかで、その後の成長に大きく影響するものです。

 ユウゴ君が、親しみやすくも真面目な性格になったのは、間違いなくあなたのおかげでもあるのです」


 やけに説得力のある言葉だった。


「―――」


 青葉のおばちゃんは、再度フリーズすると、俺に向かって手招きする。


「―――?」


 俺はキョトンとしながら、それに応じる。

 青葉のおばちゃんは、そのままマリア先生に背を向けて、俺だけに聞こえる声で、囁く。


「ちょっと、何よあの人!?

 すっごく、いい子じゃない!しかも、美人だし。どうやって、捕まえてきたのよ」


 全くもって、その通りであった。

 というか、いつもとは違って、すごく大人っぽい。とても、風呂キャンセル界隈の重鎮とは思えない。

 しかし、まぁ、美人であることは確かだった。


「そうですね。たまたまですよ」

「はぁ~~~、運命ってことね」


 俺的には、そんな運命的な出会いをした覚えはないのだが、偶然と運命は、案外紙一重の物なのかもしれない。


「あんな小さな、子供がまさかこんな美人さんを連れてきちゃって。時の残酷さを知るわ」


 話しが長くなりそうだと思い、そもそもこの店に来た目的を話す。


「それよりも、青葉のおばちゃん!

 俺たちはここにモーニングに来たんだよ。早く、案内してくれ」

「ああ、そうね。そうだったわ。ごめんなさいね」


 青葉のおばちゃんは、何故かマリア先生に謝ると、俺たちを店で、一番眺めの良い窓側の席に案内してもらった。


「それじゃあ、何かあったら言って頂戴ね」


 そういって、青葉のおばちゃんは厨房に去っていった。


「なんか、騒がしくてすみません」


 マリア先生は、これから大事なシンポジウムがあるというのに、時間を奪ってしまった。

 申し訳なくなって、頭を下げる。


「ふん、気にするな。それよりも、羨ましいものだ。ああやって、自分の事を気にかけてくれる大人がいること、自分の故郷に居場所があるという事は」


 マリア先生は、浸るように鴨川を眺めていた。

 本当に、京都という街はこの川と共に、発展してきたのだと感じる。


「マリア先生には、居場所がないんですか?」

「いや、そんなことは、あるのかな。一応、それっぽい人はいたけどさ。自分から、捨ててしまったよ」

「……そうですか」


 俺は、物悲しそうな顔を直視する事は出来なかった。


 #####


「私はこれにしたぞ」


 笑顔で答えて椅子に座る。

 先ほどまで、モーニングのためのパンを選びに行っていた。

 トレイの上には、シナモンロールとクリームパン、アイスコーヒーが載っていた。

 そして、先に取りに行っていた俺のトレイには、ウィンナーロールにシナモンロール、オレンジジュースがある。

 このパン屋の目玉商品は、シナモンロールだ。

 ふわふわの何層にも折り重なった生地。表面には、シナモンと砂糖がこれでもかと、まぶしてある。それだけでも、十分に美味しいのだが、それだけでなく、中にはなんとアップルが入っている。

 砂糖の甘さと果実の甘さが波状攻撃のように、味蕾を襲う恐ろしきパンだ。

 俺は子供の頃から、これが大好きだった。


「んん~~、美味い」


 久しぶりの懐かしい味に、思わず唸る。

 俺にとって、この味も間違いなく、故郷の味だ。自然と安心する。故郷・地元に帰ってきたのだと実感した。

 ちらりと横を見れば、マリア先生も美味しそうに眼を細めていた。

 それを見て、無性に俺も嬉しくなった。マリア先生に俺の地元を知って貰えたような感じがしたからだ。

 お互い無言でパンにかぶりついていると、マリア先生に尋ねられる。


「そういえば、家族に会いに行かなくていいのか?」

「大丈夫ですよ。帰ったり、電話したりと頻繁に声を聞いているので」

「私が言えたことじゃないが、家族は大切にしろよ」

「えっ、ええ。分かりました」


 唐突な忠告に驚きながらも、うなずく。


「ふん…………それにしても、ここは良いな。落ち着くよ。やっぱり、京都はいいな」


 目の前の鴨川を眺めながら、しみじみと呟く。


「……京都の魅力は、まだまだですよ。宇治なんかも最高です。俺がもっと色んな所を案内してあげます」

「ふっ、ありがとう。楽しみにしておくよ。ま、そのためにはシンポジウムを乗り越えなければだけどな」


 マリア先生は、そう小さく笑った。



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