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鴨川の恋

「うっぷ、食い過ぎた。食わされ過ぎた」


 俺は鴨川の土手で、身体を押し曲げながら、腹をさする。

 結局、あの後、机いっぱいに並べられた料理の数々をマリア先生だけが完食出来るはずもなく、俺が食わされた。

 相変わらず、料理は滅茶苦茶美味しかったが、さすがに最後の方は味がしなかった。

 まぁ、全部奢ってくれたから、良いんだけど。


「ふぅ」


 川面に反射する月をぼうっと眺めなる。揺れる川面に応じて、月も形を変える。そして、俺の周囲を蛍の光が漂う。夏の鬱陶しいくらいの星の光が良く見える。

 久方ぶりの京都の夏の夜は、蒸し暑いけれども、風情を感じられて悪くなかった。


「………………」


 マリア先生は近くにはいない。食後の煙草を吸い、喫煙エリアを探しに行った。


「おそいなぁ」


 マリア先生が喫煙エリア探しに旅立ってから、かれこれ20分は経っている気がする。どうやら、難航しているらしい。

 はぁ、早く帰ってこないかな。

 心の中で、愚痴っていると、声を掛けられる。


「お兄さん、いま暇?」


 声がした方向に視線を向けると、黒服の男が立っていた。

 いや、そちらの方がお兄さんだろ。


「近くに良いお店があって、どう?来ない?」


 どうやら、キャッチだったらしい。

 こんなところまで来て、そんなことをしないといけないなんて、世知辛いのかもしれない。


「いや、ちょっと、暇ではないので」


 やんわりと、断りを入れる。


「そこを何とか。頼む。来てくれたら、絶対楽しいから」


 しかし、中々に往生際が悪かった。そもそも、一人で夜のお店に行っても楽しくない気がするが。


「すみません。無理です」

「お願い。お願い。来てくれよ。じゃないと、今日の売り上げヤバいんだよ」


 再三に渡って拒否するが、それでもしつこく追いすがる。

 そろそろ、鬱陶しく思ってきたところで、救世主が現れた。


「悪いが、こいつは私のモンなんだ」


 旅に出ていたアリア先生だ。

 マリア先生は背が高いから、男の頭を上から鷲掴みする。

 男は、恐る恐る振り返り、マリア先生を認識する。マリア先生は別段、凄んではいなかったが、ニュートラルで機嫌の悪いマリア先生に、男はキレられていると思い、震え出した。


「すみませんでした~~」


 そして、そのまま逃げだした。


「さすが、マリア先生だ。覇王色の覇気を持ってらっしゃる」

「うるせぇ」


 少し、いじったら、尻を蹴られた。

 ご飯が出てくるかと思った。


「腹ごなしに歩いて帰るか」

「ええ、そうしますか」


 マリア先生の提案に賛成する。

 お腹いっぱいの俺からしたら、嬉しい提案であった。

 それに、夜風も気持ちいいから、ちょうどよかった。


 #####


「そういえば、最近、『プライドと高慢』っていう映画を観たんですよ。

 凄い面白かったです。知ってますか?」

「いや、まだ観てないな。観たいとは思っていたんだが、中々時間が無くてな」


 夜の鴨川沿いを映画トークしながら、歩く。

 マリア先生は、映画が好きだった。同じく映画好きの俺としては嬉しくなり、ここ数分、映画の話ばかり振っている。


「めちゃくちゃ、面白いですよ。おすすめです。特に、女優が可愛いんですよね」

「おいおい、そういう感じかよ。だったら、同性の私じゃ楽しめないんじゃないか?」

「いいえ、そんなことないっすよ。物語もしっかり面白いので」


 マリア先生は、にやりと笑う。


「だったら、私が観た『君に読む物語』は、そういう恋愛やロマンス系の至高だぞ。

 私はあれが大好きだ」

「確かに、あれもいいですよね」

「むっ、知ってたのか?」

「当たり前ですよ」


 誇らしげに言う。特段、自慢する事でもないのだが。


「へぇ、良いじゃないか。もしかして藤原先生は、アルバイトを募る際に、映画好きというのも条件にいれたのかな?」

「どうなんでしょうか?」


 募ったというよりかは、ある意味名指しで会ったような気がする。


「そういえば、お前は、どういう理由で思えは選ばれたんだ?」


 正直恥ずかしくて、あまり言いたくはないが、隠す必要もないので、素直に話す。


「ええっと、単位ですね」

「単位?」


 予想とは、異なる答えだったのか、マリア先生は素っ頓狂な声を上げる。

 マリア先生は、一瞬、素っ頓狂な顔をして、次に笑い出した。


「ぷっ、ふふ、あはははは」


 唐突の笑いに驚く。


「そんな面白いこと、言いました?!笑わないでくださいよ」

「あははははは」

「ちょっと!?」


 どうやら、ツボに入ったらしく、そのまま数秒笑い続ける。やがて、笑い止むと、目に溜まった涙を拭って口を開く。


「別に、そんな面白くねぇよ。ただ、そんな理由で私に近づいてくる奴が新鮮でね。

 思わず、笑ったよ」

「なんか、単位の為に、お近づきになってすみませんね」


 何も知らない無知で申し訳なく思い、思わず謝罪する。


「いや、謝る必要はない。

 そうか。そうだよな。そんなものだよな。

 色々と持て囃されたりもしているが、私なんて高々小さな界隈で、少し有名なだけの小娘か」


 全然、小さな界隈ではないと思う。というか、科学世界なんて、世界規模の界隈だろ。

 そう、心の中で冷静にツッコミしながらも、反面頷く。

 確かに、大きな界隈であり、この科学社会の根幹を支えている人たちではあるが、それでも興味のない人たちからすれば、「何のこっちゃ」という話なのだ。よしんば、注目されるとしても、同じ国の人物がノーベル賞に選ばれたなどとニュースで報道された時くらいのもので、それだって少し時間が経てば、忘れ去られるのだ。

 だって、現在、この科学の世界で一番権威のある人が誰かを、どれだけの人が知っているのか。ほとんどの人は知らないのだから。


「ありがとうよ。なんだか、少しすっきりしたような気がするよ」


 そういって、乱暴に頭を撫でる。少し首が痛かったが、悪くは心地だ。

 俺としては、ただ失礼と恥をさらしただけでもあるのだが、マリア先生のお役に立てて良かった。


「…………」

「…………」


 その後、俺たちは無言で夜道を歩く。

 満月の下。

 傍らには、鴨川が流れ、もう片側には、車が行きかっていた。

 鴨川の水が流れる音が心地よい。時折、車によって吹く風が暑い京都の街に涼をもたらす。

 隣に並び立つマリア先生を盗み見る。マリア先生の視線は、どこか冷めた視線のようなものを見て取った。いつもの瞳。

 マリア先生と出会ってから、感じてきたもの、それは、やはり孤独であった。

 いままで、俺と共にいる日常の中で、笑っていることはあった。楽しいこともあったと思う。でも、どんな時でも、一緒に孤独感があったと感じた。どこか、心の中から笑っていないよう。そんな気がする。

 何があって、そう感じてしまったのか。過去に何があったのか。

 それは分からないし、知らなくてもいいと思う。誰にだって、辛い過去や知られたくない過去はあるのだから。そして、大事なのは現在と未来だ。

 俺は俺がマリア先生が感じている孤独を温めてあげたい。

 そういう風に好きになり出した。

 そう、鴨川に映る満月を見ながら思った。


 #####


 その後、数分歩き、出町柳にある宿に到着した。そのころには、満腹であったお腹も大分回復してきた。

 俺はマリア先生を宿に送り届けると、踵を返す。


「おい、どこ行くんだ?」


 しかし、部屋を出ようとしたところで呼び止められる。

 振り向き答える。


「いや、家に帰ろうかと」

「なんでだ?」

「なんでって、流石に、男女2人が同じ部屋に泊まるのは、良くないでしょ」

「ふん、大丈夫だろ」


 大丈夫って、そんなわけないでしょ!?

 あんたみたいな女の人と、同じ部屋で寝るなんて、おかしくなっちゃうよ!!

 勿論、そんな事口走れるわけもなく、心の中で叫ぶにとどめる。


「いや、でも、やっぱりやめた方がいいと思いますけど」


 やんわりと断りを入れる。


「いいから。お前も泊ると思って、お金払っちまったんだよ」


 それでも、強引に誘われる。

 そう言われてしまえば、了承せざるを得ないだろう。


「わかりましたよ」


 俺はそのまま、振り返って入室した。

 マリア先生は、そのまま服を脱ぎ始めた。


「ちょっ!?なにしてるんですか?」

「なにって、着替えだよ」


 気付けば、すでに、下着姿になっていた。

 もう、俺が危惧していた展開になっていた。

 黒色のバラ柄下着がマリア先生の綺麗な肌に映えていた。

 すぐに目を反らしたが、目に焼き付いていた。


「ほら。終わったぞ。さっさと、お前も着替えろ。まさか、その服で寝るわけじゃないだろ」

「まぁ、はい」


 マリア先生の服装は、ぴちぴちとした体のラインが強調されるキャミソールとモフモフのホットパンツを履いていた。なんというか、全体的にギャルく、マリア先生の豊満な体つきが前面に押し出されていた。簡単に言うと、エロかった。

 そんなマリア先生は淡々と促し、布団を敷き始める。


「もう、今日は疲れた。明日は本番だからな。さっさと、寝たいんだ。ほら、早く着替えろ」


 そう言われてしまえば、マゴマゴしている暇はない。急いで、服を時間があった時に買っといた寝間着を持って、トイレに入り着替える。

 着替え終えて、部屋に戻ってくる頃には、マリア先生は布団い入っていた。

 俺も急いで、自分の布団を敷いて布団に入る。


「電気消すぞ」


 どうやら、俺が布団に入るまで待ってくれていたらしい。


「はい。お願いします」


 そう答えると、少しずつ部屋の明かりが小さくなっていく。

 眠りにつくまでの短い時間を、俺とマリア先生は共有する。


「今日はついてきてくれて、ありがとうな」


 不意にぽつりと、そんな言葉を投げ入れられる。

 俺はそれに対して――


「いえ、俺もマリア先生と一緒にいて、楽しかったですから」


 と答えて、眠りに入った。


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